1年ぶりの海へ行くことになった。漕ぐのも楽しみだが、海辺の町を歩くのもまた良い。何度も行っている町、見所はたくさんあるのだが、時間がなくいつも細切れの散策となる。それでも何度か行き、つないで行けば町の大方を見ることになる。そんなパッチワーク散策の記録。
家から400キロ程の町、道中は高速道路やバイパス、見晴らしの良い峠道、などドライブも楽しい。
が、
毎度のことながら、道を覚えようと言う気がないのでナビ任せ。それでもあそことあそこ、の切り替えポイントさえ間違えなければ何の問題もない道中。しかし、高速から別の道に入る時、ナビが「分岐を右!」。 そうですか、はい右ですね。とハンドルを切った途端に「分岐を左!」。えっ、今、右と言ったじゃん! そんな急に左と言っても曲がれない! この野郎!
と、スイスイ行かれる道を行かず、信号いっぱいの市街地ルートに行く羽目になる。ナビに腹を立てたが、そう言えば、去年も同じ失敗をしたな、と思い出すと、自分にも腹が立つ。いやいや、そんな道を作った誰かが一番悪い、と誰かにも腹が立つ。
まぁまぁ、市内観光をしたと思う事にして、こんな温泉でほっこりする。
以前にも来たことがあるが、港の奥の崖の上。ただ浸かるだけの、しかし絶景の露天風呂がある。この先は有名な観光地。観光船も通ればカヤックも来る。うっかり立ち上がると・・
「上からも下からも」のカヤックが楽しめる温泉だ。今回のカヤック旅、この温泉を見上げて漕ぐだろうか。海のご機嫌次第だ。 前線の雨もたいしたことなく無事お宿に着き、ここでまた温泉に入り、酒宴を広げ、そして布団に入る。
翌朝、漕ぎメンバーとの集合までちょっと時間がある。では、と去年行かれなかった見所へとお邪魔する。
なまこ壁・漆喰で有名なこの町にこんな時計塔がある。
小さな子が「バイキンマンだ」と言ったのには笑ったが、1つ1つの細工にも、その意味する事があるのだろう。その時計をよく見ると、不思議な数字がある。13時。
この町には日常にない時間が流れているからと。「非日常」、これは私のためにある時間ではないか。何度も漕いだこの町の海に、非日常を分かち合える時間があったと事を知り、ますますこの町とこの海が好きになった。
そんな時計のそばにこんな建物がある。
明治の頃の呉服商の屋敷。今は資料館となって見学できる。当時の建物は天井が低い。私が頭をぶつけることはないが、天井が低いと「圧迫感」と言う時もあるが「重厚感」とも受け取れる。ぎっしり詰まった満足感漂う屋敷だ。
かつては反物を品定めする客が、あれは派手だ、これは地味だ。どれにしようかと決めかねている姿で賑わっていたのだろう。
賑わいの店先の奥に、中庭の見渡せるこんな部屋もある。
障子の桟模様にも、「粋」を大切にした呉服屋の心意気が滲む。 こんな障子から差し込む月明かりで寝付いたら、こんな障子から差し込む朝日で目覚めたら、心安らかな日々を送れるだろう。
部屋にはこんな計らいもある。
釘隠しにも洒落心。最近は洋風の生活様式が増え、「家紋」などと言う言葉さえ知らない世代が増えた。家康の家紋は知っていても、自分の家に家紋があるとこういう事を知らない。あるいは、本当にないのかもしれない。家紋など、時代劇の小道具の一つと思っている人もいるだろう。釘隠しに家紋、豪商の金のかけ方が偲ばれる。
こんな所にも粋な心意気。
舟天井の渡り廊下。今風の、一面にクロスを張った天井とは程遠い手間のかけ方が、古くなればそれも又味の一つになる職人技。木の家は気持ちが穏やかになる。
古い物の展示の中にこんな物があった。
炭を入れていたアイロン。私は使ったことはないがこの形が、ユーコンの川辺に置き去りにされている船を思い出させた。古い鉄の塊、川の流れを進んだ船と、呉服の織目を進んだアイロンが、なぜか重なって見える。
他にも見た事ある物ない物、私が愛する「錆びた者たち」がたくさん眠っていた。じっくり見ていたら日が暮れる。そろそろ行かねば、と外に出る。そこにはこんな物。
水琴窟には土に埋まっている瓶型の物、地に建つ壺型の物、あるいはSRJKのような円柱の物、いろいろあるがここではひょうたん型。 耳を澄ますと、ピーン・・、キーン・・、チーン・・、と繊細なささやきが聞こえる。貝殻の一片が、ゆっくりゆっくり深い海の底に沈んで行き、やがて見えなくなる。そんな時間を楽しむ間隔で鳴る。久しぶりに聞く水の琴音だ。
じっと聞き入ると眠ってしまいそうだ。しかし、今日はこれからみんなと会って漕ぎ出さなくてはならない。心を残しながら体は海辺へと向かう。
さぁ、今日は誰と漕ぐかな。