星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
好きなもののこと すこしずつ…

一汁一菜、一菜合菜

2021-11-22 | …まつわる日もいろいろ
前回のおわりに書いた 《暮らし》のことの続きです。 生活者としての《現在地》のこと…


『一汁一菜でよいという提案 』土井善晴 グラフィック社 2016年
(左はわたしのお汁椀です)


土井善晴先生のお名前は 私のような50代の者には 料理研究家、土井勝先生の息子さんとして記憶していましたが、 TVをたくさん見ない私はあまり良くは存じ上げていませんでした。

去年、 自分が救急車で運ばれて それから手術を待って自宅療養を続けて、 結局 緊急手術になって、、 そんなこんなの頃でしょうか、、 お家でTVを見ていて、 土井善晴さんが女性タレントさんと一緒に有名なレストランなどをめぐって歩く グルメ番組を何度か観る機会がありました。 有名な料理研究家の息子さんでもあるし、 きっとたいへんな健啖家で美食家のかたなのだろうと、 そんなふうに思っていました。

前にここに書いたと思いますが、 腹部の手術だったのと ずっと安静の生活だったことで筋肉がすっかり落ちてしまい、 退院のころは今までで一番体重が減ってしまい、 いったいどこまで痩せられるの… このまま死んじゃうのかな… と心配になるくらいでした(病気のせいで食べても吸収されてなかったみたいで)。

退院後、 病気の苦痛は取り除かれたけれど、 そこから大変だったのは日々のお料理でした。。 お台所にずっと立っていることが辛いので流し台の前に椅子を置いて、 野菜を切っては坐り、 お皿を取り出しては坐って盛り付け、 しゃがめないので冷蔵庫の野菜室も腰かけて出し入れ、、 

そのことが苦痛だったわけではないのです。 前にも心臓の手術をしているから、 術後の回復がどんなに時間がかかるものかはよくわかってる。 身体がしんどければゆっくりやればいい、 人の3倍時間がかかってもいいじゃない、、 そう思うことは出来るのだけど、、 コロナによるリモート生活も重なって三度の食事の用意が欠かせなくなってくると 身体の負担も増してくる。。 

誰かに助けをお願いするほどじゃない。 だって手術して退院して来たのだもの、、 回復してきているのだもの、、 ただ体力がまだついていないだけ。。 お肉料理も お魚料理も、 身体がしんどくなげればもっといろいろ作れるのに、 一度にいろいろを作ろうと思うとやっぱり身体がしんどい。。。 しんどいと思いながら作るお料理は やっぱり楽しくない。。。

そんなときに、 土井善晴先生が 「一汁一菜でいいんです。 具だくさんのお味噌汁だけでいいんです」
とおっしゃっているのをどこかで拝見して ほっと身体の重荷が融けました。 涙が出る想いでした。 
あのグルメ番組の先生が…  それで良いんだとおっしゃってるんだ… って。

 ***






土井先生の言葉をちょっと自己流に解釈させていただいて、、 (お汁ものを三食とれないので) 一汁一菜にならない時は、 一菜合菜(いっさいがっさい)サラダをつくっています。 冷蔵庫の野菜をなんでもかんでもと、 常備しているお豆類とかハムとかタンパク質のもの、 全部をスチームしていっさいがっさいのサラダに。


、、、 ほんとうに 身体がもとに戻るのは ほんとうに時間がかかります。


でも、 毎日毎日をふつうに食事して、 毎日毎日こつこつ簡単なトレーニングを続けていくうちに、 ほんとうに一年がかりでしたけど、 体重もちゃんと増えて、 食事もおいしく食べられるようになって、 今では食べればちゃんと身になるようになって(体脂肪もきになってきて、、笑) 
そうしてようやく、、 コロナも落ち着いてきたこの秋に 晴れて外出してコンサートホールに足を運ぶことが出来るようになったんです。 自分の足で、、 自分の身体で、、

