見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

黒木文庫・ギャラリートーク(ロバート・キャンベル)

2006-05-07 22:16:22 | 行ったもの(美術館・見仏)
○東京大学 美術博物館『江戸の声―黒木文庫でみる音楽と演劇の世界―』展

http://tdgl.c.u-tokyo.ac.jp/~bihaku/index.html

 東大・駒場キャンパスにある美術博物館を訪ねるのは初めてである。ときどき、常設展でも面白いものをやっているのだが、ふだんは月~金の10時~17時しか開いていないから、勤め人には行きようがない。今回は特別展ということで、連休中も開館していた。

 また、最近知ったのだが、駒場キャンパスでは「高校生のための金曜特別講座」という連続講座を実施している。「高校生のための」と言いながら、実は誰でも受講できる。そして、この日(5月5日)の金曜講座は、博物館との連動企画で、比較文学(国文学)のロバート・キャンベル先生がギャラリートークを行うというので、聴きに行った。

 集まったのは30人くらい。高校生もいれば、社会人もいる。リピーターも、私のような初めてのお客もいる。ということで「的が絞りにくいですね」と苦笑いしながら、キャンベル先生のお話が始まった。

 まず、この博物館の建物は、1930年代、第一高等学校の図書館として建てられた由。教養の府のそのまた要(かなめ)であったわけだ。その後、1階と2階を仕切って教務課として使われていたが、2003年に美術博物館として、リニューアル・オープンした。

 今回の展示品は、旧制東京高等学校教授の黒木勘蔵氏(1882-1930)のコレクションである。このひとは、はじめ早稲田大学で哲学を学ぶが、生きる意味に煩悶して(人間関係の悩みもあって)自殺を企てる。九死に一生を得たあと、友人たちが、哲学研究を止めさせ、近世の演劇研究に引っ張り込む。その後の黒木は、政治下手を自認し、真摯な学究の徒として、また、慕われる教師として生涯を送った。このへん、竹内洋さんの一連の旧制高校ものを読んでいると、すごく分かりやすい。微笑ましいほど、典型的な旧制高校的パーソナリティだと思った!

 黒木が残した蔵書は、はじめ東京高等学校に寄贈された。同校は、太平洋戦争末期の空襲で、図書室の閲覧室まで焼失したが、当時の図書課長が、あやうく書庫の防火シャッターを下ろして、黒木文庫を守った。戦後、新制大学の発足に伴い、東京大学教養学部に移されたという。よくぞ危機を潜り抜けて...と思ったが、実は、黒木が生涯をかけて集めたコレクションの大半は、大正12年の関東大震災で失われており、残された書物は、晩年の7年間に集めたものでしかない、ということだ。やれやれ。書物が後世に伝わるというのは、大変な賭けなのだなあ。

 さて、展示は、黒木文庫の諸本に、さまざまな資料を加えて、近世の芝居音曲と人々の生活の深いかかわりを示している。特に江戸の「文芸」や「出版」は芝居音曲を抜きに考えることはできない。芝居の丸本(台本)は、西鶴よりも馬琴よりも読まれた、江戸のベストセラーだった、という。

 芝居番付とか、薄物唄本(うすものしょうほん)とか、目にしたことはあっても、何に使うのだか、よく分からなかったものが分かって、勉強になった。「芝居番付」はプログラム。芝居を見るには、まず「茶屋」に行き、そこで番付を広げて演目や役者をチェックして、見たい芝居を決めるのだそうだ。薄物唄本(うすものしょうほん)は、芝居の中で歌われる新作の唄の歌詞を記したもの。芝居を見ながら参照する歌詞カードであり、あとで自分で練習するための「歌本」でもあるのだろうな。そして、当たり狂言は、子供向けの絵本にリライトされたり、長編小説として出版されたりする。見事なメディアミックス文化である。

 最後にキャンベル先生は(特に高校生に)「ぜひ本物の歌舞伎や文楽を見にいってください」と勧めていた。そういえば、大好きだった文楽を、この数年、見にいっていない。むかしは土日でも当日券が残っていたのだが、「世界無形文化遺産」に指定された頃から、人気が沸騰して、すっかり券が取りにくくなってしまった。久しぶりに、頑張って行ってみるか~。
コメント
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