熱発した。どこでうつったのだろう? 一番近くで息をしているのは、ベランダで遊ぶ鳥たちだ。連中のインフルエンザに俺の「妄想菌」が混ざれば、珍種の病原体が発生しないとも限らない。薬を飲んで横になり、「ご臨終メディア」(集英社新書)を読んだ。そのうち眠りに落ち、オダブツする夢を見る。「死ぬって麻痺することか。気持ちいいんだな」と感じていた。
森達也氏と森巣博氏という、「非国民」を自任する作家の対談を収録したのが本書である。森氏はオウムの実像に迫ったドキュメンタリーで知られ、森巣氏は異能のアウトローとして注目を浴びている。2時間足らずで読了出来る量だが、強烈な毒を秘めていた。言葉の刃は二十数年、メディアの端っこで生息していた俺自身にも向けられていた。本書を読みつつ思い出した二つの出来事を紹介してみたい。
その一。昭和天皇が病に臥していた折(88年暮れ)のこと。「陛下」が「陸下」で印刷に回る寸前、誤りに気付いて後輩に指摘した。すると彼は、「知ってます」と涼しい顔で言葉を繋いだ。「このビルには、ヘルメットとゲバ棒で社会を変えようとした人(全共闘世代)がいっぱいいる。皇室記事の誤りに泣きそうな顔で右往左往するなんて、情けないじゃないですか。このまま出して反響を見ましょう」と……。俺は職業倫理を優先し、「陸」を「陛」に直した。数カ月後、彼は会社を辞める。
その二。10年以上前のことだが、小学生殺害事件の記事に、後輩と二人で悩んでしまった。警察のリークなのか、書き手に確信があったのかはともかく、「犯人=家族」と断定されていたからだ。出稿サイドに問い合わせたが、「そのまま」という答えだった。忘れかけた頃、事件は解決する。犯人は家族ではなかったが、お詫びの記事は出なかった。
日本のメディアは強者の顔色しか窺っていない。JR西日本の事故にしても、根底にある民営化の是非についての議論は起きなかった。耐震データ偽造問題にしても、大手ゼネコンや政治家まで波及する可能性は低いと思う。森巣氏はオーストラリア在住だが、当地において国営メディアは、政府にも厳しく対応しているという。最近テレビで見たが、ベルルスコーニ首相をパロディーにして笑い飛ばす番組が、イタリアで高視聴率を稼いでいる。オーストラリアでは保守と社民が拮抗し、イタリアでは左派が一定の勢力を保っている。政権の行方が流動的だからこそ、メディアは権力のチェック機構足りうる。日本では望むべくもない状況だ。
別稿(9月12日)で「草の根ネットワークの可能性」を提示したが、現実は厳しい。サラリーマン増税が表面化した時、森永卓郎氏は「フランスなら全土でデモが起き、韓国だったら労働者が火炎瓶を投げている」と語っていたが、統制が行き渡った日本では大きな動きはなかった。それでも権力者は不安のようで、与党はメディアをめぐる懇親会を準備している。別口でブロガーを囲い込む作戦も練っており、ホリエモンが一枚噛む可能性も高いとみた。
リーズ留学中の後輩からメールが届いた。当地の大学では、ブッシュ=ブレアが主導する世界戦略に反対し、シンポジウム、集会、デモが頻繁に企画されているという。反グローバリズム、アラブとイスラエルの対立、人権問題、エイズ、アフリカの貧困、ジョン・レノン追悼、チャリティーに至るまで、学生は常にメッセージを発信し、行動の核となっている。他の欧米諸国や韓国でも、60年代ほど熱くないにせよ、若者たちが多様な価値観を掲げ、自己を表現している。「自由は自由を求める精神の中にある」という小林秀雄の論点に立つなら、日本では既に、自由は死んでいる。
筑紫哲也氏は総選挙の結果を踏まえ、「自民党の大勝はメディアと関係ない。国民はテレビに振り回されるほど愚かではない」と「ニュース23」でコメントしていた。一方で森氏は本書において、「日本から社会が消え、世間しか存在しなくなった」と分析し、一因として国民の情動に迎合するメディアの姿勢を挙げていた。筑紫氏はキー局のキャスターでありながら、反体制を標榜する「週刊金曜日」の編集委員を務めている。氏が傑出したジャーナリストであることを否定しないが、主観と客観の狭間を泳ぐバランス感覚の中に、この国のメディアの病根が透けて見える。
そういや、「ご臨終メディア」というタイトルも振るっている。「死ぬって麻痺することか。気持ちいいんだな」……。俺はもう一度、夢の中の感覚を思い出していた。
メディアの自主検閲は私もときおり目にすることがあります。
まちがいなく日本には「表現の自由」はありません。
政治に関しても、かなりメディアに操られやすいのではないでしょうか。
さきのアメリカの大統領選の際、マイケル・ムーアがああいう映画をつくって、ハリウッド映画を押さえて興行成績ナンバーワンになっても、ブッシュは勝った。
あれ、日本だったらどうだろう。
(個人的にはブッシュが勝ったのは残念でしたが)
そもそも、国家権力は交換可能なんだ、という思想がないですよね。
だから「お上」のいうことに唯々諾々と従ってしまう。
日本人は自分で民主主義を勝ち取ったわけじゃないから、仕方ないのかもしれませんが。
かつて韓国や南米は日本と同様でしたが、この十数年で民度が高まってきている。日本だけ取り残されている感じですね。
メディアは本質的な問題を素通りしていると思う。筑紫氏は「改憲反対」と本音を主張すればいい。それでクビになれば、良識派としての勲章です。
しかも、隙のなさと同時に楽しさも・・。(微笑)
堪能させて頂きました。
書きたいことを書きたいように書く……、実はこれ、プロではないのかもしれません。書きたくないことも、編集者の意図に合わせて書けるのが、プロなのでしょうねえ。