yuuの夢物語

夢の数々をここに語り綴りたい

電話は午後にどうぞ

2011-01-30 22:16:42 | 独り言
ふるさと

電話は午後にどうぞ。

 午前中に私に電話をかけてくるのは友達にはない。友達なら私の生活を知っているから午後にかけてくるのだ。午前中は起きていないことを知っているのだ。寝ているところを起こすと機嫌が悪くぐずる幼児と同じできわめて愛想が悪い。会話が成り立たないのだ。頭が起きてなくて思考力はゼロに等しいのだ。そして、曇った日や雨の日にも決して架けてこない。三十五年ほど前にサイドに車のタックルを喰らうという交通事故で病院通いをし一応は治っていたのが数年して後遺症が出てそんな日は頭が重く何をするのも億劫なのである。そのことも友達は知っていて電話をかけては来ないのだ。自分勝手の横着者なのである。そんな私を見捨てずにつきあってくれている友達は神か仏のような心を持っていると思っている。後遺症から鬱という花が咲いたからどうしょうもない。二十年間つきあう羽目になった。別れようと何度も言ったが離れてくれなかった。悪妻のようなものだった。昼間はベッドに横になり頭を氷で冷やしていた。良くなった今でもケーキ屋が入れてくれる保冷剤をタオルの中に入れて頭に巻いて暮らしているのだ。この格好は何があろうがやめたことはない。新幹線の中でも、銀座を歩くときでも、お偉い先生方との会議でもタオルは外しをしないのだ。ターバンの様なものだ。鬱の名残のスタイルになってしまっているのだ。タオルはすり切れるので買わなくてはならない。保冷剤も劣化するので食べないケーキを買わなくてはならない、そんな生活を続けていたのだが最近保冷剤を売っている店を見つけてそこで買うことにしている。食べもしないケーキを買う必要がなくなったのだ。昔の知人からは時折電話がかかってくる。私の生活を知らない人たちなのだ。
「しっとるか、小野君が内田百ケン賞の随筆賞を取ったこと」
 午前十時頃杉原さんからかかってきた。
「知りません。そうですか、それは良かった」
「吉備の古墳のことを書いたらしい、目の付け所が違うな」
 杉原さんは昔の同人誌の仲間で「文学界」の同人誌批評の今月のベストファイブに入ったほどの書きてであったが土地が高速道路に取られ億という金が入ってから小説は書かなくなり随筆、俳句などでお茶を濁していた。そのことは風の頼りで知っていた。彼は色々のところに応募してその近況を午前中に電話を入れて報告をしてくれていた。何処どの佳作に入った、とか賞に入った随筆の本を送ったからとか親切に言ってくれるが、私の頭は起きていないのだ。
 そう言えば杉原さんと小野君のことでこのような事があった。
 就業時間の終わった五時過ぎに小野君が血相を変えて飛び込んできてこの原稿を読んでくれと言った。二十枚ほどの短編に見えた。
「杉さんがこのような作品は駄目だというのです」
「あの人は誰の作品も斜めに読むからな」
「今ここで読んで貰えませんか」
「いいよ。暇だから」
 読み終わってホーとため息が出た。
「どうでした」
「杉さん、これ読んでないよ。読めば作品の善し悪しは分かる人だから」
「無責任ですね」
「付き合いは君の方が深いでしょう」
 二人とも市役所に勤務して良く話すらしいことは知っていた。
「短編としては文句の付けようがない。良いできだ」
「あの、ほんとうに・・・」
「ああ、これなら何処の短編賞にだって応募しても受かると思うな」
「ああ、胸が苦しかったのですが、今は大きく息ができます」
「おばあさんの家の周囲に日に日に通勤の人たちの自転車が置かれていく・・・。おばあさんの心理描写が良いね。素晴らしい素材だと思うよ」
「助かりました」小野君は胸をなで下ろしていた
 小野君はその作品で中国新聞短編賞を受賞した。それを期に地方の賞をいくらか取っているはずだ。そして今回の随筆賞。
 このような電話なら午前中でもどんどんかけて欲しいと思う。
 朝の五時に眠ることにしているから夜は誰よりも強いのだ。
 夜と言えば「女流文学賞」を取った梅内女史のことを思い出す。毎日夜の十時に電話がかかってきて午前六時過ぎまで私の家の電話は話中になった。かの名女優の杉村春子さんから弟子にならないかと言われた程の美貌と美声の持主の梅内女史の声が受話器から蕩々と聞こえてくるのだ。つまり彼女は受話器にむかって原稿を読んでいるのであった。主人を寝かし付けてから電話をかけ、起きる前に切ると言う、何時寝ているのだろうかと心配をしたものだが、エネルギッシュな人との付き合いで夜に強くなったのだと思っている。
「あんたらなにしとるん。用事があってどちらに電話しても話し中やないの」
 「歴史文学賞」を取った松本幸子さんに良くからかわれたものだ。
 今は殆どがパソコンのメール、携帯は置いてるだけで持ち歩かない。電話も、
「丸々化粧品ですが・・・」「××証券ですが・・・」「お金必要だったら貸しまっせ・・・」色々の勧誘電話ばかり、午前中なら、
「いりまへん」と強く言ってガチャン。
 今までの電話はこれからどうなるのか・・・。
 遊び人の私に市の文化振興の企画委員とか国文祭の企画委員とかの要請がある度に午前中には電話をかけないで欲しいと一番に断りそれでいいのならと受けるのだ。