穏やかな、申し分のない夜が明けた。 ただ残念だったのは、ちょいと寝坊した事。
辺りの明るさにハッとして起きた時には、太陽はすでに昇っていた。あと1時間早く起きたなら、瑠璃色からライラックに変わる空が見られたのに。あと30分早く起きたなら、橙色から緋色になる空が見られたのに。 まだ幼い太陽と朝の空気を分け合いながら、愚痴を言うのはもったいない。この美しいびわ湖の太陽に感謝しなければ。
朝の太陽はそそくさと昇って行く。広いキャンプ場はまだひっそりとし、しばらく湖を渡る風に吹かれる。
今年買ったテントの寝心地は申し分なかった。これまでは一人用の「おにぎりテント」。持ち運びにはコンパクトでいいのだが、出入りするのにちょっと狭い。新しいテントは室内も前室も大きく、出入りもしやすい。寝るだけなら二人でも十分だ。これは「レタステント」と呼ぼうか。
朝日が元気を増すころ朝食とする。
質素な食事だが、外で食べるからおいしいのか、いやいや、友人が作るからおいしいホットサンド。かつては、「トーストにアンコを挟む」、と言ったら悍ましい顔をした人も、今では当たり前のようにおいしいと言う。そうです、餡トーストは美味しいのです! 因みに、アンパンをホットサンドにすると「たい焼き」になる(?)ことを知る人は、まだ少ない。
このキャンプ場は15時までいられるので大助かりだ。今日のカヤックはここからスタートして北上することにした。
対岸の尾根もくっきりと見える。びわ湖が広い。
昨日漕いだのがあの辺り、あそこがつづら尾半島。つづら尾もしばらく行っていない。つづら尾と言えば「GONN」さん。鏡のような湖面から枝がバキバキ折れる荒らしまで1日で経験したのはGONNさんと行ったつづら尾半島。
そう言えば、彦根から沖の白石、多景島の三角漕ぎをして、雷雲に追いかけられて慌てて岸を目指したのもGONNさんとだった。三角漕ぎの予定だったがとりあえず一番近い岸を目指して四角漕ぎになった日だった。元気でいると風の便りが知らせてきた。またご一緒願おう。
思い出は思い出として、ではそろそろ漕ぎだそう。
この先の岸は私のお気に入りの場所。水際のマルバヤナギの枝が大きく枝垂れ、覆いかぶさる空間に秘密の隠れ家を作る。湖面に届かない枝は緑のトンネルを作り、枝くぐりの絶好のコース。の、はずだったのだが・・
これは枝垂れている、のではなく、倒れている。他にも折れた木、傾いた木、倒れた木、何度も見てきたこの岸とは様子が違う。去年の秋、びわ湖には大きな台風が来て、その時に倒れた木が湖岸のあちこちにある。ここの倒れた木も台風のせいなのだろうか。ここにも、あそこにも、と続く。気がかりな岸だったがちょっと安らぐ岸も。
ヨシ保全柵の続く水辺。びわ湖に何ヶ所かあるこんな光景。ヨシが生活の中で使われなくなった今、そのヨシを保全・育生して行くにも課題がある。どれだけ増やせばいいのか、枯れたヨシが水質汚染にならないのか、あのハスの群生地のような事態にならないのか。計算された保全策があるのだろう。
ヨシキリの声が、やかましいほどに響く。声はよく聞くが、なかなか姿を見ない。ヒバリと同じだ。以前、水郷の屋形舟のコースのヨシに、ヨシきりの巣が不自然に見えていた。観光用のディスプレーかと思うのだが。
ヨシキリの囀りが小さくなる頃、見えてきたのは、 おや? 今は春?
若葉の中に、芽吹き始めた木々の微かに赤い新芽がある。これは3月頃の、芽吹きの季節の色合いだ。なぜだろう、おかしい、今は他の木々は力強い緑になっているのに、芽吹きの色とは、いったいどうした事か。
しかし近づいて見れば、新芽の色ではなく、枯れる寸前の、しかし必死で葉を広げようとしている色だった。この一画も多くの木が傾き根回りの底を露に曝け出している。 こんなことで夏を乗り切れるのだろうか。ここも世代交代の時を迎えたのだろうか。
その先には小さなクリークがある。ヒシが広がり、オオバナミズキンバイも咲いている。花は可愛いがこれは厄介な代物。駆除が進んだためだろうか、今年は数が少ないように思うのだが。こんな所は「閉じ込められたい症候群」のカヤックにはたまらなく魅力的な所だ。
そんな夢見心地の城を出るとまた広々とした湖面が開ける。
水際すれすれまで木々が生えるこの辺り、陸なのか水中なのか混然とした光景が広がる。水位が下がれば林となり、水位が上がればぬかるみの湿地となる。その境辺りには朽ちた木杭が見られる。そして時々、その朽ちた木の中に小さな木が健気に生きている。
ここには若いシダ。いい具合に朽ちて、いい具合に生えている。 どこかの名のある旅館の廊下の坪庭にありそうな、高級料亭の入口の白玉石の横にありそうな、苔を敷いた水盤に乗せられて床の間に飾られていそうな、我が家の玄関先に置きたいような・・ しかし、これが置けるような家ではない、と言うのがメンバーの一致した思いだった。
それにしても、盆栽の計算された姿も美しいが、自然(ネイチャー)が自然(ナチュラル)に作った姿も美しい。
湿地の先には水鳥の観察所がある。冬鳥が飛来する頃は近づかない辺りだが、十年以上前、やはり「チーム・気まま」で漕いで、そのセンターに行ったことがある。冬鳥たちが帰った後で、事前に連絡して行くと、わざわざ岸まで迎えに来て下さった。上がって「にわか望遠撮影講習」もして下さった。そんな話、覚えておいでの方はずいぶん前からお付き合いのある方だ。 今回は離れて沖の浮き堤を回って行く。ここを過ぎればもうあの常夜灯が見えてくる。
ここは「チェブロさんの岸」。なぜそう言うかと言うと、その話も長くなるし、言わないでおいた方が良いような気もするので・・ とにかくこれは「チェブロさんの岸の常夜灯」。今も夜の湖面を照らしている。
この先、きれいに晴れたびわ湖が遥かに広がるが北上はここまでとし、体力と気分次第で南下の終点を決めることとして、一度元の浜へと戻る。
漕ぎ続けて途中こんな小さな岸で一休みとする。これも倒れた木。幹は倒され、根は掘り起こされても枝は精一杯に緑を飾る。子供たちにこんな水辺で遊んでもらいたいと思うのだが、この水辺に来るのはカヤックでなければ至難の業だ。もったいないと思うのは貧乏性だからなのか。
スタートが早かったし、びわ湖は穏やかだし、距離も8キロほどと短かったこともあり、昼頃にベースに戻った。あとはランチをしてまったりして、昼からは漕ぐ気がしなくなった、と意見が一致し、今回のキャンプツーリングは早めのお開きとなった。
薄雲が広がったが刺すように澄んだ空、紫外線を余るほど浴びた二日間だった。いいびわ湖だった。次の日から梅雨入りし、絶妙なタイミングのびわ湖だった。
さて、次のテントはどこで立てようか。