浄福寺・お寺のいろいろ日記

福岡県豊前(ぶぜん)市・下河内(しもかわち)浄土真宗本願寺派・上毛組(こうげそ)浄福寺の坊守の日記です。

お世話になります。

2018年02月23日 | Weblog
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仏婦本部役員さんたちと遅めの新年会でした


(お馴染みのビンゴゲーム)

これだけご婦人がいると誰かが常に娘のお相手をしてくれるので、ゆっくりと美味しいご飯を頂けました

みなさん浄福寺の縁の下の力持ち

今年もさまざまにご協力いただきながら、一つ一つの行事を大切におつとめしたいと思います

新たな気づき。

2018年02月20日 | Weblog
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更新が滞ってしまいました

少しずつ春らしいお天気になってきたように感じます

北豊教区若婦若寺婦合同研修会に参加しました

ご講師は笛田ちひろさん



リコーダーの素晴らしい音色とともに、ご自身の病気、障害、いじめ、閉じこもり、LGBTのこと、ユーモアを交えてのお話でした

自分はLGBTについてよく理解しているつもりでしたが、全く問題意識を持っていなかったことがたくさんあり、多くの気づきをいただきました

福岡市もLGBTカップルを承認するようになり、社会は少しずつ変わってきています。

子どもたちの時代は、きっともっと変わる、変われる。

そのためにまず私が固定観念を捨てること、子どもの視野を狭めるようなことだけはしたくないなと思いました。

あと13年。

2018年02月12日 | Weblog
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またまた雪が積もっています

この冬何回目でしょう…

さて先日、息子のお友達がわが家に集合



大変賑やかでした

いろんなやり取りを見ていると、なるほど男の子ってこんな感じなのか〜と新鮮でした

男の子の子育て、知らなかった世界をいろいろと見せてもらいます

みんなが大人になったら一緒にお酒を飲みたいといつも思います

想像できない未来に思いを馳せて…

雪だるま。

2018年02月08日 | Weblog
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積もりに積もった雪も、お日さまが出てどんどん溶けていきました

そして晴れると車の中はほかほか〜

風はとっても冷たいですが、日の光は暦のとおり、もう春です


さて、先日の坊守講で会所の御院家さまより、木村無相さんの歌をご紹介いただきました。

「私の信心雪だるま

お天とさま出りゃすぐ融ける

お天とさまが御信心」

私には、雪の日も、雨の日も、曇りの日もあるけれど、お天とさまは関係なく、いつも照らします

照らし、あたため、溶かしてゆく。

はるか彼方の光が今ここに。



雪の日。

2018年02月05日 | Weblog
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雪、積もっています



わが家がこの状態の頃、車で5分下ったところにもう雪はありません

町の方の門徒さん宅にお参りに行くと、「これください!」と、私が車に乗せていた雪を手に取り、お孫さんに渡していました

私は早く溶けないかなぁと心待ちにしていますが、「やっぱり雪が積もるとワクワクする」という門徒さんも

70代、まだ少年の心を忘れていないのは、きっと雪の日の特別な思い出があるからでしょう



幼い日を懐かしく思い出す、雪の日です



お経の意味。

2018年01月31日 | Weblog
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ひと昔前、この辺りの地域は夕方になると、あちらこちらのお宅からお正信偈をお勤めする声が聞こえたといいます

現在では若い世代のおうちにはお仏壇はありませんし、家族揃ってお夕事のお参りをするということもかなり珍しくなりました。

けれど、広い仏間にある大きなお仏壇のお給仕を、年老いた奥さんたちが今でも大切にされているお宅はまだまだたくさんありますし、夕方になると、一人でお勤めをされるという方も多くいらっしゃいます

「お経をあげると心がすっとする」とおっしゃるおばあちゃん

最近はご法事で「お経の意味がわからないのに、お経が長い」「お経本に現代語訳を載せてほしい」などと言われることもあります

そのため、お勤めの前に簡単にお経の説明をさせていただいたりしています

確かに、お経の意味を知ることも大事でしょうし、内容に興味を持っていただけるのは嬉しいです。

けれども、お経をお勤めするとこで心が落ち着いたり、聞くことでなぐさめられたりする、そんなことも本来大切なことだと思うのです

「どんなにおもしろい本も何度も読んだら飽きるのに、お経だけは飽きんね」と言われたおばあちゃんもいらっしゃいました

お経は私たちに教えを伝えてくれるだけでなく、心に響き、そっと寄り添ってくれるのです



ご生涯に学ぶ。

2018年01月28日 | Weblog
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八屋の賢明寺さまの御正忌報恩講へ、仏婦の役員さんとお参りさせていただきました



