OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

あれから39年目、それでも熱くさせられるぜっ!

2017-08-27 20:38:34 | Fusion
Live Show / sadistics (Invitation / ビクター)

 A-1 Type 1
 A-2 We Are Just Taking Off
 A-3 Hard Score
 B-1 あこがれのセイシェル
 B-2 Blue Curacao
 B-3 Ready To Fly

掲載したのはサディスティックスの実質的解散コンサートとなった昭和53(1978)年8月29日の「サマーリサイタル」から作られたライブ盤で、発売されたのは翌年1月、通算3作目のLPです。

皆様ご存じのとおり、高中正義(g)、今井裕(key)、後藤次利(b)、高橋ユキヒロ(ds) という顔ぶれで活動していたサディスティックスは、加藤和彦とミカの夫婦が率いていたサディスティック・ミカ・バンドがリーダー夫妻の家庭の事情(?)で解散した後、同バンドから分離独立したグループで、一応の結成は昭和51(1976)年春というのが定説ではありますが、その卓越した演奏&アレンジ能力を各方面から評価されていたメンバー各々は主に歌謡曲やニューミュージック等々、我が国芸能界におけるレコード製作の現場や歌謡スタアのバックバンドとして、時にはユニット全体で起用される事も度々だった歴史は、今日までに様々なレコードやCDで確認されるところです。

また、あらためて言うまでもありませんが、メンバー各々が自らのリーダー盤を製作したり、歴史的な偉業を残したバンドに参加していたという実績は、今も畏敬されるべきものでしょう。

しかし、リアルタイムでのサディスティックスには、そ~した歴史的な考察等々はもちろん存在するはずもなく、殊更バンド活動をやっていたり、そ~でなくとも、ちょっとでも楽器をいじるような音楽好きにとっては、折しも盛り上がっていたクロスオーバー&フュージョンの大ブームの中での凄腕プレイヤー集団という印象が強く、サイケおやじの周辺でも傾倒している仲間が相当数!?

ただし、サイケおやじは例によって、とでも申しましょうか、件のミカ・バンドが必ずしも自分の感性に合っていたとは言い難く、またサディスティックス本隊が昭和52(1977)年に出したグループ名義としては最初のアルバム「sadistics」が、これまた同じく???ってな感じでしたからねぇ……。

むしろレコード化された演奏については、浅野ゆう子の「ムーライト・タクシー」、そして矢沢栄吉が昭和51(1976)年末に出した、日比谷の野音で録られたとされるライブ盤あたりが、彼等の本領発揮を堪能出来るものと思っていたほどでしたので、サディスティックスのライブは数次接しており、やっぱりスゲェ~~~!

そして案の定(?)、サディスティックス名義の2ndアルバム「We Are Just Taking Off」が世の出た昭和53(1978)年8月のライブが、どうやら解散の云々という噂が広まったのですから、サイケおやじは周辺の仲間共々、チケットを入手して参集したのが、掲載したライブ盤が録られたとされる九段会館でありました。

ところが、サイケおやじが期待し過ぎた所為でしょうか、まず件の会場における音が決して良いとは言えず、場合によっては誰が何の音を出しているのか判別し難いという状況も、実はその時のステージにはサディスティックスのメンバー4人に加え、斉藤ノブ(per)、ペッカー(per)、そして村上秀一(ds) がサポートに入っていたという、つまりはボーカリストやサックスプレイヤー等々のメロディ担当者を欠いていたガチガチのセメント!?

結果的に怒涛のリズム&ビートに圧倒された印象だけが残ったんですが、それが一挙に覆されたのが既に述べたとおり、翌年1月に発売された掲載のライブ盤「Live Show」でありました。

とにかく最初に聴かせてもらった瞬間、スッキリと整理されサウンド構成、それゆえに再確認出来る演奏の物凄さは圧巻の一言!

