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僕達急行

2012年04月03日 | 邦画(12年)
 『僕達急行 A列車で行こう』を渋谷TOEIで見てきました。

(1)この映画は、見終わった後の観客の気分をできるだけ楽しくしようと意図したものでしょう、すべてのことがうまくいくように筋立てされています。 
 登場人物の名前の付け方から始まって(注1)、彼らが抱える問題の解決の仕方に至るまで(その上、その将来まで)、ご都合主義の極地ともいえるのではないでしょうか(注2)?
 でもそんなことを論っても、森田芳光監督がそんなことはわかり切った上で映画を作っているのでしょうから意味がありません。あとはその流れに乗って、沢山登場する電車の走る姿を楽しめばいいのではないか、と思いました。

 主人公の小町松山ケンイチ)と小玉瑛太)にしても、一人の鉄道ファンを賑やかしのために二人に分割した感じであり、色々な鉄道を描き出すための狂言回しにすぎないようにも思えました。



 あるいは、瑛太については『まほろ駅前多田便利軒』における松田龍平とのコンビ、松山ケンイチについては『マイ・バック・ページ』での妻夫木聡との組合せがクマネズミには思い浮かびます。
 ただ、それらのものとは今回の二人組はテイストが随分違っているように思われます。
 というのも、2人は就いている職業こそ違え(小町は不動産会社の社員で、小玉は鉄工所の二代目)、鉄道マニアという趣味が一致していて、顔を向ける方向がほぼ同一なのです。
 ところが、行天晴彦(松田龍平)にしても沢田(妻夫木聡)にしても、多田啓介(瑛太)や梅山(松山ケンイチ)とは反対方向を向いている感じなのですから(といっても、通底するものがあるからこそ近づくわけですが)。

 また、2人の台詞の言い方が、あまりリアルでなくゆっくりとはっきりしているところは、なんだか小津安次郎の映画(例えば、『東京物語』における笠智衆と東山千栄子の喋り方)を見ているような感じにも囚われました。

 森田芳光監督は、残念ながら昨年末に亡くなりましたが、『家族ゲーム』のときから、最近の『わたし出すわ』とか『武士の家計簿』までそこそこ見ていますから〔なぜか松田優作主演の『それから』(1985年)が印象に残ります〕、とても残念に思いました。

(2)肝心の鉄道の方ですが、九州地方の列車や駅などはクマネズミにはよくわからないものの、関東地方、特に東京西部方面のものは大体わかりますから、そんなことを手がかりに楽しめました。

 とにもかくにも、一つでも知った車両が登場すれば楽しくなります。
 クマネズミにとっては、通勤に使っている京王井の頭線(渋谷-吉祥寺:総延長12.7km、所要時間は急行で約17分)。
 残念ながら、走っている姿は、時折利用する京王線(新宿-京王八王子)しか映画に登場しないものの、京王井の頭線の電車については、映画の中で小玉が、「800形なんかは各駅の短い距離に対応するため、加減速力を重視してギヤ比が高くなっているんだ」というと(注3)、小町が、「金沢に行った時なんか、浅野川線で井の頭線が走っていたから、びっくりしたんだ」(注4)、「浅野川線は、駅間の距離が短いから、おなじようにそのニーズだった井の頭線がぴったりだったんだね」と応じます(注5)。


(浅野川線で走る3000系の電車)

 ここでいう「ギア比」とは「歯車比」のことでしょうから、Wikipediaで該当する項を見てみると、次のように記載されています。
 「鉄道車両においては主電動機側の小歯車(歯車数A)と被駆動大歯車(歯車数B)の歯車比 (=B/A) を表す。この場合、歯車比が小さいと車輪の回転数が大きくなり、低速性能(加減速)は低いが、高速性能(最高速度や高速域での加減速)は高くなる。このため、特急形電車や新幹線車両などはこれに値する。逆に歯車比が大きいと車輪の回転力が大きくなり、低速性能は高いが、高速性能は低くなる。特に通勤形電車はこれに値する」。