一緒にお参りした役員さん方は、来年度の浄福寺御正忌のおまかない地区の方

浄福寺とは違うお斎の内容に、興味津々

これがまた御正忌のお参りの楽しみの一つです

いろんな学びがありました



高座でのお説教は、親鸞聖人のご生涯を語ります

自分の中で、映像が浮かぶ浮かぶ

次、どうなるの〜と気になるように、お話に引き込まれました

お勉強する前から何となく親鸞さまのご生涯を知っていたのは、幼い頃からお説教で聞いていたからだろうと思います。

このような親鸞さまのご生涯をお聴聞させていただけるのは、やはり座数の多いお寺さんだけでしょう。

残念ながら上毛組でも限られてきました。

そのご苦労を聞きながら、親鸞さまを偲ぶのが御正忌報恩講です

もう二度と。

2018年01月25日 | Weblog
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寒いです

特にお寺

冷蔵庫にいるような感じです

御正忌などお参りされる方はあたたかい服装でお参りください

寒い折ですが、きっと心は暖まりますよ


さて、年配の先生が「最近の若いお母さんは胸の形を気にして母乳を飲ませず、ミルクで育てるらしい」と話しておられたのですが、逆に近頃は私が育った頃よりも母乳のみで育てるお母さんがとても増えているそうです

私は息子のときは母乳とミルク混合で育てましたが、娘は私が法務などで不在のときのみミルク、今は離乳食を食べるのでミルクを与えることはほぼなくなり、母乳のみで育てています

息子を育てているとき、「母乳のみで育てた方がいいよ」とよく言われ、ミルクを与えていることを後ろめたく思ったものです

息子はよく泣いていたので母乳が足りていないのでは…と思っていたのですが、きっとそうではなかっただろうと今ならわかります。

そして、完全母乳で育てることは栄養面やスキンシップだけでなく、母親としての自信にもつながるのかも…と今は思います

ただ、ミルク育児を否定したり、完全母乳の方が優れていると思うのも、もうやめようと思う出来事がありました。

息子を混合育児で育てた自分には、ミルク育児に対する偏見はないつもりでした。

ですが最近、「ミルクのみで育ててるんです」という知り合いの方に、その訳を聞きました。

実際は理由を私が尋ねたのではなく、言わせてしまった、という方が正しいのだと思います。

きっと私が怪訝そうな顔をしていたのでしょう。

彼女は、「実は持病があって、母乳を与えることができないんです」と言いました。

産後すぐに母乳を止めるお薬を飲んだそうです。

「それでも、今でも少し母乳が出るんですよ」とおっしゃっていました。

きっと辛いだろうと思います。

その上、私のような人に出会うたび、理由を告げ、また辛い思いをされているんじゃないかと思うと、もう二度と誰かに、おっぱいで育てているかミルクで育てているかを問うのはやめようと思いました。

そんなのどっちだっていい。

お母さんが赤ちゃんを愛する気持ち、赤ちゃんがお母さんを求める気持ちは変わらないのだから



本音。

2018年01月22日 | Weblog
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最高気温も最低気温もマイナス1度の豊前です

関東の方も大雪で大変のようでしたね

雪を喜んでいた子どもの頃に戻りたいと思うこの頃です


さて、数ヶ月前のことなのですが、高校の頃の友人宅に遊びに行ったときのこと

友人にも、ちょうど娘と月齢が同じくらいの赤ちゃんがいます

ここで気にしてしまうのが成長の差

個人差があることはわかってはいるのですが、息子と比べてみたり、周りと比べてみたり、人の親というものは器が小さいものです

友人の娘ちゃんは「上手ね〜」と言うとパチパチと手をたたいていました

あれから2ヶ月、ようやく娘もそんな動作をするようになりましたが、そのときはほぼ何もできず…

「うちの子頭悪いんかな?」とポツリと私が漏らすと…

「あんたに似たんやない?」とあっさり言い放つ友人

それでも腹が立たないどころか、なんだか嬉しい気がして不思議だなぁと思いました

人はときに、愛情を持って「お前バカだなあ」と言ってくれる人に救われるのです。

本音で語り合える関係はあたたかいものです



先輩に学ぶ。

2018年01月20日 | Weblog
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かれこれ一年間、老体にムチ打って法務に励んでくれている母

けれど、法務に出ることで、きっとみなさんに元気をもらっているんだろうなとも感じます

若い頃、世間話がすべて仏法に繋がっていく先生に感銘を受け、お月忌参りの後、お茶をいただくとき、門徒さんにこんな風にお話できたら…と思っていました

しかし今、逆に私自身が励まされること、学ぶことが多く、それをとてもありがたく思っています

年の離れた方、その中でも長年お仏壇を大切にしてこられた方といろんな話をさせてもらうと、自分の人生までも深く豊かになるような気がします

そしてお参りを終えて門徒さん宅を後にするとき、悩んでいたことも軽くなり、前向きになっているから不思議です

私もいつかそんな風に若い人を励ませたら…

人生の先輩、お念仏の先輩から学ぶ日々です



感性を研ぎ澄ます。

2018年01月15日 | Weblog
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お正月、芸能人格付けチェックという番組を息子が楽しんでいました

