明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



京橋の中央公論新社に寄ったあと、銀座山野楽器に行き、ギターの弦とスライドバーを買う。こんなものをここで買うのは高校以来である。昔はここでギターを眺めていると、横に鈴木茂がいたり、クラシックレコード売り場では、しょっちゅう天本英世を見かけたものである。書籍売り場で本を眺めていると、横に大きな帽子をかぶり、腰が思いっきり曲がった老婆が来た。何を見るかと思えばエレキギターの教則本を眺めている。孫に買ってやるギターを物色してるに違いないと、自分にいい聞かせたが、どうみてもロックギターの“弾き方”を熟読していた。 金属パイプや酒や薬の瓶をカットしたものを、指にはめてギターを弾く方法があるのを知ったのは、中学生のときに聞いた加藤和彦のラジオであったが、最近スライド奏者で、指が6本あった、ハウンドドッグ・テイラーという黒人のブルースミュージシャンが使用したのと同型の、2種のカワイ製ギターを入手した。ピックアップが4つ付いていて、一台はボリュームなど計5つもつまみが並んでいる。60年代、日本から輸入された安価なギターは、懐具合が寂しいブルースミュージシャンに愛用者が多いが、そんなギターも、最近はビザールギターと呼ばれて、粗大ゴミ扱いされていたものに、法外な値が付くことあるようだが、おかげで押入れや物置に捨て置かれていたものが、埃をはたかれ表に出てきている。 それにしても熱帯魚、自転車、エレキギターと、これではまったく中学時代と変っていないではないか。
Hound Dog Taylor " Taylor's Rock"

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昨日人形を屋上で撮影したが、曇り空で光線がフラット過ぎたので、朝、室内で外光を使って撮影した。今回は人物に確たるイメージを持たなかったせいで、人物像の制作が修正につぐ修正で遅れてしまった。というより私の偏見が邪魔をしていたといえよう。著作や伝記を読むたびイメージが変わるのには閉口した。 撮影も無事済み、背景に合成。次号が配布されるのは来月25日だが、緑の濃い日陰で撮影したせいで、夏の早朝のような雰囲気になってしまっている。子供の頃の公園のラジオ体操を思い出した。そこでいっそのことと、秋の景色にしてしまった。本当のことなど、どうでも良い私である。ここで完成としたいところだが、三島のときがそうであったが、実物の人間が横にいると、どうしても素材感が気になる部分がでてくる。そこでベランダに出てデジカメで3カットほど撮影したものを付け足す。一度やってみたかったことだが、ただリアルにしても意味が無いので機会がなかった。撮影の様子は、どこかで観られていたら妙であったろう。最後は、どのくらい秋にするかで迷ったあげくに、デザイナーのWさんに送信。デザインを確認したのち、K本に行く。ちょうどSさんが私のために、採りたてのピーマンを持ってきてくれていた。そこそこ飲んだ後、さらにハイピッチで飲みたい気分だったので、肴を買って家で飲む。最近は家ではウィスキーのストレートがマイブームである。ピーマンもさっそく丸齧りでいただいたが、硬くて瑞々しく、相変わらず美味であった。

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アダージョ次号用作品、佳境に入る。入ったのだが、ポーズを変えることにした。今回は着物姿の女性を“つなぎ”に、人物像を画面に入れるのだが、腰に手を当てるお得意のポーズにしたところで、どうも普通で面白くない。スカしたところが特徴ともいえる人物なので、急遽そんなポーズに変えることにした。妙なポーズをしてるせいで、この人物に興味ない人にも、アダージョを手にとってもらえるかもしれない。などと、ウケを考えるところが、長いこと嫌いだといい続けたこの人物に似ている。知人にもっと私を褒めろと強要するところも同様である。もっとも、私の場合は、せめて知人くらいは感心してくれないとやってられない、という理由なのだが。 昭和30年代の下町に育つと、男はいじいじしたり、スカしてはいけないということになるので、この人物は中学生の私に、マッハのスピードで嫌われてしまったわけだが、女はこうあるべき、ということの中には、抑止効果として、是非そうしていただきたいことが多々含まれているが、男はこうあるべき、なんてことにたいしたことはない。

