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旅と宝塚と写真好きジジ

現在、過去、未来の旅日記、花や風景写真、宝塚、相撲、ポケモン、ハリポタゲーム等について投稿しています。

明石市立天文科学館へ行ってきました。

2018-03-17 11:53:28 | 国内旅行+日帰り

子午線の街明石市にある明石市立天文科学館と言うよりプラネタリュームと言った方が判りやすいかも。前から一度と思いつつ昨日天気が悪い中産れて初めて行って来ました。16F建ての威容を誇る塔屋の13-14Fは展望室でまずそこへ。ココからは明石海峡と明石の街並みや明石海峡大橋の絶景がパノラマ状に一望できます。これだけでも見る値打ちがありますが…チョット天気が悪くて今一。

3F、4Fには「時」に関する展示が充実しており見飽きません。更にメインのプラネタリュームに関した資料に星座や十二支に関する資料も豊富で予め見て置くと星座を見る時のタメになりますよ。さてチョットユメユメしいエントランスを潜って半円状のドーム室(観覧室)に入場。思ったより広くて立派。中央には稼働期間日本一で現役最古のプラネタリュームが鎮座。風格があり何だかいいことありそう。

投影が始める前に優しい美声のお嬢さんのアナウンスで概略説明があり、やがて照明が少しずつ落とされると太陽が軌跡を描いて西の空に沈み徐々に全天に星座が写しだされます。座席はリクライニングでほぼ平面にまで倒れるのでまるで夜空が覆いかぶさって来るような錯覚を感じつつ緩やかに夜空が回転する様を鑑賞できます。

静かなBGMがながれ、解説員さんが主な星や星座をポイントアウトして説明されるのできちんと聞いておれば大分賢くなれます。ただジジは最近聴力が落ちているのでもう少し大きな声だと賢くなれたのですが、でも声が大き過ぎると雰囲気を壊すので仕方がない。時々聞き逃しがあったのが残念。聞きなれた星の名や位置、星座をめぐるお話など記憶を整理できるのも楽しくタメになります。

特に北極星の位置関係と1万5千年後や2万6千年後の星座の位置が今と全く変わるなんて気の遠くなるような変遷が一瞬の内に見られるマジックの様な場面もあり必見。居眠りが出ない丁度いい頃合いの50分が経過して東の空に太陽が再び登る所で終わります(拍手 少ないけど)。全国にどれ位あるのか知りませんがまだ見た事のない方是非一生に一度以上はご覧になっても損はないですよ。

近くに人丸神社や明石公園がある、明石市立天文科学館です。

14Fの展望室から見る明石海峡大橋

4F 日時計広場

3F 時計展示室

チョットユメユメしいエントランスです

日本で現役最古のプラネタリューム投影機です

半円状のドームに投影されます リクライニングシートでどうかごゆっくりと

観終わって外に出るとお隣に梅が満開でした。

 

 

 

 

 

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ABC昼帯ドラで「越路吹雪物語」第9週。

2018-03-14 14:11:36 | 宝塚・その他の劇場観劇記 & TV

最初にお詫び。第8週で「コーちゃん老けたな?」と書いたが、あれは瀧本さんからバトンを受けた直後の大地さんを見て正直そう思ったのです。だってあの頃コーちゃんはまだ35才ですよ。でも第9週の大地さん、段々可愛くて大スターのオーラも表現できているのは流石です。歌も「故郷やスミレの花咲く頃」を歌うと流石元宝塚と思うが、コーちゃんの持ち歌はまだ迷いがあって歌っている感じを受けます。

さてちょっとした言葉の受け取り方の違いがきっかけで隙間風が吹いたようなコーちゃんと内藤さん。お互い多忙な中でコーちゃんは兎に角コンサートの立ち上げに、内藤さんは地方公演で大阪へとすれ違いがさらに増幅されます。おまけに次回のコンサートの編曲を断って来たのでコーちゃんは錯乱状態に。岩谷時子に慰め励まされるパターンで癒されたかに見えたが心の傷は大きくそれでも「私には歌がある」と前向きに進もうとするコーちゃん。

