折々スケッチ

小さなスケッチブックやハガキに水彩と鉛筆ペン等で描いた絵を中心に、感じたこと等日記代わりに添えています。

秋の奈良へ(4)

2019年11月24日 | 奈良
    「浄瑠璃寺本堂」


今回の旅の最後は浄瑠璃寺(京都府)。
岩船寺から山道を下って到着するとここは観光客でいっぱいです。



浄瑠璃寺の庭園をはさんで本堂と向かいあう国宝三重塔は1176年京都から移されたという美しい塔です。
横に長い本堂の九体阿弥陀堂も国宝。九体の阿弥陀様をおまつりしてあるので九体寺(くたいじ)とも言われます。



  「本堂」



堂内は光を抑えてうす暗い中にずらりと並ぶ阿弥陀様、そのうちの2体は修理のために運び出されていてお留守でした。ご本尊のひときわ大きな金色の阿弥陀様にお参りしてから私の本命、吉祥天女像を見せていただきました。鎌倉時代の作で秘仏となっており決まった期間しか見られませんが丁度秋の開扉時期にあたりました。
像高90㎝、今も彩色の残る立像。写真家の土門拳氏は「日本一の美人である」と評されたとか、多くの方が一目見て恋に落ちたとか言われています。
しもぶくれの豊かな頬、くっきりした切れ長の眼、細く長い眉と小さな唇は日本古来の美人です。唇に残る紅色に心惹かれると言われた方もありましたが、暗い厨子の中ではそこまでは分からず想像して見上げていました。

厨子の中に立たれる天女に立ち止まる方は少なくて、ひとりでゆっくり拝見できました。



  「吉祥天女像」ネットから拝借



ここで気になったのがオバサマグループの笑い声や話声の大きなこと。
阿弥陀様が二体足りないと言っては笑いお賽銭の額でまた大笑い・・・それで日本人なのです。
庭園でも笑い声は響いていました・・・
この庭園で岩船寺でスケッチしていた男性にまたお会いしました。
「岩船寺でも描かれていましたね」と声を掛けると描きあがった水彩画を見せていただけて
「昨日談山神社で描いたのがこれ、ここが描けたら新薬師寺に回ります」と吉野在住の方でした。
男性の後ろで私も一枚。私はF1サイズなので15分ほどで終わり。「早いですね~」と言う声に振り返るとシニアさんがずっと見ておられたとか。「時間をかけると描き過ぎちゃうので」と。
私の前で描いている方はF6サイズで丁寧にまだまだ時間がかかりそうでお先に失礼。その方にキャンディーを1個いただきなめながら浄瑠璃寺を後にしました。

 「浄瑠璃寺三重塔」



入り口にある食べ物屋さんはどこも満席。昼食はまた非常食のアンパン一つ。
13:46発のバスに乗り14:09には近鉄奈良駅に戻りました。
名古屋までの高速バスは15:15発、それまでに商店街の王将で天津飯の昼食。
それでもまだ時間があるのでフラフラと急坂を登って行くと興福寺北円堂に出ました。
興福寺の金堂や五重塔、南円堂を眺めて休憩。
今回はどこでも鹿にあわなくて塔ばかり訪ねた旅だったなと思いました。

バスは時間きっちり出発してほとんど眠っているうちに名古屋駅のビル群の灯りが見えて到着。
家に着いたのは7時少し前でした。
怪我もせず迷惑もかけず無事に帰宅出来て一安心。
いつ行っても素晴らしい奈良、また機会を作って出かけたいと思います。


「秋の奈良へ」は終わります。読んでいただき有難うございました。

秋の奈良へ(3)

2019年11月23日 | 奈良
 「岩船寺の塔」




奈良の旅二日目。前の晩あまりに早く寝たので4時過ぎに目が覚めてしまい朝風呂へ。
さて今日はどう過ごすか、予定していた薬師寺は工事中で大きな足場が組まれていたから敬遠して
せっかく買ったフリーチケットで行ける所は・・・以前知人に勧められていた岩船寺から浄瑠璃寺への
「石仏を訪ねる道」を調べるとなかなか良さそう。
「秋の奈良へ」と言う標題なのにそこは京都府、当尾と呼ばれる木津川市になります。
斑鳩ーいかるが、当尾ーとおの 等と地名の読みは難しい。


JR奈良駅9:04発のバスで30分、浄瑠璃寺着。
ここからコミュニティバスに乗り換えて岩船寺へ。私は初めてのお寺です。
境内に入るとパッと目を引く赤い三重塔は室町時代の建立。深い緑の中に建つ塔を引き立てるように1本のモミジの紅葉が印象的でした。本堂の平安時代行基作と伝えられる阿弥陀様にお参りしてからスケッチ。本堂脇でも男性が一人スケッチされている。ここは紫陽花寺として有名だとか。
三重塔の脇を登ると鐘楼があり前の人に続いてお賽銭を上げて撞かせていただきました。
山に囲まれているせいか余韻が長くゆっくり広がり身体が包み込まれて行くようでした。
 
