カヤックと過ごす非日常

大人は水辺で子供に返ります。男は無邪気に、女はおバカに。水辺での出来事を通してそんな非日常を綴っていきます

900.漕ぎ納め ― あれもこれも納めの古和浦

2018年12月19日 | Weblog

先日、お馴染みの海へ行って来た。どうやらこれが今年の漕ぎ納めとなりそうだと思うと、集合場所へ向かう高速道路も名残惜しい。じっくりと噛みしめてアクセルを踏む。

いつもの岸には既にお馴染みの顔、顔、顔。今回は14人だろうか。すでにちょいと漕いでいたようだ。私は夕げの支度が出来上がる頃、「遅くなりました」と言って登場し、後は食べて飲むだけ。

ワインに良く会う洒落たクラッカーのつまみもあれば、ビールが進むカキのソテーもあれば、ずっしりお腹に収まる豚汁もあれば、サラダに焼きそばに、それから・・ それから酒の肴にたまらないアジやサンマの干物もある。

洒落たチーズのナンタラカンタラと言うつまみも良いが、ちょっと塩味の干物を、しっぽを持って頭を咥え、クイっと首を振って頭を取る。粋な酒飲みのスタイル、箸でほぐすなんて野暮な事はご法度だ。(私は呑兵衛ではないことは、はっきり言っておくが)

6時間?、7時間?、8時間? 海辺の酒宴は終わることを知らない。私は一足先に眠りに就いたので、どれだけの酒と料理がみんなの胃袋に消えて行ったのか、定かではない。私が寝てから、何やら面白い出し物があったようだ。起こしてくれれば良かったのに、と恨み節も出る。

一夜明けて朝。車中泊した車も霜が覆っている。道理で寒かった。 朝一番に起きた人がお湯を沸かしてくれていた。カヤックの朝はいつも、1杯のコーヒーから始まる。

 

煤けたヤカン。海辺で流木の炎に巻かれる時も、BBQ広場で薪の炎で炙られる時も、その時々の炎と煤がヤカンの歴史を作っていく。このヤカンはどれだけのコーヒーでカヤック乗りのカップを満たして来たのだろう。         

         お世話になりました。
         これからもお世話になります。よろしく。

朝ごはんにはパンが定番。しかし、「前夜の豚汁」、これも又、定番。一晩置いた豚汁がチーズとトマトのパンに不思議と良く合う。

 

この鍋も「煤度」で言えば王将級。大して傷はついていない。大きなへこみもない、蓋のツマミも融けていない。この鍋は煤の厚みにしては若輩者のようだ。

海の長旅をする人たちはこんな大きな鍋をカヤックに積んで行く。これで米を炊き、汁を沸かし、一団の腹ごしらえの主役となる。この鍋を積めるのはカヤック乗りの憧れであり、名誉なのではないかと、思うのだが。 私にはその任が来ないまま今年もまた終わった。まぁ、10年早いか。

冬の晴れた日、風も波もなく、空気も海も暖かい。 どこへ向かうのか、いや、そんな目的地などこの旅には必要ない。行かれる所まで行って、戻りたくなった時に戻る。そんな海漕ぎが始まった。

 

この海域は何度も漕いでいる。先月にも漕いだばかりだ。しかし、何度来てもその都度新しい感動がある。波が打ち付ける日とベタ凪の日。潮が満ちている日と引いている日、追い風の日と向かい風の日、真っ青な空の日と滴る雨の日、照り付ける太陽の日とかじかむ手の日。微妙なさじ加減でその組み合わせは無限にある。 10回や20回来たからと言って、たとえ100回来たとしても一度として同じ海には会えないだろう。

今日は西へ行くのか東へ行くのか。そうですか、こちらですか。では行きましょう。

 

湾を渡り対岸の岩場へ向かう。少人数で漕ぐことが多い私にとって今回の10人越えのツーリングは、お祭り騒ぎだ。漕ぎ屋のメンバーに遅れないようしっかりと漕ぐ。穏やかな岩場は行き放題のアミューズメントパーク。 

 

        お代は要らないよ  
        順番? 行きたい時に行きたい所へ行けばいいさ

前を行くカヤック、すぐ後ろから聞こえる話声。岬を越えると隣りの海から遥かな海まで見通せる。

 

熊野のこの景色、何度見ても神々の威厳を感じる。 右を見て、左を見て、良さげな岩をぐるっと回って・・

ん? みんなはどこ?  えっ?  

 

ついさっき、いや、つい今の今まで前にも後ろにもカヤックたちが居たのに、岩を一回りしている間に、誰もいなくなった。 神隠し!?

