11月25日(金)の夜に新国立の中劇場で、ダンス公演を見る。前半が「半獣神の午後」で20分、休憩の後、後半は「春の祭典」で40分。場内は完全に満席で、売り切れとなっていた。ダンサーは新国立のメンバーだが、振付は平山素子の2本立て。「半獣神」は新作で、「春の祭典」は2008年の作品。以前に平山が自分で踊ったのを見た記憶があるが、今回は新国立の米沢唯、福岡雄大が踊るというので、楽しみだった。
プログラムからすると、何となくディアギレフのバレエ・リュスの有名レパートリーを現代化したような印象がある。もちろん、振付は一新されて現代化している。「半獣神」は、ドビュッシーの「牧神の午後」に笠松泰洋が曲を付け足したものを使用して、ソロダンサーが3人と12人の群舞が付くが、全員男性。ディアギレフ版では一人の牧神とニンフたちの物語だったが、今回の作品は全員が半獣神で、何となくプラトンの愛でボーイズ・ラブのようなムードだった。モダンダンスでは録音音源が多いのが残念で、この作品も録音音源。
後半の「春の祭典」はストラビンスキーの複雑な曲を、2台のピアノで生演奏する。このピアノデュオが素晴らしく、これを聴くだけでも価値があると感じさせる。オケ版よりも曲の構造がくっきりとわかるような気がした。ディアギレフ版では祭りで娘が生贄になるよう構成だったが、平山版では、男女のカップルが互いの距離を測りながら間合いを詰めるが、最後は大地に二人とも吸い込まれていく。作者の意図は知らないが、見ていると何となく「冬」を象徴する娘が、春の到来とともに姿を消すように感じられた。
どちらの作品もモダンダンスであり、特に物語性はないのだが、ある程度以上の時間を見るとなると、見ているほうは抽象性に耐えられないので、いつも物語で解釈してしまう。そうしていつも、物語付のバレエがわかりやすくて良いなあと、いう気分になる。それでも、米沢と福岡の踊りは見事で、一見の価値があった。
帰りに、中華料理屋で軽く食事。イカの四川風炒め物、鳥の窯焼き、八宝菜、春巻きなど。飲み物は紹興酒の5年物。GO TO EATの食事券を使う。バカげたバラマキ政策で税金の無駄使いだと思うが、施策が始まると利用してしまうのが、あさましい根性だなあと我ながら感じる。
プログラムからすると、何となくディアギレフのバレエ・リュスの有名レパートリーを現代化したような印象がある。もちろん、振付は一新されて現代化している。「半獣神」は、ドビュッシーの「牧神の午後」に笠松泰洋が曲を付け足したものを使用して、ソロダンサーが3人と12人の群舞が付くが、全員男性。ディアギレフ版では一人の牧神とニンフたちの物語だったが、今回の作品は全員が半獣神で、何となくプラトンの愛でボーイズ・ラブのようなムードだった。モダンダンスでは録音音源が多いのが残念で、この作品も録音音源。
後半の「春の祭典」はストラビンスキーの複雑な曲を、2台のピアノで生演奏する。このピアノデュオが素晴らしく、これを聴くだけでも価値があると感じさせる。オケ版よりも曲の構造がくっきりとわかるような気がした。ディアギレフ版では祭りで娘が生贄になるよう構成だったが、平山版では、男女のカップルが互いの距離を測りながら間合いを詰めるが、最後は大地に二人とも吸い込まれていく。作者の意図は知らないが、見ていると何となく「冬」を象徴する娘が、春の到来とともに姿を消すように感じられた。
どちらの作品もモダンダンスであり、特に物語性はないのだが、ある程度以上の時間を見るとなると、見ているほうは抽象性に耐えられないので、いつも物語で解釈してしまう。そうしていつも、物語付のバレエがわかりやすくて良いなあと、いう気分になる。それでも、米沢と福岡の踊りは見事で、一見の価値があった。
帰りに、中華料理屋で軽く食事。イカの四川風炒め物、鳥の窯焼き、八宝菜、春巻きなど。飲み物は紹興酒の5年物。GO TO EATの食事券を使う。バカげたバラマキ政策で税金の無駄使いだと思うが、施策が始まると利用してしまうのが、あさましい根性だなあと我ながら感じる。