(でも結果的にリモート生活で家族が家にいたことで私自身の食生活も充実し、 お片付けもやってもらえて、、 なにより家事労働はいちばんのリハビリ。 これで良かったんです)

 ***

暮らしとは繰り返すこと。 と土井先生も仰っています。


 いちばん大切なのは

 一生懸命、生活すること。



だから、、 生活者としての私の《現在地》は、 繰り返すこと。 同じであること。。


きょうも 一生懸命


いっさいがっさい。

現在地…

2021-11-18 | …まつわる日もいろいろ
・・・ そうかぁ、、

Bob Dylan Band から Charlie Sexton さんはとうとう抜けたのね。。 で、今秋はエルヴィス・コステロさんのツアーに参加していたのですね。。 そうかぁ、、 ディランバンドのギタリストとして もうずうっとチャーリーはいるのかと思っていましたが、 いまコステロさんの所でどんなギターを弾いているのかな、、 また見てみたいな。

もう11年前になるのですね。。
Zepp Tokyo へ連日かよって 私にとっては初ディラン&初チャーリーのライヴに胸躍らせました。 スタンディングのフロアで周囲はほとんどオジサン&おじぃさんの熱気に囲まれ、、 (二日目からは囲まれるのがイヤで開演直前にドアの内側へ滑り込むというワザをみつけました)、、 ボブから10メートルくらいの位置で演奏をみていたなんて、、。 チャーリーが髪振り乱してフルアコ抱えて屈み込んで、、 最高の場面でした。
 
今度もし、、 ディランが来日する時が来たとしても、、(来年あたりにもありそうな気もしますね…) もうチャーリーの姿は見られないのですね、、 ちょっと淋しいけど チャーリーの新たな動向も なんだか楽しみです。。

それにしても ボブ御大は 永遠に ずっとずっと現在進行形のひとなのですね。。 すごいな。。

 ***

最近、、 というか 今年折に触れて、、 《現在地》 ということを考えていて、、

というのも、 クラシック音楽を聴いたり ミステリ小説に出てくる古い音楽家の話を読んだりして、、 いま私たちは《クラシック》なんて言って聴いているけれど、 当時はそれが現代音楽だったんだ、という当たり前のことをあらためて思って、、

だから、 交響楽でもワルツでも ひとびとは今度初めて披露される新しい楽曲を待ち望んで、きっとわくわくしながらコンサートホールへ足を運んでいたんだろうな、、とそんなことを今更ながらに思ったのです。

今から150年前の『若草物語』でも、 ジョーが 「これすてきなポルカじゃない?」と言ってローリーと踊り出す。。 まさにヨハン・シュトラウスがワルツやポルカを次々に作曲していたその同時代。。 たぶん初めて聴く新曲だったんでしょう。 

だからどんな大作曲家であろうと、 シュトラウスでもベートーヴェンでも、 常に前作を上回る新作を期待され、 命の最後の最後まで新しい作品を書きつづけて(新作を書かなければ忘れ去られてしまうのだから) ベートーヴェンなら第9の交響曲を最後に書いたのですよね、、 あらためて凄いなぁと。。(阿呆みたいでスミマセン…)

いま私たちは 第何番が好き、、 今度は第何番を聴きたい、、 とかって軽々しく言いますけど、 現在進行形の作品に対しては 過去にさかのぼるなんて、 そんな評価はもってのほか、、 すごいガッカリなことなのですものね。。

 ***

何を言いたいんだか滅裂ですが、、

先日 横尾忠則さんや 森村泰昌さんの今年のお仕事ぶりや展覧会のようすをTVで拝見して、、 横尾さんはもう85歳で (もう描きたいことはやり尽くしたというようなことも仰ったかな?) もう描くことにも飽きている、 けれど、 その飽きている自分が描くものを見てみたい、、 そこが絵描きとして興味がある、、 と毎日毎日絵を描かれていた。

