Cu Chi Tunnel, Cu Chi Pref., Viet Nam
さてさて、ベトナム戦争の激戦地であったクチトンネルにワタクシ達はやって来ました。
今日は日本語ガイドのタオさんがいますので、説明を聞きながら回りますので安心です。
ここには多くの観光客が来ていました。ヨーロッパからの観光客が多いようですが、アメリカからの人達もいました。
彼らはどんな思いでこの場所を見学するのでしょうか。
ここを見学すると、南ベトナム解放戦線のゲリラ戦というのがいかに知恵を使ったものかがよくわかります。
この穴の中に隠れて潜み、アメリカ兵に攻撃を加えるのですね。
小柄なべトコン兵なら入ることは出来ますが、大柄なアメリカ兵には入るのは無理でしょう。
ジャングルの中でどこからべトコンが襲ってくるかわからない…米兵の神経は消耗していきます。
至る所にブービートラップが仕掛けられていたようです。トラップにかかった米兵も多かったようですね。
当時は槍には毒が塗られていたそうです。ちなみにブービーというのは「まぬけ」という意味の俗語だと聞きました。
クチの地下にはトンネルが掘られ、その総距離は200kmになるというから驚きです。
当時のべトコン兵を再現した蝋人形が置かれてありました。彼らが履いているサンダルは、
米軍が放置した車のタイヤから作っていたそうなんですよ。
米軍が放置した戦車がそのまま置いてありました。戦車による攻撃、飛行機からの爆撃。
これらの物量作戦はべトコン兵には通用しませんでした。地下のトンネルに潜み、夜になればトンネルから出てきて
米兵に攻撃を仕掛けるだけではなく、畑や田んぼに行って農作業をしていたというのですから驚きです。
言い換えれば、米兵は深夜のジャングルなどは不気味で出ていくことが出来なかったのでしょうね。
銃弾の跡が残る戦車は何ともリアルで、不気味さすら感じました。
子供たちが無邪気な笑顔で戦車の上に乗り、写真を撮っていたのですが、
ワタクシはその場所で人が死んだかもしれないと思うと、なんとも言えない複雑な思いに駆られたのでした。
使用したカメラ:1枚目はFUJIFILM X-T1、他はFUJIFILM X-Pro2
タイを旅行した時に、映画「戦場にかける橋」で知られるクウェー川鉄橋に行きました。
そのすぐ近くに戦争博物館があるのですが、そこには連合国の捕虜に対する日本軍の残虐な行為が
多くの資料とともに展示されていました。それは悲しく辛い現実でした。
クチトンネルを訪ねるアメリカ人はあの時の私と同じような気持になっていたのかなとふと思いました。
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さてさて、ベトナム戦争の激戦地であったクチトンネルにワタクシ達はやって来ました。
今日は日本語ガイドのタオさんがいますので、説明を聞きながら回りますので安心です。
ここには多くの観光客が来ていました。ヨーロッパからの観光客が多いようですが、アメリカからの人達もいました。
彼らはどんな思いでこの場所を見学するのでしょうか。
ここを見学すると、南ベトナム解放戦線のゲリラ戦というのがいかに知恵を使ったものかがよくわかります。
この穴の中に隠れて潜み、アメリカ兵に攻撃を加えるのですね。
小柄なべトコン兵なら入ることは出来ますが、大柄なアメリカ兵には入るのは無理でしょう。
ジャングルの中でどこからべトコンが襲ってくるかわからない…米兵の神経は消耗していきます。
至る所にブービートラップが仕掛けられていたようです。トラップにかかった米兵も多かったようですね。
当時は槍には毒が塗られていたそうです。ちなみにブービーというのは「まぬけ」という意味の俗語だと聞きました。
クチの地下にはトンネルが掘られ、その総距離は200kmになるというから驚きです。
当時のべトコン兵を再現した蝋人形が置かれてありました。彼らが履いているサンダルは、
米軍が放置した車のタイヤから作っていたそうなんですよ。
米軍が放置した戦車がそのまま置いてありました。戦車による攻撃、飛行機からの爆撃。
これらの物量作戦はべトコン兵には通用しませんでした。地下のトンネルに潜み、夜になればトンネルから出てきて
米兵に攻撃を仕掛けるだけではなく、畑や田んぼに行って農作業をしていたというのですから驚きです。
言い換えれば、米兵は深夜のジャングルなどは不気味で出ていくことが出来なかったのでしょうね。
銃弾の跡が残る戦車は何ともリアルで、不気味さすら感じました。
子供たちが無邪気な笑顔で戦車の上に乗り、写真を撮っていたのですが、
ワタクシはその場所で人が死んだかもしれないと思うと、なんとも言えない複雑な思いに駆られたのでした。
使用したカメラ:1枚目はFUJIFILM X-T1、他はFUJIFILM X-Pro2
タイを旅行した時に、映画「戦場にかける橋」で知られるクウェー川鉄橋に行きました。
そのすぐ近くに戦争博物館があるのですが、そこには連合国の捕虜に対する日本軍の残虐な行為が
多くの資料とともに展示されていました。それは悲しく辛い現実でした。
クチトンネルを訪ねるアメリカ人はあの時の私と同じような気持になっていたのかなとふと思いました。
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ベトナムでは、ベトナム戦争の
激戦地まで
観光資源にしているのですね。
見るのも辛いです。
良い事でしょうが
生々しさ残るこの場所は
どこか。。寂しげですね
観光地とは言え喜ばしい場所ではないでしょうね
ちゆきママの井の頭公園ストリートライブの日です
出掛けて来ますね
後日 又 upしますね
ポチ (^^)/
重なる商魂を垣間見たような気
がしました。有名なブービート
ラップですが、越の国に限らず、
我々のご先祖様も落とし穴を掘
り、底に逆茂木やを仕込んでい
た時代?があったので、妙に懐
かしく思えた次第です。先の戦
争で本土決戦をやらかしていた
ら、日本のあちこちでこのよう
な悲惨な戦いが繰り広げられ、
物量を誇る米軍に抑え込まれて
いたかもしれない・・・とふと
思いました。
心に迫りくるものを感じながら、
何度も詠ませていただきました。
>夜になればトンネルから出てきて
米兵に攻撃を仕掛けるだけではなく、畑や田んぼに行って農作業をしていたというのですから驚きです。
や、捨てて行ったタイヤでサンダルを作り履いてた なんて
ベトナム兵のたくましさが感じられます。
先に観た映画(この世界の片隅に)にも共通する場面が多々ありました。
逃げまどいながらも、畑を耕し
夕飯を作り・・・
人間のたくましさを感じました。
またちがったベトナム戦争が見えてきますね。
タイの戦争博物館にしても
もちろんヒロシマの原爆ドームにしても
語りかけてくるものを学ばねばなりません。
戦地の凄まじさを伝えていくには
残しておくしかない‥のでしょうか。。
無邪気な子どもたちに、ちゃんと伝わってほしいですね。
応援デス*
激戦地を観光化にしてるのは複雑な
気持ちになりますね。
ぽち!!
激戦で、多くの方が命を落としたんですもんね。
この戦争の意味(どの戦争にも言えますが)は
あったのかと、思ってしまいます。
日本だけじゃなく、どの国にも、戦争を
して欲しくないです。
凸