酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「聖の青春」~清冽な生き様に心を焦がされた

2016-11-28 23:01:22 | 映画、ドラマ
 フィデロ・カストロが亡くなった。偉大な革命家の死を心から悼みたい。1959年に来日した盟友ゲバラは原爆資料館を訪れた際、「日本人はアメリカを許せるのか」と同行した記者を問い詰めたという。その場で感じたことをカストロに伝えた結果、キューバの教科書には広島と長崎に多くのページが割かれている。

 キューバの充実した医療・保険制度は「シッコ」(07年、マイケル・ムーア監督)に描かれている通りで、アメリカや日本は遠く及ばない。反グロ-バリズムの端緒となった南米での集会では、ゲバラの肖像が掲げられ、カストロからのメッセージが数万の参加者を鼓舞した。革命はノスタルジーではなく、フレッシュに世界を席捲している。

 「Deep Zen Go」を2勝1敗で破り囲碁電王戦を制した趙治勲名誉名人は、「人間的な面が強過きた感じがする」とAIの感想を語っていた。将棋電王戦はというと、叡王戦にエントリーした羽生善治3冠は準決勝で佐藤天彦名人に敗れ、「ポナンザ」との対局は実現しなかった。佐藤と決勝で対戦するのは棋界一、AIに精通している千田翔太五段だ。千田は森信雄門下の若き精鋭で、今稿の主人公である村山聖追贈九段の弟弟子に当たる。

 先週末、新宿ピカデリーで「聖の青春」(森義隆監督)を見た。<東の羽生、西の村山>と称されながら、29歳で夭折した村山の生涯を追った作品である。原作者の大崎善生は、将棋連盟職員の関口(筒井道隆)として本作に登場する。

 ケアハウスで暮らす母にこの数年、30冊以上の本を送ったが、「聖の青春」に涙したという。膠原病と闘い力尽きた妹を村山に重ねていたのだ。村山が蛇口を緩めて眠るシーンが2度あった。目覚めた時、水滴が打つ音で生きていることを実感するためだ。

 本作は公開直前、Yahoo!のユーザー採点で1点台前半だった。特定の個人もしくはグループが、見ないで1点をつけている。公開後、5点、4点が増えて現状は3・5前後だが、いまだに〝愚行〟は繰り返されている。同様のことは他の作品にも散見するが、とりわけ韓国映画が被害に遭っている。

 Yahoo!のユーザー採点は他のサイトにも直結している。〝愚行〟は映画への冒瀆と断言していい。管理者はレビューを書いた人に採点を限定するなどの手段を講じるべきではないか。インターネットが登場した頃、<自分を解き放ち、世界と繋がるツール>ともてはやされたが、用いる人間を超えられず、排他的なタコツボが無数に棲息している。

 ストーリー、いや事実を簡単に紹介する。幼い頃、腎臓ネフローゼを発症した村山にとって、将棋こそが生きる縁で、世界と繋がる糸だった。奨励会入会を巡って一悶着あったが、そんな村山に手を差し伸べたのは森信雄四段(当時)だった。「冴えんなあ」が口癖の師匠が熱を出した弟子を看病し、引っ越しの荷造りをする。棋士としては自称〝三流〟、村山も「先生に教わったのは酒と麻雀だけ」と広言していた森の下に、精鋭が続々集う。山崎八段、糸谷前竜王、上記の千田などプロ棋士は現在9人で、棋界一の名伯楽になった。温かく飄々とした森の魅力を、リリー・フランキーが余すところなく伝えていた。

 松山ケンイチは並々ならぬ気魄、野性と憂いを併せ持つ村山に憑依していた。東出昌大は羽生の闘志と含羞を目で表現していた。設定は変えているが、羽生との最後の対局における村山の失着にも描かれている。唐突な逆転負けにも村山の表情に悔しさはなく、達観と諦念が滲んでいる。羽生は敗者を気遣っていた。

 男前の羽生は女優と結婚し、遠からず男性機能を失うことになる村山は古本屋の店員に思いを伝えることが出来ない。対照的な二人だが、村山はぎこちなく羽生に接近していく。村山は勝った後、羽生を誘って打ち上げの宴から消える。そこでの会話が本作の肝といっていい。

村山「羽生さんが見ている海は他の人と違う」
羽生「深く沈み過ぎて、戻れないと思うこともあります。でも、村山さんとなら一緒に行ける。行きましょう」
 
 笑みを浮かべ頷く村山だが、人生の目盛りは定まっている。がんが腎臓を蝕み、欠場後は看護師同伴で対局場に赴く。決定的に悪化する前から、村山は死に急ぎ、体を労ることはなかった。苛立ちから仲間にも暴言を吐いたが、本作で鬱憤の受け止め役になっていた荒崎(柄本時生)のモデルは先崎学九段で、村山の理解者であった。

 村山は無数の逸話に彩られている。身繕いは一切気にせず、ぞんざいな物言いで不興を買うこともあったが、巧まざるユーモアとナチュラルな言動で愛されていた。汚い部屋は少女漫画でぎっしりで、莫大な額の寄付を申し出たことも何度かあった。将棋年鑑に掲載された自己紹介の「目標」の項目には、「土に還る」と記されていた。

 将棋をテーマにした本で「聖の青春」とツインピークスをなすのは「真剣師 小池重明」(団鬼六)だ。村山は中学生の頃、小池と指す機会があり、敗れた小池に「強いなあ」と褒められたという。「真剣師 小池重明」も映画化の動きがあったが頓挫したという。悲運の天才と無頼の邂逅をスクリーンで見てみたい。

 俺はあらましを知っていたから目が潤んだ程度だったが、満員の客席のあちこちから、はなをすする音が漏れていた。村山の清冽な生きざまは見る者の心に深く刻まれたはずだ。今更、村山を見習うのは無理だが、残された短い時間を精いっぱい生きたいと思った。
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