内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

目標を数値化すると途端に継続へのモチベーションが高まる単純な頭脳の私

2020-04-30 23:59:59 | 雑感

 三月十七日から始まった自宅待機令の直後の十日ほどは、なんの準備期間もなく始めなければならなかったオンライン授業の準備に追われたことと生活リズムの急な変化とによって日常生活のルーティンが乱され、運動不足に陥ってしまった。
 これではいけないと一日一時間のウォーキングを始めた。雨の日は休んだし、ときどきはサボったけれど、四月はまあまあコンスタントに歩いた。
 ただ、時間を決めて速歩で歩いていても、実際はどれくらいの運動量になるのかよくわからない。そこでスマートフォンで万歩計アプリを探したら、これがありすぎるくらいあって驚いた。私が知らなかっただけで、世間では多くの人がずっと前から使っていたということだ。機能にもあれこれヴァライティがあって、ネットで調べてもどれがいいかわからない。
 多機能でもどうせ使いこなせないからと一番シンプルなのにした。その名も「シンプル歩数計」、ただ一日の歩数が記録されるだけ。ここ十日ほど使っている。最初は精度がどの程度なのかわからなかったが、一週間の平均をとってみると、だいたい一時間で7200歩、つまり一秒間に二歩ということで、まあ目安ができただけでもいい。
 使いはじめて数日後に気づいて驚いたことは、この歩数計アプリを使い始める以前の記録も残っているのである。これはどういうことなのだろう。スマートフォン(iPhone 6 plus)自体が歩数を記録していたということなのだろうか。半信半疑で今年の元旦にまで遡って数値を見てみると、だいたい妥当な数値なのである。ただ、ときどきこれはありえない数値もあった。
 なんであれ長期間継続するには、それをわかりやすい数値目標に置き換えると継続しやすくなるのは一般的に言えることであろうし、私のような「数値目標マニア」には特にそれがあてはまる。毎日数値を出したいから歩かずにはいられなくなる。まんまと自分を唆すことに成功したわけである。
 普段使っている体重計(タニタではなくオムロン)は、体脂肪・BMI・基礎代謝量・各部位皮下脂肪などが計算できる。水泳を続けていた十年間、だいたい安定して「良好」あるいは「きわめて良好」な数値だった。それがやはり若干悪くなっているのもわかった。ただ、脚部の皮下脂肪が目立って少なくなっているのには少し驚いた。一月ほどではっきりとウォーキングの効果が現れたということで、これがまたモチベーションを高めるのである。
 要するに、私の頭脳は実に単純にできているということである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ストレスは体のどこかに反応が出てしまう

2020-04-29 23:59:59 | 雑感

 歯が痛い。もう二週間以上続いている。虫歯ではない。原因はわかっている。これがはじめてではない。いつからかもう覚えていないが、長年、歯ぎしりがひどかった。翌朝目覚めると顎がだるくなっていることで、前夜寝ている間にひどく歯ぎしりしていたことに気づく。しかし、寝ている間のことであるから、意志的にコントロールできない。
 ここ数年、一時帰国の度にかかりつけの歯医者さんで定期検診を年に二度、年末年始と七月か八月に受けている。その歯医者さんから歯ぎしりについていろいろアドヴァイスは受けていて、昨年末に診てもらったときは、歯茎の状態がとてもいいと褒められて気を好くしていた。実際、少なくともここ一年は歯ぎしりもすっかりおさまっているようだった。
 それがまた始まってしまった。原因は間違いなくストレスだろう。昼間目覚めているときは意志的に気持ちをコントロールできている。落ち込むことも感情が不安定になることも激することもない。ただ、どこかでやはり精神的に無理をしているのだろう。それが体のどこかに反応として出てしまう。私の場合、歯ぎしりなのだ。
 常時痛いのではない。歯ぎしりの途方もない圧力のせいで右下の歯茎が炎症を起こし、そのせいで歯の位置が隆起し、左側より先に上の歯と触れてしまう。その接触が神経を圧迫し、激痛が走る。二年ほど前は、左下歯茎に同じ症状が発生したことがある。それが今回は右側に出たというわけである。
 起きている間、上下の歯が触れないように気をつけていれば、炎症による若干の鈍痛があるだけで鋭い痛みはない。食事のときがやっかいだ。左側だけで噛もうとしても、少しでも強く噛み締めようとすると右側も上下の歯が触れ合ってしまう。そうすると痛みで食べられなくなる。痛くならないように気をつけながら食べると、美味しいものもおいしく感じられなくなってしまう。
 症状は緩和してきているが、ストレスの原因を絶たないと完治しない。歯医者で治療してもらって治るものではない。
 自分の意志では統御しようのない不確定性の中にいつまでという期限なしに置かれ続けることから発生するストレスが引き起こした身体的反応に対してそれを悪化させないように上手に対応するということが今の状況下でできる最良の対処法なのであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