森村さんも 青木繁の「海の幸」をテーマに、 このコロナ禍の現在と 世界のいまを見つめながら、 私たち人間の過去と現在とそしてこれからのあり方を見据えていらした。

美術家も、 音楽家も、、 世界がどうあろうと、 経済がどう停滞しようと、 自分がどう年をかさねようと、、 ずっとずっと 自分と世界の《現在地》を表現し続けるのが、、 それこそが仕事、、 仕事というか それがアーティストというものなんだな、、と。。


一方、、 わたしたちの《暮らし》、、 生活者という日常、、 そこにおける《現在地》というのは 芸術家のそれとは異なるものです。。 このことについてはまた別のときに書きましょう。 


 
昨日読んだ本に出ていた言葉、、


 「詩神(ミューズ)はいつもがんばっている人を見つける」


わたしは詩人ではないけれど、、 いい言葉だなと思う。






毎年聴きたい♪ カルミナ・ブラーナ:ウルバンスキ指揮 東京交響楽団 2021.11.14

2021-11-15 | LIVEにまつわるあれこれ
先週につづいてミューザ川崎に行ってまいりました。

あぁ 素晴しかった! 楽曲の終盤のクライマックスに差し掛かる時、 あぁもうすぐ終わってしまう。 もう一回聴きたい、 初めからいますぐ聴きたい! って思っていました。


指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ 東京交響楽団

曲目:シマノフスキ ヴァイオリン協奏曲第1番 op.35
ヴァイオリン:弓 新

曲目:オルフ カルミナ・ブラーナ
コーラス:新国立劇場合唱団
児童合唱:東京少年少女合唱隊
バリトン:町 英和
テノール:彌勒忠史
ソプラノ:盛田 麻央





 ***

前半のシマノフスキは、 付け焼き刃で何度か聴いた程度の私には何も申し上げられないような難しい曲で、 楽譜も読めない私にはいったいこの楽曲のリズムや音符がどうなっているのか よく楽団員さんたちはこの不思議な楽曲を弾きこなせるものだとただ感嘆の曲で、、

南国か東洋かの神秘の森の鳥のさえずりをイメージさせる ふるえるような さざめくような ヴァイオリンの調べ。 
今回、 コロナの影響で このシマノフスキのソリストも、 カルミナ・ブラーナのオペラ歌手の方たちも日本人の代役の方々へ変更になったのですが、 みなさん短期間での準備とは思えない素晴らしい演奏をなさって、 ヴァイオリンの弓 新さんの技術も素晴らしかったです。 予習で聴いた他の演奏家のなかには 技巧的すぎて音色がなんだか耳につく感じがして楽しめなかったものもありましたが、 弓さんの音色はオケと溶け込んで 流れるような美しさに浸れました。 

終盤 弓さんがソロで即興演奏をするところ(カデンツァというのだと最近知りました) 先週の児玉さんのピアノ演奏のときと同様、 ソリストを際立たせるようにウルバンスキさんは指揮台からそっと降りて見守るのですが、 ソロ部分が終わる瞬前にひらりと台に立ってオケをうねる様に盛り上げていく絶妙のタイミング、、 いつもながらため息ものでした。

 ***

圧巻は カルミナ・ブラーナ。 
行かれた方々の(土曜日のサントリーホールと日曜のミューザと) SNSでの歓びの感想を ずっと見させて頂きながら 今日一日じゅう幸せににまにましていられます(笑) そのくらい幸せにつつまれた感動の演奏でした。

素晴しかったのはもうすべてなんですけど、 コロナの影響でたぶん本来の三分の一くらいの人数で歌っていたと思われる 新国立劇場合唱団のみなさん、 人数のことなど感じさせない迫力でした。 合唱団のなかでソロで順番に歌われた方たちも美しかったし、 左右にゆ~らゆ~らスイングしながらの合唱! カルミナ・ブラーナの愉しい部分、 こうやって歌ってもいいんだ、、 とっても楽曲に合っていました。
東京少年少女合唱隊のみなさん、 この状況のなかでまだワクチンも(子供さんは)打てずに きっと練習にもさぞや困難があったでしょう。。 うつくしい心洗われる歌声に母のような気持ちでうるうる。。

