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書評: 「三体」 “現代中国最大の衝撃作” !?  星3つ ★★★☆☆

2019-08-07 11:54:14 | 書評

書評: 「三体」 “現代中国最大の衝撃作” !?  星3つ ★★★☆☆

注意1: ネタバレ満載! 

注意2: 以下の画像には同小説の映画化作品の画像を含む

「現代SFの歴史を大きく塗り変えた一冊!」「現代中国最大の衝撃作、ついに日本上陸」 という触れ込みで、新聞でも週刊誌でも高評価の書評が次々と出ていたので読んでみた。しかし、はっきり言って、そんなに騒ぐほどの作品とは思えなかった。宣伝文句に踊らされて読んで、商業ベースそのままに皮相な絶賛をしているひとが多いのではなかろうか。

 

この作品には以下のの基本的な柱がある。

)三体問題

2)文化大革命

3)中国版 SETI(地球外知的生命体探査)

4)異星人(三体星人)による地球侵略計画

 

さて、タイトルともなっている “三体” だが、これはニュートン力学にある古典的な “三体問題” のことである。簡単に言うと、物体が1つ2つならその運動は予測できるが、3つが相互に干渉しあうと、予測がほとんど不可能になることをいう。

外宇宙のかなたにある、太陽が3つある三重星系は、進化・発展 と 混乱・滅亡 を非常に不規則かつ頻繁に繰り返す世界であるという設定である。にもかかわらず、現在の三体文明のレベルは地球人類の文明レベルをはるかに超えているという設定。

 

文化大革命の吹き荒れる頃に物理学者の父親を紅衛兵たちに無惨に殺された女子大生 葉文潔(ようぶんけつ)は、天体物理学を専攻する大学生であった。知識階級に生まれたばかりに彼女は文革後に辛酸を舐める。

 

彼女のアカデミックな素養に目を付けた中国共産党中央委員会は、文革後に始まったばかりの中国版 SETI(地球外知的生命体探査)のために彼女をリクルートする。彼女は社会から隔絶されたパラボラアンテナの林立する山奥の秘密基地から一歩も出ることなく何年も勤務することになる。

彼女は、外宇宙の未知の文明に宛てた地球からのメッセージを非常に効率のいい方法で送信する方法を発見し、秘密裏に独りで実行に移す。

彼女からのメッセージをたまたま 「三体星人」 が受信する。もともと不安定な世界に嫌気がさしていた三体星人は太陽系という安定した世界の理想的な惑星の存在を知って “渡りに舟” とばかりに返事を送信し、さっそく “地球侵略のための大艦隊” を繰り出す。

さて、地球侵略を目論む異星人の世界が “三体世界” である必然性は全くないと言える。地球と同等に安定した世界であっても、人口増大、資源枯渇、環境破壊などのために惑星移住の必要に迫られることはいくらでも起こりうるだろう。そもそも、そういった必要がまったくなくても、単に “フロンティア精神” のために “惑星移住” が起きても不思議はなかろう。その意味で、この “異星人による地球侵略” という物語において、さほど必然性があるとは思えない「三体」に不必要に多くのページを割きすぎているきらいがある。

また、この「三体世界」を舞台にしたVRゲームの描写 にも実に多くのページを割いているのだが、マンガチックで実に退屈だった。「三体世界」 が 「乱紀」 に入るときには三体星人はみな 「脱水」 してひらひらになり、乾燥倉庫に積み上げられ、灼熱の時代が過ぎて 安定した「恒紀」 が再び巡ってくると、水に浸され 「再水化」 して完全に生き返るというのだ。そんな乾燥ワカメのように “水で戻せる” 知的生命体の話に付き合うのは正直言って苦痛であった。

葉文潔は人類が三体星人の侵略によって滅ぼされることを承知の上で三体星人を “手引き” する。それは文化大革命時のトラウマのせいで、人類の未来に対する深い絶望に起因しているという設定。要するに、人類に対するリベンジに異星人を使ってやれということである。ここで「文化大革命」という歴史的背景が効いてくる。

 

文化大革命直後の中国が “地球外知的生命体探査” プロジェクトをスタートさせていたというのはちょっと現実感に乏しい印象がある。しかし、SETI自体が人類による壮大な知的プロジェクトというよりは、他国に先駆けた異星人とのファーストコンタクトによって転がり込むかもしれないケタ外れの国益という視点 からすれば、アメリカ、ソ連のように中国共産党中央委員会もそういった可能性にも予算を割いていたということはあり得ないことではないかもしれない。

 

さて、三体星人の住む三重星系は地球から 450光年の彼方 にあるという設定である。つまり、三体星人の大艦隊はすでに出発したが、地球に到着するのは450年後ということである。古典的と言うか、ご多分に漏れず、地球人に理解できる時空観念の範囲内での “スペースオペラ” なのだ。「スタートレック」 や 「スターウォーズ」 と同列の世界である。

 

三体星人には、自分たちの大艦隊が地球に到達する450年後には、地球の科学技術が今よりもはるかに進んでいて三体星人の侵略を容易に撃退できるレベルになっている心配があった。