末期の眼で世界を見ることができる個物として人生の残日を生きたい

2020-04-28 21:10:54 | 哲学

 この季節、ストラスブールの樹々の新緑はいつも美しい。その美しさが当たり前となってしまっていたここ数年、自転車で街を走りながら、あるいは路面電車の大きな窓から流れ行く景色を眺めながら、「ああ、今年もまたこの季節が来てくれた。なんてきれいなのだろう。ありがとう」と嬉しく思うことはあっても、それ以上の特別な感懐を抱くことはなかった。
 三月半ばからずっと続く自宅待機令による外出制限下、ここ一週間ほど、毎日夕方に一時間余り歩きながら、俯き加減の姿勢と気持ちを視界とともに一気に振り起そうと何度も空を見上げる。すると、街のいたるところに聳える巨樹の風に揺れる新緑が眼に入る。その美しさはいまだかつてないほどに目に染みる。今まで自分は何を見てきたのかと思われるほどに。
 ふと、芥川龍之介の『或友へ送る手紙』の一文を思い出した。

自然の美しいのは僕の末期の目に映るからである。

 私は自死するつもりはない。だからこそ、これからどれだけ残されているかわからないこの儚い人生を、末期の眼で世界を見ることができる個物として生きたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


二週間後の自宅待機令緩和措置についての独り言

2020-04-27 23:59:59 | 雑感

 フランスでは五月十一日から自宅待機令が段階的に緩和されていくことになっている。しかし、科学者たちからも教育現場からも各地方自治体からもさまざまな批判が出ている。疫学者・免疫学者・ウイルス感染学者たちからは第二の感染爆発を引き起こしかねない時期尚早な選択であること、教育現場からはいわゆる社会的距離を教室内で確保しながら授業を行うこととオンライン授業を同時に継続することは無理であること、地方自治体からは公共交通機関でのマスク着用の義務化を徹底させることの困難であることなどの問題が指摘されている。もちろんそれだけではない。
 今回の決定の主たる理由の一つとして、自宅待機令の長期化で顕在化し拡大しつつあるいわゆる社会的格差をこれ以上放置できないということを大統領は強調していたが、言うまでもなく、これは表向きの大義名分に過ぎない。実のところは、経済復興を重視した政治的決定である。国民の健康と安全な生活という観点からはきわめて大きな危険を孕んだ選択だと言わざるを得ない。どんなに用心しても、社会的混乱は必至だろう。
 この決定の結果として、第二の感染爆発が引き起こされれば、医療崩壊は現実のこととなるのはほぼ間違いない。抗体の形成が免疫性の獲得を必ずしも保証せず、仮に免疫性が獲得されたとしてもその効力は数ヶ月か一年程度でしかないと言われている。もしそうならば、いわゆる集団免疫理論が正しいとしても、国民の六、七割が免疫を獲得したところで、それで Covid-19 を抑え込める保証はない。確実な治療効果が実証されたワクチンのみが科学的に見て有効な治療法だが、ワクチンの開発にはどんなに急いでも一年以上かかるとも言われている。
 消去法で考えれば、自宅待機令をできるだけ長く維持して、入院患者数が十分に減少し、医療体制が全体として余裕がもてるようになるまで待ち、その間、マスク・人工呼吸器・検査機器その他、第二の感染拡大が起こった場合により効果的に即応できる体制を整えるのが、現状での最善の判断だと私は考えるが、考えただけでは何の役にも立たない。「お上の事には間違いはございますまいから」と自宅でテレビの討論番組をぼんやりと見ながら呟くことくらいしか私にはできない。
 大学では授業も試験も九月まではない。会議もほぼすべてオンライン会議である。そもそもその会議も少なく、あっても短いのはありがたい。文系の場合、ほとんどの仕事はテレワークで可能だから、影響は比較的限定的だ。私個人はもう授業をすべて終えているし、試験も六月の追試まではない。その追試もすべてオンライで行われるという通達が今日あった。未経験の方式だから不測の事態もありうる。それを三月の時点で見越して、私が受け持っている科目に関しては、すでに受けた本試験と大学閉鎖後に出した毎週の課題だけで成績を出すようにしたから、追試受験者はほぼ零とみてよい。
 「月月火水木金金」、午前四時起床、その日その日の仕事を粛々かつ淡々とこなし、ときどき読書もし、夕方には一時間歩いて汗を流し、帰宅してすぐにシャワーを浴び、早めの夕食をワインとともにさっさと済ませ、テレビでのその日の出来事を復習し、VPNを使って日本の好きなテレビドラマを一、二本観て就寝する。そんな日々を私は五月も続けていくだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


