夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「きれぎれの記憶から」

2024-04-03 08:57:03 | 自作の小説

ーその死ー

一度は起き上がることもできるほどになっていたのに ついに寝たきりになってしまった

娘は変わらず入院している個室へ来て あれやこれやと世話をしてくれているようだ

「また元気になって みんなで旅行に行くのでしょ」

動けるようになったら 今度は車椅子でもいいから旅行に行きたいーなんて言ってしまったのを覚えているようで

家にいる家族の世話をしに幾度か家へ戻っては 病室に来てくれる

娘の声は心地よい

娘の言葉に誘われるように これまでのことが浮かぶ

 

たとえば まだ生まれてもいない私の子供へ期待するように向けられた言葉

「もしも いつかー」

 

私と夫は10歳ほど年が離れている

夫は8人兄弟の末っ子

私は8人兄弟の長女

夫と私は職場結婚だった

夫はすぐ上の姉からとも6歳ほど年が離れており 一番上の姉からとでは親子ほども年が離れているのだった

とにかく好きだから結婚してくれ

強引だった夫

私の両親が反対すると 一緒になるために逃げようーなどとも言いだした

10歳も年上なのに 何処かやんちゃな子供のような

夫のすぐうえの姉の夫 Nさんが間に入ってくれて どうにか所帯を持つことができた

N義兄さんは 何故か夫を可愛がってくれていたのだ

N義兄さんは陸軍からの退役軍人

夫は海軍

それでも戦場を経験したものとして 通じるものがあったのだろうか

終戦時 子供だった私には 戦争は食べるものがない

終戦後もしばらくは食べるものなく闇市などの時代

弟妹たちを食べさせるための食べ物確保がなかなかに大変だった

 

このN義兄さん夫婦のところに やはり夫の姉のひとりであるMの二番目の息子Tが居候しており 東大を目指して勉強中だった

Tの兄がSだった

Sを夫は随分可愛がっていて

夫は実の姉ながら Mのことは嫌っていたのだ

「えげつない」と夫はMとその夫のAのことを怒る

夫と私が所帯を持つと Sは毎晩のように いやほぼ毎日 やって来た

N義兄さんもその妻も人が良いから Mに利用されているのだと 夫は言う

Sは素直で真面目な青年だった

いいコだったと思う

そう私と年は違わないのだが

最初は私に対してもとても恥ずかしそうにしていた

 

やがてなれてくると ひとなつっこいコなのだとわかる

家ではいつも笑っていた

楽しそうにしていた

 

ただ親たちのいる家に帰る時にとても暗い顔になる

いったい・・・・何故なのか 暫く私にはわからなかった

事情がわかってみれば これはとてもひどい話なのだった

Sは長男になる

MとAの言い分は 長男だから働いた給料は全部家に入れて当たり前

自分の小遣いなんてとんでもない

東大を目指す弟にも これから嫁入りする妹にも金がかかるというのに何を考えているのか

 

給料日 Sの給料をMとAが受け取りにいくのだ

夫はそんな家にSが帰る必要はない そう怒っていた

Sの弁当すら作らないM

「大人なんだから自分が食べるものくらいどうにかするのが 男の甲斐性」

AはAで

「ろくな仕事に就けないバカで役立たずなんだから 金くらい稼いでこい」

で弟妹たちはと言えば

弟のTは「勉強もできないアホな兄」

妹のE子は「こんな兄さんは恥ずかしい」

と両親の真似をするようにSをバカにしきっている

そのSの稼いだ金で暮らしているのに

 

自分が働いた金が自分の自由にできない どれほど悔しいだろう

情けないだろう

私も弟妹たちにと自分の給料から実家に入れていたから よくわかる

まだ子供ができない私は働いていた

夫も働いているから少しは余裕がある

職場でも気の弱いSのことを夫は庇っていた

Sの弁当も作るようになり 夕飯は勿論一緒

それがSがとても嬉しそうだった

小遣いのないSの為に夫は「煙草銭」などと言って小銭を与えていた

ーと言いつつ 煙草や時に着る服 下着なども一緒に店に行って買っていた

そう年は変わらないが Sにとって一応 夫は叔父になるのだ

末っ子である夫にとって Sは甥というより弟のような存在だったのかもしれない

ー身内にみっともない格好させてられるかー

夫は ええかっこしいでもあったのだ

 

気が短くて喧嘩っぱやく なまじっか腕が立つものだから 他人からも頼られたり厄介ごとを引き受けたりーなどと 苦労をかけられることも多い夫でもあったけれど

 

夫の横ではいつもにこにこと笑顔だったS

珍しく酔った時に 好きなコがいる・・・なんて話したことがあった

年が変わらないからかSは 私のことを義姉さんと呼んでいたのだが

ー眼が二重でね ぱっちりして大きくて ちょっと義姉さんに似てるんだ

笑うとえくぼができるんだよ

 

だけどダメなんだ 一緒になるには金がいる

俺はさ 給料全部 家にいれないといけないから

俺は とことんダメな野郎なんだよー

 

「そんなことはないわ そんなことはないわよ」

 

ーねえ義姉さん 俺さ こんな夢を見るんだ

義姉さんはきっと女の子を産むよ

おやっさん〈Sは夫のことを いつからか「おやっさん」と呼んでいた〉も義姉さんも綺麗な顔してるから

だから産まれてくるコもとっても美人さんになるよ

俺 うんとこさ 義姉さんの産むコを可愛がるから そしたら そのコたちは

俺のこと 好きになってくれるかな

男のコでも女のコでも 俺のこと「バカな役立たず」なんて嫌いにならないかなー

 

そうして ぽつんと言ったのだ

「家族に 血の繋がった家族に 冷たくされるのは つらいよ かなしいよ さびしいよ」

 

だけど すぐに笑顔になって

ーおやっさんも義姉さんも 俺 好きだよ 大好きだよ

いつもいつも ありがとねー

 

これが最期の言葉になるなんて 誰が思うだろう

 

実家の父が病気になり看病で暫く戻っていた

ある夜 夫が真っ青な顔で実家を訪ねてきて

そして言ったのだ

Sが線路で汽車に轢かれて・・・亡くなったと

遺書は無かった

 

事故だったのか 自殺なのか

わからない わからないけれど

 

それから数年 私はやっとひとりめの子を産んだ

女の子だった

 

死ぬ前のSの言葉が予言のようにも思える

いつか私が女のコをうんだなら

うんとかわいがるってSは言ったではないか

 

夫にもーおやっさんがいつか独立したら 一緒に働かせてくれる

俺 うんと働くよ それこそ命がけでさ

おやっさんにも義姉さんにも恩返しをするんだー

 

そう言っていたのに

 

何処も悪いとこなんてなかったS

違う両親 家族のもとに生まれていたなら

Sは幸福な人生を送っていたのだろうに

 

後年 思い返しては よく夫とSのことを話した

あれは自殺やったんやろなーというのが 夫の出した結論

この先の人生に希望が持てなかったのだろうと

 

ずうっと病院に詰めてくれている娘

もしもSが死なずにいたら どんなにか娘を可愛がってくれたのだろうか

 

夜 線路の上を歩くSの姿が目に浮かぶ

どれだけ寂しかっただろう 苦しい思いをしていたのか

それでも そんな死に方をさせたくはなかった

夫も私も

生き続けて 家庭を持ち そう自分の家族をもたせてあげたかった

 

もっと どうにかしてあげられなかったのか

生き続けていると後悔することのほうが多い

 

 

 

コメント欄は閉じております

ごめんなさい

 

 

 

 

 



最新の画像もっと見る