ぐうたら里山記

兵庫の西の端でただのほんと田舎暮らしをしています。ぐうたらです。のん兵衛です。

里山の春

2021年04月30日 17時32分47秒 | 田舎暮らし
里山の春は忙しい。
今年は特に忙しい。
桜色から藤色に変わり、
藤色も褪せて竹の葉が黄色く色づいてきた。
いつもは連休が明けたころタケノコシーズンも終わるのに、
今年は連休が始まるともうそろそろ終わり。
でもまあ今年はとってもたくさん採れたので、
もう終わっても構わない。
はじめは人間の餌、
そのうち鶏の餌、
そして最後は人間の運動に、
(どうだ、参ったかぁ~!とばかり蹴り倒されていく)
そうそう、もう十分に役目を終えたのだから、
もう終わっても構わない。

これから竹の秋、竹秋の季節。
そしてホトトギスが鳴き卯の花が咲く夏が来る。
里山の春は忙しい。
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もう、いいかぁ~~~い

2021年04月30日 03時08分32秒 | 田舎暮らし
この二日間、真面目に真面目に雨が降った。
せめて、「晴、時々曇り、ところにより雨」くらいにしといてくれたら
それくらいが一番感性に合っている。
きっと気象予報士も大喜び。
こんな全天候型の気象だと、予報する方も連日連日大当たり!
でもそれじゃ・・・気象予報士なんていらないんじゃない?
まあ、それはそうだけど、もともといてもいなくてもどうでもいい商売。
話半分、当たるも八卦。
こんなこと言い出すと、占い師も、神社のおみくじも、競輪競馬の予想屋も、テレビのコメンテーターも、どうでもいい商売。
話半分、当たるも八卦。

でもまあそんないい加減な商売の話は置いといて、
ふと気づくと、ずいぶん久しぶりの投稿。
もともと書くことにはそんなに苦にならない。
手書きはとっても苦痛だけど、キーボードで投稿するのは苦にならない。
でもふと気づいた、投稿しない方がもっと楽だと。
確かに確かにそうだよね。
でも時々たまにブログに記事を投稿するのは生きて証を記すこと。

もう、いいかぁ~~~い
まあ、だだよう~~~・・・
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宇宙芋

2021年04月23日 18時14分34秒 | 田舎暮らし
机の上に置きっぱなしにしてた宇宙芋
ふと気づいたら芽が出ていた。
それも固い厚い殻を破って出てきたという感じではなく、
普通に自然に芽が出た感じ。
いかん!植えねば!
そこで早速、裏庭に植えた。
さてさて、うまく育ってくれるかな?
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ぼかし作り

2021年04月21日 17時29分10秒 | 田舎暮らし
朝はなんとも肌寒く、昼間はすっかり夏日和。
何とも何とも気忙しい。

昨日はぼかし作りをした。
堆肥づくりに比べると量も少ないのでわりと楽だ。
最初は衣装ケースを3っ使ってぼかし作りをしていた。
今はもうちょっとちゃんとした整理用のボックスを3個使ってるけど、
まあ、そんなに大差はない。

ぼかしに使ってるのは、生ごみ、米ぬか、鶏糞。
堆肥には生ごみの代わりに草や木の葉を使っている。
それは何より量の問題。
ぼかしに草や木の葉を使うとたちまちボックスはあふれてしまう。
そして生ごみは草より濃厚な肥料になるし、何よりゴミとして捨てるのでなく資源として使えるのがいい。

ぼかしは未完熟堆肥のこと。
これは肥料に使う。
一方堆肥は完熟堆肥、土づくりに使う。
こうしてぼかしと堆肥を使い分けて野菜作りをする。

こうして普通の有機農業でもなく、自然農法でもなく、
パーマカルチャー(循環型農法)を目指してきた。
外から何も入れない、外に何も出さない。
山羊や鶏い、その糞は肥料として野菜を育てる。
その野菜の一部は山羊や鶏の餌となる。
こうして農園の中で循環していく。

これが自然農法だとどうなるんだろうね?
自然農法の基本は
・不耕起栽培
・無農薬
・無肥料

もし山羊や鶏を飼ってたら、その糞をどうするつもりだろうね?
こっそり川に捨てて川を汚染させるのかな?
それともゴミとして捨てて余分なエネルギーをかけて、償却するのかな?
としたら自然農法というのは自然に優しくない農法、自然を破壊する農法ではないだろうか?