陶淵明 雑詩 其一 最後の二句「及時当勉励 歳月不待人」を詩全体の中で味わいなおす

2020-04-26 11:30:33 | 読游摘録

 三日前、「KADOKAWA 電子書籍全品25%引きクーポン」という宣伝文句につられて、ふらふらと四冊購入した。いずれも角川ソフィア文庫で、三冊は『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』シリーズの中の『陶淵明』(釜谷武志)『杜甫』(黒川洋一)『李白』(筧久美子)、もう一冊は林賴子著『フェルメール 作品と生涯』。〆て千二百六十八円也。
 『陶淵明』の「はじめに」にこんな一節があり、目に留まった。

 わたしは高校時代に、国語の漢文の授業で、次のような句を教わりました。
「時に及んでまさに勉励すべし、歳月、人を待たず」
 その時わたしは、時間の流れは速くて人を待ってくれないから、わかいうちにしっかり勉強しないといけない、という意味だと思っていました。
 じつはこの二句は、陶淵明の詩(「雑詩」其の一)の一部なのです。しかもそれは、勉学にいそしむようにすすめているのではなく、わかいときにこそ、大いに楽しみ遊びなさい、といっているのです。それを知って意外でした。「勉励」という字面にひきずられてしまったのでしょうが、わたしをふくめて、この句を誤解している人が多いように思います。わかったつもりでいても、じつは誤解していることもあります。

 私もまさにこの誤解していた一人だ。石川忠久も『漢詩鑑賞事典』(講談社学術文庫 2009年)も同詩の鑑賞欄に「この詩ほど人々に誤解され愛唱(?)された詩も珍しい。もっとも、それはこの詩の最後の二句あるいは四句だけ切り離しているのであるが、つまり、「時に及んで当に勉励すべし」を、「若い時に勉強しなさい」と取るのである。原作はごらんのとおり、「チャンスを逃さず遊べ」というのだから、全く反対だ。陶潜先生もさぞ草葉の陰で驚いているだろう。」とユーモアを込めて注記している(57‐58頁)。
 この詩の原文、書き下し文、釜谷武志訳を掲げて、味わいなおすことにする。

