明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



それにしても、愛想を尽かしたはずの頭を使ったおかげで、ジタバタとしてしまった。下手な考え休むに似たり、とは良くいったものである。結果として、幼い頃から内容、形、共にもっとも興味があった人間を1000年前あたりからの中国由来のモチーフを使って、写真発明以後に生まれた私が制作する。師匠もいない私は今まで通り〝ルールブックは私だ”で行きたい。 昨日だか、横尾忠則さんが言っていた。〝ややこしいことは考えない。それと描くということ自体が目的になるので大義名分を持つ必要がない。はっきりいってアホになれる。寒山拾得になれる。だからか寒山拾得の絵ばかり描いている。理屈のない世界で生きている寒山拾得は画家の憧れのヒーローである。そのせいか江戸の大半の画家は寒山拾得を描いている。絵が究極に目指す世界が寒山拾得であると認識したせいであろう。” ほとんど私に向かって言っていただいているかのようである。まさに〝極意”のように私には聴こえる。



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