当然ながら収録された6曲は録音された中から選び抜いたベストな演奏という事でしょうし、おそらくは手直しのダビングも行われていたと推察する次第ですが、それにしても聴く度に震えが止まりませんでしたねぇ~~~♪

それはまずファンキー&ロッキンなギターのカッティングからスタートするA面ド頭「Type 1」から全開で、炸裂するエレキベースのチョッパー、ビシバシにキメまくりのドラムスとパーカッション、そして爽快にして和みが滲み出るキーボードの彩の間隙から飛び出す高中正義が十八番のフレーズ!

ジャジーなアドリブを展開する今井裕のエレピも流石だと思いますが、後藤次利の蠢いては弾けるエレキベースには急所をグッと握られた感じで、悶絶する他はありませんよっ!

また気になるツインドラムスの存在については、正確無比なビートを叩いているのが高橋幸宏、幾分低重心のリズムを出しているのが村上秀一と推察する次第なんですが、実はこのアルバムのクレジットには村上秀一の名前が割愛され、それは例の事件の影響でありましたが、それはそれとして凄いのは間違いの無い事実!

そして続く「We Are Just Taking Off」はサディスティックスのイメージを決定的にするトロピカルなフュージョン曲ですから、グループの纏まりと余裕は言わずもがな、メンバー各々の腕の冴えも堪能出来る秀逸な演奏だと思います。

あぁ~~、この和みこそは昭和53(1978)年のトウキョーシティポップスだったんですよねぇ~~♪

しかし、その意味で逆の発想というか、続く「Hard Score」は曲タイトルどおり、妥協を許さぬストロングスタイルのフュージョンインストで、初っ端から重層的に連なっていくメンバーの個人技は世界でもトップクラスの領域でしょう。

なによりもサディスティックスがロック畑の出身という強みを活かしたタテノリのビート感でこれを、しかもアップテンポでやっている事が素晴らしいですよ。

もちろん当時はジャズプレイヤーも進んでフュージョンをやっていたんですが、ここまでのタテノリは体質的(?)に難しかったのでしょうか、そこにナチュラルなオフビート感が滲んでいる演奏が多かったとサイケおやじは感じていたので、後藤次利のチョッパー&スラッピーなベースプレイや激しく突っ込む高中正義のギターソロ、集団ポリリズム状態でもロックのグルーヴを失っていないドラムスとパーカッションの饗宴、さらにはファンキー&スマートな今井裕のピアノ&シンセ!!

もう、このトラックで熱くならなかったら、フュージョンやロックジャズを感じる感性が疑われるんじゃ~なかろうか!?

と、思わず不遜な事を思ってしまうサイケおやじですが、いかがなものでしょうかっ!?

こうしてレコードをひっくり返し、B面に針を落とせば、そこはハナからケツまで高中ワールドが満喫出来る桃源郷♪♪~♪

お馴染みの「あこがれのセイシェル」は昭和51(1976)年夏に発売された本人の初リーダーアルバムからの代表曲であり、その気持ち良いほどの音作りとソフト&メローなトロピカルフュージョンの妙は、忽ち多くのファンを掴んだわけですが、実際に高中正義が大ブレイクしたのはサディスティックス解散後の事ですから、このライブバージョンは様々に味わい深い仕上がりかと思います。

う~ん、この歌心溢れるギター、同じくセンス満点のエレピ、シブくてタイトなリズム隊のノリは、一朝一夕で出来るものじゃ~ありませんよねぇ~~~♪

また、今や高中正義の十八番の中の人気曲「Blue Curacao」は当時のサディスティックスの新曲で、前述した2ndアルバムに収録されていたんですが、そのスタジオバージョンよりも自由奔放に展開されるここでのライブバージョンには血沸き肉躍るって言葉がジャストミート!