でもまあそんなことどうでもいいや。
今では我が家でも代替わりしてるけど無農薬・無化学肥料でやっている。
(現実として、やっぱりせこく貧しいパーマカルチャー~自給自足的な農業ではやっていけないよね)
でも今でも循環型農業への思いはある。
この農園の一角でちまちまやってはいるけどね。
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堆肥づくり

2021年04月18日 17時37分33秒 | 田舎暮らし
久しぶりに堆肥づくり。
たまりにたまった堆肥に草やタケノコの皮や鶏糞をやたら積み上げてほったらかにしてた。
でも、さすがに、これはいかん!いかんこのままじゃ・・・
というわけで昨日今日久々に堆肥返し。
これがとっても重労働で汗びっしょり、くたくたになった。
もともと重労働は得意じゃない。
かといって頭を使う作業も面倒でならぬ。
一番得意なのは軽労働の単純作業。.
それだったら、他のことを考えながら作業ができる。

そもそも働くこと自体が苦手な人間、なんとも面倒でならぬ。
今までの人生を振り返ってみると、どうやら働く才能がないらしい。
それどころか生きる才能もないらしい。
それなのによくぞ今まで生きてきたものだ!とっても感心している。
まあそれはそれとして、このぐうたら百姓、働く才能がないことはきっとみんな了解してくれてると思う。

そこでふと思う、働く才能のない人間と働く以外に才能のない人間と、
定年が同じでいいのだろうか?
働く以外に何の才能もない人間は定年退職以後まるで腑抜けのようになり、
毎日毎日家の中でぐだぐだぶつぶつ家族に文句を言う以外にすることはない。それで家族からもすっかり見放されて、粗大ごみと化す。
このような仕事人間は定年を延長して唯一の居場所、職場で仕事をやらせておけばいい。
定年を60~65でなく70~80にしたらいい。
その間年金支給を遅らせて、その分定年後の年金をたくさん支給したらいい。
その一方で働くのが苦手な人間は定年を50~60にしてその分年金を減らしたらいい。

いえいえそんな話じゃなくて堆肥づくりの話だった。
堆肥作りをしこしこ、しこしこ・・・
こんな労働しなくてもホームセンターで買えば済むことなのだけど、
でもね買うということはその分の金を稼ぐために、それに相当する時間を他人に売らねばならない。
もっとも大切な自分の時間を他人に売る・・・
そんなことは会社勤めしてた頃でもうたくさん!
やっぱり自分の時間は自分のために使いたい。

田舎で都会の暮らしをしようとすると、(自給はとっても安いので)都会の人以上に働かないといけない。
(だってサラリーマンは土日は休み、ところが田舎の兼業農家は平日は会社勤め土日は田畑の仕事だよ)
そうそう田舎で田舎の暮らしをすると、体はしんどいけど、心はとっても楽だよ。

というわけで、昨日今日久しぶりに堆肥づくりをした。
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タケノコ退治

2021年04月18日 12時35分22秒 | 田舎暮らし
出るタケノコは打て!
今日もまたまたタケノコ退治。
うんざりしつつも、ほっといてみんな竹になったら後が大変。
けり倒してもいいのだけど、せっかく生えてきたタケノコ、
それはさすがに忍びない。
というわけできょうもまたまたタケノコ掘り。
でも余ったら鶏の餌にするし、皮は堆肥に入れるので無駄にはならない。
今年はタケノコの豊作だ!

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多肉植物

2021年04月15日 17時39分03秒 | 田舎暮らし
田舎にいると、今どき、天気予報で気になるのは最低気温。
畑の野菜もだけど、室内に入れた鉢植えの多肉植物やデンドロビューム。
鉢をいつ外に出したらいいかどうか、とっても気をもむ。

室内に入れてもう半年近い。
その間ほとんど水をやっていない。
多肉植物は乾燥には強いとはいえ、やっぱりきっと喉からからだろうな。
枯れたものもいくつかあった。
早く外に出したかったのだけど、
うっかり出して遅霜にあったらたちまち枯れてしまう。

それでなんとも気になるのが天気予報の最低気温。
正確に知りたいと地域の詳細の天気予報を見るけど、
これがまったく当てにならない。
最低気温が5度以下にもなると霜の恐れがあるからだ。
地域の予報は2度、ところが実際は10度!何じゃこれは!!
何てこともあった。
そして痺れを切らして、昨日とうとう鉢を外に出した。
そして久々に鉢に水をたっぷりやった。
砂漠の旅でようやくオアシスにたどり着いたかのように、
多肉食物もどうにか息を吹き替えした。
・・・ところが夕方になるととっても冷え冷え。
これ、なんか、ちょっと、やばいんちゃう?
でももう今さら室内に入れるのも面倒で鉢をみな軒下に移した。
そして朝・・・
やっぱり霜がうっすら降っていた。
でも多肉植物は無事だった。
軒下に移しててよかった!