  
「途中の集落で」



岩船寺で地図を買い浄瑠璃寺まで約2キロの「石仏を訪ねる道」へ出発。
美しい日本の歩きたくなる道500選に選ばれた道、本当は散策コースがずっと広がっていますが、私が
歩くのはほんの一部。
山を下る道は誰も歩いていない。休憩がてら集落をスケッチ。しかしこの先は手すりが頼りの石が組まれた急な下り坂。あたりは森が竹に浸食されたような荒れた竹藪、風で竹のきしむ音なのかギッ ギーギーと言う音ばかりの暗い道。足元だけを注意して「美しい…歩きたくなる…? う~ん」


  「山道」



  「平らな道」



しばらくして急坂を降りきると平坦な明るい道に出てヤレヤレ。周囲に目が行くようになると木や藪に
絡みついたカラスウリの橙や黄色が鮮やかでした。
左手に少し行った先の「わらい仏さま」と頭だけを土中から出して休んでおられる「眠り仏さま」に出会えて本当にホッとしました。ここでは遠回りコースからの二人連れにも会いました。



  「わらい仏」



   「からすの壺二尊」


なだらかな道を下って「からすの壺二尊」に手を合わせているとザワザワと人が多くなりました。
もうすぐ浄瑠璃寺です。
膝が心配なので道から外れて行かなければならない仏様は通過させていただきました。
石仏の多くが鎌倉から室町時代の古い仏様。自然災害や争乱の波を超えて地域の人に守られてきた仏様です。もっと元気な時にずっと先まで歩きたかったなと思いました。
途中には「吊り店」と呼ばれる無人販売所がいくつもあって柿、漬物、茶葉などが袋に入れて吊るされていて「ここのひの菜漬が美味しいのよ」と観光客の人に言われて私も一袋100円を二袋買いました。家で食べたら葉がかたくてかなり辛い・・・失敗。
珍しいのは黄色い実のフォックスフェイスが沢山売られていた事。特産なのでしょう。石仏のお供えにもされていました。


  「吊り店」


最後に訪れたのは大勢の観光客でにぎわう浄瑠璃寺ですが・・・
長くなってしまったのでつづきは明日に。

秋の奈良へ(2)

2019年11月22日 | 奈良
    「法隆寺への道


   


   「法隆寺遠望」




  「築地塀」




   「夢殿」






法輪寺から歩いて法隆寺へ。
住宅街の道をまだかなぁと歩いて行くと長い築地塀の左手に突然と言った感じで「夢殿」入り口。
右手は法隆寺へ向かう長い築地塀。ここまで来ると観光客にも出会いました。境内には土産を売る出店もありましたが片付けの真っ最中。すでに3時半近い。これから広い法隆寺の拝観は無理だと思い外から眺めることにして
所々にある門の鬼瓦の立派さに立ち止まり、国宝「東大門」(奈良時代)をくぐり、国宝を普通にくぐって行けるなんて凄いことだと思います。いくつもの国宝や重要文化財の建築群、さすがは法隆寺です。
世界遺産のここはスケッチ禁止なのは仕方のない事。



  子規の句碑


小さな池の端にある子規の句碑「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」夫が長い時間ここで苦吟していた姿が思い出されて、スケッチと俳句に夢中だったあの当時が夫の一番良い時期ではなかったかと思います。

せっかくここまで来たのだからと気が変わって30分でも五重塔を拝観しようと受付に行くと「3時50分からは拝観料は半額です」って。1500円が半額は嬉しい!
飛鳥建築の粋を集めたと言われるエンタシスの柱が並ぶ回廊。そっと柱に触れるとずっと昔の人達と
繋がっているような気がしてそのままでいたその時「ゴ~ーン」と鐘の音。
まさに鐘が鳴るなり法隆寺・・・係りの方が「4時の鐘です」と。正岡子規も聴いた鐘の音は心に沁みいるような特別な音でした。毎日8時から午後4時まで2時間ごとに鳴らされる「時の鐘」8時は8回、12時は12回打たれるのだそうです。

わが国最古の五重塔をながめて金堂へ。
ご本尊の釈迦三尊像他多数の仏様とたった一人で向き合えたのは終わり間近のお陰です。
昭和24年に焼けた壁画はパネルに復元されてはめ込まれていました。
4時半に閉門と言う事でしたが金堂は内部の扉を閉めてから外の扉を閉める時間がかかるので少し早めに閉めますとのこと。内扉も厚い扉で大きなくさびで止められるのだとか。
最終点検が始まった西院伽藍を出て振り返ると夕焼けが始まりかけた空に五重塔が悠々とそびえていました。