そしていよいよの大団円が、これまた高中正義の代名詞として説明不要の「Ready To Fly」なんですが、今日ではこのライブバージョンが極みつきの大名演とされる定説には反対は致しませんが、サイケおやじとしては、もっともっと凄い生ライブに接した記憶があるもんですから、ここは虚心坦懐に楽しむべきと自戒しつつ、やっぱり熱くさせられてしまいます。

ということで、書き遅れましたが、このアルバムはアナログ盤の特質を活かした構成という事なんでしょうか、A面が「今井裕サイド」、B面が「高中正義サイド」という感じで色分けされているのはニクイところでしょう。

それゆえに何度聴いても飽きないLPだと思うんですが、これが後年、CD化されてみると、ますます音作りがスッキリし過ぎて、個人的にはイマイチ違和感がありましたし、なんとなくオーバーダビングの手直し箇所が推察出来るようなリミックス&リマスターには???

ところが、ところがっ!

ちょい前に当時のバンド仲間から届いたメールによると、今年発売された最新リマスターによる復刻CDがまるっきり別物という、恐ろしいばかりの仕上がりになっているんで、絶対に聴いてみろっ!

こ~言われちゃ~~、サイケおやじとしても安穏とはしていられない気分ですよ。

そこで本日は、まず久々にオリジナルのLPを取り出して鑑賞し、これを書いているという次第です。

いゃ~~、やっぱり熱くさせられますねぇ~~~♪

よし、明日は最新リマスターのCDを買いに行こうっ!
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追悼:ジョー・サンプルに連れていかれた虹の楽園

2014-09-15 14:42:30 | Fusion

Rainbow Seeker / Joe Sample (abc)

 A-1 Rainbow Seeker
 A-2 In All My Wildest Dreams
 A-3 There Are Many Stops Along The Way
 A-4 Meoldies Of Love
 B-1 Fly With Wings Of Love
 B-2 As Long As It Lasts
 B-3 Islands In The Rain
 B-4 Together We'll Find A Way

ソウルジャズ~フュージョンをやらせては当代の人気バンドだったクルセイダーズの立役者、ジョー・サンプルの訃報に接しました。

もちろん故人はモダンジャズの正当に位置するキーボード奏者であり、モード手法も駆使するアドリブプレイでストロングスタイルを好むジャズ者をも納得させるに十分な実力は、きっちりそっち方面のアルバムを吹き込んでいる事にも明らかです。

しかし、大方のファンにとってのジョー・サンプルのソロアルバムといえば、1978年に発売された本日掲載のメガヒットLP「レインボウ・シーカー / 虹の楽園」に代表される「ひとりクルセイダース」の如き、泣きメロとソウルフルなフィーリングを全面開放したものだと思います。

なにしろ全篇、日本人好みというか、とにかく琴線に触れまくりのメロディがテーマ~アドリブ、オカズやメシの分け隔てなく溢れてますからねぇ~~♪

それはA面ド頭のアルバムタイトル曲「Rainbow Seeker」からして、重いビートと予想外とも言える繊細なアレンジに彩られた刹那の曲メロが流れた瞬間にツカミはOKでしょう♪♪~♪

ジョー・サンプルのピアノの響きやアドリブフレーズの上手さに加え、サポートメンバーの演奏もアルバム全てにおいて素晴らしく、そこにはクルセイダーズの盟友たるスティックス・フーパー(ds,per)、当時のレギュラー助っ人だったバリー・ロジャース(g)、ポップス・ポップウェル(b) の他にもスペシャルなゲストとしてクレジットされたディーン・パークス(g)、レイ・パーカー(g)、バリー・フィナティー(g)、デヴィッド・T・ウォーカー(g)、ガーネット・ブラウン(tp)、アーニー・ワッツ(sax)、ウィリアム・グリーン(fl)、ロバート・ブライアント(tp)、ポーリーノ・ダ・コスタ(per) 等々の名手が手抜き無しですよ。