その中で、目隠しをして食材を食べ、どれが本物かを当てるというものがあり、私たちも実際やってみることに…



門徒さんにいただいた、タタキはどれかを当てました

一つ目はタタキのタレがついたかまぼこ、これはすぐ違いが分かりました

二つ目と三つ目、本物とハムにタタキのタレをからめたものだったのですが、これが分からない

もちろん違いはあるのですが、どちらがタタキだったのか分からないんです

結局、私も息子もハムの方をタタキと答えてしまいました

GACKTってすごい…と思うだけでなく、

門徒さんに申し訳ないような、牛に申し訳ないような気持ちになりました

人が本当に味わっているのは最初の三口程度で、あとは惰性で食べ続けていると聞いたことがありますが、「ただなんとなく、ただなんとなく…」と、やり過ごしているものがあまりに多い気がします。

感性を研ぎ澄ますことはこれからもできそうにありませんが、改めて感謝の思いを大切にいただきたいです

まさかの。

2018年01月12日 | Weblog
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お久しぶりになってしまいました

インフルエンザの猛威がわが家を襲っていました

まさかの、家族全員感染

私は本願寺の教師教修中に発症し、途中退所させられて以来、12年ぶりのインフルエンザでした

とても流行っているようです

みなさん気をつけてくださいね

ゆっくりさせてもらっている間、毎日ご本山の御正忌報恩講をインターネット参拝させてもらっています

ライブ中継はこちらから

http://broadcast.hongwanji.or.jp/html/live.html

京都も寒いでしょうね〜

親鸞さまは今もなお、真宗門徒の私たちのもとで生き続けています



明けましておめでとうございます。

2018年01月03日 | Weblog
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九州は晴天が続くお正月でした



みなさまどのようにお過ごしになったでしょうか。

浄福寺ではお正月、お葬儀のお勤めをさせていただきました。

人は生まれる日も死ぬ日も選ぶことはできません。

それなのに私は、自分のいのち、自分の人生、思い通りになるといつも勘違いしています。そして勘違いが一向になおりません。

まだおばあちゃんがご健在ですが、お嫁さんが亡くなり、「変わってあげたい」と泣かれるおばあちゃんを見るのが辛かったです。

お葬儀の挨拶を娘さんが立派にされました。

「お母さんの病気がわかり、あと一年とお医者さんに言われたのに、ケンカばかりしてしまったことを後悔しています、今はもうケンカもできません」との言葉、母とケンカの多い私は身につまされる思いで聴きました。

先立つ人も、先立たれた人も、ともに悔いが残るのかもしれません。

けれども、悔いが残ることまで見抜かれた仏さまでした。

悔いを受け止めてくれる世界がある、生死を超えてつながりあえる世界がある。

改めてその尊さを噛みしめた新年でした。

今年もお世話になりました。

2017年12月31日 | Weblog
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今年もありがとうございました



本当にあっという間の一年でした

そう感じるのは、時間にだんだんと身体がついていけなくなっているんですね



なんといっても待ちに待った娘の誕生が今年一番の出来事でした

けれど、主人のおばあちゃんをはじめ、門徒さん方との別れもありました

限りある時間の中で限りないものと出あう

今宵、除夜会のお勤めをしてまた気持ち新たに励みたいと思います

時が経つ。

2017年12月28日 | Weblog
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その後、ウィルスは「この子はかからない」と根拠のなく思っていた息子に飛び火

大変でした

やはりきちんと対処しないといけません


さて、本日お参りに伺ったお宅、いつもは遠くにお住まいのお嫁さんが帰省されていてお話しました。

来年には二人目のお孫さんが誕生されるそうで、お嫁さんのお手伝いに行かれるんだとか

「自分が出産するときも義母がお手伝いに来てくれました」と懐かしく振り返っておられるようでした

お義母さんは数年前から認知症を患い、最近入院されています。

「息子のお宮参りにもお義母さんと行きました。

そのとき私が着たお洋服は今もまだ箪笥にかかっているんです。

でもお義母さんは…

時が経ったんですね。」

と話されていました。


あっという間に今年も終わろうとしていますが、娘の成長を見ると、時が経ったのだと痛感します。

ハイハイにつかまり立ち、娘はもうじっと寝ていた頃には戻れない。

私たちは少しもとどまっていられないんですね。

ただ漠然と過ぎ去った膨大な時、それがどれほど大事なものだったか、いつもそれは後になって知るのです。