星のひとかけ

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ケルティック能 『鷹姫』@Bunkamuraオーチャードホール

2017-02-17 | 文学にまつわるあれこれ(妖精の島)



昨夜は、 能『鷹姫』とケルティックコーラスを融合させた舞台、 ケルティック能『鷹姫』を観て来ました。
 
ウィリアム・バトラー・イェイツ作の戯曲『鷹の井戸』 At The Hawk's Well をもとにした能『鷹姫』は、2005年に一度、草月ホールで観たことがあります。(そのときの日記はこちら>>

今回は、ケルティックコーラスグループ、アヌーナとの共演ということで、 どんなふうになるのか、 オーチャードホールの広い空間でどう見えるのだろう、どう聴こえるのだろう・・・ と全く予想がつかないまま楽しみに出掛けました。

詳細はオフィシャルサイトにたくさん説明が載っていますので見てください、、私の拙い説明じゃ伝わらない・・・(美しい写真も載っています)
http://www.plankton.co.jp/takahime/

日本的な能の謡の響きに、 妖精の森で聴こえるような(ロード・オブ・ザ・リングのエルフの森で響いているような) 男性と女性の多層的で神秘的な、 まるで天から何層にも何層にも重なって降ってくるような、 そんな歌声が重なり合って、、 ほんとうに異空間に誘われるような感覚でした。 笛と鼓の響きもすばらしくて、 ときに鎮まり、、 ときに魔を孕んで、、

凄かった・・・ としか、 なんとも言葉が見つかりません。

鷹姫の舞いもそれは美しくて、、 私は能舞台をこの「鷹姫」でしか観たことがないので 着物が普通どうなっているのかよく知らないのですが、、 鷹姫の着物の袖が肘から前後でふたつに分かれていて、、(オフィシャルサイトの写真でもそうですね)、、 それで肘から先の部分をぐるん!と翻す・・・ 右へ、 左へ、 ぐるん!と、、 それが本当に「鷹」なのです。。 扇を持てば、 その襞が翼の先になり、、

泉の水を その翼ですくいあげて鷹姫が飲み干す、、 鷹姫は この森を守護し、 この泉を支配する精霊。 伝説の勇者クーフリンでさえ その水を飲むことはゆるされない。。

 ***

舞台空間は、能の基本的な「本舞台」と左右の「橋掛り」があって、その舞台の大きさは本来の能舞台そのままだそうです。
その後方には、 草月流による枯木のオブジェが3点配置されていて、 また左右の「橋掛り」の手前にも、一対の枯木のオブジェが、、。 その形は「篝」のようにも見えましたが、 銀色に闇に浮かびあがっていました。

その木のオブジェが配された、「本舞台」の後方と左右の空間にコーラス隊があらわれて美しい声を響かせるのですが、、 それはきっと 森の精霊たちの声、、。

2005年に観た『鷹姫』では、 泉とそれを取り囲む岩(に扮した地謡)によって、 森の中にぽっかりと空いた泉という異空間に意識が集中していたように思いますが、、 今回はその周りや背後に精霊たちの響きあう「声」があることによって、 「自然界」そのものがあることをより強く感じることになったと思います。

だから最後、、 水を求め続けた者は「岩」に捕らえられ、 魂は幽鬼となって永遠にさまよいつづけることになるのだけれど、、 森・空・大地、、 それらは何ひとつ変わることなくそこに在り続けるのだと、、 そんな気がしました。

舞台が暗転して、 夜が明けてくるように、、 左からひとすじの光が差し、、 夢幻の時間から醒めたように舞台がまた明るくなって、、、

アンコールで ケルティックコーラスにアレンジされた「さくらさくら」を歌ってくださったのですが、、 歌声だけで、枯木の森をみごとに桜の空間に変えて下さいました。 それだけでもじゅうぶんなほどだったのですが、 そのあと「もののけ姫」のテーマ曲を歌ってくださって、、 なんだかわからないけれど、、 (私はどちらかというとジブリ作品が特に好きなほうではないけれど…) 涙がいっぱいいっぱい溢れてきました。 、、きっと、 日本古来の自然観と、 ケルトの人々の自然を敬い畏れ愛おしむ精神と、 なにも隔てるものがない一体感に嬉しさでいっぱいになったのだと思います。

 ***

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のほうにも載せた、 イェイツの原作「At The Hawk's Well」が読めるサイトを (エドマンド・デュラック Edmund Dulac によるイラストもぜひご覧を)
https://archive.org/details/fourplaysfordanc00yet

1916年の初演の鷹姫は 伊藤道郎という男性が演じられたのだそうです。こちらに写真が
http://numerocinqmagazine.com/

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2005年に観たときの「謡」のコピーが見つかったので、 それをあらためて読んでいます。 昨日見たときも、 舞台脇に日本語と英語のスクリプトが映し出されていましたが、、 その中で気になった(単に個人的に印象に残ったという意味です)ことがあって、、

それは、、「curse」という英語、、。 謡でも 「呪ひ」…とうたわれていましたが、、 現代人にとって、 (ホラー映画の影響があり過ぎるせいか) curse = 呪い という言葉はとても強烈に感じられますよね、、。 鷹姫は「呪い」をかけたわけですが、、 今わたしたちが想像する「呪い」とは違うんではないかと、、

確かに、 イェイツの原文でも 「curse」という語を使っています。。 その意味・・・

・・・それはまた、、 近いうちに、 漱石のカテゴリーで考えられたら、、と思っています。


、、、 暖かい嵐の 一日でした。

、、 妖精の輪に さらわれぬよう・・・ よい休日を。
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