しかし・・・どうして地域ごとの予報はこんなに外れるのだろうね。
まあそれはちょっと考えるとわかること。
地域を絞れば絞るほど予報の精度は粗くなる。
ところが気象予報を見る方は詳細な地域の予報ほど正確だと錯覚する。
そこで予報は県の北部・中部・南部・西部・東部・・・これくらいの精度の方が正確。
後は西隣の県の予報などを参考にして自分で考えたらいい。
詳細地域の予報なんて信用するな!
というのが結論なのだよ。
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タケノコ

2021年04月09日 17時17分22秒 | 田舎暮らし
今年はタケノコはどうやら豊作らしい。
とれ始めたのも早かった。
そしてもう最盛期。
毎日ずんぐりむっくりの大きいのが4~5本
細い小さいのも同じくらいとれる。
タケノコは人間の体格と違って、太いのが喜ばれて、細いスマートなものはあまり食用にはしない。
でも我が家では細いスマートなものは鶏の餌にする。
せっかく生えてきたのだから有難く使わないとね。

でももうそろそろ、タケノコにはうんざりしている。
我が家のタケノコ、ほとんど自給用なので4~5本でも毎日そんなに食べられるわけじゃない。
そこで運悪く我が家に来た人に、ここぞとばかり猫なで声で「ねえ、タケノコいらない?」と無理やり押し付ける。
でもまだ今は出始めなのでもらってくれるけど、
そのうち相手も警戒して、何ともそわそわ、早めに用を済まし、
「ねぇ・・・」といいだすと、あわてて話をそらして、あたふたと帰っていく。

・・・この微妙な駆け引きをしながら、毎日を送り、やがてタケノコの季節は終わる。

というわけで、今は
「ねえ、タケノコいらない?」




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ウド(独活)

2021年04月06日 18時41分47秒 | 田舎暮らし
独活(ウド)も時々収穫している。
この冬は怠けてウドに落ち葉をあまりかけなかった。
それですっかり茎が緑になった独活を、
なんとも、あんまり、収穫する気にならなくて、
毎日じゃなく時々収穫している。

我が家のウドを人にあげると、よく聞かれた。
「これヤマウド?」
「えっ、まぁ~~~」とあいまいに答える。
まあ里山で作っているので、きっと山ウドなんだろうなぁ~と思いながら・・・
実は普通のウドと山ウドとの違いが判らなかった。
ウドってどれも同じ種類じゃないの?
と内心思いながら・・・
それで「え~まぁ~~~」と、あいまいに答えた。

実はウドもヤマウドも同じ種類。
ただ作り方が違うだけなのだ。
別に山に自然に生えてる独活だけがヤマウドじゃない。
畑で栽培している独活も山独活。
暗室みたいな人工的な環境で育てて市場に出回ってるのが普通の独活。
それはホワイトアスパラガスとグリーンアスパラガスとの違いと同じように、
栽培環境の違いだけなのだ。
ホワイトアスパラガスは茎を土で覆って白化させる。
グリーンアスパラガスはそのまま自然に育てる、
その違いだけなのだ。
それと同じように、独活と山独活も栽培環境の違いだけ。
でも山独活は普通に売られている独活と違い、とっても香りがいいけど、あくがある。
それが気になる人は流水に数時間浸さないといけない。
というわけで市場に出回っているのは普通の独活。
山独活はあまり出回っていない。

でもね本当の独活は山独活なんだよ。
香りがとってもいいよ!
あくはあるけど野性味がある、
いかにも山菜!って感じだよ!

ところで我が家の独活はというと、独活の芽が出たらすぐに落ち葉かけ。
まだまだ早いよ、まだ早い!
とばかり独活を騙して(?)白い茎を伸ばして作っている。
まあ独活と山独活の中間くらいかな?
まあ自然と言えば自然だよね。
自然の落ち葉をかけてるだけなんだから。
おかしいと言えばおかしいよね。
30センチから50センチまで落ち葉が積もるわけないから。
でもおかげで白い茎を柔らかい茎をあくのない茎を食べることができるんだよ。
でもでもなんとも手数がかかるので、今年は手抜き!
落ち葉をあまりかけなかった。
これで何とか食べられたら・・・
うんうん、これでいいか?
そうそう、これからこれで行こうね。
・・・なんてことになったらいいね!
みんな今ではグリーンアスパラガスになじんでるように、
グリーンウドになじんでくれたらいいのにね。
そしたら来年からは手抜き栽培できるのにね。
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タケノコ