南大門をくぐって長い松並木の道を行くとやっとバス停。
夕焼けがますます鮮やかになって沈むまでここにいたいなぁと思っているうちにJR法隆寺駅行きの
バスが来て10分ほどで駅に到着。ここからJR快速で奈良駅まで10分ほど。あっという間に着きました。
ホテルは駅と連絡通路で繋がっています。その前に駅の隣のスーパーで夕食の買い出し。とても外に食べに出る気力はありません。昼食は・・・スケッチしながら食べたアンパン一つ。思い出したらお腹がすいてきてつい買い過ぎてしまいました。
ホテルは今年6月に泊まったばかりなので勝手も分かり気楽です。先回と違うのは秋のシーズン中とあって宿泊客が多い事でした。
買った夕食を食べて大浴場へ行くと先客が3人、先回はいなかった。大浴場は温泉で筋肉痛、関節のこわばり、疲労回復に良いとあり頑張ってくれた膝をゆっくりマッサージしての~んびり。

部屋に帰って何もする気にならずに9時過ぎに就寝。よく歩いた気がする一日目が終わりました。


二日目につづく。

秋の奈良へ(1)

2019年11月21日 | 奈良
  「法起寺」最初の一枚F3



11月19日から1泊2日で秋の奈良へ行きました。
紅葉の盛りには少し早いかなと思いながら他の都合と合わせるとこの日になりました。
空には低い雲が覆っていてたまの日差しが嬉しかった二日間でした。

目的は法隆寺近くの法起寺、法輪寺辺りをゆっくり歩いて見たかったのです。
奈良市内から離れている斑鳩にある法隆寺はちょっと不便なところ、さらに離れた法起寺、法輪寺は
時間の余裕がないと難しい。

1日目は名古屋から高速バスで奈良へ、ここから法起寺、法輪寺、法隆寺とまわりホテルへ。

高速バスは往復4300円2時間半、ゆったりしたバスで速い。10時過ぎには近鉄奈良駅着。
ここで2日間有効の「奈良・大和路2日間バスフリーチケット」を買っていよいよ法隆寺行きのバスに
乗ります。このバスはゆっくり寄り道ばかりして唐招提寺、薬師寺、郡山城・・・1時間以上かかって法隆寺より少し手前の法起寺前(ほうきじまえ)で下車。ここまで来ると広々した風景の中に塔の見える私の想い出の風景が今も残っていました。寺の周辺は観光用のコスモス畑。盛りを過ぎているのがかえって風情がある感じです。少し変わったのは寺の南東の木の茂みが切り払われて見通しが良すぎるようになったこと。



  「法起寺三重塔」



706年建立の日本最大最古の国宝三重塔、拝観料を払って中で見るよりは遠くから眺めた方がずっといい。
塔と向かい合ってコスモス畑の端に座っていると十数年前夫と並んでスケッチしたことを思い出します。定年後スケッチを始めた夫が私と一緒にてこずっていた塔です。
有名な画家さん達が多く描かれている場所ですが、私には今も塔の形が難しくて・・・特に最初の一枚は力が入り過ぎて失敗。あとはハガキで・・・
たまにカメラを抱えた男性が通る静かな農道です。


  「法起寺」ハガキ


  「法起寺あたり」ハガキ


  「法起寺」ハガキ


  「集落で」ハガキ




寺の周囲を回ってから北東側の集落へ、ここは遠くから眺めると瓦屋根の並びがとてもいいのです。
立派な白壁、土蔵の家が続く集落の道は狭くてちょとだけスケッチして退散。
まだ先は長いので次の法輪寺目指して歩きました。
それなのに野菊や青い実の付いたつる草、スラリと伸びたススキと道草ばかりして道がはかどらない。


法輪寺の塔は昭和に入って落雷で焼失し1975年に再建されたもの。新しいとはいえ周囲の風景に溶け込んだ姿は皆さんが描かれているほど絵になる場所です。大型バスが着いて修学旅行なのか学生さんが
沢山入って行ったのでここの拝観はパス。


  「法輪寺」F1



ここまで歩いただけで私の膝は動きたくないと言い出したのでしばらく座ってスケッチ。
近くの集落も絵にしたいけど歩く元気がなくなって、ちょっと行ってはまた座ってもう一枚。
体力がなくなっていることに驚きです。


  「法輪寺」F1 


法輪寺にはバス停が無いので歩くしかない。ヨッコラショッと法隆寺を目指して歩きました。
車の走る道を避けて丘を登っていると自転車を押して上がって来た男性が「この坂が堪えますね」と。
奈良にお住いのちょっと若いシニアさん。天気がいいとあちこち自転車で走っておられるのだとか。
「一人ですか・・・」白髪頭のババちゃんが誰も通らない道をトボトボ歩いているのに驚かれたようでした。「あなただって一人でしょう」とは言いませんでしたが。
ここから道を聞きながら住宅街を抜けてゆっくりゆっくりと夕方の法隆寺にたどり着きました。


  「法輪寺の塔」


つづく。

ビジネスホテル初体験

2019年06月25日 | 奈良


先週の奈良の旅、宿泊したのはネットで調べて決めたビジネスホテルでした。
今迄の個人旅行で宿泊するのは公共の宿か古い温泉宿。
奈良に行くことに決めてから交通の便が良くて安く泊まれるところをネットで探し見つけたのが
JR奈良駅前のホテルです。
最安値の「部屋おまかせプラン」は1泊朝食付きで5100円。決め手は温泉大浴場があること。