そのために、地球人類の科学技術の進歩を妨害し、少しでも遅らせる必要があるという設定だ。その結果、世界的な科学者が次々と自殺するのだそうだ。作中、一人のナノマテリアル研究の科学者の撮る写真には突然1200時間(50日分)からのカウントダウンの残り時間が数字で写し込まれるようになる。そればかりか、実際に自分の目で見る視野にもカウントダウンの数列が映り込んできて、1秒ごとに数字がカウントダウンするのが見えるようになる、という話になってくる。

この科学者はパニックになりかけるのだが、異星人の侵略にからんだ謀略の一環らしいことに気づいて自殺せずに済む。当人はのちに知ることになるのだが、ナノマテリアルは地球の科学技術の発展において非常に重要な位置を占めるので三体星人のターゲットにされたという設定である。

しかし、異星人がどうしてわざわざ算用数字で、しかも地球時間で手の込んだカウントダウンをしてくれるのかについての納得のいく説明もない。こうやって世界的な科学者が一人一人追い詰められていくと言いたいのかもしれない。しかし、あまりにも説得力の乏しいトリックで、勘弁してほしいと思うのだが、これが延々と続くのだ。きっと、こういうディテールこそ面白いという熱心な読者もいるだろうが、わたしにはこの 「ゴーストカウントダウン」 の話は子供じみていて辟易した。

 

 

さらに奇怪なのは、異星人の地球侵略を “手引き” している葉文潔自身には同じ理系女子の血を分けた、宇宙論研究ですでに著名な娘、楊冬(ようとう)がいる。しかし、なんと彼女はつい最近自殺したばかりという設定である。そして、その遺書には 「すべての証拠が示す結論はひとつ。これまでも、これからも、物理学は存在しない。この行動が無責任なのはわかっています。でも、ほかにどうしようもなかった。」 とある。これには笑ってしまう。

宇宙に三体問題的なほとんど予測不可能な現象があるからと言って、はたして優秀な物理学者が絶望して自殺までするだろうか?第一線の物理学者たちは、予測不可能な現象があれば、むしろ却ってチャレンジ精神を鼓舞されるだろう。そして、自殺するどころか、何とか説明してやろうと、逆に闘志を燃やすだろうとわたしは思う。

母親からリケジョの血を引いたこの娘の場合は、なんと自分の母親が始めた宇宙的謀略について当の母親から何も知らされなかったために自殺したようなものだ。しかし、よりによって宇宙論研究の道に進んだ自分の娘になぜ地球の天文学の最大の秘密を打ち明けなかったのかの説明がほとんどない。真実を知ることなく自殺するにまかされた哀れな女性科学者には同じく物理学者の夫がいる。そして、作者はその夫の口を借りて、物語の序盤でほとんど “伏線むき出し” に 「想像もつかない力が科学を殺そうとしているような気がします。」 とあからさまに語らせるのである。

 

 

 

女流天文物理学者、葉文潔の影響を受けた青年マイク・エヴァンズは多国籍石油企業のCEOの遺産を相続した御曹司で、人類による環境破壊に絶望するあまり、三体星人による人類殲滅と地球征服を渇仰する。莫大な資産を投じて 「地球三体協会」 を作り、その運動のために奔走する。

「三体」という非常に高度なオンラインVRゲームを製作して公開し、それにはまったプレイヤーのうちの有望な人間に働きかけ、「地球三体協会」のメンバーを着実に増やしていく。

エイリアンによる地球侵略の “手引き” をしている組織があることに気づいた複数の先進国の諜報機関や軍部が動き出し、「地球三体協会」の活動を妨害し、三体星人による地球侵略を未然に阻止しようとする

 

 

 すでに物語の序盤でナノマテリアルの研究者を登場させているのは、終盤でナノマテリアルの糸をパナマ運河に張って「地球三体協会」の大型タンカー改造船をトランプのカードのように水平にスライスさせて破壊させるのに不可欠な出番があるからだろう。この場面の描写は、映画 「バイオハザード」 に出てくる “レーザートラップ” を思い起こさせる。

 

 

このSF小説の醍醐味は、とにかく “中国” という非西洋圏を舞台に、“文化大革命” という特殊な時代を背景にして物語を設定したところにあるだろう。そこが “手柄” と言える。これだけで、その他もろもろのディテールにおける多くの失点を補って余りあるのかもしれない。

続編も書かれ、全部で3部作になっているそうだ。

なお、「三体」 じたいはすでに中国で映画化されているそうだが、YouTube のトレイラーを見る限り、パッとしない。

https://www.youtube.com/watch?v=-Zscui21JuA

https://www.youtube.com/watch?v=5l-sg1tXycI

 

日本での映画公開はまだのようだが、この作品は中国共産党のプロパガンダに大いに利用されているはずだ。これだけのヒット作のSF小説を中国共産党がプロパガンダに利用しないわけがない。

作者の劉慈欣も、自分の小説がどう映画化されても文句は言わないはずだ。というか、言えないはずだ。そもそもこの作者は “反体制派” と見なされないように注意して執筆しているようなので、共産党当局ににらまれることはよもやないだろう。

 

 

 

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