2021年04月06日 18時09分49秒 | 田舎暮らし
毎日タケノコを収穫している。
でもタケノコはそんなに好きじゃない。
でもせっかく生えてきたんだからね・・・
無駄にしたらタケノコに悪い。
もっともタケノコの立場になったら、そんなこと言ってられない。
別に人間のために生えてきたわけじゃない。
子孫を増やそうと必死になって生えてきてるのだから。
でも近所の人のようにせっかく生えてきたタケノコを、
これでもか!これでもかぁ~!!ざまぁ~みろ~!!! とばかり蹴り倒していくのに比べたら
せっかく生えてきたタケノコ、有難く食べようね。
なんてついつい思う。
というわけで今日もタケノコの収穫。
今年のタケノコやっぱり早いね。
これじゃ終わるのも早いだろうな。
いつもだと5月の連休明けまで生えるけど、
今年はきっとその前にタケノコの季節は終わるだろう。
まあそれまでタケノコの収穫に励もうね。
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古代エジプト人の24時間

2021年04月05日 18時46分15秒 | 本の中から
毎晩毎晩本を読んでいる。
読書は狭い狭い現実から、遠い遠い世界に、広い広い世界に、
果てしない時空の旅に導いてくれる。
もし読書の趣味がなかったら実に実につまらない、
もっともっと閉塞的な人生を送ったと思う。

今日読み終えたのは、「古代エジプト人の24時間」ドナルド・P・ライアン(著)という本。
これは3500年前の古代エジプトのいろんな職種の人たちの記録。
一人1時間でつなぐ24人の日常。
墓泥棒やミイラ職人、農夫や主婦、王や王妃や神官、踊り子や泣き女・・・
そんな日常で綴る1日。
これを読むと3500年も前のエジプトの暮らしが生き生きと蘇ってくる。

こんな手法を使うと、平安時代や奈良時代の庶民の暮らしがもっと身近に感じられるだろう。
古代エジプトだと墓に刻まれた文字によって埋葬者の暮らしをある程度知ることができる。
日本の場合、墓にそれを求めるのは無理だろうけど、奈良時代だったら万葉集を通して、平安時代だったら今昔物語を通して、ある程度想像することができるだろう。
「奈良時代人の24時間」
「平安時代人の24時間」
こんな作品がもしできたら、
もっともっと奈良時代や平安時代の庶民の暮らしを身近に感じることができるだろう。

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雨日和

2021年04月04日 16時57分34秒 | 田舎暮らし
一日雨日和
こんな時は晴耕雨読、一日読書で過ごしたいところだけど、
それが何とも落ち着かない。
読書はいつも夜中、
いつもは昼間は鶏の世話や庭いじり、タケノコ掘りなどに明け暮れている。
それで昼間は本を読む気にはなれない。
晴れてたらやりたいことが山積みなので、家の中にいたらやっぱりなんとも落ち着かない。
というわけで雨の日はいつものようにのほほんと無駄に過ごした。
でもまあこんな日があってもよい。
人生なんて所詮その大部分は時間の無駄遣い。
いったい今まで生きた人生で無駄な時間を除いたらいったい何が残るのだろう?
う~~~ん
と思わず考え込んでしまう。
そもそも自分自身の存在そのものが無駄だったのではないか?
う~~~ん
どうしてこの世に生まれて来たんだろうね?
とすっかりいじけてしまう。
う~~~ん
人を押しのけて人を傷つけて生きてきた人間は無駄どころか、
その存在そのものがこの世に有害ではなかったか?
そしてそんな人間にこの世は満ち満ちている。
う~~~ん
そしてこの無駄な時間を酒でつないできた。
そうそう、きっとそうなんだよね。
飲むことだけが人生なんだよね。
うぃ~~~!
今宵もまたまた酔っています。
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ウィグル