私はビジネスホテル初体験、緊張しながら行って見るとフロントの女性は親切で説明は分かりやすい。
部屋は狭くても清潔感があって必要なものは何でも揃っています。
友人に話すと「そりゃぁ そうでしょう〜」と当たり前な顔されましたが私には新鮮な事ばかりです。

5100円を前金で支払えば「チェックアウト手続きは不要です」と。「・・・?」
鍵は無く暗証番号の書かれた紙をいただくだけ、女性用の大浴場の暗証番号もあります。
普通だと朝食のチケットがあるはずなのにそれも無し。
浴衣とタオルと洗面セットは部屋に置いてあり、枕はお風呂の帰りに好きなのを選んで持ってくる。サッパリしていいわ〜・・・女性限定アメニティグッズもいただけたし・・・
狭い部屋なのでダブルベッド周りに何でも有ってスイッチも色々押してみる・・・あ、これね~と。
宿泊キャンセルも当日15時迄はOKですって。これなら天候次第で旅行中止も出来るし。




天然温泉の大浴場は1人だけの貸し切り状態で、露天風呂は街中なので目隠しがあって露天と言えるかなと思いましたが風の通り抜ける中での入浴は気持ちよくて翌朝までは、すべすべ肌になれました。朝風呂よりもスケッチを優先したのがちょっと惜しかったほでした。
また、朝食のパンが美味しかったし、外国人が多いかと思ったらチラホラなのはほんとに意外。

ホテルの宣伝みたいになりましたが、私の節約旅にはとても嬉しい事でした。

ホテルは良かったのに残念だったのは部屋の暗証番号6桁を覚えられなくて毎回メモを見なおさなければならなかったことです。番号は手帳に書いてスマホで写メもして頭以外には覚えさせていましたが、自分の頭には〜・・・う〜ん悲しい。
それに洗面台の位置が高くて顔を洗いにくかった。ババちゃんサイズではないからこれは仕方がない事です。そこで汗だくのブラウスをジャブジャブ洗ってまた翌日着て歩けましたからちゃんと利用はできました。
いつも利用される方には何でもない事でも初めての体験は何もかも興味津々楽しかったです。

  ※ スーパーホテルLohasJR奈良駅

明日からちょっと忙しくブログお休みします また、日曜か月曜日頃には。

奈良の旅・乗り鉄と少しスケッチ(4)出会った人

2019年06月24日 | 奈良
JR奈良駅

今回の奈良旅行はひとり旅。
耳が良くないので自分からは話しかけないから人と話すことはあるかなぁと思っていました。

一日目の夕方最後のスケッチをしようと興福寺北円堂の前で座っていると通りかかった女の方が
話しかけてきました。石段を上がって私の隣に腰掛けてスーツ姿の60代くらいの方です。
「絵を描いているなんていいわね~」から始まって「今の世の中悲しいことが多すぎる」と。
「そうねぇ」と聞いていると福祉関係の仕事らしい。そのまま家に帰りたくないと散歩してから帰ると
言われます。私は「そうねぇ」としか言いようもない。
「あなた髪は白いけどおいくつ?」「もうじき77、あなたは?」「まだ70前だけど元気に動けるのは80迄よ。今のうちに頑張ってね」と言われます。
「興福寺も新しい建物が出来て変わりましたね」と話を変えると「新しいものばかり増えてどこかの様にテーマパークみたいではね」と言われます。「お寺さんだって経営が成り立たないといけないからやりての所だけが繁盛してね」地元の方にしたら新しいものが出来て人が集まればいいかと思ったらそうでもないらしい。「そうねぇ」ばかり言う私。
スケッチもうまく描けないし立ち上がって「またどこかでね」とお別れしました。


  南大門近くの土塀


貴重な夕方の時間まだホテルに帰るのは惜しいのでまた五重塔の前まで行きました。
鹿が集まっています。シニアの男性が何か話しかけて来たけれど聞き取れないので「そうねぇ」と。
軍手の上に薄いビニールの手袋をして慣れた感じで鹿の喉をさすっています。猫と同じだ。
その方が袋からバナナの皮を取り出すと鹿はもう待てないという感じで食べました。
「バナナの皮やキャベツの青い葉も好きですよ」
「観光客がいなくなると集まって違うところへ寝に行くんですよ」話は続きそう。
暗くなってきそうなので「ここからバス停は何処が近いでしょうか」と聞くと「JRの駅なら案内しましょう」と歩きだされたのでついて行きました。
商店街をどんどん歩きながら「この辺は店が沢山あって賑やかでしょう」「賑やかでも資本は京都や大阪の大手が出しているんですよ。地元に金は落ちないです」と。
春日大社の参道だったこの道は倍以上に拡張されたとかで賑わっていますが、問題もあるようです。
私より7歳若い男性は怪我の後遺症のリハビリで毎日の散歩が日課なのだとか。
「若い人がいない街なので年寄りも元気でいないと」と話しているうちにどんどん歩いて「ほらすぐそこがJRの駅」と言って「じゃ、家はここだから」とお別れしました。
膝の為にできるだけバスを使っているのに下り坂とは言え興福寺から歩いてしまった。約2キロ!
色々話しも聞けたけど・・・ホテルの温泉に浸かって念入りにマッサージして湿布を貼りました。