もしかして一瞬にしてこの先まで行ったのだろうか。いやいや、確かに私の後ろに何人かいたはず。

 

あの岩の影に居るのだろうか、この岩の奥に居るのだろうか、それともずっと先に通じる洞窟に入っているのだろうか。外海に出るこの辺りにはうねりが入り、岩場には白波も打ち付ける。こんな所にたった一人? 急に不安が込み上げてきた。それも気になったが、もしかしてみんなが、私が居ない、と心配しているかもしれない。それも気になる。

10回ほど心臓がドキドキッと鳴った後で、みんなの頭が岩の向こうに見えた時は半年分の安堵の気持ちが湧いた。やれやれ。 言っておくが、私がみんなから逸脱した行動をとった訳ではない。ただ私は、遠くの島と近くの岩を眺めて、小さな岩を一回りしただけだったのだが・・ まぁ、ともかく、捜索願も出さずに済んだので、これも良い思い出となった。

誰かが、トイレに行きたいのでもう引き返そうと言った。「行かれる所まで行き、戻りたい時に戻る」。緩い海漕ぎのツーリングこれもまた良し。

 

そんなこんなで、一団はいつもの浜に向けて漕ぎ進む。じきにいつもの浜、座佐浜に着く。先月来た時は浜の北端で上がったが、今回は南端。水位が下がり、カヤックでは行かれなかったが、歩いてなら、歩いてならあのエンジンに会いに行かれる。

 

7月に来た時には漕いで来られた。漕いで来るのもこの池らしく、歩いて来るのもまたこのエンジンらしい。みんなは、いつも不思議に思うのだが、誰もこの「錆びたエンジン」に思いを寄せることが無く、誰も会いに来ようとしないのはなぜなのだろう。多くを語らず、しかしいつも待っていてくれる静かな友人なのに。        

    今年も楽しい水辺をありがとうございました
    来年もまた来ますよ 楽しませてください    
    どうぞ、良いお年をお迎えください

暮の挨拶を済ませ、ザブザブと池を渡って海辺に戻る。 と、 あ、これは・・

 

5メートルほどあろうか、大きな倒木。覚えておいでだろうか、この丸太。いつからここにあるのかは知らないが、6年前の5月にはこの池に在った。

6年前にもすでに樹皮が剥けた丸太だったがそれでも力強い幹をしていた。あれから6年経ち、幹は細り、ささ剥けてきた。7月に来た時にはこの場所にはなかった。あれから池の水が上がり、ここまで運ばれてきたのだうか。

この丸太はまた元の山に帰りたいと思っているのだろうか。それともあと少しで辿り着く海へ漕ぎだしたいと思っているのだろうか。彼の、あるいは彼女の憧れる道を、その先を、見届けたいと思うのだが。

15キロ程漕で元の岸へと戻る。15キロは、私にとっては1日で漕ぐ距離だが、メンバーにとっては「昼飯前」の距離。岸に戻ってゆっくりとランチとなる。食事の支度の時は私はあまり手を出さない。他に手を出す時は何か、言われると・・・

まぁ、それはともかく、「船頭多くして 船山に登る」と言うではないか、調理の腕が立つ人に場所を譲っている、と思ってほしい。 

そんな支度ができる間、あの木にもゆっくりと挨拶に行く。 おや、何だろう、あの白い物は。

先月にはなかったが、この広場の何本かの木に白い布が結わえてある。何の目印か、お呪いか。 見れば、とあるメーカーの名前が書いてある。この木に付ける特段の理由があったのだろうか。 

この木には、次第に色づいてきた実の他には付ける物はいらないのだが。 

海辺のセンダンにも、サクラにも、ヌルデにも、そしてタイヤにも、今年1年の礼を言い、来年もよろしくと挨拶をして、古和浦を今年の漕ぎ納めとした。

この1年、びわ湖、川、ダム湖、海。いろいろな水辺を楽しんだが、初めて行った所でも、どこか懐かしかった。意外と前世で漕いでいたのかもしれない。来年はどんな水辺と会えるだろう。

           どれもいい水辺だった
           いつもいいカヤックだった

           人と水とカヤックに 
           ありがとう

 


899.5のための17 ― 漕ぎ残しの熊野の海

2018年12月03日 | Weblog

晩秋の暖かい日に、今日なら大丈夫と言う日に、熊野灘を漕いだ。たった5キロの漕ぎ残しを繋ぐために17キロを漕いだ日の記録。

 

