『灰と幻想のグリムガル level.10 ラブソングは届かない』
(著:十文字青 先生/イラスト:白井鋭利 先生)
ある義勇兵の死の間際が描かれる第10巻。
元の世界の記憶を取り戻し、死にいく彼が見たものは・・・?
と、ハルヒロたちとは無関係の場面から始まりつつも、引き込まれる冒頭。
そこから、森の中でグォレラという猿型のモンスターたちと激戦を繰り返す
ハルヒロたちの話となり、悪戦苦闘の末、ある村へとたどり着くも、一波乱・・・
このグォレラとの戦いが、まさに死線を越える状況で大いに盛り上がりますが、
何より重要だったのは、村で出逢うある男、そしてその後の出来事でしょうね。
この巻では、9巻同様、ハルヒロ以外のメンバーの視点や心情も描かれており、
これまでとは違った趣になっています。
9巻は、群像劇的に描くための試金石のような話だったということでしょうか。
今後はこのスタイルが続きそうですね。(次巻はハルヒロ中心になりそうですが)
この巻では、元の世界とグリムガルについて考えをめぐらされたりもしましたけど、
やはり、ここで起きた出来事が、次の巻でどうなってしまのか、気になります。
以下、ネタばれあります。 (未読の方はご注意ください)
【ネタバレ感想】
●グリムガルという世界について
冒頭、ある義勇兵の死の間際に語られる世界の形。
ある義勇兵さんが死の間際、元の世界の記憶を取り戻し、そこから考えを巡らせていましたが、
彼の思い浮かべる世界の形=シミュレーション仮説は、なかなか興味深いものでした。
とはいえ、それが真実かどうかは謎。
私は、まずグリムガルへ来た人間は、元の世界で死んでいるのか、生きたまま来たのかが
気になっています。 「転生」か「転移」かですね。
BD2巻の特典小説(マナト編)で、少し気になる記述がありまして、
そのあたりから「もしかすると死んでからグリムガルへ来たのかな?」なんて考えたりも。
とはいえ、9巻でのクザクの回想からは、そうした気配も感じられず、やはり「転移」かな?
と思ったり、こればかりはまだまだわからない所ですね。
「転移」なら元の世界へ戻れますけど、「転生」だと難しいでしょうから・・・
まあ、シミュレーション仮説にのっとった場合、これらの考えは無意味になりかねませんけど。
●ハルヒロたちの戦い
オルタナへの道は遠く険しい。
千の峡谷(サウザンバレー)を離れるも、オルタナへの道はかなり遠いらしく、途中、
モンスターの脅威もあるため、限られたルートを進まねばならないなど、気が滅入る状況。
そんな中、グォレラという群れで襲ってくるモンスターの襲撃は、ハルヒロたちを疲弊させます。
この苦しい連戦が、もう勘弁してあげてほしいと思わせるほどのもので、厳しかったですね。
さらに、ランタ不在という点も、戦力に大きな穴をあけています。
ハルヒロなどは「あんなやつ、いないほうがいい」なんて考えていましたけど、それでも、
なぜかランタの憎まれ口を思い出して、顔が緩んでしまうあたり、特別なものを感じさせます。
そして、ある奇策によってグォレラから逃れた後、クザクに落命の危機があったものの、
何とか持ち直した際、ハルヒロが涙を流していたのは、彼の心情を痛いほど思わせてくれました。
もう、限界なんですよね、仲間の死が。
細い糸でようやく保たれていると言ってもよいくらい、弱っているであろうハルヒロの心。
ここで、それを支えたのはシホルであり、彼女の成長を著しく印象付けます。
●セトラの存在
セトラをめぐるハルヒロたちの心情。
本格的にハルヒロ一行に加わったセトラ(とエンバとキイチ・他ニャア)。
彼女をめぐるパーティの心情が、それぞれ面白かったり。
・ハルヒロ ⇒ セトラ
9巻では今一つ見えなかったハルヒロのセトラへの心情。
メリイは、セトラがチョコに似ていることに気づいていましたが、ハルヒロは思い当っていない。
とはいえ、誰かを思い出しそうになるなど、引っかかりはあるようです。
そんなセトラに対して、仲間とまでは思っていないものの、信頼を置いている描写があり、
決して心の中で無碍にしているわけでもないことが、わかります。
・セトラ ⇒ ハルヒロ
逆に、セトラのハルヒロへの心情は、もはや“恋人のふり”を越えたものになりつつあるようで、
ハルヒロがモテる(ミモリンの件)と知って激しいヤキモチを抱いたり、やたらと接触したり、
「発情」なんて言葉を使ってアプローチをかけてきたりと、積極的でしたね。
そんな様子を見て、シホルはむっつりでしたし、メリイさんは咳き込んでジェラシー全開だし、
彼女たちの反応が愉快でありました(^^;
・メリイ ⇒ セトラ
ハルヒロをはさんでいる関係上、反感を抱くのはやむを得ずでしょうか。
セトラの方は、メリイがニャア好きと知ると親近感を抱いたようで、この食い違いは面白い。
その後、落ち着いてセトラのことを考えて「好ましい」と考えるメリイも興味深かったですね。
要するに、ハルヒロの存在があるために、セトラに反発するのだと自覚してましたが、
そこで「ハルヒロはみんなのもの」と考えていたのには、笑ってしまいました。
恋の自覚じゃないのかよ!
