最後のSMAP×SMAPは録画をし、リアルタイムは映画ビリギャルを見ていた。
深夜、さわりだけ見てサッサと寝るつもりだった。
が・・・・結局寝れなかった。
一気に5時間弱、最後まで見入ってしまった。
正直
SMAP×SMAPがこんなに面白い番組だったことに驚いた。
あ・・・違うな。
違う違う。
私は面白いなんてことは充分知っていた。
SMAP×SMAPが始まって3年ほどは毎週欠かさず見ていたし、月曜日が楽しみだった。
けれど、いつの間にか毎週見るのをやめてしまい、スペシャルなゲスト(レディー・ガガとか、マドンナとか)の回しか見なくなっていた。
だってね、ずっと続くことが当たり前だと思ってたから。
SMAPが無くなるとか、SMAP×SMAPが終わるなんて想像もしていなかった。
存在することが当たり前で、当たり前にあるものは特別でも何でもない。
つまりそれは、呼吸をするとか、立ち上がったら歩くとか、目を開けたら見えるとか
そういう事と同じ。
自分が求めたタイミングでそこにある。
それがSMAPであり、SMAP×SMAPという番組だった。
世の中のどれくらいの人達が
このグループの解散を悲しんでいるのか分からないけれど、
5人の最後の『世界に一つだけの花』を見たならば、たとえファンでなくても、少なからず何らかの感情が湧いたのではないだろうか。
泣きそうな顔で歌う彼らを見た時、本当に終わるんだ と初めて突きつけられた気がした。
そう、歌っている彼らを見たあの瞬間、SMAPが終わるのを実感したのだ。
おそらく二度と5人で並ぶことはないし、歌うこともない。
そんな未来が、まさにこの瞬間から始まっているなんて、そんなこと受け入れられるんだろうか?
いや、受け入れなくちゃいけないことは痛いほど分かってる。
分かっているからこそ、こんな1曲だけのステージではあまりに時間が足りない気がした。
色んな思いが一気に押し寄せてきて、何度も一時停止を押してしまった。
終わってしまうというスピードに着いて行けなくて、歌っている彼らに集中できなくなってしまった。
5人の最後の『世界に一つだけの花』
オンタイムでなくてよかったと、心から思った。
SMAPはいろんなものを与え、そしてそれをスタンダードにした。
10歳近く年下との恋愛が一般化したのは、もしかしたらロンバケの影響かもしれないし、大人の女がジャニーズにハマっても何も恥ずかしくないと、世間に周知させたのはSMAPの功績が大きいと思う。
若い世代は分からないと思うけれど、昔は30過ぎた大人の女がジャニーズに夢中になるなんてあり得なかったし、仮に夢中になってる人がいたとすれば、大抵の場合変人扱いされた。
結婚してても、子供がいても、30過ぎて(行き遅れの)独身でも、大手を振ってライブに参加できる。
グッズをしこたま買い込んで買い物欲求を満たす。
そんな、新しい当たり前を作ったのがSMAPだと思う。
昨日のワイドショー、街頭インタビューを受けた50代の女性が
「これから何を楽しみに生きていけばいいのかわからない」
と言っていたのがとても印象的だった。
世のお父さんが、ゴルフ、釣り、フィギア収集、自転車・・・
そういった趣味を持つのと同じで、SMAPを応援し続けること、SMAPファンでいること、それ自体が彼女たちの『趣味』なのだ。
今後一切、ゴルフ、釣りをやってはダメ
フィギアも一生集めちゃダメ
そう言われたら?
生きる糧を失った気持ちにならないか?
喪失感に苛まれないか?
アンデンティティーそのものを否定された気持ちにならないか?
今回のことで冷ややかに見ている人や、自分の妻がSMAP×SMAPを見ながら泣いている姿に嫌悪感を抱いている男性がいるとしたなら
(おそらくいっぱいいるだろうけど(笑))
唯一の愉しみや趣味がある日突然奪われたら・・・と自分の身に置き換えて欲しい。
ゴルフがダメでも自転車に変えるから問題ない。
SMAPがいなくなっても嵐でダメなの?