陶淵明
雑詩
其一

人生無根蔕
飄如陌上塵
分散逐風転
此已非常身
落地為兄弟
何必骨肉親
得歓当作楽
斗酒聚比隣
盛年不重来
一日難再晨
及時当勉励
歳月不待人

人生 根蔕無く
飄たること 陌上の塵の如し
分散し風を逐うて転ず
此れ已に常身に非ず
地に落ちては兄弟と為る
何ぞ必ずしも骨肉の親のみならんや
歓を得ては当に楽しみを作すべし
斗酒もて比隣を聚めん
盛年 重ねては来たらず
一日 再びは晨なり難し
時に及んで当に勉励すべし
歳月 人を待たず

人の一生は木の根や蔕のようにつなぎとめておくものもなく、
路上の塵のごとくただよい飛び散る。
風のまにまに散ってころがりゆく、
この体はもう不変の身ではないのだ。
この世に生まれおちるやみな兄弟となるのであって、
決して肉親だけに限らない。
喜ばしい時には楽しむべきである、
少しの酒であっても隣近所を寄せ集めよう。
若い時は二度とやってくることはない。
一日に朝が二度やってくることはない。
しかるべき時に楽しみ遊ぶべきである、
歳月は人を待ってはくれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


名作はやはり紙の書籍の手触りと重みと匂いを感じながら読みたい

2020-04-25 23:59:59 | 読游摘録

 ここ何年とフランスでも日本でも本屋に足を運ぶことがめっきり少なくなった。かつては一時帰国のたびに神田神保町の古書店をひやかして歩くのを楽しみとしていたが、ここ数年酷暑の真夏などは出かけるのが億劫になってしまった。フランスでもパリに住んでいるときは週に一度はカルティエ・ラタンの古書店を梯子していたものだが、ストラスブールに引っ越して六年、本屋に足を運んだのは数えるほどだ。FNAC には月に何度か足を運んでいたものの、それはインターネットを通じて注文した本を取りに行くためで、書籍の階に上ろうとさえしなくなった。
 書籍の購入はもっぱらインターネットを通じてするようになると、書店でのようにふと目に留まり、手に取ってみて、頁をめくってみて何か感じるところがあり買うということがなくなってしまう。最初からお目当ての本を注文するだけのことが圧倒的に多い。オンライン書店からは宣伝メールが毎日のように届くが、そのお薦めをみても食指を動かされるということはほとんどない。ときには、ちょっと気を引かれることもあるが、そういうときは数日間カートに入れておいてそれでも買いたい気持ちに変わりがないときだけ購入する。
 以上は紙の書籍に関してのことである。この二年半、電子書籍を購入するようになった。最初は講義の資料として使うというもっぱら実利目的だったが、こちらでは紙版購入は高くつく日本語の書籍は、楽しみのために読む本もいつしか購入するようになった。特に今年に入って、とりわけ自宅待機令が施行されるようになってからのこの一か月半ほど、電子書籍の購入冊数が異常に増えている。その主な理由は、「近現代日本文学」の課題で学生たちが取り上げる作品の原典と仏訳を一通り揃えるためである。これらの書籍は学科の図書室にはすべてあるのだが、アクセス不可能だからやむなく電子書籍版を購入したというわけである。かなりの出費である。本文分析には検索機能が威力を発揮するので、これはこれで無駄ではないが、たとえ職責上の必要からとはいえ、名作を電子書籍で読むのはやはり何とも味気ない。例えば、谷崎潤一郎の『細雪』などは、持ち重りのする立派な装丁の版で読みたい、と書斎の窓から今日も澄みきった青空を眺めながら溜息をつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「荒涼に耐へて、一すぢ懐しいものを滲じますことができれば」― 原民喜の文体について

2020-04-24 17:44:24 | 読游摘録

 大江健三郎は、昨日の記事で触れた『夏の花・心願の国』の解説に、出典を明記せずに原民喜が自分の理想とする文体について述べた文章を引用している。出典は、「砂漠の花」と題された短いエッセイ風の文章で1949年10月13日付の『報知新聞』に掲載されたのが初出である。全体で千字に満たないこの文章は、『青空文庫』に収録されている(ただ、同文庫での底本は「日本の原爆文学1」ほるぷ出版 1983(昭和58)年8月1日初版第一刷発行である)。とても味わい深い文章だと思う。全文を引用しよう。

