【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

殿様と魚

2011-09-23 18:51:51 | Weblog

 落語「目黒のさんま」をこの前ひさしぶりに聞いて、殿様と魚の“縁”についてちょいと考えてみました。たとえば魚をおろすときに「大名おろし」というやり方があります。三枚おろしと比べて中骨に贅沢に身が残っている、ということからの命名だそうです。そして、料理のときには「魚は殿様に焼かせよ、餅は乞食に焼かせよ」。
 まさか実際の場面で殿様が手ずから魚をおろしたり焼いたりするとは思えませんが、ことばの面では関係はある、ということになりそうですね。目黒のさんまの殿様も、せめて自分で焼いていたら、美味しいさんまが食べられたでしょうにねえ。(炭の塊になっていたかもしれませんが)

【ただいま読書中】『ミクロの決死圏2 ──目的地は脳』アイザック・アシモフ 著、 浅倉久志 訳、 早川書房、1989年、1942円(税別)

 学会からは無視される異端の仮説を主張し続けて失職寸前の脳科学者モリスンは、「ミニチュア化」計画が進行しているのでソ連に訪問してそれに協力して欲しい、という誘いをソ連人科学者から受けます。ミニチュア化など不可能だとモリスンは誘いを一蹴しますが、アメリカ情報局はソ連の極秘研究に興味を持ちモリスンを送り込もうとします。それも断ったモリスンですが、結局誘拐されソ連に連れて行かれてしまいます。
 前作は映画のノベライゼーションだったために著者には欲求不満が残っていたのでしょう、こんどはまっさらな理論を組み立てていますが、縮小化でキモとなるのは、なんとプランク定数を動かすという荒技です。さらにそこに「光速度」が関係してくるらしいのですが…… ここで私の知覚はむりやり拡張されてしまいます。なにしろ、科学の「最小」を規定すると言って良い量子論のプランク定数をさらに小さくすることで縮小化を実用化するためには、科学で「最大」を規定すると言って良い光速度を増大させることが必要なのですから。そして、その「プランク定数と光速度をセットで扱える理論」は、昏睡状態の科学者の脳内に存在しているのです。
 前作へのさりげない言及が続いて、私は楽しくなります(たとえば本書でも「通信機」が“犠牲”になります)。といっても、ただの“続編”ではありません。「時代」はしっかり反映されていて、「ソ連」は「極悪非道」ではありませんし、「コストの制限」がやたらあちこちで科学者の邪魔をしてくれます(前作では予算も人員も潤沢でしたが、今回はあちこちでケチられています)。潜航艇は6人乗りですが、乗員が一度坐ったら身動きはほとんどできません。トイレもその座席で、です(そういえば前作ではトイレはどうしていましたっけ? 「1時間」だから省略?)。かろうじてエンジンはついていますが、逆進はできません。すべてコスト優先なのです。学問の世界で「優先権」が大きな問題になっている(学者同士で醜い争いが起きている)ことも本書には反映されています。
 モリスンの研究もまた面白いものです。人の脳活動の結果である脳波を分析することで、逆に人の思考を捕まえよう、というのですから。ところが外部からではノイズが多すぎます。そこで、脳内に潜り込んだら、「思考」そのものをつかまえることができる……かもしれないのです。
 と言うことで、5人の隊員を乗せた潜航艇ははじめは細胞サイズにまで縮小されて、ある人の脳に潜り込んでいきます。さらには分子サイズになり、細胞間隙に(脳が利用できるのはブドウ糖だけです。だからブドウ糖分子のふりをして潜り込んでしまうのです)。
 前作の「驚異の世界」は「光学顕微鏡の世界」でした(だから映画になったわけです)。だけど本書は「電子顕微鏡レベルの世界」です。スケールダウンというかパワーアップというか。おかげで、神経繊維一本を横断するのも大冒険旅行となってしまいます。
 しかし……アシモフは相変わらず「人間ドラマ」を描くのは下手です。登場人物はみなぎくしゃくと操られるマリオネットのようです……が、私はそのことには不満を持ちません。だって面白いんだもの。ただ、最後の壮大なまでにばかばかしいオチは……落語ですか? いや、落語も好きですけど。