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日々、暮らしの中で考える。・・・・・・木もちeー暮らし

普通の暮らしの中で気がついたこと、考えたこと。またこのような生活の視点を通し、仕事で出合った方々のお話を綴っています。

帰省客のみやげ物?~瓶のゴミの日にデザインのお勉強~

2012年05月10日 11時51分54秒 | 暮らし


今日は、ゴールデンウィーク明けの「瓶のゴミの日」のお話です。



以前、瓶の日にたくさんの一升瓶を持っていったら
「お宅はずいぶん飲むのね~」と横目で話しかけられました
我家は主人が酒豪のせいか?お客様も飲まれる方が多いような気がします



この日は何故か?とてもお洒落な瓶が多かった。
多分、帰省客のもってきた瓶だと思います。
瓶についているラベルもあまり見かけないものばかり!
思わず、見とれてしまいました





・・・・せっかく先日、整理整頓したのに、またガラクタを拾ってしまいました。
そのガラクタは、上の写真の青い瓶です!
マットな質感がとても美しい。
向日葵を活けたらきれいだろな~と思います。
先日、向日葵の種を植えたばかりなので、とりあえずススキを挿しました。
ススキの立ち姿っもなかなかです。




4月から、小川耕太郎∞百合子社の会報紙”山SUN通信”の製作に入ったせいか?
cafeに入っても、歯医者の待合室でも
気になるレイアウトや構図をみかけると
携帯で写真を撮って、手が空いたときに携帯写真をみて、なんとなくデザイン勉強をしています。
とにかく限られた時間で製作するので、私のデザイン学はこんな感じです。
若い人が聞いたらがっくりするだろうな。
さすがにゴミ捨て場までは携帯は持っていませんでした




さぁ、8月の初旬までには原稿を仕上げるぞ

続:三重県良いとこ巡り~同級生のお宅で茶摘体験~

2012年05月09日 05時01分05秒 | 暮らし

▲ゴールデンウィーク最終日。
 娘は同級生のお宅で茶摘体験をさせて頂きました。
(勝手ながら私は、家で衣替えをしていました
 ここのお宅は映画にでてくるような、お宅です。

▲茶釜。この家では超贅沢に「うばめがしの薪」で茶を煎ります。

 
 まだ、田舎暮らしに憧れていた頃、時々犬をつれてこのお宅の近辺にある山が好きで愛犬をつれてよく散歩に来ていました。
 散歩の度に通りかかる、このお宅。
 「一体どんな人が住んでいるのだろう?・・・・」
 とずっと憧れていました。
 まさか娘の同級生のお宅だったとは!あまりにもの偶然にビックリです。
 仲の良いご夫婦で、どこかほこっりさせてくれるご家族です。




この地域では、各家庭に茶木を植えており
ゴールデンウィークに茶摘をします。
実は、我家もとてつもなく大きな茶畑があるのですが、
駄目嫁の私は手入れをせず、放置しております
結婚した当初は憧れの田舎暮らしの代表のひとつが「茶摘」でした。

・・・・・

当初は生活も大変な時期だったのですが
「野菜もお茶まで自分でつくれる!なんだ全然お金もいらないな~」
なんてお気楽なことを考えていました。
しかし、半自給自足で生活するおばちゃん達を観察すると
朝~晩まで働きづめで、とにかくカラダが動く動く。
とても私が真似できることではありません


元々生活のために始めた半自給自足でしたが
仕事も忙しくなり、とても両立は無理!と判断し
それを口実に今では、茶摘の風景を楽しむ人になってします


先日、宮川のキャンプ場へ行く途中に、自家用の田植えをしていた方を拝見し
憧れよりも「ご苦労様です」と心の中で思っている自分に気がつきました。
今はお金をだせば何でも買えますが、
食べ物は、こうやって手間暇かけて、育てて、私達の口にへ入るのです。
ほんの少しの時期でしたが、結婚し、半自給自足の生活を体験でき、本当に良かったと思います。
何でもそうだと思いますが、田舎暮らしの憧れと現実は全く違いましたが
一度でも、半自給生活をすると、色々な意味で価値感が変わってくると思います。
出来れば、道楽ではなく生活として半自給生活を体験すると
ある意味世の中が観えてきて、かなり奥が深いかと思います。




今回は、娘がお友達の家で、茶摘を体験し
新茶を頂きました。
はじめての茶摘がよほど楽しかったのか
お風呂でもずっと鼻歌を歌っていました。
自家製ならではのこの香り!
自家製のお茶で育った主人は、大喜び
感謝感謝。




久々のお茶の香りを堪能し、どこか茶摘が懐かしくなり
「来年こそ!家事を貯めずに、まずは娘の同級生宅へ私も茶摘に参加するぞ
と思いなおしました。
そして、小川家の茶畑の方角へ手を合わせ
「手入れをせずごめんなさい。不精者の私をお許し下さい。」
と結婚して16年目にして、少しは心の余裕ができたのか?
ようやく茶畑に詫びる気持ちが芽生えました。



ちなみに娘の同級生へいくまでの道はこんな感じです。

▲この野原をわたり、トンネルに入ります。
 
▲トンネルを抜けると竹やぶが見えます。まるでかぐや姫のような景色!