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一日  


アダージョ『吉田茂と白金台を歩く』の次号が出る前に、孫の麻生が総理になるとは思わなかった。インタビューの依頼もしたそうだが、都合がつかなかったようである。 次号の人物は、とっくに頭部ができていたので余裕をかましていたのだが、もともと嫌っていて読まなかったところに、改めて読み出し、面白くなっているうちイメージが変ってきてしまい、同じ資料写真を見ても、以前とちがって見えてしまうのである。あれはあれで満足していたはずなのに、余計なことをしてしまった。フットボールを見た後では同じ絵がちがって見える、とかなんとかいっていたのは寺山だったか。同じ人物でも、親の仇か恩人だかで、違って見えるのは当然である。 そんなわけで、未だに頭と手が上手くつながっていないことに呆れながらの、ここ数日である。

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一日  


銀座のラボにプリントを受け取りに行く。これはいったい何だ?という顔のオジサンに、どんな事情があって、フンドシなびかせ飛行機に乗るハゲ頭の人物をプリントするのかということを、説明するのも面倒で、適当なことをいったおかげで、よけい面倒になる。ということは良くあることだが、今日は幸い、いつもの人がいなかったので、中にフンドシなびかせ飛行機に乗るハゲ頭の人物が入っているとは知らない女性からプリントを受け取った。そこから青山のビリケンギャラリーに向かう。 案の定、『あがた森魚惑星漂流60周年展』は明日からだというのに、作品が届いていないどころか、まだ描いている人がいるらしい。 出品は1作だが、昼と夜のバージョンを選べるようにしてもらった。http://www.kimiaki.net/c-taruhopage1.htm

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昨日から今日にかけてのゲン直しが効いたらしく、本番撮影はともかく、いちおう現場で撮影できることになった。アダージョ来月号は、背景に着物姿の女性を配することにした。『夏目漱石と本郷を歩く』でも女性を使ったが、遠景の後ろ姿であった。しかし今回は、そうとう手前に来る予定である。 主役の人物像が、背景に溶け込んでくれないとき、例えば、現代にそぐわない様子の人物の場合。そもそもアダージョの表紙は、過去の人物を現代の風景の中に立たせているわけで、かなりの無理も生じる。そこで背景への“つなぎ”として、何か一つの要素を間に差し挟むという方法も有効であろう。特に今回の人物は黒ずくめに近い。色味も欲しいところであった。 現場は蚊が多く、先日でかけた時は相当刺された。以前も書いたが、撮影に集中していると、蚊にさされにくく、刺されても痒みがすぐ収まるのが不思議で、今日は実験してみようと思っていたのだが、着物姿のKさんが、気を利かせて虫除けスプレーを持参してくれていたので使わせてもらった。撮影はスムーズに進んだが、可愛そうなことに、肝心のKさんが撮影中に顔を刺されていた。

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デジタルプリントを頼もうと、夕方銀座へでかける。簡単な場所なので、略図を紙にかいて行ったのだが、行ったりきたりしても見つからない。こういう時に限って、ひかえてきた電話番号がファックス番号で、会社名もうる覚え。今日中に頼まないとならないので、一度帰宅すると、明日、予定していた撮影が、許可は出たものの、手続き上、後日にというメールが入っていた。台風の動きが怪しい。これは困った。とりあえず伝えるべき人にメールし、タクシーで再度銀座へ。自分の方向音痴にイライラしたが、その会社のHPの地図が、そもそも違っていた。なにが詳細な地図はこちらであろうか。交渉の末、なんとか間に合いそうだが、今日はどうも日が悪い。さらにほぼ半日、ズボンのチャックが全開だったと気づいたのは、帰りにサラリーマンで込み合う銀座駅で、銀座線を待っているときであった。 これはゲン直しに消毒すべきだと、閉店間際のK本にかけこむ。(8時閉店)帰宅し、明日の対策を練り、もう翌日の連絡を待つだけだと、さらに消毒にT屋へ出かける。1時も過ぎ、他の客も帰り、腹の隅々まで消毒をすませ、帰ろうとすると、飲んでいた焼酎のボトルが、ちょっと残って中途半端なので飲んでと、目の前に置かれたので、あり難くいただく。その日は主人のHさんが話し足りなかったのか、帰ろうと思うたびに、残った焼酎のボトルが次々と出てくる。私は在庫処分の排水口のようであったが、二日酔いをまったくしない体質なので、明日があるので、というセリフが思いつかず、気がついたら朝の5時。これだけ消毒しておいたら、明日は必ずいい日になる。

