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アメリカン・スナイパー

2015年03月10日 | 洋画(15年)
 『アメリカン・スナイパー』をTOHOシネマズ渋谷で見ました。

(1)本作がクリント・イーストウッド監督の作品であり(注1)、アカデミー賞作品賞にノミネートされているというので、映画館に行ってきました。
 なにしろ、アメリカでは2月には興行成績が3億ドルを突破して、アメリカで公開された戦争映画史上最高の興行収入額となったそうですから、凄まじいものです。

 本作の冒頭はイラク戦争の場面、戦車が歩兵を従えて街路を進んでいきます。
 狙撃兵のクリス・カイルブラッドリー・クーパー)が、建物の屋上で狙撃用ライフルを構えて、街路を監視しています。



 銃に取り付けられたスコープからは、向かいの建物にいる男が携帯をかけている様子が見て取れます。そして、その男が階下に消えると、間もなく女と子供がその建物から出てきます。
 クリスはそのことを部隊に伝えますが、「撃つかどうかの判断は任せる」との返答。
 そばにいる同僚は、「間違ったら、刑務所行きだ」と脅かします。
 でも、女が隠し持っているのが対戦車手榴弾だと判明。そして子供が女から渡された手榴弾を持って走ります。
 さあ、どうなるでしょうか、………?

 本作は、極めて腕の立つ米軍の狙撃兵が、イラク戦争に従軍して160人もの敵を狙撃して殺したことを描いているにすぎないとはいえ、五輪に出場した腕前の持ち主とされる敵の狙撃兵との死闘や、仲間が敵弾に倒れる様、また何度も米国に帰国して家族と会うものの、溝が広がっていく様子などが実に巧みに織り込まれていて、132分少しも飽きることなく見終わります(注2)。

(以下、色々とネタバレしますので注意してください)

(2)この作品に関しては、これまで様々なことがかしましく言われているようです。
 例えば、劇場用パンフレットに掲載されたREVIEW「『アメリカン・スナイパー』論争とPTSD」において、町山智浩氏は、本作について、「カイルやイラク戦争を賛美」していると批判する人々がいる一方で、それに反論する人々も出てきていると述べています(注3)。
 そして町山氏自身は、そうした見解の「どちらも間違っている」のであり(注4)、「(カイルの)死の影が映画全体を覆っている」として、帰還兵のPTSDこそが本作の中心テーマであると言いたいようです(注5)。

 ただ、映画の感想に対し「間違っている」「そういう見方はバカげている」などと言うのは(注6)、それ自体が“間違った”ことではないのかなという気がクマネズミにはしてしまいます。別の人にとっては酷くおかしな意見であっても、その人自身にはその映画はそのように見えたことは確かでしょうから、それを間違っているとなんとか言ってみても始まらないように思われます。

 特に本作について町山氏が挙げている見方は、どれもそれぞれ成立するのではないでしょうか?
 本作が必ずしも反戦映画ではない(あるいは、むしろ戦争賛美の作品だ)というのは、例えば、クリスが4回もイラクに出向いていることや、同僚から「俺達は正しいのか?」と問われると、クリスが「俺達は国を守っているんだ」と敢然と答えたりするところが描かれている点からも伺えるのではないでしょうか(注7)?
 また、本作のラストでは、クリスの葬儀の様子が実録の映像で長々と映し出されますが、随分と沢山の人々が沿道を埋め、彼らは皆星条旗を手にしていたりしており、まさに英雄(注8)の扱いではないかと思います。

 他方で、クリスの戦友が敵弾に斃れたり傷ついたりする場面や、「早く除隊したい」などと同僚が述べる場面などからは(注9)、制作者の戦争を嫌う姿勢が読み取れるでしょう。
 それに、帰還兵のPTSD問題が取り上げられています。