中でもミディアムスローな哀愁曲「In All My Wildest Dreams」で堪能出来るデヴィッド・T・ウォーカーが十八番のジェントルなプレイは、ジョー・サンプルのエレピにジャストミートの快演ですし、ホーンセクションが弾けるアップテンポの「There Are Many Stops Along The Way」でモッサリ型チョッパーを炸裂させるポップス・ポップウェルと幾分のモタモタ感が逆に心地良いスティックス・フーパーのドラミング、そしてしぶといバリー・ロジャースのギターワークは、完全にリアルタイムのクルセイダーズとして爆発的にウケましたですねぇ~~~♪

あぁ~、当時を完全体験された皆様には説明不要かと思いますが、フュージョンというジャンルがジャズ喫茶に集うようなイノセントなファンにも認知されたのは、おそらくこの「レインボウ・シーカー」があってこそかもしれません。

実際、堂々と鳴らしていた店が多かったのは偽りの無い現実でしたし、普段はジャズを聞かない、あるいはジャズを未体験だった音楽ファンをそこに惹きつけた功績(?)さえも無視出来るものではないと思います。

それは美メロが満載のセンチメンタルな「Meoldies Of Love」や調子良くて楽し過ぎる「As Long As It Lasts」、ちょっぴりオトボケな「Islands In The Rain」の親しみ易さにも顕著なんですが、その反面、ちゃ~んとジャズ本来のガチンコ魂を滲ませているのがB面初っ端の「Fly With Wings Of Love」で、実はご存じのとおり、この曲タイトルからしてマッコイ・タイナーがフュージョンに接近して放った大ヒットLP「フライ・ウィズ・ザ・ウィンド」を意識したという推察は言わずもがな、イントロのアレンジが、これまたモロパクリなんですから、これをパロディと解釈するのは易いんですが……。

ミディアムテンポでの以降の展開は全く奥深い、ジョー・サンプルならではの「ジャズの世界」で、プロ・アマを問わず、夥しい追従者や信奉者を出現させたのは、その個性ゆえの事でしょう。

ですからオーラスに置かれた「Together We'll Find A Way」でじっくりと聴かせてくれる正統派ピアノの世界も侮れません。

そりゃ~、確かにピアニストとしての評価はマチマチでしょう。

しかしメリハリの効いたアコースティックピアノでのタッチは大いに魅力ですし、エレピにおけるジェントル&メロウな世界も個人的に大好き♪♪~♪

似た様な事をやっていたボブ・ジェームスよりも、ソウル性感度の高さが実に良かったんですねぇ~~♪

ということで、この大ヒット盤で広く認知されたジョー・サンプルは同時並行してクルセイダーズの人気を支える活躍があり、その源のひとつが、このアルバムの全てを作曲した才能だったとすれば、以降に作られていく自己名義の作品が所謂「二番煎じ」という誹りも難なくクリア出来ていたわけです。

特に翌年発売された「カーメル」は正統派の続篇として、「レインボウ・シーカー」にシビレたファンならば必須アイテム♪♪~♪

告白すればサイケおやじは、むしろそれを愛聴し、収録の「A Rainy Day In Monterey」はエレピによるジョー・サンプル得意の「節」が満喫出来る大名演ですから、ぜひとも併せてお楽しみ下さいませ。

そして故人の遺徳を偲びつつ、本日は失礼させていただきます。

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ミミちゃんの海々GoGo~♪

2013-06-13 14:34:50 | Fusion

マイ・ビーチ・サンバ '78 c/w ハロー・ハロー・ハロー
                / 小林泉美&フライング・ミミ・バンド (フィリップス)

実はショポ降る小雨で蒸し暑い東京から、昨日は雪国の非常勤の仕事場にやってきたんですが、なんとっ!

死ぬほど暑い! 暑~~いですっ!?

どうやら台風の影響によるフェーン現象と思われますが、なんでもずぅ~~っと何日も雨が降っておらず、農業関係者は困惑していますし、とにかく今からこんなんじゃ~、夏本番が思いやられる!?

