酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「ブルージャスミン」~彼女が本当に失くしたものは?

2014-05-27 23:39:27 | 映画、ドラマ
 2年前のきょう(27日)、妹が召された。発見が翌朝になったのは、義弟が徹夜で職場(市役所)に詰めていたからである。膠原病が悪化した妹は、死の淵を彷徨った。奇跡的に退院にこぎ着け、日常に戻ったが、当人は日々、死を意識していた。知人の画家と完成させた童話の出版が2カ月に決まっていたが、「わたし、その頃にいるやろか」と母に漏らしていたという。

 死と向き合いながら、妹は周りへの気遣いを忘れなかった。葬送の儀で嗚咽、すすり泣き、号泣と数十人の目から涙が搾られたのは、彼女の優しさの証しといえる。京大病院で医師から厳しい見通しを聞かされ、暗澹たる思いで病室に戻った時、妹は笑みを浮かべ、遠くを見るような視線を遣っていた。あの時の高貴な表情が忘れられない。

 妹の死は、確実に俺を変えた。残った時間を精いっぱい生きることが最大の供養と考え、五十路にして初めて勤勉になった。俺は今、妹が敷いてくれたレールを歩いている。母のケアハウス入居で実家が消滅したが、親類宅(寺)が帰省先になった。妹が長年、信頼関係を築いていたからこそ受け入れられたのだ。俺は死ぬまで〝Sちゃん(妹)の兄〟として余禄に与り続けるだろう。

 さて、本題。銀座で先日、「ブルージャスミン」(13年)を見た。ここ10年、欧州に拠点を移していたウディ・アレンの最新作で、舞台は久々にアメリカ(サンフランシスコ)だ。冒頭の飛行機のシーンは、主人公ジャスミン(ケイト・ブランシェット)だけでなく、アレンにとっても帰還を意味していた。以下、ネタバレもあるがご容赦いただきたい。

 本作を「サンセット大通り」(50年、ビリー・ワイルダー)、「欲望という名の電車」(51年、エリア・カザン)に重ねた批評が目に付いた。堕ちていく女を演じ、アカデミー賞主演女優賞など栄誉を総なめにしたケイトの演技はグロリア・スワンソン、ビビアン・リーに匹敵すると絶賛する声も高い。邦画なら「西鶴一代女」(52年、溝口健二)の田中絹代だが、同じ列に座った女性2人組は「思ってたのと違って、暗くなかったね」と話していた。

 見終えた直後の印象は、宿命や業に彩られた50年代の名作と異なる。アレンは壊れ、堕ちるジャスミンを冷徹に描きながら、ユーモアとウィットのオブラートで包むことを忘れない。その分、重さは感じないが、象徴的なラストで「さあ、これから堕ちるわよ。見てて」とジャスミンが微笑む先に、本当の意味での崩壊と狂気が待ち受けているのだろう。

 ケイトは失くした富を惜しみ、リッチなセレブ生活の思い出に逃避しているだけではないか……。そんな風に感じていたが、ストーリーがカットバックしつつ進行するうち、ジャスミンが他者との正常な距離感を失った理由が浮き彫りになる。喪失感と贖罪に苛まれていたのだ。

 話は逸れるが、GWで帰省した折、母のお喋りのテーマは「転落」だった、母の次姉は京都北部の大地主の一家に嫁いだが、その繁栄ぶりが昨年、京都新聞丹波版に連載され、小冊子にもなった。お伽話は農地改革でつゆと消え、次姉は労働の意味を知らぬ夫と放り出される。開墾から始め、畑作業と牛や鶏の飼育に励んだ伯母の真っ黒な顔には、お嬢さまの面影などどこにもなかった。

 単純な母が本作を見たら、「生温い」と一蹴するだろう。ジャスミンは夫の逮捕で富を失ったが、這い上がれないほどの地獄だろうか。皆さんの周りにも、富を目安にした転落話はいくらでもあるはずだ。だが、思い出の曲として繰り返し流れる「ブルー・ムーン」の歌詞にあるように、ジャスミンが渇望するのは愛だった。<破産した女>は許容できても、<愛を失った女>と見做されることはプライドが許さない。だからジャスミンは、思い切った行動に出た。

 アメリカに戻ったためか、アレンは自らの負の部分もあえて作品に投影している。ジャスミンと妹ジンジャー(サリー・ホーキンス)は里子の姉妹だ。ホーキンスがダイアン・キートンに似ていると感じたのは、俺だけだろうか。里子といえば、アレン自身のスキャンダルを連想する人は多いはずだ。ジャスミンの夫ハロルド(アレック・ボールドィン)が18歳の留学生と真剣に愛し合うという設定にも、アレン自身の趣向が反映されている。

 アレンの作品は30本近く見ているが、創作意欲は70歳を超えても全く衰えない。本作を含め高いレベルをキープしているから驚きだ。名匠の次回作にも期待している。
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2 コメント

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ご無沙汰致しております (kazu-chan)
2014-06-02 15:13:00
大変ご無沙汰致しております。

私も観た映画のタイトルだったので
久しぶりに訪問させて頂きました。

Woody Allen の映画はBlue Jasmine とMidnight in Paris しか観ていないので
ランブラーさんのレビューは大変面白く、勉強になりました。

ラストは、せっかく得た仕事も失い、身を寄せていた妹の家もいよいよ追い出され、
これからどうして生きていけばいい?と
悲嘆にくれるシーンのはずなのに、
見ている私は、彼女ならなんとかやっていけるに違いないとなぜか楽観的に感じ、あまり深刻にならず映画館をでました。
悲しい結末の映画を観ると、いつまでもそれを引きずって辛いのでとても助かりました。

また寄らせていただきます。
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なぜか (酔生夢死浪人)
2014-06-03 22:04:26
 そこがウディ・アレンなのでしょうが、なぜか悲しくない。映画が終わった後、本当の意味でのどん底に堕ちるのか、それとも素晴らしい愛が生まれるのか……。見る側に委ねているのでしょう。

 もし、暇なら、旧作をレンタルでご覧になってください。   
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