内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

一般常識としての漫画

2020-03-03 03:33:48 | 講義の余白から

 日本語のみで行われる昨日月曜日の講義「日本文明・文化」の冬休み中の宿題として「日本の漫画について自由に書きなさい」という課題を出しておいた。漫画についての子供の頃の思い出、お気に入りの漫画、今夢中になっている漫画、読んでみたいと思っている漫画、自分で描いている或いは描きたいと思っている漫画の構想など、漫画に関することならなんでもいいから600字~800字で書きなさいという課題である。その〆切が二月末日だった。
 世界第一位の漫画輸入国であるフランスは日本に次ぐ漫画読者数を誇る国でもあり、学生たちも実によく知っているしよく読んでいる。当然予想できる作文のテーマは、だから、漫画に関する幼少期の思い出、自分が大好きな漫画家、お薦めの作品などであるが、実際大多数がそのようなテーマを選んでいた。中にはお気に入りの漫画の幾コマかを貼り付けて詳しいコメントをつけるという凝った趣向のものもあり、その他にもそれぞれになかなかに読み応えのある力作が多かった。
 漫画とは直接関係ないが私にとっては興味深かったのは、幼少期をフランス以外の国で過ごした学生たちの思い出話だった。学生たちの国籍はフランスとは限らず、また本人はフランス国籍でも、両親やその他の家族のメンバーはそうでなかったり、今も他国に住んでいたりする場合もある。それぞれのお国事情を彼らの幼少期の思い出話から垣間見ることができた。これは思わぬ副産物であった。
 意外にも、いや当然のことと言うべきか、漫画はほとんど読まないという学生も少数だがいた。彼らの文章はそれでも漫画のよさについてはちゃんと認識していることを説得的に述べている立派な内容であった。
 今回学生たちが提出してくれた三十の文章の中で最も印象に残ったのはある女子学生の文章だった。彼女は大学に入るまで漫画を読んだことがなかった。ところが、まわりの学生たちの多くにとって日本学科を選んだ理由は漫画への情熱であり、教師たちのほうもそれを前提として課題を出すことがしばしばある。例えば、自分の好きな漫画に応じてグループを作ってくれと言われ、そもそも好きな漫画などないからどのグループに入ればいいのか彼女はとても困惑してしまった。あるいは、ある作品の非常に細かい点に関する翻訳を課題として課されたが、それはみんなその漫画はもうよく知っているという前提でのことだった。ところが彼女はその作品をまったく知らなかったのでうまく訳すことができなかった。
 これらの困難を述べたあとで彼女はこう書いている。
 「そういう困難をもたらすギャップを埋めた方がいいことに気づかされ、今は一般常識と日本語能力のために漫画を読むようにしています。」
 ちょっと大げさに聞こえるかもしれないが、私はこの一文を読んだとき少し感動してしまった。この学生は高校から直に日本学科に入りストレートで三年生になった学生たちよりちょっとだけ年齢が上ということもあるだろうが、これまでに私が添削した文章からも、人間的により成熟しており且つ高い知性の持ち主だということがわかる。上掲の引用文の後は、昨年の日本滞在中に購入した漫画の話になるのだが、一番好きな作品として『聖☆おにいさん』を挙げていた。
 来週は中間試験。昨日の授業で試験のテーマについて説明した。私の試験では知識は問わない。与えられたテーマについて事前によく自分で考え、答案にはその思考の努力の成果を示すことを求める。この授業の回答はすべて日本語で書かなければならないので辞書持ち込み可にしてある。しかし、その場で辞書を引き引き言葉を探して繋ぎ合わせているようでは時間が足りない。そんなことでは所詮いい結果は得られない。
 学生諸君、与えられたテーマについて一週間よく考えたまえ。