 堀辰雄氏から「牧歌」といふ署名入りの美しい本を送つて頂いた。私は堀さんを遠くから敬愛するばかりで、まだ一度もお目にかかつたことはないのだが、これは荒涼としたなかに咲いてゐる花のやうにおもはれた。この小作品集を読んでゐると、ふと文体について私は考へさせられた。
 明るく静かに澄んで懐しい文体、少しは甘えてゐるやうでありながら、きびしく深いものを湛へてゐる文体、夢のやうに美しいが現実のやうにたしかな文体……私はこんな文体に憧れてゐる。だが結局、文体はそれをつくりだす心の反映でしかないのだらう。
 私には四、五人の読者があればいゝと考えてゐる。だが、はたして私自身は私の読者なのだらうか、さう思ひながら、以前書いた作品を読み返してみた。心をこめて書いたものはやはり自分を感動させることができるやうだつた。私は自分で自分に感動できる人間になりたい。リルケは最後の「悲歌」を書上げたときかう云つてゐる。
「私はかくてこの物のために生き抜いて来たのです、すべてに堪へて。すべてに。そして必要だつたのは、これだつたのです。ただしこれだけだつたのです。でも、もうそれはあるのです。あるのですアーメン」
 かういふことがいへる日が来たら、どんなにいいだらうか。私も……。
 私は私の書きたいものだけ書き上げたら早くあの世に行きたい。と、こんなことを友人に話したところ、奥野信太郎さんから電話がかかつて来た。
「死んではいけませんよ、死んでは。元気を出しなさい」
 私が自殺でもするのかと気づかはれたのだが、私についてそんなに心配して頂けたのはうれしかつた。
「私はまるでどことも知れぬ所へゆく為に、無限の孤独のなかを横切つてゐる様な気がします。私自身が沙漠であり、同時に旅人であり、駱駝なのです 」と、作品を書くことのほかに何も人生から期待してゐないフローベールの手紙は私の心を鞭打つ。
 昔から、逞しい作家や偉い作家なら、ありあまるほどゐるやうだ。だが、私にとつて、心惹かれる懐しい作家はだんだん少くなつて行くやうだ。私が流転のなかで持ち歩いてゐる「マルテの手記」の余白に、近頃かう書き込んでおいた。昭和廿四年秋、私の途は既に決定されてゐるのではあるまいか。荒涼に耐へて、一すぢ懐しいものを滲じますことができれば何も望むところはなささうだ。

 大江健三郎が解説で引用しているのは、第二段落と最終段落である。特に第二段落に示された原民喜が憧れているという文体を自らの作品において見事に実現していることを大江は驚きとともに讃えている。確かに、原民喜の文体の素晴らしさをこれほど余すところなくとらえた表現はないのではないかと私も思う。
 このような文体はけっして技巧だけでは得られない。原自身が言うように、それは「心の反映」でもあるだろう。しかし、その心に何を書きたいと願うかが文体を決めるとも言えないだろうか。自らが到達したいと憧れる文体で書くに値することを書こうと一心に願い、そのことに命を捧げた作家であったからこそ到達できた文体であったと私は思う。
 上掲の文章に引用されているフローベールの書簡の一節は、1875年3月27日にジョルジュ・サンドに送った手紙の中の一節である。原文は « Il me semble que je traverse une solitude sans fin, pour aller je ne sais où. Et c’est moi qui suis tout à la fois le désert, le voyageur et le chameau. » となっている。
 原民喜を読んでいると、文体とは作家が背負った運命の刻印であると言いたくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


