ZZR1400GTR's Tagebuch(日記)

主に独逸・墺太利・瑞西・南チロルの欧州事情を発信。

並走

2009-05-18 06:49:20 | ZZR1400

これはドイツの新幹線(ICE)が並走していた時に、食堂車から窓越しに相手側を撮った写真です。両新幹線共に時速250キロ前後の絶対速度で走っていたはずですが、相対的な速度では相手がゆっくり離れて行って、スローモーションシーンのようでした。撮った後で写真を検証したら、相手方も我々に気が付いてこちら側を見ていたようです。

バイクやクルマで並走すると、例えそれが至近距離での縦走でも、「どっちが速いのか」が、当事者同士では良く分かります。負けてると分かっていても、張り合う価値があれば、つまり勝つ可能性があると思えば更に張り合うでしょうし、勝っていると分かっても、負けるかもしれないと思えば気が抜けません。

まさか、新幹線の運転士同士が張り合う、なんて事はないでしょうが、「今のご時世では何でも有りかも知れない」なんて、撮りながら考えたりしました。

 


CB750Four

2009-05-18 03:43:41 | ZZR1400

今日のショートな峠行で見た CB750Four です。程度は抜群で、しかしハンドル周りに改造が施されていて、「これだとH(History)ナンバーは取れないな」と、見ていました。このバイクは季節ナンバーで、毎年4月1日~9月30日の間の公道走行許可になっています。保険や税金が安くなるからというより、「冬に塩を浴びせない」という錆対策でしょう。

この手のバイクのワンオーナーは稀です。書類の持ち主記載の欄が無くなって(ドイツのクルマやバイクの書類は全オーナーが記載されている)、2枚目の書類であることの「注釈」記載のある書類になっている事も珍しくありません。

何度オーナーが代わっても、名車と呼ばれるクルマやバイクは何度でも生き返ります。蘇生するには時間もお金もかかりますが、それを望む人が居る限り、何度でも生き返る事が出来ます。

1970年代から80年代にかけて、日本製バイクの主要輸出先はアメリカがダントツだった時代で、でもそこは大量消費の権化のような国。広大な野原のような敷地に古くなったCBやZが、何百台規模で捨てられて野ざらし状態だったと聞きます。雨がほとんど降らない場所にあったバイクの内、比較的程度の良かった数千台規模が、鉄クズ値段で欧州へ引き取られて行って、再生されたバイクの1台かも知れません。

バイクはフレームの書類とナンバーの刻印場所さえ残っていれば、他は全部後で作ったパイプ部分だろうが、社外部品で固めようが、安全上の問題が無ければ車検を通す事が可能です。大抵のバイクは100万円前後かければ、当時な程度に復活させることが出来る筈です。

人の強い執着心の背景はいろいろ、この時代のバイクを求める年代は50代前後で、その時には持っていなかった人たちが多いようです。様々な事情で持てなかったから、今なら持てるから、持ってみたい。それは、青春時代に果たせなかった自己実現の一部を後付けでするような作業です。しかし、人によっては非常に大きく重い意味を持った行為で、大抵の犠牲は払える決心が持てる神聖なものです。

バイクって、まぶくて、時にはやばくて、しかし、狂うほどに憧れて、どうしても自分の物にしなければ気が治まらない、間に何年の月日が横たわっていても、寝た子を起こされるような、そんな魔性なものなのかも...