 これからすると、「駅間の距離」もさることながら(注6)、必要とされる車両が「特急形」なのか「通勤形」なのかが問題ということではないかと思われます(どちらにしても同じなのかもしれませんが)。
 京王井の頭線の場合、永福町駅から久我山駅までの下り(4km強)を、急行電車の場合ノンストップでかなり高速(90km/hとのこと)で走っていますが、やはり「通勤形」車両で対応しているのでしょう。

 さらに映画では、筑後社長(ピエール瀧)の鉄道模型のジオラマが映し出されます。



 これを見ると、2月のNHKTVの「ブラタモリ」で取り上げられた国分寺の店「しげまつ」を思い出します(注7)。
 というのも、そのお店は、「和菓子と鉄道模型というフシギな取り合わせのお店」で、「鉄道好きの和菓子職人であるご主人の趣味が高じて、鉄道模型のお店も開くことに」なったとの話です。
 番組で見ると、お店の真ん中が仕切られていて、左側が和菓子屋で奥さんが店に立ち、右側で鉄道模型を取り扱っています。そして、その地下にジオラマが置かれているという次第(一般には公開していないとのこと)。
 鉄道模型愛好家はこんなジオラマに憧れるでしょうが、問題はそれを設置する場所。普通の広さのマンションなどでは、いくら家人の了解があってもとても無理でしょう。でも、こうして地下室を設け、そこにジオラマを展開できれば、誰に気兼ねすることもなく自分の世界に浸れることと思います(羨ましい!)。

(3)前田有一氏は、「楽しめる趣味こそが幸せを呼び込む──いくら仕事をしても生活が上向かないこの時代にとって「僕達急行 A列車で行こう」が語るそうしたテーマは耳に心地よい。万能薬ではないにしても、生きるのが大変な現代に対する、これが一つの回答であることは確かだろう」として65点をつけています。
 渡まち子氏も、「登場人物の名前がすべて特急の名前だったり、九州ロケの美しい風景、軽やかな会話や心地よい効果音など、すべてが旅情を喚起させて楽しい。主演の松山ケンイチ、瑛太をはじめ、出演者は皆、好演。森田監督の早すぎた遺作が、さらりとした幸福感に満ちた佳作だったことが何より嬉しい」として65点をつけています。




(注1)映画の副題に「A列車で行こう」とあり、これはてっきりジャズの名曲に拠っているものとばかりおもっていたところ(2004年の『スウィングガールズ』でおなじみ!)、2011年秋より、JR九州が熊本駅-三角駅間にて運行している特急列車の名称とのこと〔Wikipedia:この場合、Aは、大人 (Adult) や天草 (Amakusa) の頭文字から取られたようです〕。
 それが分かっている人には、タイトルを見ただけで、九州を巡るストーリーだなと分かることでしょう!
 九州新幹線を描いた是枝裕和監督の『奇跡』といい、鉄道は九州なのでしょうか(ちなみに、こんな新聞記事が3月中旬に掲載されていました。)?

(注2)たとえば、ずっと小町につきまとっていたあずさ貫地谷しほり)を画面から退場させるべく、彼女が結婚相手として連れてきた男性はボブスレー選手だという外国人青年のサンダーバード・ジュニア。これは、ひとえに列車「雷鳥」を映画に登場させるための前フリなのではないでしょうか?

(注3)Wikipediaの記載によれば、京急800形電車の場合、歯車比は6.07で、特急形や急行形の電車に比べて高くなっています〔ちなみに、新幹線N700系電車の歯車比は2.79、小田急の特急「ベイリゾート」の歯車比は4.16〕。

(注4)北陸鉄道浅野川線は、石川県の北鉄金沢駅と内灘駅を結ぶ、総延長6.8kmの鉄道(所要時間14分)。
 なお、Wikipediaの記載によれば、一部区間の地下化に伴い車両を不燃化するため、井の頭線の3000系の電車を導入したとされています(井の頭線では、昨年末からすべて1000系となっています)。

