このところの暑さでどこにも出かける気がしない。おかげでたまった記録が片付いて行く。
先日の事、日本中が熱中症対策をやり始めた日、風も波もなくこの上なく穏やかな日、そんな日に川も海も漕いだ日の記録。
猛暑でなければ晴れて風も波もないのは絶好の漕ぎ日和と言うのだが、この暑さの中では雨が降ってくれた方がありがたい。今回は「謎の島」があると言うので、2つの川をちょこっと漕いで、1つの海をちょこっと漕いで、「何かがありそうなのでちょこっと行ってみる」ツーリング。
清流宮川と言われるが、それはたいていの川がそうであるように、河口近くに来ると「清流」と言うには難がある。更に、出艇地は潮が引いて足元は泥。バナナの皮で滑ったことはないが、きっとこんな風なのだろうと、恐る恐る歩く。
大きく引いた川にカヤックを浮かべそろりと漕ぎだす。水に浮かべは爽やかな風が吹き、これなら熱中症は大丈夫、と散歩気分のカヤック漕ぎを楽しむ。
漕ぎを妨げる要素は何もないのだが、ここはいったい川なのか海なのか。川の流れも海の波もないだだっ広い河口は単調で漕ぐ気が失せる。ある意味、ありがたくも贅沢な話なのだが。
やがて遠くに見えていた灯台が目の前を過ぎ、いつ海に出たのかわからない内に、いつの間にか堤防の中に居て、ここはもう別の川の河口の中。河口と言い難いほどに広い水域にちょっとした島がある。
所々に海面へと続く階段やスロープが見えるのだが潮が引いた島はカキ殻で囲まれ、これでは上陸できない。 『島はあっても“取りつく島もない”』 一句浮かんだのだがどうも字数が合わない。これはボツにしよう。
一面の「カキヶ原」、手のひら程の大物がひしめき合っている。食べ応えがありそうだが泥地に育つカキは味はどうなのだろう。これだけ多いというのは、食べられないので誰も取らないという事だろうか。それはともかく、このカキ殻に手を突きたくない、カヤックを擦りたくない。SF映画の未知の彗星がこんな光景だっただろうか。異様な光景でもある。
「針地獄」と言うものがあると言う。さぞかし痛かろうと思うが、カキ殻の上を裸足で歩かされる「カキ殻地獄」、なんてものがあったら・・と思うと背中がゾゾッとする。
島をぐるりと回れるはずなのだが、潮が引いた水路は浅くて通れない。行かれる所まで行き、ランチの岸を探す。カキ殻がないと思えばそこは「ドロ地獄」。一度踏み込めば足を取られるか靴を取られるか。河口まで戻り、居心地良さそうな岸で上がる。
炎天下の浜の小石は「岩盤浴」し放題。色にしたらこんな色になるだろうか。
それでも小さなタープを張れば、楽園の心地良さとは言えなくとも、昼寝ができる涼しさにはなる。 心地良い潮風とバロックの曲。暑さで体が疲れたのだろうか、たいした距離は漕いでいないがたっぷりと昼寝をする。
このところの夏模様、河口の岸には黄色の星が煌く。
ハマボウ。1本、また1本。群生している。夏場、ハマボウはいろいろな所で見られるが、群生はそう多くはない。潮が引いている時には浜となるこの岸は、大潮の満潮時にも浜なのだろうか。水の流れた跡がある。もしかするとこの浜も水路になるのかもしれない。そうなればハマボウ水路のカヤックツーリングができるだろう。
和歌山の川にハマボウ群生の水路があり以前その水路を漕いだことがある。上流から下って来るのでその水路に着くのは夕方。しかも満潮時でないと通れない水路。花の咲く時季に夕方の時間帯に満潮となる日は一夏の内でもそう多くはない。一緒に漕ぐ人の仕事の都合の良い日で、更に川の状態も大きな要素。そんな幾つもの条件をクリアしてハマボウ水路を漕いだ。
今回漕いだハマボウ群生地も水路となって漕げるだろうか。花の準備はできている。満潮時は夕方でなくても良い。ハードルは低い。他の条件は・・
浜で、やけにゆっくりした。そのおかげで潮がだいぶ満ちてきた。あの島をぐるりと回る水路も通れるだろう。と、また漕ぎだす。
船の通り道を示す杭が続く。こういう杭があるのは浅い所。潮が引いている時間は漁船も通らないのでのんびり通れる。
島の西側には鵜が多い。岸の木々には巣が多く、しきりに出入りする姿が見える。びわ湖にも鵜の営巣地があるがその糞害が問題となる。鵜は、子孫を増やすために子を育て、その糞で木を枯らし、結局次の巣を作る木を失う。人はどうだろう。暮らしやすいように目先の便利さを追い、結果将来の危機をもたらしている事はないだろうか。
朝、カキ殻の鎧をまとっていた岸は麻縄の衣ほどに落ち着いてきた。しかし、晒のゆかた程にならないとFRP艇は接岸できない。
もうずいぶん前の事となったが、MTシリーズで大阪湾に出た日、淀川が終わりとなる所を記したプレートに行くために、カキ殻だらけの岸に上がったことがある。FRPの自艇だったが「傷もまた勲章」と果敢にカキ殻に挑んだ日があった。 この時は他の人が「ムリ!」と言って後に続かなかったので、結局プレートに行かずに引き返した。せっかく上がったのに、ボトムの傷を増やすだけに終わった日だった。今回は、そんな無謀は?しない。
無謀はしなかったが、覗き見た先には思いがけない光景が広がっていた。それは・・
ジャングルの中の遺跡を発見した時の興奮のような、見てはいけない物を見てしまった時の後悔のような、そんな鼓動が高鳴る。ここは知る人ぞ知るの秘密の場所として、そっと蓋をしておこう。
秘密めいた湿地を後にして満ちた潮道を帰る。
ここはもう河口。どこから川でどこから海なのかわからないほどに広い。時々ボラが飛び跳ねカヤックにぶつかりそうになる。ボラにぶつかったことはないが、魚とは言え30センチの魚が顔に勢いよくぶつかってきたら、かすり傷では済まないだろう。しかし、コックピットの中に入ってほしいとは思う。
マズイ魚の例としてボラを挙げることがあるが、それはマズイ水で育ったボラで、ウマイ水で育ったボラは刺身にしても美味しいのだそうだ。ここのボラはどうだろう。
何度もお世話になった伊勢の川。今日の水域は清流ではなかったが、「川を下って海に出る」、「川を上って岸に着く」。そんな小さな旅を楽しんだ夏の日だった。
次の夏の楽しみはシュノーケリングだな。