バリトンの町 英和さんのお声は温かかったです。 酔っ払いの大僧正も名演技でした。
酒場で焼き鳥にされる運命の かなしい白鳥を演じた彌勒さん! もう、もう、、 マスクのなかで吹き出すのを必死に堪えました。 なにより! 可憐な乙女をみごとに歌い上げたソプラノの盛田 麻央さんには感動。。 youtubeで見ていった今までの海外のソプラノさんよりも一番わたしは盛田さんの歌声が好きです。

今回、 代役で日本のかたが歌うことになったのは私はむしろ良かったような気がします。 合唱団とオケとソロ歌手のかたたちとの全部の一体感、、 オケの人たちにも歌わせようとするマエストロのこだわり(むちゃぶり?) 結果、大成功だったと思うのです。 みなさん素晴らしかった。

あぁ オケの方たちの名演奏にも触れなくちゃ。。 この曲では すごくフルートに期待して行ったんです。 フルートさん素晴らしかったです。 東響さんの管楽器隊のすばらしさはいつも感嘆すること多いですが 今回もファゴットさんもオーボエさんもいつもながら見事。 

フォークロアな音色を奏でるときの弦の音色もうきうき湧き立つようだったし、 パーカッション陣もウルバンスキ氏のびしっっ! というキメの腕振りに気持ちいいくらいに決まっていて。

マエストロについては もう言う事なしです。 これだけの楽曲を暗譜で自分のなかでイメージを完璧に構築して、 一瞬のスキもなく的確、明確、明晰に指示して思いのサウンドを引き出す。。 なにより音楽を愛する気持ち、 楽しむ気持ちが伝わってくる指揮。 この先 ウルバンスキ君のファンがどんどん増えそうで、、 チケット取りにくくなったらどうしよう、、と お気に入りの私は要らぬ心配までしてしまいます。。

指揮する姿の美しさ、 イケメン、 かっこいい、、 という言葉はもう百回くらいSNSで見たので、 私は書きません(笑)、、 その通りでございます。

前回、 ジョージアのトビリシ交響楽団の素朴なカルミナ・ブラーナのことを書きましたけど、 ウルバンスキさんのカルミナ・ブラーナは 人間賛歌 という言葉がぴったりだと思いました。 笑いも涙も、 苦難も歓びも、 愛も恋も酒も欲望も、、 いろいろあるけれど結局のところ素晴らしい! と全身全霊で称え合う歌。。

だから ほんとうに今年の このコロナが日本で静かにおさまりつつあるこの時に演奏できて 本当に良かったと思います。 できることなら何度も何度も聴きたい。。 もしもミューザが土曜日で、 日曜日の晩がサントリーホールだったら、 急遽両方でかけていたかもしれません。 それくらいもう一度聴きたかった。 もう一度演奏すればもっともっとさらに良くなっていった気がするし、 だから毎年聴きたい、なんて思うのです。

今度はいつ ウルバンスキ指揮の東響さんが見られるのかなぁ、、、

歌ありが素晴らしかったので、 ウルバンスキ指揮のロッシーニとかってどんなかしら。。 ジョン・ウィリアムズも楽しそう。。 でも華やかなものよりも 以前にベルリンフィルでウルバンスキ君が振ったモルダウを東響さんの演奏で聴いてみたい。 あるいはシベリウスや。

あ、そうだ。 昨年のインディアナポリス交響楽団へのものだけれど マエストロのX’マス メッセージの映像がありました。 ご自宅なのかしら、、 ピアノを奏でるマエストロの向こう 大きな窓越しに北国らしい寒そうな、 でも美しい海辺の景色が望めます。
Happy Holidays from our Maestro


