yuuの夢物語

夢の数々をここに語り綴りたい

待賢門院堀河・・・急

2008-12-27 17:45:59 | 創作の小部屋
サイズ変更080.jpg


        急

 崇徳の帝が法金剛院で観櫻の宴をお開きになられましたその日・・・。その日が、女院様、義清殿にとって運命を変える日になろうとは誰ぞ知る由(ゆし)もなかったことでございました。
 催しのなかに競べ馬が御座いました。馬場は大きく曲がるところがありましたが、義清殿は騎馬を巧みに操り、皆が落馬をする中を颯爽と一番乗りを致しましな。
女院様「あの武者はだれか」とお尋ねになられ私がお答えすると、「のりきよ、義清」とお手を叩いてまるで無邪気なお悦び様で御座いました。
 その見事さに女院様が褒美を取らすと仰せになられたのです。私は義清殿にその事を告げに参りました。義清殿は女院様直々の沙汰に怯(ひる)む事無く女院様の御簾(みすだれ)の前に手を着き、膝を折りかしこまりました。
 御簾の中から義清殿の姿を見られた女院様は、私の方へお顔をお向けになり頷かれたのでございます。私は御簾を揚げました。
 その瞬間・・・。
 女院様はお身体の力が抜けたように前に少し倒れかかられ、義清殿は咄嗟に両の手を差し出されて・・・。お二人はじっと見詰められておいででございました。そして、義清殿はわなわなと震えだしたのでございます。
 辺りは暗やみになりまるでお二人のお姿のみに明かりが・・・また、落雷の稲光がお二人の間に・・・。
 その時、なにかをお感じになられ・・・。
 女院様は三十九歳、義清殿は二十三歳の頃で御座いましたな。たしか・・・。

 西行殿、憶えておいででございましょう。人は忘却の川を渡るとは申せ、その淵に佇(たたず)みもどかしい日々を過ごしたことを・・・。あの時、過去も未来もなく今を生きておられましたな。否、時を、一瞬を・・・。総てを捨ててなおその出会いを・・・。
 西行殿、人として今まで感じたことのないその悦びはやがて苦しみへと・・・。愛するという地獄を・・・。あの一時のご対面が一劫(いちごう)の時に勝るとお感じになられましたことでしょう。運命の悪戯はよりお二人の心の中に、池に小石を投げ込むように、恋情が広がったのでございましょう。

 その日から女院様は頻りと義清殿のことを尋ねることが多うなったのでございます。運命をお感じになられて総てを森羅万象に託され、一度はお捨てになられた、お忘れになられた女院様のお心に愛の火が灯されたのでございます。義清殿により芽生えたのでございます。
  三条京極第(さんじょうきょうごくてい)の御所にお仕えする女房はそのお可愛らしさにほっとため息をつきました。
 都は頻りと風花が舞っておりました。うっすらと大路を白く染め土壁から枝を延ばした寒椿の花びらが時折音をたて下りました。京独特の身を刺すような寒さでは御座いましたが、女院様のお心は熱く燃えていたのでございましょう。
 そんな日々のなか、女院様のお心もお身体も北面の義清殿へ傾斜して行かれまして御座います。
 「堀河、あなたは本当に人を愛したことがありますか 」
 「多くの人を愛したように想うが、愛ではなかった」 「もっと早く、若かった頃巡り会えていたら・・・」 「苦しいのです・・・」
 「最初で最後の恋、そのように想われて・・・」
 「私の人生は総て御仏が仕組まれた・・・ご慈悲なのですね」
 几帳(きっちょう)の外に控え待つ私にそのようは弱音を洩らされまして御座います。それはまるで初めての恋をお感じになられた時のように・・・。想いの深さ重さがひしひしと伝わりましたゆえ・・・。

 西行殿、あの日、櫻の花びらが、池の水面に垂れ下る枝から零れるように・・・。

 月明かりの下、義清殿を女院様の寝所へ導き入れたのは・・・。
 「堀河、明かりはいりませぬ」
 女院様のくぐもったお声が・・・。

  更け待ちの月明かりのもと、しだれ櫻が紫に染まって・・・。

 「一生一度の恋、一夜の想い・・・。私は今日から一人ではない。義清がいつも側にいてくれる・・・。一度ゆえこのように美しくこれからの道を歩んでいくことが出来のです。終わりが始まりであるのです。もっと大きな広い確かな世界へと誘ってくれるのです」 女院様は、御簾を揚げられ庭のしだれ櫻をご覧になられながら、お言葉を落とされまして御座います。
 昨日までのことが嘘のように晴れ晴れと、何事かをふっきられたお姿でございました。

