内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

感情のカタルシスあるいはオート・セラピーとしての手書きの手紙

2020-03-09 16:35:14 | 講義の余白から

 長期連載(になりそうな)「哲学的思考の型としての日記」を今日はお休みにします。記事の準備はできているのですが、今日ちょっと嬉しいことがあったのでそれについて書きます。
 今日の午後「日本文明・文化」の中間試験がありました。この授業のことは先週三月三日の記事でも話題にしました。すべて日本語で行われます。試験問題も回答もすべて日本語です。全部で九題出しました。それぞれに二三行で答えなさいという条件付きです。短すぎる回答は減点対象になるし、漢字・文法の間違いも減点するという条件も明示しました。それでも設問としては自分の考えを書けばいい問題ばかりなので一時間もすれば全員答案を提出してくれるだろうと予想していました。
 実際数人は一時間ほどで提出し退出していきました。ところが、その他の二十数人は二時間目一杯使って答案を書いていました。その主な理由は、書きたいことが書けるからこそできるだけそれを正確に表現したいということであったと思います。なかには全問平均して五六行書いた学生もいますし、回答によっては十数行に渡って書いている学生もいます。
 九問のうちの一問は「宿題で手紙を書いたとき、どんな気持ちになりましたか」という設問でした。まず、ほぼ全員がこの宿題をとてもいい経験だったと思ってくれていることがわかり、それをとても嬉しく思いました。
 フィクションでなく自分の心配事そのものを書いた学生は、この手紙によって自分と向き合うことができたと言っています。未来の自分に宛てて書いた学生は、その手紙の中で今の自分のさまざまな思いを未来の自分に伝え、「特に未来の私に幸せになるように伝えたかったです。この手紙を書いているとき、私は同時に喜びと悲しみで泣きました」と書いています。フィクションとして病気の祖母宛に女子大学生が書いたという設定を選んだ学生は、自分の経験ではないその女子学生の後悔と悲しみについて考えたと記しています。彼氏宛に初めて手紙を書いた学生は「すこし恥ずかしかったが」「彼に自分の思いのすべてを伝えたかった。それには手紙を書くことが必要でした」と正直に書いてくれました。以下に優秀回答を修正無しで掲載します。

宿題で書いた手紙は私が12歳だった時に亡くなった私のおばあちゃんに対する今持つ感情と思いを込めた手紙です。正直泣きながら書きました。こんな手紙を宿題に出していいのかと悩みましたが、今私が一番手紙を出したいのはおばあちゃんへの手紙しかないと思い、その手紙を書きました。

宿題の手紙を書く時に、自分で作った物語を共有できることにわくわくしていた。面白くするために、劇的な発展を書きたかった。現実的で面白いものにしたかったので、細部に注意した。終る時に、宿題に満足した。それは私の気持ちである。

母に感謝する手紙を書いたので、とても感動しました。多くの真実を語ったので泣きました。母にこの手紙を本当に渡したいです。考えていたすべてのことを書き込もうとしましたが、難しいです。これは書いたのは初めてでした。

宿題のために書いた手紙は誠実なものであった。昔からずっと思っていた言葉が初めてそこに表現できた。深く嬉しくて、心がどきどきした。

 その他にも修正を加えれば掲載したい「素敵な」回答は一つ二つではないのですが、それは省略します。最後に、最も長い回答をご紹介します。日本語としてちょっとおかしなところもありますが、あえて一切修正を加えずに掲載します。全体として本人の真率な気持がよく表現されており、感動的でさえあります。

将来の自分のために個人的な手紙を書きました。とても興味深い仕事だったと思います。考えさせるからです。私は非常に親密なことを書きました。だから、私は感情的になり、悲しく、泣きました。しかし、それが治療的だったと思います。その後、気分が良くなりました。私は自分に打ち勝つことができたことを誇りに思いました。私たちが感じることを書くことは、私たちの感情を引き受けることを可能にします。それから、私たちの人生で何が起こっているかをよりよく理解します。今後、私はこの演習を繰り返す予定です。

 この学生がいう手紙の「治療的」効果は他の学生たちのいくつかの回答からも読み取ることができます。日本語で手紙を書くという多かれ少なかれ時間も手間もかかる作業を通じて、多くの学生たちが感情のカタルシスを経験することができたのです。
 課題を出した者として、期待以上の真剣さをもって課題に取り組み、そうすることで自らにとって有益な結果を引き出すことができた学生たちに心からの称賛の拍手を送ります。