 ただ、PTSD問題が描かれているからといって、それだけで反戦映画といえるでしょうか?
 それに、町山氏が中心テーマだとするPTSDですが、確かにクリスが本国に帰還している間の様子を見ると、クリスはおそらくPTSDに罹っているのでしょう(注10)。でも、REVIEWで同氏が書いている「道路で後続車が近づくだけでパニックになり、犬を殺そうとし、助産婦に絶叫し、暴力衝動が抑えられない」といったクリスの症状は、これまで見た映画からすると(注11)、それほど重症でもないような気もしてくるところです(注12)。

(3)クマネズミには、本作は、政治的なメッセージは二の次にして、妻・タヤシェナ・ミラー)や息子のこともきちんと描きつつ、クリス・カイルという狙撃兵の生き様を伝記的にできるだけ客観的に描いた作品ではないかと思えました(注13)。
 クリスは、少年時代に、父親から銃の手ほどきを受け、鹿を一発で仕留めて「見事な一撃だ、一流のハンターになれる」と言われ、その際に「銃を地面に置くな」などと指導を受けます。
 次いで、クリスは、海軍特殊部隊(Navy SEALs)に入隊しますが、当初における過酷な訓練の模様が、随分と長く描かれます。
 本番のイラク戦争では、オリンピック選手だったとされるムスタファに付け狙われるものの、最後に、1920m離れたところにいたムスタファを撃ち殺します。その際に、クリスの銃から発射される銃弾がスローモーションで映し出されるところが、もしかしたら本作のクライマックスかもしれません。クマネズミには、本作は、戦争アクション物、あるいは一種の西部劇として、大層面白く見ることが出来ました。

 そして、ラストの衝撃的な死、というわけです。
 なお、このラストが、最近見たばっかりの『フォックスキャッチャー』と幾分似ているのは興味深いことだなと思いました(注14)。

(4)渡まち子氏は、「何よりも衝撃を受けたのは、ラストに明かされるクリス・カイルの死の原因だ。淡々と明かされるその死は、戦場の狂気のもう一つの側面なのだろう。音楽に造形が深いあのイーストウッドが、あえて音を封印し、無言のエンドクレジットを流した。この沈黙の中に、今も戦争の呪縛から逃れられないアメリカの苦悩がある」として85点を付けています。
 前田有一氏は、「オバマ大統領夫人まで巻き込んだ大議論となっている「アメリカン・スナイパー」をめぐる騒動だが、それも納得のすさまじい完成度である。私に言わせればこの映画は、神が巨匠の作品を借りてアメリカ人に伝えようとしているメッセージ、である」として、なんと100点を付けています。
 宇田川幸洋氏は、「前作「ジャージー・ボーイズ」のほどよくちからのぬけたタッチから一転、「許されざる者」のころのような、いや、それ以上にちからのみなぎる活劇である」として★5つ(今年有数の傑作)を付けています。
 相木悟氏は、「従軍し、英雄になった男に、戦争はどんな影響を与えたのか?その心理を垣間見る重い人間ドラマであった」と述べています。
 藤原帰一氏は、「終幕で躓いたためにイーストウッドの映画としては思いのほか薄い印象」と述べています。



(注1)クリント・イーストウッドについては、最近では、俳優として出演した『人生の特等席』を見ています(監督としては『ジャージー・ボーイズ』を見ましたが、レビュー記事は書きませんでした)。

(注2)俳優陣の内、クリス役のブラッドリー・クーパーは、『アメリカン・ハッスル』で見ましたし、妻タヤに扮するシェナ・ミラーは『フォックスキャッチャー』(デイヴの妻)で見たばかりです。



(注3)このサイトの記事は、町山智浩氏が1月27日のTBSラジオ『たまむすび』の中で語っていることを書き起こしていますが、それによれば、町山氏は同番組で次のように述べています。「要するに、『この映画を良くないって言う人はみんな反米なんだ!』っていう風に言っている人たちと、『この映画はイラク戦争を擁護して、ものすごい大量虐殺をした男っていうものを英雄扱いしている危険な映画なんだ』っていうのがぶつかり合っているんです」。