越路吹雪コンサートも無事打ち上げに至った日、記者たちの心無い噂で内藤さんがアメリカへ公演で行きそのまま留学すると言う話を耳にする。そんな時一枚のハンカチを携えた男性がやって来ました。この方、新潟で無二の親友となった八重子さんが借金のカタに嫁いだ満州の夫だった。最後までコーちゃんの事が忘れられなかった八重子の微笑んだ写真を胸に漸く観劇できたと告げる。

単なる犠牲結婚だと思っていたコーチャンんも真摯なこの夫の話に心が動かされて、二人が深い愛で夫婦の絆を持っていたことを知り一層内藤さんへの思いを募らせるのだった。そんなある日、深夜帰宅したコーちゃんと岩谷さんの所に藤本プロの社長から「内藤さんがアメリカの田舎で交通事故に遭ったらしいが詳細は不明」と告げられ錯乱状態になるコーちゃん。

更に内藤さんが突然帰国してコーちゃん宅へ。二人は涙と共に抱き合い、コーちゃんの方から「結婚して一生共に暮らしたい」と告白。内藤さんもアメリカの田舎で買ったと言う婚約指輪を差し出し二人は結婚への道を突き進む。ココでキスするのかと思ったらやはり「スミレコードのせい?」シマセンデシタ。マスコミは大騒ぎ、それでも内輪の結婚式では流石大地真央!35才の花嫁になり切っていました。

一方岩谷時子さんは作詞家として徐々に認められ次々とヒット作を飛ばし作詞家先生の一人となった。しかしあくまで「私の本業は終生コーちゃんのマネージャー」と言う姿勢を崩さなかった。コーちゃんと内藤さんの新婚生活は順風満帆に見え、内藤さんも楽団を辞めてコーちゃん一筋になる。そんな時子と内藤さんの間に微妙な隙間がある事を感じたコーちゃんは時子に「内藤さんを好きになって欲しいと」告げる。

そんな微妙な3人、一方コーちゃんは時子さんが自分のマネージャーとして尽し過ぎて、作詞家としての時間が取れないだろうと心配し付き人を紹介する。時子さんはそれは内藤さんがそう言ったのではないかと感じそう告げる。何だかモヤモヤとした人間関係。どちらもコーちゃん一筋の内藤さんと、時子さん。コーちゃんもその辺を微妙に感じておりさてどうなるかと言う所で第10週に。ジジもココでやっと追いついてホッ…

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ABC昼帯ドラで「越路吹雪物語」第8週。

2018-03-12 16:29:04 | 宝塚・その他の劇場観劇記 & TV

真木小太郎さんとの恋が終わりを告げ傷心のコーちゃんはスペインへ。歌に関してはこれと言う収穫も無いまま、替りにどっさりと買い物をしてきて帰国。それまでの歌い方に何だか欠けているものがある事に気づく。そんなある日ふと聞こえたピアノの音に惹かれて出会ったのがのちの夫「内藤法美」さんだった。

これだっと思ったコーちゃんは半ば強引に、東京キューバンボーイズの一員のピアニストに過ぎなかった内藤さんに急接近。遂にシャンソンに興味なしと言う内藤さんにコンサートの編曲を依頼する。例によって「恋」に落ち岩谷時子さんに又「恋飛脚」を依頼。内藤さんから「付き合いたい」と言われて天にも昇る気持ちに。

一見順風満帆に見えているコーちゃんはこの頃からコンサートの開演前舞台袖で言い様のない不安感に襲われるようになる。岩谷さんの発案で背中に「虎」と言う字を書いて「お客さんは猫」と囁いて貰いヤット舞台に。それでも舞台は大成功、大盛況でそれ以外の分野ででも大活躍。黄金時代を迎えていた。私生活でも念願の自宅を購入し私生活も安定したかに見えた。