おまけに本日も、朝かっら熱気が抜けていない空気が充満しているですねぇ~~~。

そこで一番に掲載のシングル盤を鳴らして、涼をとるサイケおやじでありますが、皆様にもジャケ写のトロピカルな雰囲気を御裾分け♪♪~♪

いゃ~、本当に都会派ラテンフュージョンってのは、気持が良いですねぇ~~♪

演じている小林泉美は大ヒットアニメ「うる星やつら」の関連音源でお馴染みですが、基本的にはシンガーソングライターでしょうし、卓越したキーボードプレイヤーでもあり、アレンジャーとしても侮れない実力を披歴してきた事は説明不要と思います。

で、本日ご紹介のシングル盤は昭和53(1978)年に発売されたフラング・ミミ・バンド名義の1枚なんですが、A面の曲タイトルがわざわざ「'78」にしてあるのは前年に出した公式デビュー曲をリメイクしていた事に由来しているわけで、そこにはレコード会社の移籍とか、諸々の事情があったようです。

しかしここにやってくれたのは、そんなこんなを爽快にブッ飛ばす快楽の桃源郷♪♪~♪

まずはその「マイ・ビーチ・サンバ '78」からして、ニューミュージックとフュージョンをアップテンポでゴッタ煮とした、ちょいとユーミンっぽい感じが憎めない仕上がりで、ビシッとタイトなリズムとラテンビートの享楽が実にたまりませんねぇ~♪

浮ついた彼女のボーカルも良い感じ♪♪~♪

ちなみに演奏メンバーは小林・ミミ・泉美(vo,key)、土方隆行(g)、渡辺モリオ(b)、渡嘉敷祐一(ds)、清水靖晃(sax,fl) という、以降の我国音楽業界では絶対的な存在となる名手揃い!

これでヘタレをやらかすなんてこたぁ~、想像も出来ないでしょう。

そこでB面の「ハロー・ハロー・ハロー」なんですが、これが一転してソフト&メロウなシティフュージョンで、小林泉美の多重録音によるシンプルな曲メロコーラスは言わずもがな、とにかくギターもサックス&フルートも気持良さ優先主義でありながら、タイトなリズム隊も要注意♪♪~♪

正直、ちょいと大野雄二っぽいところが、逆に魅力の仕上がりかと思います。

そしてここであえて書いておきたいのが、当時既に同ジャンルでは大スタアになっていた高中正義の影響云々についてなんですが、だからと言ってフライング・ミミ・バンドが単なるコピーバンドだったはずもありません。

ご存じのとおり、小林泉美を含むグループのメンバーがチャンスを掴んだのはヤマハ主催のアマチュアコンテストであり、その時の審査員のひとりが高中正義であった事は今や歴史になっていますし、プロになってからの彼女が自らの活動と並行して、御大のバンドでも大きな役割を担っていた事を鑑みれば、それが流行最先端というものでしょう。

またフライング・ミミ・バンドがリアルタイムでマライヤとパラシュートに分裂発展していった流れも、なかなか凄いと思うばかり!?

もちろんメンバー各々がスタジオの仕事でも高い評価を得ていくのですから、そういう才人が一度に同じバンドで世に出たという現実は奇蹟かもしれません。

ということで、しかしこのシングル盤が発売された頃は、誰もそんなことまでは容易に思わなかったでしょうし、思う必要もありませんでした。

とにかく心地良い音楽に身も心も任せて安心♪♪~♪

そうした気分も昭和50年代のムードだったとすれば、今は懐かしくも幸せに思うのでした。

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335号室のカールトン氏

2012-07-26 15:45:46 | Fusion

Room 335 / Larry Carlton (Warner Bros. / ワーナーパイオニア)