(注4)上記「注3」の記事によれば、町山氏は次のように述べています。「要するに『これは戦争を賛美している映画だからよくない!』って言っている人も、『賛美してなにが悪いんだ!?』って言っている右側の人も、両方とも間違っているんですよ。まったく賛美していないんですよ。この映画。戦争を」。

(注5)上記「注3」の記事によれば、町山氏は次のように述べています。「これは壊れていく話なんです。で、クリント・イーストウッドに会ったんですけど。とにかく、クリント・イーストウッドっていう人はこのPTSDで人が壊れていくっていうことに関して、ものすごく興味がある人で。すでに映画を何本か撮ってるんですよ。これがテーマで。だから彼のちょっと一貫したテーマなんですよ」。

(注6)上記「注3」の記事によれば、町山氏は、「それなのに、なぜわからないんだ?って。右も左もバカばっかりですね!」、「みんな、バカなんじゃないか?と思いますけど(笑)」などと述べています。

(注7)妻のタヤから「どうしてまたイラクへ?」と尋ねられた際にも、クリスは「お前らを守るためだよ」と答えます。
 なお、他にも、例えば、ラストの方で、クリスたちが陣取る建物をめがけて沢山の敵兵が襲いかかりますが、クリスたちは彼らを次々となぎ倒して、窮地を脱出します。こんなところなどは『フューリー』のラストの銃撃戦を思い起こさせ、アメリカの戦争映画の常道ではないのか、と思ってしまいます。
 また、クリスたちが、敵の幹部が集まっているというレストランを急襲した時、ある部屋では切り刻まれた死体が棚の上などにゴロゴロしていますが、これは『ハート・ロッカー』における人体爆弾のシーンを思い起こさせます。

(注8)クリスが160人を射殺したというのは、『ハート・ロッカー』の主人公ジェームズが800個以上の爆弾を処理したとされている(例えば、この記事)のに対応するのでしょうが、ジェームズが亡くなった時にこんな葬儀は考えられるでしょうか?

(注9)他にも、イラクの飛行場でクリスは弟のジェフに遭遇しますが、ジェフは、「兄貴は僕らのヒーローだ。でも、もう疲れた、僕は故郷に戻る。こんなところはクソだ!」と言って立ち去ります。

(注10)上記「注3」の記事によれば、町山氏は、「これは要するに典型的なPTSDなんですよ」と述べています。

(注11)ごくわずかの事例しか思い出しませんが、『ハート・ロッカー』では、本作におけるクリスのように、「いったん米国に帰って、家族と平和な日々を送ろうとしても我慢できずに、また戦場に戻ってしまう」主人公が描かれているとはいえ、『マイ・ブラザー』では、アフガンからの帰還兵であるサムは、結局精神病院に入らざるを得ませんし、『戦場でワルツを』では、PTSDの典型的な症状であるフラッシュバックが取り上げられています。

(注12)上記「注3」の記事によれば、町山氏は、「原作の方を読むともっとすごく怖いことが書いてあって。心臓の鼓動とか脈拍、血圧がおかしくなっちゃうんですね。このクリス・カイルは」、「で、おかしくなった時に銃に触ると止まるんですって。異常な脈拍が」と述べていて、映画ではそこまでひどい症状として描かれていないとしています(ただ映画では、血圧が「170/110」だとクリスは言っていますが)。
 PTSDが中心テーマとしたら、どうしてイーストウッド監督は、そこまで症状を描き出さなかったのでしょうか?

(注13)いうまでもなく本作は、クリス・カイルが書いた自伝『アメリカン・スナイパー』(早川書房)に基づいていますから、伝記的な作品になるのは当然のことながら、本作では、自伝では描かれていないクリスの死がラストで描かれることによって、伝記的な傾向が一層強化されたように思われます。

(注14)「米軍の元狙撃兵クリス・カイルさんらを射殺したとして、殺人罪に問われた元米海兵隊員・エディー・レイ・ルース被告(27)の裁判で、米テキサス州の裁判所の陪審員は(2月)24日、有罪の判決を言い渡した。AP通信によると、ルース被告は終身刑が適用される」、「裁判で弁護側は「ルース被告は、自分が殺されると思っていた」「事件当時は心神喪失だった」として無罪を主張したが、認められなかった」(この記事)。



