海を希望した友人のお供?をして三重の海を漕いだ。案内してくれる人が「かしぱんがあるので見に行きましょう」と言うので、どんなかしぱんか見に行った。 おぉ、これが噂の かしぱんか。
あんパン、ジャムパン、ハスノハカシパンの海の日の記録。
びわ湖のメンバーが、久しぶりに海に行きたいと言うので、2つの台風の隙間に漕ぐ事になった。前日から海辺の別荘?にスタンバイしていたのだが、夕刻から雷雨。明日も雨かも知れない、と天予報が言う。まぁ、それはそれで、いつもの行き当たりばったりの出たとこ勝負を楽しもう。
賑やかに過ごした夜も更け、雨音が止むと今度はコオロギの鳴く音が賑やかしい。遠くの雷光が木々を照らし、一瞬明るくなる木立がおどろおどろしい。そんな夜に、キャンプ用マットで寝る人、コットで寝る人、ハンモックで寝る人。今、はやりの 「 お家キャンプ 」 の一晩を過ごした。
朝、やっぱり雨。おや、雷までも。さて、どうするか・・ と思案している内に雨は上がり、青空も見えてきた。日頃の行いが良いのは誰かと言いながら出艇の支度をする。準備万端整い、いざ出艇、と言う時になりまた雨。
盛大に降り出した雨、雷も鳴りだした。濡れるのは良いとしても、雷は良くない。さて、どうするか。とりあえずタープを貼って雨宿りをする。
雨宿りに腰を下ろそうとして、海辺には珍しい青くきれいな 「 何か 」 がある。何だろう。
1つは 500円玉ほどの白と青の丸い何か。雨に濡れたそれは、一昔前の牛乳瓶の紙の蓋とビニールのカバーのようだ。もう1つは、
これは何と言おうか・・ 知人で産科関係の人が、「 エイリアンの胎盤と臍帯 」 と言った。なるほど、上手い事を言う。さすが専門職と頷いた。
後に、牛乳瓶の蓋はギンカクラゲ、胎盤と臍帯の方はカツオノエボシらしいと分かった。どちらも厄介な毒を持つと言う。うっかり手をついたりしたら、ただでは済まないだろう。恐ろしや。
至る所に打ち上げられている厄介者に気をつけて雨宿りの時を過ごした。雷は止んだし、雨は冷たくはない。漕ぎだしても良いし、この辺りの藪や浜を探索してみるのも良いし、とあくまでも濡れても行動することを放棄しないメンバー。
暫く待つと小降りになる。さて、濡れながら漕ぐか、濡れながら歩くか。この際、せっかくだから「 濡れながら藪歩き 」 となった。
別に藪を歩きたかった訳ではないが、結果として藪歩きとなった。
道がありそうでない。この先の藪を行くと 「 何かがあるはず 」。そんな言葉に踊らされ、濡れたクモの巣を払いながら道なき道を行く。
すると突然、妙に開けた平らな場所に出たり、カンゾウの咲く防潮堤に出たり、振り向けば洒落た別荘の屋根が見えたりする。藪の後は岩場。
どこの、どの岩も地球の力と歴史の展示物。この曲がり方、いったいどのくらいの力と時間がかかったのだろう。白い筋の時代にはどんな生き物がいたのだろう。捻じれた地層の時代はどんな環境だったのだろう。白い筋をたどっても、メビウスの輪のようで、その先に辿り着けない。。
この岩に今日の印を付けたなら、何万年、何十万年後の人類が、私がここへ来たことの化石として発見してくれるだろうか。それまで人類は存在しているだろうか。
瞬く間の時で形を変える波と、恒久の時で形を変える岩との間を作る浜。時の流れをワープするような感覚を覚える岸だ。
大きな湾の岸の内側は雨が降っても穏やかな海。しかし更に海辺を進むと、こんな波が見えて来る。
先の台風の波か、後の台風の風か、ここはもう、湾内ではなく外海の猛々しさだ。これを見れば、いくら雷が止んでいようが、陽が照っていようが、漕ごうなんてことは決して言わない。
