977．非日常の本懐とは？ ― 海辺のデッキ泊

いつものお人からお誘いがあった。お誘い？　断る理由がないでしょ！。　行く行く！と心躍らせ、久しぶりの、懐かしい海を漕いだ日の記録。

 

今回は桜漕ぎをご一緒した人との3人漕ぎ。久しぶりと言うことと、高速道路の工事と言うこともあり、ナビ予測より1時間早く着く設定で家を出た。ずいぶん前からやっている工事、たまに通るたびに様子が変わっていて戸惑う。あてにならないナビと、読み取る前に通り過ぎる道路の標識と、何より根拠のない直感とが合わされば何とかなるものだ。間違えることなく集合場所に着いた。「三人寄れば文殊の知恵」とは言うが、三と言う数には不思議な力があるのだろうか。

あれやらこれやら段取りし、久しぶりの海へと漕ぎ出した。暑いと言う予報だったが水の上は心地よい風。申し分ない漕ぎ日和。それに水がきれいだ。何か茶色の物が、ゴミかと思えばホンダワラだ。

久しぶりの海、どこへ行っても良いのだが、あまりガッツリ漕ぐ気分ではなかったので、「まさか、（湾）横断はしないよね？」と釘をさし、とりあえずは岸に沿って行く。

岩の上にしがみつくように立つ木々。松だろうか。こういう木は結構いろいろな所にあるが岩の割れ目の僅かな隙間の土に根を張り、潮風に立ち向かう姿は「凛としている」というに相応しい。和歌山の海に私が『火焔土器の木』と呼ぶ小さな木がある。海の中にある岩の上にちょこんと生えている木だが、火焔土器に相応しい厳かさを感じる木だ。もう何年も会っていないが、今も元気にしているだろうか。

少しばかり岩抜けを楽しみ、もっとあの岩も、この岩もくぬらせたいのにと思いつつ、先へ行く人の背中を追う。　この辺りではよく見るこんな廃屋。作業小屋だったのだろうか。

廃屋は私のコレクションの一つだ。意気揚々と建てられた日と、活気にあふれて働いていた日と、次第に廃れていく寂しさを堪えていた日と、ここでの仕事を断念した無念の日と、そしてそんな記憶さえ消えた廃屋の日と、そのどの日・どの時・どの場面にもそれぞれの話が生まれる。

廃屋を、怖いとか気持ち悪いとか言う人がいるが、想像の宝箱である廃屋を楽しめないなんて、何て可哀そうな人なんだろう、と思う私は変人なのだろうか。お次はこんな宝箱。

これも久しぶりに見たが年々朽ちていく。いや、変化し成長し、新しい昔話を発展させていく。この台座が支えていた物が暮らしを潤していた時代に、私は何をしていたのだろう。

小さな岸で昼休憩をしたが、まだ時間は早い。ならば、「まさか渡らないよね」と言ったまさかを実行し、とある島へ上陸する。

南国風の木々が迎える浜。以前来た時には洒落た民宿があり、対岸の明かりを見ながら粋な食事をした。今はその宿もなくなったとか、また来たいと言いながら来ずに終わる所が増える。

ゴールの岸を目指しながらもここの仏様にもご挨拶に寄る。

仏様と言ったが、鳥居が導くのは別の神様のようだ。私たちが目指すのはこちらの仏様。

こちらの仏様、潮が引いた時にお出ましになる潮仏様。今は残念なことに満ちた潮の中に隠れておいでになった。岸からまじかに拝むことができるのだが、意外と小さく質素ないでたちで、いわゆる仏像の形はしていない。隣に立つお地蔵様を「潮仏」と間違える人も多いというが、さもありなんと思う仏様だ。

漕ぎ日和、と言って漕ぎだした日だったが私にとって悪戦苦闘の漕ぎだった。いつもはＦＲＰ艇に乗るのだが、今日は久しぶりにポリ艇だった。これがくせ者で、抵抗が大きいので漕ぎが重く、さらに大した風でもないのに風の影響が大きく、方向が定まらない。修正するのにかなりの労力を使った。しかし、正直な話、ポリ艇のせいではなく、私の体力・技量が落ちただけなのかもしれないな。

やっとのことで今日のお宿に着いた。何度もお世話になっている所だが、今日はなぜかエアコン付きの部屋は却下してデッキでのテント泊。　

実は、以前からこのデッキでテント泊をしたいと思っていた。前回来た時もテントを持ってきたが、雨が降ると言うのでテントは諦めた。今回は星も出て良い夜を迎えたのだが・・

星が出ていたことに浮かれ、うかつにも夜中の天気を確かめていなかった。そんな時に限って、夜半の土砂降り。地面に立てた時ならテントの中が濡れることはないのだが、今回はデッキに溜まった雨が、ジンワリと進入して来て・・