今やスーパーギタリストの地位を揺るぎないものにしているラリー・カールトンを意識したのは、何時の事だったでしょう。

記憶を辿ってみると、それは多分、モダンジャズとソウルファンクの見事な折衷スタイルで人気を集めていたクルセイダーズが1974年に出したライプアルバム「スクラッチ」を聴いた頃だったと思います。

中でも特にB面に収められたキャロル・キングのカパー演奏「So Far Away」におけるバッキングと合の手フレーズの上手さ♪♪~♪ ここぞっ、で炸裂させるキメのブレイクはグッと惹きつけられる一発勝負の醍醐味に溢れていましたですねぇ~♪

そして以降、サイケおやじはラリー・カールトンという白人ギタリストを聴くためだけに、クルセイダーズのレコードに集中していた時期があり、例えば1976年に出した「南から来た十字軍 / Those Southern Knights」、その翌年のベストセラー盤「風に舞う / Free As The Wind」あたりには本当に熱中させられました。

どうやらラリー・カールトンは本来、スタジオミュージシャンが生業であり、クルセイダーズには1972年頃から臨時雇いのレギュラーメンバーという、些か不思議な位置付けで参加していた事をサイケおやじが知ったのも、実はその過程においてなんですが、確かに当時のハリウッドで作られたポップスやソウルのアルバムジャケットには、本人の名前が記載されたLPがどっさりありました。

ただし、私有盤に限って言えば、それを意識して聴き返してみても、前述したクルセイダーズでの演奏ほど際立ったプレイはありません。

ところが、ちょうどその頃、つまり1976年なんですが、あのスティーリー・ダンが発表したアルバム「幻想の摩天楼 / The Royal Scam」のA面ド頭に収められた「Kid Charlemagne」を聴いて仰天!

曲調は例によって変態メロディがシンコペストしたリズムによって演じられるという、ジャズでもロックでもソウルでもフュージョンでもない、本当にミョウチキリンな面白さが堪能出来る「如何にも」のスタイルなんですが、それを彩ってリードしている素晴らしいギターが、なんとっ! ラリー・カールトン!

あぁ、奥の深いコード選択はスティーリー・ダンの指示によるものでしょうが、伸びやかな音色と絶品の音選びは、まさにクルセイダーズでやっていた事の延長発展形に他なりません!

その快楽性、刹那のアドリブ構成は上手すぎるチョーキングやピッキングの魔術も含めて、コピーすればするほどに恐ろしくなってしまいますねぇ~♪ もちろん完コピは出来るはずもないサイケおやじではありますが、何度聴いても、歓喜感涙!?!

もちろん皆様ご存じのとおり、実はアルバムジャケットにはラリー・カールトンの名前があっても、この「Kid Charlemagne」でギターソロを弾いているとは確実に記載されているわけではありません。なにしろ他に数人のギタリストのクレジットがあるのですから。

しかし、それでもこれはラリー・カールトン!

絶対に断言させられてしまう卓越した個性があるんですよねぇ~♪

当然ながら、件のアルバム「幻想の摩天楼 / The Royal Scam」では、他の曲でもそれが存分に楽しめますから、ラリー・カールトン信者を増やすには絶好の布教盤であったと思います。

そして以降、サイケおやじを含むラリー・カールトン中毒患者が過去の名演を探索する旅に出たことは言わずもがな、そこへ良すぎるタイミングで発売されたのが通算3枚目のリーダーアルバムとして、初めて本格的に自己のスタイルを貫き通すギターを聞かせてくれた「夜の彷徨」でした。

ちなみにそれまでに出していた2枚のリーダーLP「ウイズ・ア・リトル・ヘルプ」「シンギング / プレイング」は、もちろんギターは弾いているものの、どちかと言えば歌手としてのラリー・カールトンを前面に出した感じですから、フュージョンスタアのギタープレイを目当てに聴くと失望されるでしょう。

ところが流石に1977年に出た「夜の彷徨」はボーカルを聞かせるトラックも入ってはいますが、やはりラリー・カールトンとして一番に求められている魅力が満載!

