10
サトルは次の日、工場長に事の次第を話して暇をもらい、リリと二人で風博士のもとに向かうことにしました。
風博士の研究所があるという魔笛の谷は、ドリーブランドの住人でさえ、めったに足を踏み入れることのない秘境でした。サトルは、そのことを工場長から聞くと、ねむり王のワナを、命からがらくぐり抜けてきたことを思い出し、わずかにひるみましたが、風博士に会うためには、しかたがないと心を決めました。
「がんばって行けよ。もし、その博士に会えなかったら、私の家に戻って来てもかまわんからな。無理はするなよ――」と、工場長は、別れ際に涙こそ見せませんでしたが、家族みんなで手を振ってくれました。
サトルは、工場長の家を出ると、リリと二人で、空の彼方に飛び去っていった天馬を、大きな声で呼びました。
帰ってこないかも、なんて心配は必要ありませんでした。どこか遠くから見守ってくれていたのか、「おーい」と言い終わる間もなく、光が瞬くような早さで、翼を広げた天馬の姿が、空に現れました。
「――工場長」と、サトルはリリを天馬の背に乗せると、振り返って言いました。「じゃあ、行ってきます。いままで、ありがとうございました」
天馬に跨がるサトルを見ながら、工場長は大きくうなずきました。
「気をつけて行けよ――」
サトルは、こくりとうなずくと、前を向いて言いました。
「行こう、魔笛の谷へ――」
天馬は、サトルが言うやいなや、あれよあれよという間に、青い空の向こうに飛び去っていきました。
「リリ、大丈夫……」と、サトルが、後ろに乗っているリリに聞きました。
「ええ、わたしは大丈夫」
「――あのまま、工場長の家にいればよかったのに。ぼくは一人でも、十分やって行けたのにさ」
「ううん。わたしだって、力になってあげたいもの。だからいいの」と、リリは気にしないで、というように言いました。
「ありがとう」と、サトルは言うと、唇を噛みながら、天馬の進んでいく先に目を凝らしました。
夢見の町が地平線の奥に消え、懐かしい希望の町を通り過ぎ、サトルとリリを乗せた天馬は、鋭い剣先のような山々が連なる峡谷に、やって来ました。
夕暮れ近く、薄暗くなったお日様の光に照らされた山々は、巨大な怪物の口の中を思わせました。二人は、あまりの景観に目を奪われ、すぐにでも引き返したい衝動に駆られましたが、勇気を奮い起こして、突き進みました。
「――ここが、魔笛の谷」
と、サトルがつぶやきました。その名のとおり、この谷間を吹き抜けていく風は、悪魔の奏でる楽器のような音を立て、キンキンとした歌声は、まるで飢えた魔女の呪文のようでした。
サトルは次の日、工場長に事の次第を話して暇をもらい、リリと二人で風博士のもとに向かうことにしました。
風博士の研究所があるという魔笛の谷は、ドリーブランドの住人でさえ、めったに足を踏み入れることのない秘境でした。サトルは、そのことを工場長から聞くと、ねむり王のワナを、命からがらくぐり抜けてきたことを思い出し、わずかにひるみましたが、風博士に会うためには、しかたがないと心を決めました。
「がんばって行けよ。もし、その博士に会えなかったら、私の家に戻って来てもかまわんからな。無理はするなよ――」と、工場長は、別れ際に涙こそ見せませんでしたが、家族みんなで手を振ってくれました。
サトルは、工場長の家を出ると、リリと二人で、空の彼方に飛び去っていった天馬を、大きな声で呼びました。
帰ってこないかも、なんて心配は必要ありませんでした。どこか遠くから見守ってくれていたのか、「おーい」と言い終わる間もなく、光が瞬くような早さで、翼を広げた天馬の姿が、空に現れました。
「――工場長」と、サトルはリリを天馬の背に乗せると、振り返って言いました。「じゃあ、行ってきます。いままで、ありがとうございました」
天馬に跨がるサトルを見ながら、工場長は大きくうなずきました。
「気をつけて行けよ――」
サトルは、こくりとうなずくと、前を向いて言いました。
「行こう、魔笛の谷へ――」
天馬は、サトルが言うやいなや、あれよあれよという間に、青い空の向こうに飛び去っていきました。
「リリ、大丈夫……」と、サトルが、後ろに乗っているリリに聞きました。
「ええ、わたしは大丈夫」
「――あのまま、工場長の家にいればよかったのに。ぼくは一人でも、十分やって行けたのにさ」
「ううん。わたしだって、力になってあげたいもの。だからいいの」と、リリは気にしないで、というように言いました。
「ありがとう」と、サトルは言うと、唇を噛みながら、天馬の進んでいく先に目を凝らしました。
夢見の町が地平線の奥に消え、懐かしい希望の町を通り過ぎ、サトルとリリを乗せた天馬は、鋭い剣先のような山々が連なる峡谷に、やって来ました。
夕暮れ近く、薄暗くなったお日様の光に照らされた山々は、巨大な怪物の口の中を思わせました。二人は、あまりの景観に目を奪われ、すぐにでも引き返したい衝動に駆られましたが、勇気を奮い起こして、突き進みました。
「――ここが、魔笛の谷」
と、サトルがつぶやきました。その名のとおり、この谷間を吹き抜けていく風は、悪魔の奏でる楽器のような音を立て、キンキンとした歌声は、まるで飢えた魔女の呪文のようでした。