と書いたもののジジはその頃は仕事が多忙で殆ど上京も出来ず、実際にコーちゃんを見たのはたまの大阪公演や数少ないTV出演位で内藤さんとの出会いでどう変わったのかよく判っていません。ただ宝塚退団後は映画、舞台、TV,コンサートと超多忙なため、色んなジャンルの歌い方で自分本来の歌い方を見失って不安を感じていたのではないかと推測しています。

ジジ思うにコーちゃんは例え本人が無自覚でも永年宝塚で培った芝居心の入ったドラマ性の強い歌い方をもっとしたいと言う思いがいつも心の底にあったのではないかと思う。内藤さんとの出会いで、十分に稽古が出来、十分自分の歌いたいように編曲して貰え、やがて自分の道を再度見つける事が出来るようになったのではないかと推測しています。さて多忙な二人の間に隙間風が何故か吹き始めた。

第39話で瀧本(熱演)、木南(好演)、長谷川さんが画面からフエードアアウト。再度フエードインして大本命の大地真央(越路)、市毛良枝(岩谷)、吉田栄作(内藤)さんにバトンタッチ。

ジジの正直な感想、「コーちゃんチョイ老けたな」。市毛さん体型が原日出子さんみたい。フアンの皆さんゴメン。実際この頃のコーちゃんはもう少し若めだったと思うジジでした。でも歌唱に関しては安心して見られるのではと推定。

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ABC昼帯ドラで「越路吹雪物語」第7週。

2018-03-09 13:39:21 | 宝塚・その他の劇場観劇記 & TV

コーちゃんこと越路吹雪に大きな転機が訪れようとしていた。前回東宝演劇部へ移籍と書きましたが、第7週を見て間違いに気づきました。ドラマによると映画プロデューサーである藤本真澄プロダクションに入ったという事です。

その前にコーちゃんの意を受けて岩谷時子さんも、退団の決意が固い事を理事長に告げ、コーちゃんも退団届を持参。ついに理事長から折衷案で、歌劇団に在籍しながら映画出演との申し出を引き出した。そしてマネージャー兼お目付けで岩谷さんも上京。映画は「東京の門」と言う歌も踊りも無い、普通の恋愛映画でした。

ジジも見ましたが、カラーでなく黒白映画で画面が何となく陰気臭くストーリーもとてもコーちゃん向きではなかった。おまけにドラマでも出て来るがまだ男役の癖が抜けきらず、体つきが何となくコツコツと骨ばって見えるし、動きがキッと振り返る時などまるで舞台の男役みたい。

おまけにラブシーンがあり下手で思わず笑いました。当時大スターだった春日野八千代さんもほぼ同時期に映画に出られましたが、見た目は兎も角、立ち居振る舞いが何となく男っぽく、声がオッサンみたいで、淡島千景や乙羽信子さんがすんなり映画の世界に溶け込めて成功したのとは違い明らかに向いていないと思いました。コーちゃんはその後コメディ風な映画にも出てそれは人柄にあっていて良かったと思いました。

その前に幼馴染の大介が訪れ、コーちゃんの心の友これも幼馴染で満州に嫁いだ八重子が引き揚げ途中で亡くなったとの訃報を受け大きなショックを受ける。しかしそれがきっかけで「自分らしく自分の生きたいように」八重子の分まで生きる決心を固め前記の退団届を出す場に至りました。

最初の映画出演は失敗したが、帝劇の「モルガンお雪」がヒットし、舞台にラジオにと活躍が始まる。そんな時日劇でシャンソン祭があり代役で出演して歌ったのが将来の持ち歌でヒットした「愛の賛歌」。この訳詞を岩谷時子さんが一晩で完成し彼女が単なるコーちゃんのマネージャーに終わらず独り立ちできる作詞家の萌芽となった。