と簡単に片付けないで欲しい。
だってね、SMAPは唯一無二だから。
昨日の中日新聞社会面に掲載されたSMAPの記事
私的には、フジテレビ27時間テレビのノンストップライブがまた見れたので悔いはないかな。
ドームツアーを除き
テレビというメディアで、SMAPがSMAPのままでいられた最後のステージは、あの時のノンストップライブだったのではないかと思う。
深夜、さわりだけ見てサッサと寝るつもりだった。
が・・・・結局寝れなかった。
一気に5時間弱、最後まで見入ってしまった。
正直
SMAP×SMAPがこんなに面白い番組だったことに驚いた。
あ・・・違うな。
違う違う。
私は面白いなんてことは充分知っていた。
SMAP×SMAPが始まって3年ほどは毎週欠かさず見ていたし、月曜日が楽しみだった。
けれど、いつの間にか毎週見るのをやめてしまい、スペシャルなゲスト(レディー・ガガとか、マドンナとか)の回しか見なくなっていた。
だってね、ずっと続くことが当たり前だと思ってたから。
SMAPが無くなるとか、SMAP×SMAPが終わるなんて想像もしていなかった。
存在することが当たり前で、当たり前にあるものは特別でも何でもない。
つまりそれは、呼吸をするとか、立ち上がったら歩くとか、目を開けたら見えるとか
そういう事と同じ。
自分が求めたタイミングでそこにある。
それがSMAPであり、SMAP×SMAPという番組だった。
世の中のどれくらいの人達が
このグループの解散を悲しんでいるのか分からないけれど、
5人の最後の『世界に一つだけの花』を見たならば、たとえファンでなくても、少なからず何らかの感情が湧いたのではないだろうか。
泣きそうな顔で歌う彼らを見た時、本当に終わるんだ と初めて突きつけられた気がした。
そう、歌っている彼らを見たあの瞬間、SMAPが終わるのを実感したのだ。
おそらく二度と5人で並ぶことはないし、歌うこともない。
そんな未来が、まさにこの瞬間から始まっているなんて、そんなこと受け入れられるんだろうか?
いや、受け入れなくちゃいけないことは痛いほど分かってる。
分かっているからこそ、こんな1曲だけのステージではあまりに時間が足りない気がした。
色んな思いが一気に押し寄せてきて、何度も一時停止を押してしまった。
終わってしまうというスピードに着いて行けなくて、歌っている彼らに集中できなくなってしまった。
5人の最後の『世界に一つだけの花』
オンタイムでなくてよかったと、心から思った。
SMAPはいろんなものを与え、そしてそれをスタンダードにした。
10歳近く年下との恋愛が一般化したのは、もしかしたらロンバケの影響かもしれないし、大人の女がジャニーズにハマっても何も恥ずかしくないと、世間に周知させたのはSMAPの功績が大きいと思う。
若い世代は分からないと思うけれど、昔は30過ぎた大人の女がジャニーズに夢中になるなんてあり得なかったし、仮に夢中になってる人がいたとすれば、大抵の場合変人扱いされた。
結婚してても、子供がいても、30過ぎて(行き遅れの)独身でも、大手を振ってライブに参加できる。
グッズをしこたま買い込んで買い物欲求を満たす。
そんな、新しい当たり前を作ったのがSMAPだと思う。
昨日のワイドショー、街頭インタビューを受けた50代の女性が
「これから何を楽しみに生きていけばいいのかわからない」
と言っていたのがとても印象的だった。
世のお父さんが、ゴルフ、釣り、フィギア収集、自転車・・・
そういった趣味を持つのと同じで、SMAPを応援し続けること、SMAPファンでいること、それ自体が彼女たちの『趣味』なのだ。
今後一切、ゴルフ、釣りをやってはダメ
フィギアも一生集めちゃダメ
そう言われたら?
生きる糧を失った気持ちにならないか?
喪失感に苛まれないか?
アンデンティティーそのものを否定された気持ちにならないか?
今回のことで冷ややかに見ている人や、自分の妻がSMAP×SMAPを見ながら泣いている姿に嫌悪感を抱いている男性がいるとしたなら
(おそらくいっぱいいるだろうけど(笑))
唯一の愉しみや趣味がある日突然奪われたら・・・と自分の身に置き換えて欲しい。
ゴルフがダメでも自転車に変えるから問題ない。
SMAPがいなくなっても嵐でダメなの?
と簡単に片付けないで欲しい。
だってね、SMAPは唯一無二だから。
昨日の中日新聞社会面に掲載されたSMAPの記事
私的には、フジテレビ27時間テレビのノンストップライブがまた見れたので悔いはないかな。
ドームツアーを除き
テレビというメディアで、SMAPがSMAPのままでいられた最後のステージは、あの時のノンストップライブだったのではないかと思う。