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シド・チャリースのサイン入り写真をebayにて落札。顔のアップのサイン入り写真は1枚持っているが、今回入手したのは、肝心の、有名な脚線美を強調した、いわゆるチーズケーキスタイルというやつである。 日本ではシド・チャリシーというが、子供の頃は、男のような名前だと思っていた。フレッド・アステアと共演した『バンド・ワゴン』などのミュージカル映画で有名である。 シド・チャリシーがシド・チャリースが正しく、バレエリュス・ド・モンテカルロ出身の元バレエ・ダンサーだと、教えていただいたのは鈴木晶先生だが、著書の『バレリーナの肖像』(新書館)が、また火に油を注いでしまった。今気になっているのはイダ・ルービンシュタインである。ろくに踊れもしないのに、財力を使って主役を演じていたと思い込んでいたのだが、バレエリュスでも重要な人物だったことを知った。スレンダーな容姿でファンも多かったと訊いていたが、始めに、いささか脱力気味のむくんだ写真を見たのがいけなかったのかもしれない。日ごろ、一生の間には容姿も変化するのにかかわらず、印象に残った1カットで、人はそれがすべてだと思い込むものであるな、などといっていた私がこの調子である。近所のコンビニに、タマラ・カルサヴィナ『劇場通り』東野雅子訳(新書館)が届いていて、何とかがまんしていたが、耐えられずに夜中にコンビニへ。

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20日より始まる『あがた森魚惑星漂流60周年展』に出品する稲垣タルホの写真作品完成。久しぶりに屋上で撮影したが、雲待ちなどしていて遅れた。始めはブリキの飛行機を針金で吊るしてみたが、太陽光の向き、背景の雲とのバランスがうまくいかない。雲は刻々形が変る。こうなりゃ面倒だと、階下に住む、フリーの映画プロデューサーのYさんに、飛行機を持っていてもらうことにした。これなら雲の動きについていける。Yさんには、アダージョの古今亭志ん生の撮影でも、照明をお願いした。撮影もうまくいき、フンドシなびかせ操縦するタルホを合成。頭に描いたそのまま。結果として、夜と昼の2つのバージョンが完成した。

あがた森魚 惑星漂流60周年展 
9月20日~10月1日
あがた森魚の60歳の誕生日記念展。荒井良二/井口真吾/石塚公昭/井出情児/宇野亜喜良/川上和生/川上隆子/川口喜久雄/くるはらきみ/桑本正士/沢田としき/七戸優/城芽ハヤト/鈴木翁二/高橋キンタロー/中野真典/花輪和一/原マスミ/ヒロタサトミ/牧野良幸/三橋乙揶/森雅之/ヤギヤスオ/山田勇男/山福朱実/吉田光彦
◎2008年9月25日(木)19:00~
ギャラリーライブ「あがた森魚 惑星漂流60周年!」port.14
入場料 1500円 要予約 
問:ビリケンギャラリー(phone:03-3400-2214)

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朝から天気が良いのはいいが、雲ひとつない。これでは画にならない。 3時にアダージョのH編集長、Iさんとともに都内某所にてロケハン。あらかじめネットで検索して見つけていた場所だが、今どき、こんな建物がよく残っていた、という雰囲気である。ほぼ、ここで決めるが、せっかく来たのだからと、いちおう、第二候補の某女子大に向かう。立派な建物で、画にはなるが、どうだろうというところである。しかし、帰宅後あらためてチェックすると、最初の場所は、あそこにあるからインパクトがあるが、「ボール取らせてください」といいたくなる程度には立派な、ただのお宅に見える。一方、女子大のほうは、こじんまりと、落ち着いていて、大袈裟でないところが感じが良い。私もいいかげん、この程度のことは現場で気付けよ、というところである。明日には決めることにする。

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一日  


屋上でタルホが乗る飛行機を撮影する。タルホを乗せるとしたらカーチス式複葉機しか考えられないが、リアルなものよりタルホには似合うので、ブリキ製にした。カッコの良い雲を待つが、どうも良いのが来ないので、明日もう一度撮影することにする。明日はアダージョのロケハンもあるが、特集の駅が決まらず、ぎりぎりになってしまった。 そんなとき、舞踊評論、舞踊史研究の鈴木晶先生より『バレリーナの肖像』(新書館)を戴く。帯には『バレエの花はバレリーナ 名作を生きた女性たちが織りなす匂やかなバレエの歴史』とある。これを読まなずにいられるようなら、私は裸でフンドシの老人など作っていないであろう。学生時代、試験が迫っているとき、よく使ったテクニック?がある。“今日の私がこんな調子であるから、きっと明日の私は、励まずにはいられないはずだ。だったら、明日の私にすべて任せて、がんばってもらうことにしよう”しかし多くの場合翌日、昨日の私の胸倉つかんで罵倒することになったので、読むのは半分だけにしておく。