特にA面初っ端の「Room 335」は、永遠の名曲名演として人気を集め、今やラリー・カールトンの代名詞になっているほどで、同曲がわざわざ「来日記念盤」としてカットされるんですからねぇ~~♪

とにかくフワフワとした気持良さとシャープな歯切れの良さが同居する演奏全篇には、ラリー・カールトンがスタジオミュージシャンのキャリアで培ってきた様々な美味しい要素が凝縮されていて、思わずニヤリとされる皆様も大勢いらっしゃるはずです。

それは例えばイントロはスティーリー・ダンが1977年に出した傑作アルバム「」に収録の「麗しのペグ」であったり、終盤のギターソロが前述した「Kid Charlemagne」と同じ展開になっていたり、嬉しくなるほどのネタが満載ですよ♪♪~♪

こうしてラリー・カールトンは「Mr.335」と崇められる人気ギタリストになったわけですが、その「335」とは使用楽器がギブソンの「ES-335」である事は説明不要かと思います。

そして忽ちにしてそれは人気モデルとなり、現在ではラリー・カールトン・モデルさえ発売されているわけですが、それがセミアコだったというあたりに、ラリー・カールトンのジャズやブルースへのルーツが窺えるのかもしれません。

それを探っていけば、「ES-335」を使っていたのはブルースの大御所たるB.B.キング、ブルースロックのアルヴィン・リーやエルヴィン・ビショップ等々、全くその道のギタリストが多く、またラリー・カールトンのギターの師匠がジョー・パスであったという履歴も意味深でしょう。

ただし基本的にはサスティンの得られにくいセミアコのエレキで、あれほど伸びやかな音色とフレーズを聞かせてくれるラリー・カールトンのテクニックとエフェクターの選択センスは全く素晴らしいかぎりですよねぇ~♪

また微妙にブルースっぽいスケールから音を選んだアドリブを構成する場合があるのも、やはり「ES-335」への愛着ゆえの事でしょうか。

個人的には「ES-335」そのものに対する興味は無く、私物にして弾いてみたいとも思っていないのですが、ラリー・カールトンが神様に祀り上げられて以降、崇拝者はそれを使うのが決意表明みたいになって、例えば歌謡曲スタアでギター好きの野口五郎とか、ちょいと驚いた現実もありましたが、キース・リチャーズが使っているのはチャック・ベリーを敬愛するからでしょうねぇ。

閑話休題。

ということで、ラリー・カールトンが忽ち人気スタアになったのは、フュージョンというブームがあったにしろ、どんな時代もギタリストは花形であり、同時に万人が認める看板曲「Room 335」を持っていたからでしょう。

来日公演でも、それが出ないと収まらないムードが怖いほどで、例えば1978年秋に郵便貯金ホールで行われたステージは録音され、日本優先で発売されながら、その「Room 335」が入っていなかった事にファンは顰蹙!?

実はサイケおやじも件のライプには行きましたが、会場には双眼鏡を持ったギター野郎&小僧が大勢いましたですねぇ~~。そして告白すると、その時のサイケおやじも音楽を聴くというよりは、生演奏でどんなギターを弾いてくれるのか、スキルやスタイル等々に興味深々だったのが本音でした。

まあ、このあたりをスタアの宿命と言ってしまえば、それはそれで良いのかもしれませんが、やはり何はなくとも「Room 335」だぜっ!

その真実は今も昔も変わっていないと思います。

最後になりましたが、掲載した私有シングル盤は「来日記念盤」という事でゲットしたブツの1枚で、これは当時、サイケおやじが無謀にも凝っていた蒐集ジャンルのひとつであり、今となっては気の迷い……。

例によって挫折の告白ではありますが、ラリー・カールトンに関してはスタジオセッションでの名演を今でも集めていますので、例えば五輪真弓のバック等々、追々にご紹介したく思っております。

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