 ***


12月のノットさんもチケ取ってしまいました。


來1月にも 楽しみな公演があります。。 東響さんではないけれど見たいピアニストさんの来日も。。


このまま

できれば第六波が来ないで欲しいな。。 ずっとこれからもコンサートに行けるように。。 

いざ コンサートホールへ♪: ウルバンスキ指揮 東京交響楽団

2021-11-07 | LIVEにまつわるあれこれ
昨日はミューザ川崎へ。

コロナ禍の世の中になって以来、 通院と日々のお買い物以外で外出したのは 昨年秋のウィーンフィルただ一度。。 しかもウィーンフィルの時は怪我をしていて杖なしには歩けない状態だったので もう決死の覚悟でした 悲愴と言ってもいいくらい。

お洒落してお出掛け… なんて気持ちになれたのはコロナ後初めてです、、 パンプス履いたのも2年ぶりくらいで歩き方もおぼつかない感じでした(笑

でも 嬉しかった~~。 やっとやっと 街の景色を楽しみながら歩けること。 コンサートホールのかがやきに浸れること。 オーケストラの生音に触れられること。 


ウルバンスキさんの指揮は 今回で4度目です。 最初は2016年の東響さんでチャイコ4番、 つづいて2017年 NDRでツァラトゥストラ、 2018年東響とのタコ4番、、 どれも驚きの演奏でした。 

ウルバンスキさんの明解に指示をとばす指揮ぶりが素人の私には心地よかったのと、 いろいろ予習で聴いていったCDなどからは想像もつかない、 いろんな音色を引き出してくれる、 え? これが? という驚きをいつも与えてくれる、 そういう部分にすごく魅かれてウルバンスキさんの来日には毎回行こう、 と思ってきたのでした。 そして今回は…

指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ 東京交響楽団
ピアノ:児玉麻里さん

 モーツァルト:歌劇「魔笛」序曲
 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 op.19
 ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 op.98


ニコ生で中継がされて いまも視聴できるのですよね。 私も明日以降 またおさらいをしてゆっくり視たいと思ってます。 感想はそのあとで、、 もし追加できれば、、 


ブラームスだけに関して言えば、 牧歌的な部分やゆったりとたゆとうような壮大さもあって、 かと思えばストラヴィンスキー? かと思うような煌びやかさも。。 ストラヴィンスキー得意なウルバンスキさんだからかなあ、、 なんてヘンなことを思ったり。。 ウルバンスキさんが前に振ったモルダウが頭をよぎったり。。 やはり予習で聴いていったブラ4番とは違う驚きがたくさんありました。





そしてなんて幸せなことかしら、、 また来週もコンサートホールへ行ける。 夢みたい。。 けど今度は夢じゃない。。

ウルバンスキ指揮の カルミナ・ブラーナ。 こちらのほうが大本命 待ち望んでいました。 どんなカルミナ・ブラーナになるのでしょう、、 想像もつかない。。

いろいろ予習もしましたけれど、 最近視聴したもので とても心に響いたのがこちら⤵  ジョージア(グルジア)のトビリシ交響楽団のもの。 指揮は ヴァフタン・カヒッゼさん(Vakhtang Kakhidze)
https://www.youtube.com/watch?v=fkeC_s70kuQ

カルミナ・ブラーナの歌のもととなったのが修道院で発見された古い詩で、 民衆の風俗 四季や恋や踊りや酒場や 男と乙女の愛の掛け合いの歌や、 そして運命の歯車に翻弄される命、、 そういう土着的な色合いを考えるとなんだかこのトビリシ交響楽団の合唱と演奏がとても私には新鮮でした。

もちろん ウルバンスキさんにこれと同様の解釈を、 なんてことはまったく思いませんけれど、、


ほんとうに来週も楽しみ!