夕方の南円堂


翌朝は始発のバスで興福寺へ行き博物館前でスケッチしました。
昼間は観光客と鹿で混雑している所ですが朝は誰もいない。
座っていたら散歩中のシニアの男性が「いい趣味ですね」と。
「奈良はいいところですね。こんな所を散歩できるのは羨ましい」と言うと
「名古屋だったら1泊ではもったいないから1週間くらいは泊まるといいのに」ですって。
できれば私だってそうしたいけど・・・お財布の都合だってあるのよと心の声。
「JR奈良駅からこっちの方は過疎でね。若い人がいないんですよ。シニアばっかり」
「お役所は箱ものばっかり作って活性化なんて言うけど住む人がいなくちゃどうしようもないでしょう」
「そうですねぇ」と私。
奈良の人って話し好きなのか人懐っこいのかしら。


    大仏池


公園事務所の方と話した時のこと。
「貸自転車が置いてあるけど、違う場所に返すことはできますか」と聞きました。
「これは業者に頼まれて場所を貸しているだけで分からないですね。ややこしいようですよ」と。
公園事務所の方ですかと聞いたらそうだと言った人です。業者に場所を貸しているだけだから知らないとはどういうつもり。缶コーヒー片手にのんきそうに話す人、事務所の前の観光客用の貸自転車、少し勉強して欲しいものです。そんなことは言えないから「ああ そうですか」とだけ。
ここでいただいたパンフレットはしっかりした冊子になっていて地図にはトイレの場所が大きく書かれて分かりやすそうなのですが、地図の上が東になっています。左が北なので南大門や大仏殿も横向きの絵になっています。これは分かりにくい。他でいただいた地図はどれも上が北になっています。
なぜこうなったのでしょうね。
このあと汗をふきふきブツブツ言いながら歩いた道はとっても暑かった。

ひとり旅だから話しかけやすいのか色々な方と話しが出来ました。
興福寺の金堂の再建が昨年なされたのに私と話した方達はあまり喜んではおられない風でした。
「千年たてば風格も出て・・・」と言えば「いや〜今の建物千年はもたんでしょう」と言う方も。
住んでいる方から見ると・・・短い話だけでは分からないことがあるようでした。


旅は風景や人とも出会って緊張感がいっぱいです。
特に失敗もなく無事に帰宅できたので今回は大成功と言える旅でした。

奈良の旅は終わります。
長かったですよね~・・・お付き合いいただき有難うございました。


奈良の旅・乗り鉄と少しスケッチ(3)

2019年06月23日 | 奈良
  正倉院の前から東大寺

大仏池を回って正倉院を目指してテクテク。
日傘をさして首には濡らしたハンカチを巻いて、リュックがだんだん重くなってきます。

正倉院は建物を外から見るだけですが、長い歴史を刻んでそこにあることだけでも夢が
あります。賑やかな小学生の団体さんはサッと来てサッといなくなります。
少しは立ち止まって目を閉じて昔に想いを馳せてもいいのではないかしら。

正倉院の外塀の木陰で休憩しながら大仏殿をスケッチ。暑いのにウグイスが鳴いてたような・・・


  転害門


ここから西に歩くと転害門(てがいもん)があります。
762年の建立から幾度かの戦乱にも大した被害はなく基本的に奈良時代そのままに残る門です。
国宝のこの門がひっきりなしに車が通る京街道沿いに普通に建っていてやっぱり奈良は凄いなと思います。
この門の裏側の日陰になった階段で中年のご夫婦が弁当を広げて缶ビール片手に休憩中。
1200年の時を経てこの門が置かれている今を象徴しているような風景だと思えました。

ここからバスで県庁へ。県庁の展望台の見晴らしがいいと聞いたことがあったからです。
奈良県庁の正面を入って左手のエレベーターで屋上へ、さらに階段を登れば360度の展望が開けました。


  県庁の展望台から



東大寺の大屋根や興福寺の五重塔、備え付けの望遠鏡で薬師寺の塔も見えるとか。でも暑い!
帰りの時間も気になるので6階の食堂でお昼にしました。
ざる蕎麦は一般は10円高くて410円。美味しかったです。職員の方はワンコインの定食の方が多くて
どれも美味しそうでした。観光客らしい方達もチラホラ。
見晴らしが良くて涼しい食堂で冷たいお茶をいただいてそばを食べてよい休憩になりました。