2021年04月03日 18時36分43秒 | 田舎暮らし
新聞記者と出版社の記者(社員?)との一番大きな違いは・・・
出版社の記者は著作者の了解を得たうえでその著作の文章を変える。
新聞記者は投書などの記事を何の了解も得ないで勝手に変える。
そしてそれに対して何の疑問も持っていない。
いつも上から目線、添削してやってるんだ!
なんて思っているんだろう。
もちろん新聞紙の文字数の制限はある。
締め切り時間の制限もある。
しかしそれはあんたがたの都合。
投稿者には何の関係もないこと。
あんたがたの都合で投稿記事の文章を投稿者に何の了解も得ないままに勝手に変える。
そしてそれに対して何の疑問も抱かない。
これがニュースの捏造をうむ。
ニュースをそのまま報じるのでなく、自分たちの都合のいいように捏造するのが正しいと思っている。
愚かな新聞の購読者を、愚かなテレビの視聴者を扇動するのが自分たちの仕事だと思っている。
ねえねえ、こんな扇動に乗せられないで、
どうして自分の目で見ない?
自分の頭で考えない?
地上波テレビに出てくるわけもわからにコメンテーター。
日本を貶めるのが自分たちの仕事、
政府の悪口を言うのが自分たちの仕事。
そう、中身がまったくない!
ジャーナリストとしてのプライドもまったくない。
自分でまったく何の取材もしてもいない、
自分の頭でまったく考えてもいない。
風呂屋談義、井戸端会議。
言ってることはただただ日本を卑しめてるだけ。
政府の悪口を言ってるだけ。
(日本を卑しめたら日本が良くなるのか?!)
こんな卑しい人間を安上がりの人間を訳の分からぬ人間を、登場させる地上波テレビ。
日本の事より視聴率しか頭にない地上波テレビ。
きっとコロナに何の専門知識もない箱根駅伝の監督とかオリンピックの金メダリストをゲストに呼んでコロナのお解説をさせる、
出る方も出る方だけど、呼ぶ方も呼ぶ方!
予算第一、安上がりのゲストを招いて視聴率を稼ぎたい。
国のことなどどうでもいいや。
自分たちの今の高額所得を維持さえできたら!
そんな卑しい魂胆見え見え。
そんなあんたがたをはっきり言う。

 売国奴!だと

そいう進歩的な文化人。
その実、売国奴!
「サヨク」の人権団体。
どうしてウィグルから目をそらす。
今現実にナチスのユダヤ人弾圧以上のことが中国のウィグルで起きているんだよ。
どうしてそれから目をそらす。
どうして中国にしない。
中国に対して制裁運動を起こさない。
あんたら、ウィグル人の命よりも、ウィグル人が地球から抹殺されようとしている事態にも、何の危機感も抱かないのか?!


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園芸

2021年04月02日 19時39分26秒 | 田舎暮らし
種まきをした。
春の花の種まきを。
マリーゴールド、百日草、千日紅、アスター・・・
田舎暮らしを始めて見向きもしなくなった園芸種の種を。
野原の草花に親しむと今までの趣味園芸の草花の花がとってもどぎつく思えるようになった。
それで、ず~~~と園芸種の花から遠ざかっていた。
でも数年前から再びガーデニングを始めたら、
うんうん、園芸種の花も悪くない、と思えるようになってきた。

趣味はたくさんある、でもその中で読書とクラシック音楽鑑賞は中学生の時からの趣味、今では趣味というよりも生活の一部。
それで本当の趣味というと園芸だろう。
20代の後半に始まった園芸。
ベランダ園芸から始まって家庭菜園、そしてとうとう田舎暮らしを始めることになった、なってしまった。
そう思うときっと最大の趣味は園芸なのだろう。
近年は初めた竹細工や陶芸などはきっと単なる暇つぶし?
まあ竹細工はそうかもしれないけど、陶芸は・・・せめて20年前に始めたかったな。
すると自分でも納得できる作品のいくつかは生まれたかもしれない。
でも、まあそんな
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散る桜

2021年04月02日 18時43分33秒 | 花便り

この町の本宮・新宮八幡の桜もちらほら散っている。
ちらほら散る桜を見てると
すっかり詩的な気分になって、
桜の気持になって・・・
「ちょっとだけよ!」
「え~~~!ちょとだけ?」
「あんたも好きねぇ~~~」
なんてついつい思ってしまう。
そうそう根が詩的な人間なのだ。
ちらほら散る桜を見ると、
なかなか中身を見せてくれない桜を見ると、
ついつい思いません?
こらぁ~~~!どばっと散れ、どばっと!
まったく往生際が悪い!

 散る桜散らずば俺が散らそうか

・・・なんて思いません?
でもまあこれも春の風情。
じらしにじらして、中身を見たら・・・
確か看板は女子大生のはずが・・・中身は・・・やたらしわが目立つ、肉が目立つ、中年の・・・
そんな温泉街のある種の劇場。
そんな侘しさが浮かんできません?
散る桜を見てると・・・


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