この間コーちゃんは始めてパリへ行き、エディットピアフの歌唱に触れて強い感銘を受けたが、それを切っ掛けに日本語で歌う日本のシャンソン歌手を目指す様になり第1回のシャンソンコンサートが大成功。歌手としての道を歩み始める。

恋多きコーちゃん、恋文の飛脚を何度となくつとめさせられた岩谷時子さんがこの時衣装デザイナーだった真木小太郎との恋の橋渡しをし、結婚まで後少しの所で破局。傷心のコーちゃんが強くスペインへ行きたいと願う所で第7週が終わる。

瀧本美織さんはお芝居では上手く演じていると思うが舞台で歌うとなるとやはり生コーチャンんを知ってる身としては物足りませんがまあそれは本職じゃないから仕方がない。コーちゃんの後ごマンんと宝塚の出身者が芸能界へ進出しました。コーちゃんも最初は色んな分野で活躍したが、最後に歌手として一本立ちして生涯続けたのはコーちゃん一人だけだと思っています。

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ABC昼帯ドラで「越路吹雪物語」第6週。

2018-03-06 16:08:07 | 宝塚・その他の劇場観劇記 & TV

昭和20年、戦局はイヨイヨ敗戦の様相が濃くなり、内地でも外地でも疲弊の色が濃くなった。宝塚の編集部でも岩谷時子の先輩編集者森が丙種合格の身体で招集されるまでになった。そして遂に8月6日広島に原爆が投下され、15日に終戦の日を迎える。

ジジの体験ですが集団疎開先で皮膚病退治のため疎開児童は月一回近くの温泉に連れていかれ入浴していました。この温泉はぬるくていつまででも入っていられる温泉でしたが、ある時皮膚がただれて恐ろしい状態になった数名が入浴されていました。その話で「広島に新型爆弾が落ちこうなった」と聞かされた。

昭和21年宝塚大劇場も進駐軍の占領から返還され再開に漕ぎつけました。最初の公演は4月で雪組、「春の踊り」と「カルメン」の2本立て。主演は春日野八千代・深緑夏子・乙羽信子さんでした。この公演は見ていませんが、6月花組公演を母に連れられ生まれて初めて宝塚少女歌劇なるものを見ました。

前にも書いたけれど最初の出しもの「メキシカーナ」で下手から銀橋たコーちゃん越路吹雪さんと日高澄子さん現われて歌い始めるとその何とも言えない魅力的な歌声と表情にググッときて以後大フアンになりました。瀧本美織さん演ずるコーチャンと舞台で見た印象とは少し違うと言う思いが消せませんが、演技として成長した瀧本さんのお陰で多分私生活はこんな人だったと思えるようになってきました。

それからは無理を言って出来るだけ舞台を見ましたが、見に行けない時は音質の悪いラジオにしがみついてタップの音と台詞だけ聞いて満足していました。ジジがコーちゃんをエンターテナーとして認識したのは24年1月公演のショー「ブギウギ巴里」。もうこれは宝塚の誰も真似できない世界だと思いました。

今でもそうですが当時も2‐3本建てで、日本物や洋物に狂言やレヴュウーと盛り沢山で次郎冠者やハムレットまで演じ、中には不本意な役も演じざるを得なかったのではないかと思います。その内映画の世界に淡島千景、乙羽信子、久慈あさみ等のスターが転身しコーちゃんも気持ちが揺れるようになったのはドラマ通り。しかし個人的に仲がよくても組の違う彼女達との接点は実際には殆ど無かったのではないかと推察します。

更に初の女役に挑戦した「カルメン」やアメリカ進駐軍軍属のニッキイ・ウイッテイさんが書かれたショーの「ワンダフルホリディ」で濃艶な姿で「ポインシアナ」を歌った時、もうこれは宝塚の限界を超えたと思いましたね。そして間もなく確か東宝演劇部に移籍の形で退団に至ったと思います。(当時は情報が少なく後から風の便りに聞くことが多く、ジジの記憶も不確かで若し間違いだったらゴメンナサイ)

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