【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

猥褻

2011-09-12 19:00:40 | Weblog

 平原綾香さんがクラシックに自分の歌詞をつけて歌っていますが、たとえば彼女がドヴォルザークのチェロ協奏橋(たまたま私が今聞いている曲です)にとてもエロチックな歌詞をつけて歌い、それを聞いた検察官や裁判官がハアハアしてしまったら、ドヴォルザークはエロな作曲家、ということになってしまうのでしょうか。

【ただいま読書中】『ナショナル・ディフェンス ──アメリカの国防と政策を裸にする』ジェイムズ・ファローズ 著、 赤羽龍夫 訳、 早川書房、1982年、1500円

 戦争に限らず未来は「予知しがたいもの」です。しかし「国防計画」とは「未来を厳密に予言した結果」に基づいて立案されたものです。つまりそこにすでに“矛盾”が存在しています。
 「経済」は「消費」「生産」「政府」に大別できます。ケインズ学説が実現した大戦中をのぞき、基本的にこの3つは“シェア”の奪い合いをやっています。本書執筆当時、アメリカの民間経済は病んでいました(今ではもっとひどくなってますね)。対策は「生産」にもっと多くの金を投資すること。それは「消費」「政府」の“シェア”の縮小を意味します。そして「国防予算」は「政府」の中から支出されます。
 ケネディも下で国防長官になったマクナマラは、国防総省の研究技術局の研究に、「経済」と「科学」の制限を加えました。一見それは“正しい”やり方のようには見えます。不経済で非科学的なやり方よりはるかにマシでしょう。しかし、彼らが用いた仮説やシミュレーションはあまりに単純だったため、結局非実用的な新兵器が次々開発されることになってしまいました(ポラリスよりも大型で(つまり秘匿性に劣る)高価なトライデント潜水艦、敵に身をさらして精密誘導する必要がある対戦車ミサイルや空対空ミサイル、など)。著者は「管理者的アプローチ」と呼びますが、現場の兵士の声を無視した机上の空論での兵器開発が陸海空で次々行なわれました。ただ、マクナマラは、それまでの三軍でのどんぶり勘定や重複を廃し、シビリアン・コントロールを徹底させた、という功績があります(職業軍人には恨まれましたが)。
 「敵の脅威の過大評価」もいわば“伝統”となっています。ソ連のミグ25は「マッハ3.2、航続距離2000マイルの化け物のような脅威の戦闘機」でした。それに対抗できるように仕様書が策定されF15が開発されます。ところが函館に亡命してきて着陸したミグ25は、マッハ2.8を越えたらエンジンが壊れるしろもので航続距離はわずか186マイルでした。回路に真空管も使ってありましたが、これは電子部品の脆弱性で説明は可能でしょう。「敵の過大評価」は被害妄想によるものかもしれませんが、予算をたくさんぶんどれるという“実利”によるものかもしれません。そしてその“伝統”は、最近の「イラクの大量破壊兵器」や「イラク陸軍の強さ」の時にも顔を出しましたね。
 ヴェトナム戦争で「よく弾が詰まる」と不評だったM16ライフルがなぜ“駄作”になったのかの事情も述べられていますが、これを読むとアメリカ兵器部に対する怒りがこみ上げてきます。本来はジャングルで軽快に使えるはずだったAR15をわざわざ兵器部が改悪してM16に仕立てたのですが、その理由は……まあ、本書をご覧ください。たぶん多くの読者は唖然とするはずです。頭の固い官僚は、国民に対する犯罪者である、と言っても良いのではないかな。
 ただ、兵隊に改悪された兵器を送るように躍起になって活動する官僚たちも、別に“悪人”ではありません。彼らも信念を持ち国を愛し全力で自分の仕事をしているのです。悪いのは“状況”だと著者は述べます。

 軍隊を管理するシビリアンだけではなくて、軍人そのものの官僚化も深刻な問題です。将校が立身出世主義になると、「なにをするか」ではなくて「どこにいるか」が一番大切となります。そこで生じるのは、たとえばモラル・ハザードです。
 そして「核兵器」。本書はまだ冷戦時のものですから、「核抑止力」が現役です。著者は「不死身の抑止力を維持することは大切だ」と述べますが、同時に「もっと緊要なのは核兵器の使用を許すような状況をなくすことである」とも述べます。なにしろ著者は、当時のアメリカの核戦略は不合理で不確実なものであることを論証してしまったのですから。
 本書はある意味“古い本”です。冷戦が終わって、世界は変化しました。しかし、本書にはすでに、そのこと(対テロ)についての“予言”もあります。さらに、本書には「歴史」(の一部)が切り取って保存してあります。管理主義的な軍隊運営がいかに非効率的で、敵よりも味方に大きな損害を与えるものかについての“教訓”もたっぷりあります。おそらくその教訓は、アメリカの軍隊にだけ言えることではないでしょう。