現代日本文学の最も美しい散文家の一人である原民喜の生涯と作品を今紹介したくて

2020-04-23 20:38:48 | 講義の余白から

 今日は朝からずっと原民喜の諸作品をあれこれ読み直し、それと並行して梯久美子著『原民喜 死と愛と孤独の肖像』(岩波新書 2018年)を再読しながら、すでに一応講義を終えた「近現代日本文学」の「番外編」の資料を作っていた。まだ終わっていない。
 後期に使っていた文学史の教科書には、原民喜の名前さえ載っていないのだが、この作家はもっとフランスでもちゃんと評価されるべきだと私はかねがね思っていた。翻訳はたった一冊だけである。「壊滅の序曲」「夏の花」「廃墟から」のいわゆる「夏の花」三部作を収めた Hiroshima, Fleurs d’été, Babel, 2007のみ。そのうち「夏の花」は1986年刊行の Anthologie de nouvelles japonaises contemporaines (Gallimard)  に収録されていた訳の再録である。
 大江健三郎は、自ら編集した新潮文庫版『夏の花・心願の国』の解説(その副題は「―原民喜と若い人々との橋のために」となっている)で原民喜を「若い読者がめぐりあうべき、現代日本文学の、もっとも美しい散文家のひとりである」としている。ところが、フランスの学生たちは、この稀有な資質をもった作家についても、その静謐玲瓏な文体で綴られた作品についても、おそらく何も知らないだろう。
 そこで、まずは作家の生涯についての解説が必要だろうと、梯久美子の本に基づいて資料を作っていたら、思いの外時間がかかってしまった。作品も「夏の花」三部作ばかりでなく、そのかぎりなく美しい他の散文作品の一部も原文で紹介したい。亡妻の思い出を素材とした作品群と「夏の花」三部作以後1951年11月の自殺に至るまでに発表された作品群の中からも紹介したいと欲張っているときりがない。
 以下に引くのは、妻貞恵が亡くなる直前に書かれた小品についての梯久美子の評言である。

 六篇はいずれも、ヒステリックなまでに戦時色が強まった一九四四(昭和十九)年によくぞ書いて発表したと思えるような作品である。常套句を使わず、声高にならず、平易な文章で何でもない日常を描く――それは、非日常の極みである戦争に対する、原の静かな抵抗であった。(142-143頁)

 今の状況を語るのに戦争を比喩として使うことは控えたい。ただ、こんなときこそ文学の静かで持続的な力が必要だと私は思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


自発的・自律的思考へと学生たちを「唆す」手段としての講義

2020-04-22 22:11:26 | 講義の余白から

 自分がそのとき一番大切だと思っていることを何らかの仕方で授業を通じて学生たちに伝えたいと私はずっと思っていたし、今もその思いに変わりはない。極端に言えば、授業はその手段でしかない。歴史の授業であれば歴史的出来事を通じて、文学の授業であれば文学作品を通じて、語学の授業であれば言葉の用法を通じて、そうしてきた。一応知識的な面で極端な欠落がないように心掛けはしたが、テーマによっては参考文献を示して「これ読んでおいてね」と言うだけですっとばして、自分が語りたいことをかなり自由に語ってきた。
 それに対する学生たちの反応は一様ではない。「な、なんで、こういう話になるんですか?」と戸惑いを隠せないことも彼らにはあった。ありきたりの授業でありきたりの課題を期待する向きもあった。そのほうが予習も復習も型通りにできるし、試験も記憶力を発揮すれば合格点が取れるタイプの方が安心だという学生もいた。
 だが、そんなことなら教室の授業はいらないではないか。極端に言えば、参考文献表を年度はじめに与えて、定期試験でその習得度を確認すればよい。つまり、教師などいらない。「理にかなった」試験問題と「客観的な」採点基準にしたがって誰かが適当に採点すればそれで事足りる。
 私が学生たちに求めることはただ一つ。君たちはどう考えるか。これだけである。もちろん彼らに自発的かつ自律的な思考を促すために出題は工夫する。参考文献の受け売りなどではまったく点数が取れない問題を出す。彼らも最初は仰天する。だが、彼らもすぐに気づく。自分で考えることなしに何かを学ぶということはそもそもありえないのだと。
 大学が閉鎖になってから、私はこの方針で全面的に「攻め」に出ることにした。「これがこの問題について私の考えていることだ。君たちはどう考えるか。君たちには私の考えを批判する権利がある。遠慮するな。ただ、建設的な議論をするためには、お互い根拠を示し合い、それを一緒に検討する必要がある。ただ一方的に自己主張するのは議論ではない。」これが基本方針だ。
 このようなやり方に対して賛否両論あることは認める。ただ、この一月余り、確実に手応えを得ている。今日もとても嬉しいことがあった。
 自宅待機を強いられているだけでも困難な状況であるのに、コロナウイルス感染とはまったく別の理由で入院せざるを得なくなった学生がいる。原因不明でまだどれだけ入院が続くかわからない。学科長として、すべての教員に向けてその学生が入院前の成績だけで単位が取得できるよう配慮を求めた。すべての教員がそれに応じてそれぞれに対応策を考えてくれた。
 その学生からそのような配慮に対する感謝のメールがさきほど届いた。ところが、その中に、私が出題した倫理に関する問題にはどうしても自分の考えを述べたいから締め切りは過ぎているがレポートを書いてもいいかとあった。もちろんかまわない。いつでもいいから送りなさいとすぐに返事を送った。
 締め切りを守らせることや公平な成績判定基準は学事の円滑な運営には不可欠だ。だが、それよりも大切なことは、自発的・自律的に思考するように学生たちを「唆す」ことであると私は考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