近鉄奈良駅を13:56発の電車に乗るにはまだ時間があるのでバス停そばの園地で鹿や観光客を見て
いました。ここはどこの国かと思うほど色々な国の人が鹿と遊んでいます。
柵に腰掛けていると鹿が寄って来てじっと見つめられるのですが、エサになるものがない。
しばらくすると日傘の布の部分をカプッと噛んで離れて行きました。腹いせかな。
鹿せんべいを両手に持って鹿に取り囲まれて大騒ぎの外国人、楽しい想い出になったでしょうね。









帰る時間になり近鉄奈良駅から難波行き急行で布施へ。私は布施駅がどこにあるか知りませんでした。
ネットで見たら時間はかかっても乗り換え回数が少ないので布施で乗り換えることにしたのです。
予定では奈良駅から布施駅まで30分余り、ウトウトして気が付くと遠くに高層ビルが霞んで見える
都会を走っています。
え~っ 往きには水田のある風景の中を走ってい行ったのに・・・間違ったかなと。
間違ったとしても難波行き、大阪からならその日のうちに戻れるだろうと思うことにしました。
でも、間違っていなくて東大阪市の「布施駅」に予定通りつきました。ここはもうすぐ大阪。
ネットで駅名だけ調べてどこにあるか調べてなかった私はびっくりです。
布施から次の乗換駅伊勢中川迄急行で約2時間、眠って覚めてウトウトしてもまだ乗っていました。
伊勢中川から名古屋行き急行に乗ればもう安心、眠っていても終点名古屋です。
奈良駅を出てから家に着くまで約6時間、特急を利用しない旅は「やったー!」という思いと
ちょっと「疲れたな―」という思い。
いただいたチケット1枚で名古屋駅まで電車に4時間余りいっぱい乗れました。


順序は逆になりますが名古屋から奈良への道中の事。
最初の乗換駅伊勢中川で4番乗り場から大坂上本町行き急行に乗るはずでした。
ホームに降りて見まわすと向かい側のホームが4番乗り場です。地下道で渡るのかなと見るとこちら側のホームも4番なのです。線路をはさんで同じ番号・・・?振り返ると後ろの線路も両側が3番乗り場です。見ていると入ってきた電車のドアが左右両方開いて、そんなこと知らなかった〜・・・

次の乗換駅の大和八木、橿原線の京都行に乗るために6番ホームへと思うのですがそんなに線路がないのです。人の流れについて行くと1階下に線路がありました。ここは2階建てなのだと納得して見上げれば乗ってきた電車がすぐ上に見えています。こんなことも初めてで「へぇ〜・・・」でした。
ひとりで驚いては納得してこんな旅は頭の体操にぴったりだろうと思います。

   線路が二階建て


電車の旅は乗る時降りる時に注意すれば後は外を眺めていられます。
三重県の青々とした水田から奈良に入るとまだ植えたばかりの早苗田になり様子が変わります。
青田に映える家々の銀色に光る日本瓦の集落の美しさ。石垣を組んでその上に蔵を置く家々も見ているだけならとても素敵です。暮らすとなると大変だとしても残して欲しい風景だと勝手なことを思いながら眺めて過ぎました。
そんなことも思いながらの旅はゆっくりなのがいいのです。
ピューッと走ればすぐ着くのですが・・・予算にも限りがあることですしこれからもこんな旅をしたいと思っています。

あともう1日続きます。明日は奈良で出会った人たちの話です。

奈良の旅・乗り鉄と少しスケッチ(2)

2019年06月22日 | 奈良
   朝6時の南円堂



早寝したおかげで二日目の朝は4時過ぎにに目が覚めて窓を開けると少し霞んだ丸い月がJRの線路の上に見えて今日もきっと晴れ!

身支度をしてバスを待つ間に静かなJR奈良駅をちょっとスケッチ。
朝一番の循環バスで興福寺へ。乗客は1人だけで発車して近鉄奈良駅で数人乗車。

五重塔周辺も時折散歩の方が通るくらいで昼間とは全く違う静けさの中あんなにいた鹿たちもわずかに草を食んでいるだけ。まだどこかで寝ているのでしょう。
興福寺五重塔は天平時代に創建されその後の歴史を経て現在の塔は1426年室町時代に再建されたもの。
高さ50・1メートル奈良時代と室町時代の様式を取り入れたどっしりした塔です。
明治の初め廃仏毀釈令によって売りに出されたとか焼却処分されるとかの話も出たところならまちの
人達の反対運動で残ったのだという話もあります。燃やすなどとはとんでもない事。残って良かったです。
大きくて重々しい塔を描く元気はなくてすぐ西にある南円堂に向かいました。
西国三十三番札所の南円堂、散歩の方も丁寧にお参りされています。
1日2回鳴らされる6時の鐘を聞きながらお参り出来て早起きはやっぱりお得です。
ここではお堂の前に下がる鰐口の音もシャランと優雅な音に聞こえました。


 博物館の前で


静かな朝の国立博物館の前で1枚スケッチ。塔全体は難しいので上の方だけ見える場所を探すのです。
近くに「宝蔵院流鎌槍発祥の地」の碑があり吉川英治の宮本武蔵に夢中だったころを思い出し、
中村錦之助の武蔵も良かったな~・・・あの頃は私も若かったし~と。