他にも、シホルは「信じるに足る人」と評価したり、クザクはむしろ、どうでもよくないか?
なんて考えたりと、それぞれのセトラへの視点には注目でしたね。
●とある村へ
グォレラの群れを振り切って、たどり着くある村。
そこで出逢う元義勇兵の男・ジェシー。
謎めいていて、つかみどころのない彼の存在が、不気味かつ興味を引かれました。
それはともかく、この村でのクザクとヤンニ、ユメとトゥオキのやりとりは面白かった。
クザクは尻に敷かれる感じでしたけど、ユメはいつも通りに仲良くなっていて、彼女らしい。
このあたりの雰囲気は、この巻の癒しでしたね。
他にも、
・シホルがジェシーとの会話で気付いた魔法の「鍵」のこと。
・シホルのユメに対する(かつては妬ましくもあった)心情。
・クザクがメリイの想いに気付きつつ、それを応援しようと考える過程。
など、面白かったり興味深かったりすることが、色々とありました。
●ラブソングは届かない
この巻のサブタイトル「ラブソングは届かない」。
はじめ私は、このタイトルを目にしたとき、不吉な予感に襲われたのですよね。
けれど10巻を読み始めて、これは死にゆく義勇兵が抱いた想いであり、それが物語に
何か関わって来るのかな? と思わされて、不吉さは感じなくなったのですが・・・
そこで、あの衝撃展開ですよ、参りました。
またも激戦・苦戦の連続と、この展開は見事でしたね、息苦しかった。
これで終わったと思いきや、さらなる試練といった繰り返しは、精神を削り取ります。
クザクの成長を感じさせる場面には、爽快感すら覚えたものの、その後に悲劇が・・・
ここで来るか~と、あっけなくも不意打ちだった展開に、唸らされました。
・ジェシーという男
とはいえ、次巻予告で気になる言葉があり、ここから様々なことが考えられる気がします。
カギとなるのは、ジェシーという男の特徴。
まず、痛みを感じていない風であること。
致命傷になりかねないほどの傷を負いつつも、平然としていた彼は、まるで生ける屍。
さらに、魔法使いでないと自称しつつ、驚くほど強力な魔法を使えること。
そして、ユメの師匠イツクシマや、異世界にいるウンジョーを知っているものの、
ウンジョーについて聞かれると不可解な返答をすることなど、妙な点がたくさんあります。
・妄想
ここからは完全に妄想ですが、彼は死の間際、何らかの措置によって“蘇った”者。
ただし、人間とは程遠い存在(アンデッドに近い?)となり、かつその体には、
これまでの“死者”たちの記憶が共有されている・・・とか?
そこで、この巻で起きた悲劇に対処すべく、ジェシーが何かしらの措置を施すのではないか?
プロローグでの女性の言葉と、次巻予告の言葉が一致しているのも、妄想を後押しします。
その結果、ジェシーのような存在を生み出す可能性を考えてしまうのですが、はてさて・・・
そして、このことは、ハルヒロに大きな心境の変化をもたらすのかも。
彼は、仲間の死を何よりも恐れていましたし、もう、その心情は限界に達しようとしていて、
それを考えるだけでも辛くなってしまいます。
ここから、ハルヒロはソウマと同じ思惑を抱く方向へ、物語は進むのかも?
ソウマは大切な仲間の死をきっかけに、死者を呼び戻す方法なりを探していたはず。
まだどうなるか(死ぬかどうかは)わかりませんが、それに等しいことが起きたとして、
ハルヒロがソウマと同じ道を歩む可能性は、ありうるのではないでしょうか。
妄想ではありますが、今後、“暁連隊”として動く際、この一致は大きな意味を持ちそうです。
とはいえ、次の巻で何が起きるのか、不安は大きく、予断を許さない状況。
それを待つだけでも、けっこうキツイものがありますが、それでも、楽しみです!
最後に付け加えるなら、メリイさんは幸せだったんじゃないかな・・・
少なくとも、自分の気持ちには気付けていたようですし。
> 混血による次世代のジェシー村
なるほど、これはあり得ますね。
「ゲーム」の一環として考慮されていてもおかしくない…
あり得たとして、当人たちの意思をジェシーがどう考えていたのか、
どれだけの本気度だったのか、かなり気になる所ですね。