休暇であって休暇でない非常時の日常、迅速・的確・柔軟な判断と対応が日々求められる

2020-04-21 12:21:53 | 哲学

 先週土曜日から一週間の復活祭の休暇に入ったのだが、昨日「日本の文明と文化」の今年度最終講義の録音を行い、すぐに大学のサイトにアップした。四部構成でそれぞれ別々にアップしたが、総計三時間になった(休暇中にじっくり聴きたまえ学生諸君)。火曜日と木曜日の残りの講義はパワーポイントと文章化した講義を大学のサイトにアップすることで終えた。それぞれまだ課題提出が残っており、特に、「近現代日本文学」の方は、四十名近い学生たちそれぞれに別々のテーマを選ばせ、それについてのレポート提出を義務づけており、それとは別に指定された作家たちの中から一作品を選び、その読書ノートを提出することも評価材料にするので、まだ仕事が終わったわけではない。どちらも五月七日が締切りだ。大学閉鎖前に実施した中間試験の採点もまだ終わっていない。その採点と並行して、六百通を超える来年度入学志望者の願書にも目を通し、順位づけを行わなくてはならない。つまり、休暇などないのである。
 休暇を潰してまで(もちろん学生たちの暗黙の同意は得た上でのことだが)講義を早めに終えたのは、五月以降の雑務に備えてのことだ。私自身の三つの講義についてはもう試験は行わないことにしたが、学科の他の科目の多くは五月上旬に試験を行う。すべてオンラインで行われるが、みな初めてのことであり、不測のアクシデントが発生しないとも限らない。それに備えて自分の身を軽くしておきたいのである。六月半ばには追試も行われるが、その準備も五月中に完了させておく必要がある。多くのことを試運転・実験期間なしにぶっつけ本番で行わなくてはならないが、それはどこも同じであり、今はそれについて文句を言っているときではない。
 不確定要素が確かな見通しを立てることを妨げている流動的な状況に応じて、その都度、迅速・的確・柔軟な判断とそれに基づいた対応が求められる。できないことはできない。無理は理性の欠如だ。緊張を強いられ、ストレスも溜まりやすく、感情のコントロールも容易ではない条件下、それらの悪条件が引き起こしうる心理的悪影響を明確に計量し、精神のバランスを保ちつつ、ポスト・コロナの世界への展望を開く。これだけ難度の高い「ゲーム」には一生のうちにそう何度も出遭えないだろう。