これはあるライダーが経営する山村のホテル兼レストランの入り口脇に置いてあった人形です。私はここの経営者を知っている御仁と昼飯に寄ったのですが、一緒のライダーは二度ほどここに仲間と泊ったことがある、という緩い関係でした。せいせい食べた後で、彼とその経営者が外で立ち話をしていたのを脇で聞いていた所、以下のような内容でした。
彼: どうなの、最近乗ってるバイク?
経営者: 全然ダメになっちゃったの。1年前に大病してから力が抜けてしまったような感じで...
彼: そういえば前に来たのは3年くらい前だったね。そー、乗れなくなっちゃたのか~。
経営者: ま、生きていられるだけ幸せだと思わなくっちゃね。
彼: うん、そうだね。
この会話に、「またいつか乗れるようになるさ」 のような慰めの言葉は一切ありませんでした。それは、彼が経営者の「全然ダメに ...」 の言葉を重く受け止めているからです。ドイツでは普通です。それに、「大病って?」 のような質問も無しでした。ある種の思いやりだったと思います。
私は脇で聞いていただけで、しかしその経営者の表情に言葉に出ない 「無念」 な想いが読み取れて、「胸がキューっとした」 のでした。簡単な 「同情」 とかではない、「明日はわが身」 のようなレベルのものでした。ある程度健康な内は気に留めずにいられる事ですが、「バイクに乗る」 って結構大変な事なんだ、という事を再認識した出来事でした。
「できるだけ、長く、バイクに乗り続けたい」っていう気持ち、それを思いながら偶然にくれた一瞥がこの人形だったのですが、「バイクに乗れるっていう今、今のこの瞬間の連続が、どうか途切れませんように ...」 と祈りました。
彼: どうなの、最近乗ってるバイク?
経営者: 全然ダメになっちゃったの。1年前に大病してから力が抜けてしまったような感じで...
彼: そういえば前に来たのは3年くらい前だったね。そー、乗れなくなっちゃたのか~。
経営者: ま、生きていられるだけ幸せだと思わなくっちゃね。
彼: うん、そうだね。
この会話に、「またいつか乗れるようになるさ」 のような慰めの言葉は一切ありませんでした。それは、彼が経営者の「全然ダメに ...」 の言葉を重く受け止めているからです。ドイツでは普通です。それに、「大病って?」 のような質問も無しでした。ある種の思いやりだったと思います。
私は脇で聞いていただけで、しかしその経営者の表情に言葉に出ない 「無念」 な想いが読み取れて、「胸がキューっとした」 のでした。簡単な 「同情」 とかではない、「明日はわが身」 のようなレベルのものでした。ある程度健康な内は気に留めずにいられる事ですが、「バイクに乗る」 って結構大変な事なんだ、という事を再認識した出来事でした。
「できるだけ、長く、バイクに乗り続けたい」っていう気持ち、それを思いながら偶然にくれた一瞥がこの人形だったのですが、「バイクに乗れるっていう今、今のこの瞬間の連続が、どうか途切れませんように ...」 と祈りました。