藪蚊に刺されながらも、秘密の畑も発見し、廃墟の別荘も探索し、里への幻のルートも開拓し、ちょっとだけ見てこようと言って歩き始めた藪歩きだったが、しっかりと午前の部のイベントとなった。
そんなこんなのうちに雲は切れ、薄日がさしてきた。 ではと、遅ればせの漕ぎに出る。
出艇は湾の中。先ほど見た荒波とは打って変わって穏やかな湾内。白い物が点々と浮いている。何だろう。
あ、あれか。雨宿りの岸にたくさん打ち上げられていたクラゲだ。日本人には、銀貨と言うより牛乳瓶の蓋とか大きいボタンと言った方がわかりやすいだろう。それとも、「 カッパの頭 」 が良いだろうか。
暫く行くとさらに穏やかな小さな入り江。ここに例の物があるとのこと。素潜りのできる人が、浅い海底の砂をかいてこんな物を採ってくれる。
直径5,6センチの薄い円形の物。5分とかからず大収穫。浜に並べれば 本日開店パン屋さん。「 ハスノハカシパン 」の大サービスだよ!。 以前から名前は聞いていが、よく似た他のカシパンは見たことあるが、このカシパンは初めてだ。 ウニの仲間と言うが桜模様がきれいだ。ハスノハと言うより サクラカシパンとか、マルホシカシパン の方が、似合う名前だと思うのだが。表面のザラザラは猫の舌のようだ。風呂の洗体用ナイロンタオルの感触に似ている。これは毒はないようだ。本日開店したが、誰も買いに来ず、カシパンはまた海にお返しした。
防潮堤に上がってみた。こんなイスがあった。
誰が置いたのだろう、いつの日に置いたのだろう。朽ちかけた木がかろうじてイスとして立たせている。 ここに座って海を見ながら本を読んだのか、ビールを飲んだのか、チェロでも弾いていたのか。
7年前の事となるが、MTシリーズの最終回、日御碕を越える手前の岸で不思議なベンチを見た。
覚えておいでだろうか、このベンチ。近くに家があるでもなく、車が通れる道も見当たらない小さな砂利浜。カヤックで来て本を読むためだろうか。黄昏る海を見るためだろうか。それとも誰かと語らうためだろうか。ストーンサークルも謎めいていたが、なぜこんな所にベンチが置いてあるのか、誰が何の目的で置いたのか。未だに気になるベンチがあった。
びわ湖にも有名なベンチがある。大きく枝を広げた木と一緒にびわ湖の前にたたずむベンチ。テレビで紹介されたりネット上で話題になったりで、何年か前までは知る人ぞ知る のベンチだったのが、今やびわ湖の観光地となっている。 時にはそこで写真を撮るのに順番待ちがあったりするとか。ベンチでも椅子でも、そこに腰かけた時に安堵と平穏があってこそ、そこにある意義があるのかと思うのだが。
さて、今日見た防潮堤の朽ちた椅子にはどんなドラマがあったのだろう。これも又、私のカヤックの歴史の一コマとなった。
雨はすっかり上がり、優しい太陽も見え隠れしてきた。
対岸の街までは2キロもない。今からでも往復して来れるほどの時間も気力も体力も残っているが、久しぶりの海漕ぎの友人を慮って(と言うことにして)、それはやめにした。 対岸へは行かないが、岬の先端までは行ってみよう。
ここを越えると外海。荒れる白波はまだなかったが、大きなうねりが入ってくる。ここらで戻ろうか。
帰りは後ろから押すうねり。フワァーと乗り上げたうねりの上でパドルを捌くのは、少し緊張するが、快感でもある。エレベーターが上下するときの重力の変化を感じる時のような非日常な興奮がある。まだ、ひっくり返ったことがないからそんなことが言えるのだろうが、万が一うねりの中で沈した私を引っ張り上げる人は、それは厄介な仕事となるだろう。そんなことにならないよう、ちょっと緊張する。そんな高揚もじきになくなり、鏡面の海となった辺りで、今日の海漕ぎはお開きとなった。
良い海だった。良いカシパンだった。
帰り道で寄った店で、あんパンを買った。 久しぶりに菓子パンを買った。