 ちなみに、3000系の歯車比は6.07(1000系の歯車比は7.07で、特急形や急行形に比べて高くなっています。

(注5)以上は、雑誌『シナリオ』4月号掲載の森田芳光監督の手になるシナリオによります(P.28)。
 なお、ここらあたりは、『Railways 愛を伝えられない大人たちへ』で、富山地方鉄道を走る西武鉄道の特急電車レッドアロー号を見たことを思い起こさせます(ちなみに、レッドアロー号の歯車比は5.73)。

(注6)駅間の平均距離を計算してみると、浅野川線は0.62kmで、京王井の頭線の0.79kmに近く、小田急小田原線の1.79kmとはかなり相違していることが分かります。

(注7)タモリの鉄道好きはよく知られているところ、先般惜しまれて亡くなった原田芳雄氏も鉄道好きで、彼らが『タモリ倶楽部』で愉快そうに話していた放送を思い出します(このことは、『ウルトラミラクルラブストーリー』を取り上げた記事の冒頭で触れています)。




★★★☆☆




象のロケット:僕達急行


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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (KLY)
2012-04-04 00:30:28
この作品は小町があちこち転勤することでいくらでも続編が作れそうですよね。森田監督ご自身も相当な鉄ちゃんだったそうですから、きっと考えていたのではないかなぁと思ったりします。残念ながらもう叶いませんけれども…。
続編 (クマネズミ)
2012-04-04 06:04:11
「KLY」さん、TB&コメントをありがとうございます。
おっしゃるように「小町があちこち転勤することでいくらでも続編が作れそう」に思います。マダマダ変わった電車は、いくらでも全国各地で走っていますし、なんなら日本を飛び出してもかまわないでしょうから!
Unknown (ほし★ママ。)
2012-04-04 21:54:48
>見終わった後の観客の気分をできるだけ楽しくしよう
そうでしたよね、映画としてはライトなんですが心地いいんですよね。
 
ところで、九州にA列車があるんですね、初めて知りました。
私も、あの曲の事とばっかり…
ギアー比の解説や鉄道好きさんのお話など
ひとつの映画からドンドン話題が膨らむクマネズミさんのお話を伺っていると
この映画を見といて良かったなぁ~と、思います。

『ウルトラミラクルラブストーリー』の記事にも飛んで行きましたが
もっと早く交流させて頂いていたら、この映画も語れたのになと、ちょっと残念です。
調べ癖 (クマネズミ)
2012-04-05 22:14:00
「ほし★ママ。」さん、TB&コメントをありがとうございます。
クマネズミは、自分がよく知る事柄を取り上げている映画を見たりすると、よし自分もとついつい調べ癖が出てしまい、なかなか抜け出せなくなってしまいます。そんなものを読まされる方々こそ、迷惑千番で申し訳ありませんが!
乗るのは嫌いじゃないが (milou)
2012-04-28 12:29:20
森田芳光監督作品は7本しか見ていないが『家族ゲーム』以外は印象が薄い。
この映画で一番印象的だったのはピエール瀧(やはり7本見ている)の
公私の演技分けの自然さで役者として見直した。

もう1つ、別に六法全書を調べる気もないが見ながら気になっていたのが
血が繋がっていなければ法律的には子供同士が結婚できるのかということ。
つまり小玉哲夫と大空ふらのが結婚した場合、小玉健太と大空あやめは
結婚できるのか、映画内では相馬あずさ以外どの男女関係も成立しないが
小町圭と日向みどり、小玉健太と大空あやめは将来結婚しても不思議では
ない関係だと思える。

日本でいわゆる列車に乗ったのも10年以上前なので役名が列車名であること
すら特に意識しなかったほど電車に興味は無いが乗り物自体は嫌いじゃない。
九州支社での自己紹介の時、1人だけ鉄道オタクがいたようで小町圭は
“今のは誰?”と聞くのに映画で誰かはっきりしなかったのが不思議。もしかしてキーパー?