7時を過ぎたので朝食にバスでホテルへ戻ります。
バイキングの朝食をお腹いっぱい詰め込んで朝ドラを見てからチェックアウト。

予定では「ならまち」辺りを歩いて民家をスケッチしたいと思っていたのですが予報気温は30度と
蒸し暑くなりそうなので予定変更。緑の多い東大寺、戒壇院、大仏池、正倉院、転害門を回ることにしました。
7時ごろには人も少なかった東大寺南大門辺りは9時を過ぎる頃には人が増えました。


  9時すぎの東大寺への参道



南大門の巨大な仁王像に見とれているゆとりはありません。
妙な浴衣姿の外国人たちが写真を撮るのに私はジャマ。
場所を空けると「アリガトウゴザイマス」と。「どういたしまして」と私。
「スミマセン」と返事が返って来て笑ってしまいました。

南大門から少し先の左側にある土塀の前で1枚スケッチ。土塀ばかり描いています。
ここは駐車場からの団体さんの通り道らしく次々通ります。
先生やガイドさんらしい人が大きな声で「右手が南大門・・・」と説明しますが子供も大人も
「鹿!しか! シカ〜〜!」とはしゃいでちっとも聞いてない。
暑い中先生も大変ならせんべいをねだる鹿もくれそうな人に狙いを定めて大変。

人の多い大仏様はお参りせずに通り過ぎて静かな戒壇院へ行きました。
ここはいつも本当に静かです.
拝観料を払って門をくぐるとここも何か違う感じ。
「変わりましたね」と言っても若い事務所の方は「いいえ変わってないですよ」と。
私はここに来るのはいつ以来かと思って「火災があったのはいつでしたか」と聞くと調べて
くれて「1998年5月です」と。
私が訪ねたのはその前年なので1997年応対してくれた方はまだ生まれてなかったかも。
ついこの間と思ったのにいつの間に20年過ぎたのかしら・・・

お堂の中は昔と変わらず四天王はとても良いお姿で立たれていました。
鑑真和上が戒壇を築き建立された戒壇院。何度も火災に遭い現在の戒壇堂は1732年の再建です。
国宝 四天王像は天平彫刻(塑像)の傑作と言われています。近年の研究で三月堂の日光菩薩、月光菩薩と同じ工房で製作されて同じ場所に並べられていたかもしれないと。どちらも大好きな仏さまです。今は日光月光様は東大寺ミュージアムに移されてお堂の中で見ることはできません。ここの四天王像はもちろん踏みつけられた邪気も面白いのでのぞき込みたくなりますが顔や手を近づければ警報が鳴るのだとか。
参観者は私一人、ずっとお寺のオジイサンに監視されている気がしていました。何かありそうなババさんと思われたのかも。


外で東大寺の屋根をスケッチしていると中国からの団体さんが来て「絵の写真を撮らせて」ですって。
素敵なおばさまが多かったのに私のわずかな中国語はこんな時にさっぱり出て来ない。
北京からのツアーで怪しげな日本語のガイドさんが頼りの話でした。

  国際親善しながらの一枚

その後、大仏池へ行き近くの奈良公園事務所の休憩所へ。
池の周囲も以前よりスッキリしています。外に出てきた事務所の方は「最近は変わってませんよ」と。
この方も30歳前くらいなので20年前なんて大昔の話でしょう。

そこからまた正倉院を目指して歩きました。あつかった あつかった〜・・・

奈良への旅・乗り鉄と少しスケッチ(1)

2019年06月21日 | 奈良
   新薬師寺の土塀


6月19日20日と1泊2日で奈良へひとり旅に出ました。
明日香へは数年前にも出かけたのに東大寺や興福寺へ行くのは本当に久しぶり。
先日近鉄のチケットをいただいたのでせっかくなら遠くへ行きたくて奈良にしたのです。
このチケットは特急には乗れないのですが急行を乗り継げば時間はかかるものの電車の旅を楽しむ
つもりで行けばいい。水田の緑、山々の緑、車窓の風景も楽しみです。
体力に自信がないので出かけるのもラッシュを避けてゆっくり出発。

家を出たのが8時半、近鉄名古屋駅を9:21出発、伊勢中川→大和八木→大和西大寺→近鉄奈良と
3回乗り換えて着いたのが13:00 駅前で1日500円のバスの乗り放題チケットを2日分買って
いよいよ奈良の旅の始まりです。




予定では先ず1日目は興福寺、東大寺、戒壇院辺りを歩くはずでした。ところがバスから眺めると
あまりの人の多さに驚いてそのままバスに乗って少し外れた新薬師寺に向かいました。