KWでの湾漕ぎは目標としていた所はほぼ終わった。ただ、海辺は際限なく続くので湾漕ぎもエンドレス。何ならこの際、湾内だけでなく外海も繋いでみよう、と最近は外海、熊野灘の太平洋を漕いでいる。

熊野灘・太平洋、と言うと大そうな冒険家のように聞こえなくもないが、なにせ私のこと、風のない波のないうねりのない穏やかな日に、誰か一緒に来て、と海に出る。 ヘナチョコと言われようが、臆病者と言われようが、ロールもサーフもしない(できない!)私はちゃぷちゃぷ進む岸漕ぎが性に合っている。(それしかできない! とも言う)

そんな外海漕ぎ、今回はGATOさんもご一緒し、3人漕ぎとなる。前夜祭の海辺にはランドマークのセンダン。

 

春のワシャワシャとした薄紫の花が夏の陽に丸い実となり黄色く色づいてくる。秋が深まりギンナン色の粒が膨らみ、琥珀色がキャラメル色になって冬が来る。そんな四季のカレンダーとなるセンダン。どこにでもある木だがこの海辺にある木はこの海辺を、ただ一つの海辺と断言するランドマークの役目を担っている。 お役目、ご苦労様です!

センダンの木に、また後で来ますよ、としばらくの留守を頼んでカヤックたちはスタートの岸へと向かう。 

外海漕ぎに申し分ない穏やかな日。水は温かく、小春日和のベタ凪の海に漕ぎだす。ふと空を見上げるとこんな雲。

 

虹の輪は見えなかったがこれも「暈」と言うのだろうか、それとも「ドーナツ雲」? いつも後で後悔するのだが、この雲も経過観察しておけばここに虹がかかったかも知れなかった。「暈」を珍しいと言ったら、「そんな物はしょっちゅう出ている。あなたが気が付かないだけだ」、と言われたことがある。地の物、天の事、何事につけてもその事象に気が付かずに生きているともったいない人生を送ってしまう。

 

穏やかな海には大小の島や岩礁が遠くに近くに並び、座敷の屏風のように連なる。どの岩を抜けようか。

小さな岬を越えるとこんな物が見えてくる。 2年ぶりの錆びた知人。

 

ひっそりとした採石場。役目を終えたのか、それとも、昔取った杵柄、と言わんばかりに動き出す時もあるのだろうか。波音さえしない桟橋は今は赤茶けた錆の塊として海に立つ。

個人的にはこんな「錆びた物」、とりわけ「くぐれる錆びた物」はその下を通るたびに、錆びるに至った歴史を直に聞けるようでゾクゾクする。海の語り部、歴史の証人、この桟橋から運び出された土砂が今、どんな脚光を浴びているのか、どんな苦難を凌いでいるのか、錆の一つ一つも気にしているのでは、ないだろうか。

この先は意外と浅い。澄んだ海には小さな魚がちょこちょこ動く。

 

ソラスズメダイとかルリスズメダイとか、他にも似たような名前があるようだが私にとっては「青い魚」以外の名称は必要ではない。赤いソフトコーラルと共にこの時季によく見るという印象も、印象以上の詳細はいらない。 さらに言うなら、印象として、ここで見る青い魚はちょっと小さいような・・

その先の浜にこんな物が見えた。

 

浮標。以前この海を漕いだ時、似た物を見たが場所が違う。と言う事はもう一つ、以前見た物があるはずだ。それとも以前見た物がこの浜に流れてきたのだろうか。

しばらく漕ぐと、

あった、もう一つの浮標が、以前の記憶の場所にあった。今回は浜に上がって見ることはしなかったが、今、無性にあの浮標に会いたいとの思いが募ってきている。新しく見つけた浮標も確認したい。 と言う事は、またこのコースを漕がねばならない、と言う事だな。

穏やかな海に熊野の島々がシルエットに浮かぶ。

 

あの島行った、この島漕いだ。私のカヤックの歴史を綴る島々がシルエットに浮かぶ。熊野の海は、陰影の魔術師だ。出発してずいぶん漕いだ気がするのだが、いや、やっと本来のスタート点に来た。

 

初めてここへ来たのは2年前の冬。その日のコースはここまでだったのでここで引き返した。つまり、KWの続きはここが再開のスタート点。ここからが本番、いざ、気合を入れて漕ぎだそう!