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本日は朝から、裸の老人がフンドシなびかせ、飛行機を操縦しているところを作る。イナガキ・タルホである。こんなものを作っていて良いなんて、なんて素敵な日曜日であろうか。 風を切って飛んでいる感じを出そうと、着物をはためかせるつもりであったが、イメージしてみると少々うるさい。結局、葉巻にフンドシだけにすることにした。それにしたって、こんなものさえ作っていれば私は御機嫌である。

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6時に中央公論新社にでかけ、近所の蕎麦屋にてアダージョの打ち合わせ。インターシップの学生が2名参加とのことだったが、2週間規則正しい生活したせいで、具合が悪くなったなどの理由で欠席。よって編集長、ライターのFさんの3名。 毎号苦労するのは特集人物を、どの場所を歩かせるか、ということである。都営地下鉄線は4路線しかなく、人物にちなんだ場所には多くの場合、もっと近くにJRの駅がある。特集場所選定には色々な都合もあるし、方向音痴の私には何の意見もない。 今回の特集人物は作家だが、どんな人物で、このときどうしただの、各自の読書体験などを話しながら飲むのは盛り上がる。編集長から、表紙はもとより、あまり画になったことがない表現についての意見がでる。今回は使えないが、人物によっては、チャレンジしてみたい気がした。私は例によって人形の頭部を持ってきているので、どんな撮影にしようか考えたりするわけだが、なにしろ今回改めて読み直し、面白さに目覚めつつあるものの、嫌いだといい続けてきた作家なので、どんな方向で画にするか悩むころである。自分のイメージした作家像だけでなく、作家自身ががこう見られたかった、また読者のイメージなど、すべてをうまくブレンドする必要がある。いずれにせよ、これは早急に、ロケハンに出かけないとならないだろう。 最近話題だか問題になっているグーグル、ストリートビューだが、自分の家が写っていたFさん、即刻削除させたそうである。文句をいえば簡単らしい。

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予定では今頃、ロシアバレエ関連の2度目の個展をしていたはずなのだが、ディアギレフを作ったきり頓挫している。気にはなっていて、今日もコクトー研究科のFさんと、電話でそのことについて話したばかりである。そんな晩にebayで、終了4時間前の、ニジンスキーのオリジナルプリントが出品されているのを見た。1915年、最後のアメリカ公演時の写真で、すでにディアギレフとは縁が切れており、この時は、ニジンスキーがロシアバレエ団を率いたが、そもそも人をまとめ、率いる能力などない彼は、団員ともうまく行かなくなり、頭に変調をきたしはじめ、数年後に発狂して、後半生をほとんど無反応な人間になってしまうのである。ニジンスキーのオリジナルプリントなど、そう出るものではないが、世の中には、自分の持ち馬に、バレエダンサーの名前を付けるような人間がゴロゴロしているわけで、私など、とても手が出ない価格で落札された。写真では、女装した男にしか見えない団員に、ニジンスキーが何事か語りかけているようだが、私には、ジッとしているから、早く私を作れ、といっているように見えるのである。

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江戸川乱歩の『陰獣』を原作にしたバーベット・シュローダー監督が映画化したフランス映画『Inju』(9月3日全仏公開)がベネチア国際映画祭出品されているそうである。始めてその話を訊いたのは随分前だったが、ようやく、という感じである。日本語台本のコピーを入手したのは一昨年だったろうか。こんなものが映画になるのか?と思うような内容であったが、書き直されているに違いない。と思いたい。 写真作品用であるが、久しぶりに稲垣足穂を作っている。今月、青山のビリケン商会『あがた森魚 惑星漂流60周年展』に出品する予定で、イメージとしては、葉巻をくわえ、フンドシをなびかせながら、アート・スミスが乗った、古典的なカーチス式複葉機に乗り、夜空を飛び回るタルホである。

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