  静かな新薬師寺

 本堂内部 パンフレットから


新薬師寺は人もぼつぼつと言った感じで、たまに修学旅行の小学生が来てもすぐ帰って行きます。
お目当ては本堂に安置された十二神将。ご本尊の薬師如来、本堂ともすべて国宝に指定されていて
博物館の中で見せていただくのとは違い本来のお姿に近いのではないかと思えます。
ただ以前とは私の受ける印象が違うのです。もっと厳しいお姿だったと思うのに全体に柔らかくて
優しい。なにか・・・な〜?
少しの違和感のままお堂のまわりを歩いているとタヌキが一匹、チラリとこちらを見て急ぎ足。
タヌキにだまされてるのかな。
先日の日和田高原で出会ったのはキツネだったので今度はタヌキか・・・と。

新薬師寺の土塀も味があるのですが、辺りの家々の土塀も趣がありました。
ところが新薬師寺のはげかけた土塀が彫り込まれた落書きだらけだったのです。ここまでわざわざ
来ていったいなぜかと悲しくなります。


  見かけた土塀


新薬師寺から志賀直哉旧居前を歩き巡回バスでJR奈良駅まで行きホテルチェックインしたのは
16時。ちょっと一休みして夕方の興福寺を見にまた出発。バスのチケットが役に立ちます。
夕方5時を過ぎた興福寺周辺は静かになっていたので裏手の登大路園地から五重塔と長い土塀を一枚と
北円堂の前からもう一度夕暮れの五重塔をスケッチしたのですがこれは失敗・・・残念!
真っ暗になる前にとJR駅前のホテルまでの商店街をテクテクと、ずっと下り坂なので何とか歩けました。
この日の歩数は15000歩を超えました。そんなに歩いたかしら?
タヌキに騙されているような気もしますが脚は疲れて膝は痛い。やっぱり歩いたようです。
ホテルの温泉大浴場でのんびりして早寝した1日目でした。。

  夕暮の登大路園地



日帰り旅・雑記

2018年07月23日 | 奈良
  

数日前、電車で奈良の室生寺へ日帰り旅に出かけました。


電車の窓からは鈴鹿の山々や水田の緑が鮮やかで爽やかな風景が続き
冷房の効いた列車から見ていると連日の猛暑を忘れるほどです。。
青々として光を跳ね返している水田、もう穂が出そろって少しくすんだ緑色の水田
きれいに草刈りされた畔の先には今も草刈り中の人の姿も見えて、暑い日も草刈りに精を
出されているブロ友さんもいらしたことを思いだしました。
あちらこちらには放棄されたのか草が茂って以前は何だったのか分からない所も。

美しい里山の自然、これは人が手をかけて作りだした自然と聞いてはいますが
本当に自然に任せればもともとあった自然は原野に戻ってしまうのだと実感しました。


室生川に沿った門前町 


旅の目的地は奈良県の室生寺。
拝観とスケッチが目的です。
境内にあるいくつかのお堂のうち国宝の金堂、本堂にはお賽銭を上げてお参りしました。
ここまで来ることが出来たお礼と数々のお願いと・・・

賽銭箱の横には蝋燭が並べてあり、1本ずつに願い事が描かれています。
私は「家内安全」を選びました。1本100円
蝋燭立ては円形で何段にもなっていて、さて、どこに立てようかしら?と。
一番上というのも何だかと思い下の方に立てました。

迷いながらの私を見ておられた年配の男性が「一番上から立てるもの」と声を掛けて
くださいました。
「下の方に火の付いた蝋燭があると次の人が上に立てる時に熱いでしょう」と。
なるほど、で、遠慮なく最上段にお供えしました。

蝋燭のお隣に1本20円の線香もあります。
「線香は何本お供えするものですか?」とお聞きすると
「ここは真言宗だから3本まとめて、香炉の真ん中に立ててください」と。
その方は袋の中からご自分用の線香を出して香炉の真ん中に。
私も3本買ってお供えしました。
我が家は浄土宗なので普通は2本です。3本というのは初体験でした。
四国遍路も何度か経験されたというその方にいろいろ伺って、まぁこの年まで何と
ボーっと生きてきたことか、これではチコちゃんに叱られます。

「奥の院まで行かれるなら待っててあげるから、駅まで車で送りましょう」と。
「すみません。ゆっくりスケッチして帰りますので」とご辞退。
お遍路姿が似合いそうな枯れた感じの素敵なオジイサマでした。

何処かから戻って来られたお寺の方にスケッチしてもいいか伺って、安心して描けました。
金堂、本堂などの内部、仏像は撮影、スケッチ共に禁止です。
そのうちに黄や紫の衣の7,8名のお坊様方が奥の院の方から降りて来られて本堂で法要が始まり
ました。時間があればしばらくここにいたい気持ちでしたが、時間がない。





境内に点在するお堂を繋ぐ石段は全部で700段ほど、そのうち五重塔から奥の院までは400段
自然石を並べて段差がかなりある石段を登ることは今の私の膝では無理。
見ているとかなりのお年寄りが杖を手に登って行かれて、いつかは私も・・・
元気でいなくては!です。


☆ 今日の絵は写真からハガキサイズに




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