熊野エコツーリズムでも茶摘体験があります。
是非!三重の暮らしを体験しにいらしてください。




「勉強が楽しい」~漢字の成り立ちに興味をもつ~

2012年04月25日 05時15分08秒 | 暮らし

20日前は入学式。桜は満開でした。


桜は若葉色に変わりました。



尾鷲市賀田の町を歩くと、ミカンの花やビシャコの花の香りがします。
初夏のはじまりです。
娘が小学校に入学しました。
姑さんの力を借りて、なんとか仕事をしていますが
保育園と違い、仕事のリズムがつかむまではちょっと大変です。





はじめて勉強をする娘にとっては
ひらがなを書くことすら楽しいようで
知りたい漢字がでてくると漢和辞典で調べています。

 
下村式の漢字字典は、一般の漢和辞典とルールが違います。
慣れるまでは、辞書をひくのすら大変でしたが・・・・・
漢字の成り立ちなどを基に漢字の説明をしているの辞書なので
大人でも「へぇー」と漢字に興味が沸きます。
子ども向けに歌って覚える漢字(絵描き歌ならず絵描き漢字)も載っています。
「勉強する」「知らないことを知る」って純粋に面白いんだろうな~と思います。
私もその面白さに相乗りして、純粋に「知る」ことを楽しんでいます


日本には漢文字学者白川静氏という偉大な学者さんがいらっしゃったので
小さい頃から漢字の成り立ちを知って覚えると、改めて日本の精神性も理解できるかな~
けして難しいことではなく、漢字は絵から進化した文字なので
そんなことも覚えると楽しいかな~と思い、祖母からこの辞書をプレゼントしてもらいました。



ちょっと一般の辞書ルールを変えるだけで、「漢字」の見え方が変わり、面白い!
でもこの漢字辞典が完成するまで、企画、レイアウト編集、すごーく苦労しただろうな~
営業マンは更に大変だったろうな~と余計なことを想像してしまいました。


純粋に日本語を楽しめれば嬉しいです。


ガラクタ

2012年04月17日 21時34分45秒 | 暮らし
とりわけて雑貨が収集が趣味!というわけでもないですが

昔からバザーとかガラクタ市が好きでした。

三重県尾鷲市でチェックしていたバザーが

九鬼町のひまわり幼稚園のバザーでした。

昔話ですが、九鬼町は漁業が盛んでブリ御殿を建てているお宅が多く

街並みもどこか趣があります。

そのせいか?幼稚園のバザーも掘り出し物が多いような気がします。


▲こんなようなアジア風網皿やカゴを10個近く買いました。確かひとつ50円~200円くらいだったと思います。





▲上のお皿にドライフラワーを活けるとこんな感じになります。
 出窓に飾っている鉄瓶は、ひまわり幼稚園のバザーでおまけにもらいました。
 


ひまわり幼稚園は、3月で閉園になりましたが
トトロの世界のような素敵な幼稚園でした。





▲むくげの花を挿している花瓶は、山口に住む祖母が拾ってきたものをもらいました。
 この花瓶もガラクタ収集の中のお気に入りのひとつです。



素朴で使い込まれた道具のようなガラクタをみると、愛着を感じます。



過疎化地域の医療についてレポート

2012年02月22日 22時30分52秒 | 暮らし
今日は三重大の看護科の学生さんが20分ほど訪問に来てくれました。

過疎化の町に住む子育て世代を訪問し

過疎化の街の子育てと医療」についてお話を聞きレポートを書いているそうです。

小児科や産婦人科の問題からはじまり

この町で子育てしやすいこと、大変なことなど

取材しレポートをまとめていく課題だそうです。


▲学生さんです。中央にいる女性が3人の子育てをしながら大学生をしている助産師の卵Hさんです。




丁度、私が出産したときは、尾鷲病院の産婦人科が無くなった時期だったので

片道2時間~3時間かけ松坂の産婦人科に通院しており

通院するたびに気分が悪くなったのを覚えています。

運転していると足がむくみ

異常にだるくなり・・・・途中、温泉へいき足湯をしてから帰っていました。

確か妊娠初期頃に1ヶ月半くらい入院しました。

急に出血がでてきて、尾鷲は大雨。

「通行止めになったらどうしよう」と不安になっていたところ

現在助産師の卵のHさんに連絡をとると、適切なアドバイスをくれ

そのまま入院できような準備をして松坂の病院へいきました。Hさんに言われたとおり

医師に事情を話し、松坂の病院へすぐに入院できました。

だからHさんには本当に感謝しています。







退院後は、体調は良かったのですが

通院するたびに余計疲れるので、

途中から定期健診を受けなかくなりました。

病院から電話がかかり

「次回は必ず来てください。」といわれたほどです。

私的には病院へいくより、少しでも家で寝たかったのが本音です。

正直いって、妊婦で働くことが、こんなに大変だとは思ってもいませんでした。

妊娠6ヶ月から今度は貧血になり、

処方の薬があわず「薬が合わないなら週2回注射を打ちに来てくれ」といわれ

「そんなの絶対無理!」と叫びたくなるような気持ちでした。

結局、妊娠8ヶ月で千葉の実家へ里帰りをして出産しました。

実家からは病院はすぐだったので、

いつも父が産婦人科病院まで車でいってくれたので

本当にありがたく思いました。




千葉にある東邦医大付属病院は、

産婦人科と小児科はとても力をいれており

助産師さんだけでも10人近くおり、

いつも医師の診察と助産師さんの診察が別々にあります。

高齢出産の私にとっては、助産師さんの助言はとても力強いものでした。

不思議と気持ちが前向きになりました。

あれだけ苦痛だった診察が楽しくなり

助産師さんとの話が出来るのと出来ないとでは

気持ちが大きく変わりましたのを覚えています。








今でも当時を思い出すと、とても切羽詰った気持ちになります。

尾鷲に産婦人科の医師が来てくれた時には

心の底から嬉しかったです。






正直言って、教育や医療などを考えると

過疎化の町の未来は悲観的になってしまうこともあります。

でもHさんをはじめ、日々大変な勉強と実習をされている学生さんをみていると

なんだか悲観的になっている方が

可笑しい感じです。

今日は学生さんにお会いできとても勇気づけられました。

遠いところ本当にありがとうございました。