 義清殿が、突然の得度(しゅつけ)のことは・・・。
 幸福なご家庭を・・・御妻女を、お子を捨ててなお・・・。
 女院様は驚かれるお様子もなく頬を緩められておいででございました。
 ご出家なされても、西行殿はよく御所を尋ねておいでになり、闊達な兵衛や明るい中納言と歓談しておいででございました。女院様のことはお心の中ではっきりとお決めになっておられるようにお見受けいたしましたが・・・。
 女院様は兵衛や中納言が話す西行殿のことをお聞になられても、ただ、
 「そうですか」と頷いておられました。
 女院様を狂わせた忌まわしいことは総て義清殿との一夜で綺麗に洗い落とされたように、ご安堵な日々が訪れたのでございます。
 が・・・。
 母親想いの崇徳の帝が譲位され、女院様をお庇いになられるお方はいなくなりますと、女院様のお力は弱をうなるので御座いました。それに引き替え美福門院様のお力が・・・。
 そうしますと、今まで快く想っていなかった人達の嫌がらせが始まったのでございます。女院様のお命をとお住まいに火をかけることは二度御座いました。
  熊野からお帰りになられてすぐお住まいになられていた三条西殿が焼失・・・その前にも四条西洞院第(しじょうにしのとういんてい)が・・・と身にかかるご不幸は後を絶たなかったので御座いましたが・・・女院様は何も恐がることが無きように振る舞われておいででございました。・・・それから以前にお住まいになられていた三条高倉第(さんじょうたかくらてい)へ・・・。
 女院様のご心中はいかばかりかと気を揉みましたが、それをお忘れになるように・・・。
 女院様が三十一歳のお年から三十八歳の間に四度の熊野詣でをなさいまして、白河法皇のご供養と、鳥羽院、崇徳新院のご無事を御記念申し上げ、お子さまのご健康を、また御自身の平安無事を願われたのでございます。御仏におすがりになられ、また、遠い道程を お通いになられてなを、神のお加護をお求めになられたのでございます。
 女院様にはそれからも様々な忌(い)まわしい、お心を煩わせる波が押し寄せるのでございます。関白忠通殿と美福門院様の暗い策略(はかりごと)で御座いました。それにじっと耐え時を待つように西行殿と同じ道をたどるのでございます。

 花の命が繰り返され、女院様は四十二歳の折り御落飾を致すのでございます。
 「これで女子でなくなる。どれほどの安堵(あんど)であろうか」
 中納言と堀河が御供を致して髪を下ろしました。
 
 綺麗な歌は読み人がそのように生きているから生まれるもの。そのように生きてこそ、歌に心が入ったと言える。歌は人の心を、現実を変えるもの・・・。歌で人を救う・・・。つまり、御仏の広い慈悲のようなもの・・・。それ故に御仏をこの世に生み出すとの・・・。

 西行殿はその後、仏道の修行をするでなく・・・。何をお考えなのか、京を離れる事も無く留まられて・・・。洛北(きょうのきた)に住まわれ・・・。何をなさされておいでだったのでございます。深いお考えの中でなにかを見詰められる眼は・・・。おやせになられ・・・。ご自分を責めに責められて・・・。ただ、夢中で御仏の、歌の世界を・・・歩まれておられたのですね。西行殿、物事をその行為を総て背負われて・・・。それは、おとこの財(たから)・・・。生き歩む目的として・・・。その事で仏の修行にも、歌の道にも・・・。
 女院様は真如法尼(しんにょほうに)とおなりになられ、御仏のお使いとして生きられる日々が平安のうちに続いておられたのでございます。
 「何があろうと私は一人ではない。義清がついていてくれる、それも御仏のご慈悲なのですね」
  女院様の本当のお心はどうであられたのか、推し量ることさえ出来ませなんだ。
 法金剛院の庭には藤棚から花が垂れ下り美しい簾(すだれ)のようでございました。
 その一年後、はやりの病疱瘡(ほうそう)におかかりになられ、当代一お美しいといわれたお顔は・・・。それから、寝込む日が多なったのでございます。
 女院様は法金剛院から御病気快癒のために三条高倉第へお移りになられましてございます。女院様が三条高倉第を懐かしんだゆえでございました。
 「運命に沿って生きた、その報いが・・・」とお笑いになられて・・・。苛酷な運命に対してもそれが我が身の運命と従順にお受け取られておいでのようでございました。

 西行殿は三条高倉第の外で・・・。じっとしておられずにお気をもまれた事でございましょう。中納言がそのことを女院様へ・・・。
 「西行に心配はいりません。今の私は何も恐いものがありません。私には御仏と西行がついていてくれますから、と伝えて下さい」
 なんと言う穏やかな表情をされておられたか・・・。
 西行殿はその伝事(ことづて)をお聞きになり、涙を流されたとか・・・。

 病臥(やまいにふし)なさいましてふた年が巡り・・ ・。
 女院様は、起き上がられることもなくなり、長い夏の陽が西山に沈もうとしていた頃みまかられたのでございます。
 名残を惜しむかのように、蜩(ひぐらし)が一斉に啼きはじめまして御座います。
 お手の中から数弁(すうへん)のあの櫻の花びらが・・・。

 女院様こと待賢門院璋子様が・・・四十五歳のご生涯を終えられたのでございます。

    君こふる なげきのしげき 山里は
          ただ蜩ぞ ともに鳴きける

 女院様のお旅立ちに堀河はこのように歌いました。

 西行殿、なぜこのように女院様のことを語ったか・・・。
 この堀河が女院様の歩まれる路(みち)をかえたのか・・・と・・・。
 この世のことは総て転寝(うたたね)のまぼろしのような・・・。

 その幻は御仏のご慈悲であったのでございましょうか・・・。
 西行殿、教えて下されませ。
 なに、これは・・・。そのお答えの歌なのですか・・・。

    願わくは 花のしたにて 春死なん
            その如月の 望月の頃

 なんと・・・。黙ってお立ちになられて・・・。何処(いずこ)へ・・・。
 西行殿・・・。西行様!

                  絞り込まれた明かりが一人堀河