まぁ、マットの上までは濡れなかったのでヨシとした。しかし考えれば、こんな事を楽しんでこそ、『カヤックと過ごす非日常』の本懐ではなかったか。

本懐を遂げた（？）いい日だった。こんな非日常を楽しませてくれる全ての事と人にありがとう。

 

976 土産は持って行くものか、貰うものか ― 八幡堀で悩んだ日

少し前の事となったが、またまたあのお堀へ行ってきた。

正直言って、このお堀を観光船に乗って行くなどと、「そんな邪道はカヤック乗りにあるまじきおこない！」と、長い間思っていたのだが・・

しかし心の奥深くに、「冥途の土産に」一度乗ってみたい。とも思っていた。そしてついに、またまた冥途の土産を増やした日の記録。

 

その日は他の用に行く途中でお堀の近くを通った。お堀に行くつもりではなかったが、そう言えば誰かがキショウブが咲いていると、言っていたな。通り道だし、ちょっとだけ、見るだけ行ってみよう、でも天気が良いし人が大勢いるかもしれないな。と思いつつ車を止めた。

案の定、平日だと言うのにたくさんの車が止まっている。ちょいとごめんなすって、と日陰の場所に車を入れ、散策に出る。お堀の水辺はキショウブが初夏の彩を作る。

水郷もお堀も、普段から水は澄んできれいと言うことはない。しかも今は田植えの時期でもあり、ことさらに水は濁る。「きれい」と「清潔」とは次元の違う評価だと思うが、ここの水の「きたない」と「不潔」も、また別の視点の問題と思う。まぁ、不潔でなかったとしても、ここで沈はしたくないし、絶対に飲みたくない水ではある。

覚えておいでだろうか、もうずいぶん前の事、私がこのブログを書き始めて間もないころ、この八幡堀の事を書いたことがある。その2年ほど前にここを漕いだ時の話だったが、『  万が一にも沈するような所ではないが、万万が一沈したならば、すぐさま「正露丸（もちろん糖衣錠）」を飲むことを 強く、強く お勧めする。八幡堀、はっきり言って、非常に「そんな水」 』　と書いたことがある。

あれから何度もお堀を見に来ているし漕いだこともあるが、お堀の水はいつ来ても「そんな水」で迎えてくれる。そおっか、初めてここを漕いでから16年も経つのか。あの時一緒に漕いだ人が、最近亡くなったと聞いた。水辺の歴史がまた一つ消えた。

水の色はともかくとして、映る景色は文句なしに美しい。

八幡堀は映画やドラマに度々登場する。時代劇や朝ドラや、堺の舟問屋辺りになったり、お代官様がお忍びで舟遊びをする京都のお茶屋の裏だったり、大阪から嫁いでいく花嫁舟が通ったり、江戸になったり明治になったり戦時中になったり・・。時空を超えた魔法の水辺となる。

ここで撮影されたドラマや映画を見るたびに、「あ、ここには配水管があったはず。うまく隠してあるな」とか、「あそこには街灯が見えるはずだけど、画像処理して消したのかな」とか、ネタバレしている自分に苦笑する。

ちょうどお堀の遊覧船が出る辺り、キショウブの黄色が、「ここに来てお堀の船に乗らないなんて、人生何の楽しみがあるのか」と唆しているようで、結局人生始めての八幡堀遊覧船に乗ることにした。

実は以前から一度ここの観光船に乗ってみたいと思っていたのだが、「ここで観光船に乗るなんて邪道も甚だしい。乗るならカヤックだろう！」と、どこかから影の声が囁いてきて、乗るのをためらっていた。しかし、キショウブの誘惑に勝てず、冥途の土産と言う大義名分をかざして乗り込んだ。

道から見慣れているお堀も、船の上から見ればどこか遠い街の初めて見る迷路の様で不思議な高揚感に襲われる。覆いかぶさる木々を越えるとひときわ高い煙突が見えて来る。

ホフマン窯、この煙突も車から見る時とは全く違った物になる。

日本に何基も残っていないと言う煙突だが、京都の海辺の街にもあった。その街に住む人と何度かカヤックを一緒に漕いだ。最近会っていないがお堀の煙突を見るといつもその人を思い出す。どうしているだろう。

 

大した距離でもなく30分ほどの短い船旅だったが大義名分の冥途土産を作った日だった。そしてふと思った。「冥途の土産」と言う言い方は正しいのだろうか。東京の土産、と言ったら東京に行って東京で手に入れて持って帰って来たものを言うのではないだろうか。ハワイの土産、と言ったらハワイに行って帰って来た時に貰うもではないだろうか。とするなら、「冥途の土産」は冥途に行って帰って来ることが前提ではないだろうか。しかし、冥途に行った人から冥途の土産をもらったことがない。私の理論と世間の言い分がどこか違うような気がするのはなぜだろう。

 

冥途の土産を作るために乗った八幡堀の船だったが、土産は持って行くものなのか貰うものなのか、また悩み事を増やした日の記録。