運命の車輪はこの地上に怖ろしい病をもたらして私たちを二年近くも苦しめました。 その力には逆らえず さまざまな困難に耐えて不自由を強いられ我慢を重ねてきましたね。 そうしてようやく 夜があけるようにこの国に光がさしてきて(まだ世界では大変な状況がつづいてますが…) 

ひとびとが やっと集って歌を歌い、 多くの人があつまってその演奏を楽しむことができるようになった喜び。。

今年聴く カルミナ・ブラーナ、  とてもとても楽しみです。


『ウサギ狩り人』とディオとジギーと…

2021-11-01 | 文学にまつわるあれこれ(ほんの話)
きょうから11月。 

投票日の日曜日、 お昼前に小学校(投票所)へ出かけたら おなじ方向へ向かう若いご家族がいっぱい。 天気予報が下り坂ということもあって、 大き過ぎる傘を引きずってカラカラ音を立てながら行く子や、 可愛い絵柄の雨合羽につつまれて大人の足元を一生懸命ついていく子や。。 ほんと可愛らしかった。

これからを生きる子供たちがみんなもっともっと幸せになれる世の中に、、 そう願って。。

 ***




一週間ほど前に読み終えた ラーシュ・ケプレルの最新作 『ウサギ狩り人』 と~っても面白かったです。 ヨーナ・リンナ警部シリーズは たぶん海外でも新作が出るごとにますます人気が高まっているのではないかしら、、 今作はなんだか 読者サービスがたっぶり、、 といった感じで、 うっとりやぞくぞくや、 懐かしさやせつなさや、 笑いも刺激も見せ場も盛りだくさんでした。 でも新作だから内容には触れずに…

はやくはやく 次回作が読みたい! たぶん誰もがそう思ったことでしょう、、 とだけ。


ヨーナ・リンナ警部シリーズについての過去ログ>>


 ***

本の話から音楽の話になっちゃうんですけど…
今回の作品のなかに、 レインボーの70年代後期のストックホルム公演のことが出てきて、 一時間以上遅れて開演したライヴで ディオ(ロニー・ジェイムス・ディオ)がスターゲイザーを歌い出したらみんながいっせいに前へ押し寄せた、、 という妙に具体的な思い出が語られていて、、

著者のラーシュ・ケプレル=(アレクサンデル・アンドリルと アレクサンドラ・コエーリョ・アンドリル夫妻)の生まれを見てみたら、 1966、1967年の生まれでした。 もしかしたらご本人が行ったライブの記憶なのかもしれませんね。

同世代の私は おもわずクスクス、、
あとから読んだお友だちも 「ディオがスターゲイザー… だって」とわざわざ指摘してくれました(笑


あと、 前回のブログで ボウイの「ロウ」の事に触れましたけど、、 『ウサギ狩り人』には ジギースターダストのギターを父と子がセッションする、、 という場面がありました。 『ウサギ狩り人』Kaninjägaren 本国での出版は2016年(ボウイが亡くなった年)なので、 あの場面を読んだ本国の人たちにはなにか感じるところがあったかもしれません。

物語のなかに登場する 特定の音楽やレコードやアーティストの名前、、 ミステリ小説の謎解きにはなんの役にも立たない部分だったり、 スルーしてしまっても話を理解するのに何の支障もないような気もするけれど、、 ある時代、 ある世代、 ある人物の記憶をふくめた生い立ちや人となりを一瞬で表現してしまう、、 そんな《共通言語》としての役割を感じているからこそ、 きっと作者さんはその具体名を使うのでしょうね。


それとも 本国でも若者の読書離れがすすんでいるのかなぁ、、。 レインボーにしろ ジギースターダストにしろ 40代以上でないとわからないものね。。 いや、 北欧の若者なら知ってて当然? だといいな。

 ***

その『ウサギ狩り人』を読んでいる頃わたしは、、 大好きなテイラー・ホーキンス君と ジェーンズ・アディクションのデイヴ・ナヴァロとクリス・チェイニーの新バンド結成を知り、 MVを見て大喜びでした。

NHC - Feed The Cruel
 (https://www.youtube.com/watch?v=fTtlFUutim8)

それでお披露目ライヴの映像など見ていたら Keep Yourself Alive やってくれたりして(コロナのこの時代にこんなぴったりの歌は無い) 、、このメンバーによる Rock n Roll Suicide の映像なんかも出てきて、、 テイラー君 ほんと大好きよ。






街路樹もだんだん色づいてきましたね。


素敵な秋がつづくといいな。