ここは「三角定規の洞門」。以前来た時はこの洞門辺りに他の船が居たのでくぐれず、心残りがした。今回は好きなように通ろう。 1人目通り、2人目くぐり、さぁ私。

門に近づいた時、何だか海面が盛り上がって来るような・・ と、思ったのだが・・

門をくぐり終わった途端、バカでかい一発波がガツンと攻めてきて、ワァ! と一瞬ひるんだ。 こちら側から見るとただの平らな三角定規の門に見えていたが、向こう側は岩が複雑に立っていてうねりが打ちつけていたのだった。

上手くかわせたと思ったら、一発波の第二弾、第三弾。 それも何とかやり過ごすことができ、久しぶりの緊張を、今だから「楽しかった」と見栄を張る。

 

この海は9年前に伊勢をめざす旅の途中で漕いでいるので「未漕」ではないのだが、全く記憶にない。あの時は沖漕ぎだった。今、改めて外海の岸漕ぎとして、初めて漕ぐ岸だ。

あんな岸、こんな岸。穏やかな海の日は岩抜けもたっぷりと楽しめる。かと思えば長い浜もある。

 

芦浜。この浜には2年前と4年前に来た。今朝スタートした浜からこの浜まで、シリーズで途中が未漕だった僅か5キロの区間を、今回、この浜に足跡を残し、やっと漕ぎ納めた。これでかなりの海岸線が一筆書きでつながった。

ここでゆっくりしたかったのだが、風が出そうとのことで、そそくさと出立した。しかし、今回の目的は果たしたので、後はおまけのお楽しみ。

 

おまけと言うにはあまりにも豪華だ。この辺りに来るとさすが太平洋の外海。洞窟・洞門・岩礁帯、変化に富んだステージが続く。

この地方でひときわ高い断崖。真下を通ると倒れ掛かって来るような恐怖さえ覚える。 倒れるな、崩れるな、と念じながら崖際を行く。 洞窟、洞門、幾つもあったのだが、なんだかうねりが出てきて見送った物もいくつかあった。入口はカヤックがやっと入れる位に見えているが、中はずいぶん広いと思われる洞窟がある。小さな入口の奥から、ドドドォーーーン、と言う爆音に近い波音が聞こえてくる。 行ってみたいが・・、いやいや、まだ死ぬには早い。やめておこう。

あの岬を越えると次の湾に入る、と言う辺りに来ると予想外の風とうねりに見舞われる。

 

今日は一日穏やかなはずではなかったのか、と愚痴も出るが、例の歌「それ 錨あげ」の歌を口ずさみながら久しぶりに息を弾ませて漕げば、いつの間にか入り江の穏やかな岸に着く。

座佐浜。ここはもうお馴染みの浜だ。熊野灘のカヤック乗りでここを知らない人はいないだろう。700mほど続く浜の、たいていは南側に上陸する。あの、錆びたエンジンが居る方だ。しかし今回は北端で上陸する。ここに上がるのは久しぶり、何年ぶりだろう。

 

海の植物はいつも力強いが、この松の生命力にも感動する。しがみつく、と言うより、へばりつく、と言う言葉がぴったりだろう。「もう、生きるの、やめた」と言えば、どんなにか楽になるのだろうのに。

意思、があるのは人間に限らない。野生の動物は自分の死期を悟ると群れから離れ、一人(?)「墓場」へ行くと言う。竹はその死期が近づいたことを知り、子孫を残すため、何十年に一度の花を咲かせると言う。 この松はこんな状況でも、まだ生き続ける闘志を燃やしているのだろうか。それとも、いつ、生きることをやめようかと思案しているのだろうか。 必死で生きる姿が痛々しく、見ていると胸が痛む。  
       がんばれ! 松の木!

痛々しい木もあるが、笑える木もある。

 

        邪魔だ、どけどけ、俺様のシマだ!        
        ちょっとぉ、割り込まないでよ!       
        痛ててぇー! 足踏んだのは誰だー!        
        奥さん、早く早く、ここ空いているわよ!        
        迷子になると悪いからしっかり手を繋いでいるのよ!        
        えっ、何のお祭り? わかんないけど、ワッショイワッショイ!

そんな声が聞こえそうだ。

根なのか幹なのか、上から伸びたのか下から伸びたのか、削り取られた砂がテンヤワンヤの木々をあからさまにする。笑える木達だが、もしかすると生き辛い世の中に悶え苦しんでいる姿なのかもしれない。 この一角だけでこの有様なのだから、この浜の砂の下は、いったいどうなっているのだろう。考えると、頭の中がこんがらがって来る。

そんな浜でゆっくりし、ではそろそろ、とまた漕ぎだす。ここからゴールの岸まであと少し。のんびり漕いで、無事センダンの待つ岸にゴールした。

 

意外と短い距離だった。たった5キロの漕ぎ残しを繋ぐための17キロ。いい海だった。

あと、漕ぎ残しはどこだっただろう・・。