オタクが世界を救うではないが2人のオタクがすべてを好転させる。
(映画では別に珍しくもない)御都合主義を批判する気もないが
大空あやめが早登野庄一の娘にはオイオイと思ったら、そのことが
影響しないという肩すかしに遇った。ちなみに公式HPを見ると
人物相関図があるのだが、そこでも2人の関係が省略されている。
何か意図があったのか…

まあ個人的には大空あやめという人物像が気に入ったのだが
映画としては早登野庄一親子はカットしてもいいかなと
やや長すぎで100分以内に納めるべきと思った。
調べてみると (クマネズミ)
2012-04-28 22:01:18
milouさん、コメントをありがとうございます。
鉄道オタクにとっては117分でも短いでしょうが、それはさておき、
①「小玉哲夫と大空ふらのが結婚した場合、小玉健太と大空あやめは結婚できるのか」という問題については、下記のサイトの記事によれば、「血が繋がっていなければ法律的には子供同士が結婚できる」ようです。
http://www.hou-nattoku.com/consult/856.php

②「九州支社での自己紹介の時、1人だけ鉄道オタクがいた」ことに関してですが、シナリオを見ると、その「鉄道オタク」は「球磨川」であり、ゴールキーパーは「日輪」です。
なお、「球磨川」が「いいぞ」と言った「日田彦山線」については、下記のサイトの記事が少しは参考になるかもしれません。
http://eigasirout.exblog.jp/15041399
鉄道の思い出など (急行宗谷号)
2012-05-06 23:26:20
  森田監督が残した最後の作品とのことでしたが、それにかかわりなく、鉄道を扱っていて、一応まぁまぁの出来らしいということで、鉄道に敬意を表して見に行った次第です。機関車・客車がずいぶん多くの種類が映画に登場してきており、鉄道マニアにとって垂涎の画面もあったとは思います。登場人物に悪役がおらず、風景は九州が主体ですが、景色も含めて楽しい映画でした。
  もうすこし同じような作品が続けば、釣りバカさんの映画に近くなりそうですが、監督が亡くなって、しかもそうそう鉄道ネタがないとすれば、これ一作で終わるのでしょう。物語が総じて都合の良い展開になるのは、いたしかたのないところで、私にはかなり楽しめた映画でした。こういう映画もいいですね。

 鉄道マニアはいまは個人的な嗜好の問題でもあるとは感じるのですが、車が少ない昔は、田舎では鉄道というのが目立って影響力があり、生活の様々な利便を提供してくれて、親しまれました。とくに過疎地の多い北海道では、格別の存在ではなかったかと思われます。学校唱歌『汽車』で、「今は山中、今は浜、今は鉄橋渡るぞと思う間も無く トンネルの闇を通って広野原」という風景が、まさに田舎の一風景でした。
  先般、中学校の同窓会に出たところ、男子出席者の3割が卒業後に国鉄に入り、運転手(機関手)をしていたことが分かり、驚きました。その一人は、この3月末まで「りんかい線」(東京臨海高速鉄道)で現役の運転手だったとのことでした。この辺も、田舎での鉄道に対する憧れと生活関連を多少とも示しているのかも知れません。そのうえ、私の場合には、身近に国鉄関係者がかなりおりましたので、このテーマの映画は、とりあえず見ましょうということになっている事情もあります。
 いま隔週漫画雑誌に連載中の「テツぼん」(永松潔、原作高橋遠州)というのがあり、これも悪役はほとんど登場しないなど、風味相通じるものがあって、おおいに楽しんで読んでいます。個人化が進む世の中ですが、マニアにとどまらず、鉄道の持つ大量輸送力などという特徴をうまく活かして存続していってくれたらと願うものでもあります。
鉄道のよさ (クマネズミ)
2012-05-07 05:59:23
「急行宗谷号」さん、貴重な情報満載のコメントをありがとうございます。
「中学校の同窓会に出たところ、男子出席者の3割が卒業後に国鉄に入り、運転手(機関手)をしていたことが分か」ったとは、「急行宗谷号」さんの「田舎」では、「国鉄」が一大雇用先だったのですね!
また、漫画「テツぼん」についての情報をありがとうございます。
そして、先月の亀岡氏での事故とか関越道事故などのことをニュースで見たりしますと、「鉄道の持つ大量輸送力などという特徴をうまく活かして存続していってくれたら」とクマネズミも願うところです。

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