★★★★☆☆



象のロケット:アメリカン・スナイパー


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8 コメント

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TBありがとうございます (すぷーきー)
2015-03-10 23:53:37
イラク戦争というものが、何か違う、何かおかしいと思いました。
はっきりしているのは、クリスが傷つき、他の帰還兵も苦しみ続けているということだと思います。

>別の人にとっては酷くおかしな意見であっても、その人自身にはその映画はそのように見えたことは確かでしょうから、それを間違っているとなんとか言ってみても始まらないように思われます。
全くその通りだと思います。
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Unknown (クマネズミ)
2015-03-11 05:54:44
「すぷーきー」さん、TB&コメントをありがとうございます。
何も「イスラム国」を認めるわけではありませんが、フセイン大統領のイラクを「悪の枢軸」として攻撃した時となんだか同じような雰囲気を感じてしまうのですが。
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日本の監督では作れない作品 (atts1964)
2015-03-11 10:34:31
奇しくも同時期公開の「フォックスキャッチャー」とラストが似てしまったのは私も感じました。こちらの方が現在進行形の裁判なんで、よりリアルですね。
PTSDはいろんな過酷な体験から発症しますが、戦争体験、そして戦時下とはいえ人を殺す生々しい体験、またいつ襲われるかの過酷な状況、戦争放棄の日本では、めったに味わえない、そういう意味では、アメリカ人ならではの作品ですね。
首の皮1枚(精神的に)で帰還したクリスですが、英雄視されたことが悲劇を招いたことが何とも痛ましいですし、そもそもイラク戦争自体に、大国のエゴが色濃く横たわっているので、大きな意味での犠牲者と感じました。
アメリカには、こういった経験で精神に大きな傷を負い苦しんでいる帰還兵が多いんでしょうね。
TBこちらからもお願いします。
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Unknown (クマネズミ)
2015-03-12 06:23:51
「attas1964」さん、TB&コメントをありがとうございます。
おっしゃるよう、に「アメリカには、こういった経験で精神に大きな傷を負い苦しんでいる帰還兵が多い」と思います。
ただ、戦争によるPTSDは、確かに「戦争放棄の日本では、めったに味わえない」ものでしょうが、PTSD自体は、邦画の『アントキノイノチ』などで描かれているように、日本でもよく見かける疾病だと考えられます。
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ご報告です。 (えい)
2015-03-12 23:03:08
「原作はこう書かれているから~」なんて映画を語る上ではあまり重要とは思えないし、
ましてや「これは反戦、いや愛国的だ。だからうんぬん」も、やはり「映画」からは離れている。
クマネズミさんの『アメリカン・スナイパー』評はそんなぼくにぴったり。
と、このサイトにリンクする形Twitterに紹介させていただきました。
事後報告ごめんなさい。
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Unknown (クマネズミ)
2015-03-13 06:05:11
「えい」さん、わざわざご報告いただき、誠にありがとうございます。
拙ブログは、いい加減なことを書き散らかしているに過ぎず、「えい」さんのように言っていただくと冷や汗がドッと出てきてしまいますが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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アメリカの悲劇 (根保孝栄・石塚邦男)
2016-12-07 21:41:59
アメリカン・スナイバーの映画は、アメリカの悲劇を象徴してるでしょう。世界の警察を自認して世界中の紛争にかかわったアメリカ兵士。アメリカのため、自由を守るためとおだてあげられ、戦場に駆り出された悲劇ですよ。
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Unknown (クマネズミ)
2016-12-08 21:38:31
「根保孝栄・石塚邦男」さん、わざわざコメントをありがとうございます。
おっしゃるとおり、本作は「アメリカの悲劇を象徴してる」ものと思われます。「世界の警察官をやめる」と言っているトランプ氏が次期米国大統領に選出されたことによって、事態がどのように変わっていくのか、注視していかなくてはいけないと思います。
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