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期待外れだった「中世劇の世界」

2017-10-19 13:31:06 | 読書
中公新書から出ている石井美樹子著の「中世劇の世界 よみがえるイギリス民衆文化」を読んだ。本の腰帯には、「演劇史上の奇蹟、シェイクスピアの時代はどうして突然出現したのか。この問いに駆られて著者のたどりついた所は、中世劇の世界だった。」とあったので、そうした答えが得られるかと思い読んだのだが、まったくの期待外れに終わった。

この本の内容を題名に表すとしたら、「英国の中世聖史劇におけるキリスト教的解釈」とでもいうようなムードで、著者が英国留学中に、恐らく研究し、見聞した、たいへん狭い範囲の記述しかない。「聖史劇」というのは「ミステリー・プレイ」の訳語で、昔の本では「神秘劇」と翻訳されていた例もあるが、ここでいう「ミステリー」というのはキリスト教の奇跡を指しているので、「奇跡劇」と訳した方がわかりやすいのではないかと思うが、「聖史劇」と翻訳する場合が多いようだ。

石井氏は、この問題について、OEDを引き合いに出して、語源的にはフランス語の「ミステール」であり、これはクラフト=職人という意味で、職人組合の演じる劇だったと、書いているが、僕の持つフランス語の辞書には、そんな意味は載っていなかった。そうして、英国以外のキリスト教国の「ミステリー・プレイ」との混同を避けるため、中世学者の間で使われている「サイクル・プレイ」という言葉を使うと宣言して、それ以降は延々とそのサイクル・プレイの話となる。

最初に、中世英国ではこうした演劇の製作主体は職人組合だったこと、宗教的な祝日に大規模に上演されたことが述べられて、それ以降は、具体的な劇の類型として、キリストの誕生を題材とする「降誕劇」、受難と磔刑、復活などを扱う「受難劇」に大別して、それぞれで描かれる主題と、その宗教的な意味について解説している。

恐らくは、著者自身がキリスト教徒なのだろうと思うが、いかにも宗教的な香りのする文章となっている。

僕の興味は、こうした演劇の他にも中世の芝居はあったのか、聖なる芝居ではなく、俗世間が描かれなかったのか、例えば牧歌劇や宮廷における演劇類似行為などはなかったのか、後のプロテスタントは、こうした「奇跡劇」に対してどういう態度を取ったのか、また、それらとシェイクスピアなどのエリザベス朝演劇とどう関係するのか、などを知りたかったのだが、全くそうしたことは述べられていなかった。

まあ、そうしたピンポイントの興味のある人向けの本。適切な題名を付けてほしい。


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