非才無才の雄叫び

つぶやくこと、叫ぶこと、すべてボケ防止だ!

産経新聞の曾野綾子氏には参ったね!こんな文章を書くとは・・・。

2012-05-28 18:47:44 | 日記
曾野綾子氏の「人間にとって成熟とは何か」の欺瞞!
東日本大震災曽野綾子氏の教育改革国民会議レポートの粗末2
東日本大震災曽野綾子氏の教育改革国民会議レポートの粗末1
「また、ブログを書いているの?」と顔を覗くと夫の目が少し
ばかり赤くなっている。「どうしたの?」というと、もう一つのモニ
ターに写った曽野綾子さんの記事を眼で指して・・・・。


 ネットサーフィンをしていると思わぬものに逢着するものだ。曾野
綾子・産経新聞のキーワードでネットを眺めていると、3ページ目に
産経新聞『会えなかった恩人たち曾野綾子氏』日本財団掲載記事
のタイトルが並んでいた。どうせいつもの駄文だろうと思いながら
クリックすると、曾野綾子氏の顔写真入りのコラム「小さな親切大き
なお世話」がそっくりペーストしてあって、タイトルが「会えなかっ
た恩人たち」となっている。産経新聞平成24年5月25日付である。
当方はどれどれという感じで読み始めた。
どうせまた・・・・・しかし間もなく今までとは少し違った雰囲気の
文章であることに気がついた。文章にはそつもなく淀みもない。ひょ
っとすると夫・三浦朱門氏の文章じゃないかと思いながら無意識に読
み進めていた。いや、引き込まれていったと言ったほうがよい。それ
は曽野綾子氏が40年間続けてきた「海外邦人宣教者活動援助後援会」と
いうNGOの代表を退くにあたっての述懐を記したものだが、今まで見
たこともない氏の一面を見たような気がする。当該のNGOの代表とし
て支援者達を招いて感謝の会を開いたが、今回も出席せず、ただ温か
い言葉を送ってくれるのみで、ついに一度も相見えることもなかった
「同志」への情愛が素直に書かれていて、じわりと胸に迫るものがあ
る。
この最後の機会に、私の中には初期からの数十年来の支援者で、
ついぞ顔を会わせたことのない何人かのお顔を今度こそ見られるだろ
う、という淡い期待があった。世間は生活に余裕のある幸福な人が、
苦しい人を助けると信じている。しかし私の体験では、長年の支援者
の多くは悲しみを知っている人たちであった。私はその一部を打ち明
けてもらう光栄に与り、人生とは悲しみこそが基本の感情であり、そ
こから出発する人には芳香が漂うのを知った。このような人たちの一
部は、しかし今度の会にもやはり出席してくれずただ温かい言葉を送
ってきた。人生には生涯、ついに会わないままに終わる方がいいのだ
という人間関係があるのだ、と私は思った
。」
深い感謝は時には恋いのような思いでもあったが、恋もやはり会わ
ないでおいた方がいい場合が多い。人生ですべてのことをやり遂げ
、会うべき人にも会って死のうなどというのは、思い上がりもいいと
ころで、人は誰もが多くの思いを残して死んでいいのだ。むしろそれ
が普通なのである
。」
そして最後に、こう締めくくる。「愛というものは、2人がお互いを
見つめ合うことではない。同じ目標を見つめることだ、と昔教わった
が、ついに現世で視線を合わせることもなかった支援者たちと私は、
図らずも同じものを見つめる位置には立って人生を生きたにちがいな
。」志を同じくして活動してきたにも関わらず、一度も相見える
ことのなかった友への惜別の情とも取れる溢れる想いが静かに語られ
ていて、当方が言っては心苦しいし、甚だ僭越ではあるがまさしく秀
逸であり珠玉と賞したい。この人は肩肘張らずに書くとこのような名
文を書くのかと驚いている。
 だからと言ってはなんだが、その思いの幾ばくかを我々庶民に向け
ては貰えないだろうか。肩の力を抜いて投げたダルビッシュ有投手の
投球を大リーガーたちが誰も打てなかったように、肩の力を抜いた曽
野綾子氏の文章は珠玉となって人々の気持を鎮めるに違いない。
 しかし、感動はやがて戸惑いとなり、ふつふつと湧いてくる疑問と
なる。あまりにも違いすぎる文章は三浦朱門氏の手に成るものではな
いかという疑問を否めない。折角頂いた感動をそれらの疑問で曇らせ
たくはないが、これが本当に曽野綾子氏の筆によるものであるのなら、
ここに表われている曽野氏の姿こそ本来の姿ではないのか。従来の文
章に表われる曽野氏の姿はキリスト教の信条を貫こうとして身構えた
頑なな姿で、すべてに無理があるように思える。肩肘張って書かれた
と思われる文章には瑕疵が多く、ど素人の当方でさえ、その出来栄え
には呆然とする。曽野綾子氏よ、願わくば白眉とも言えるこのコラム
を機に方向転換されんことを!
今回はこの珠玉の文章を届けてくれた曽野綾子氏と産経新聞
それと日本財団に感謝したい。ありがとう

 

曽野綾子氏の産経新聞のコラム「イエスマンの国」を読む

2012-05-19 10:17:48 | 日記
東日本大震災 曽野綾子氏の教育改革国民会議レポートの粗末3
東日本大震災 曽野綾子氏の教育改革国民会議レポートの粗末2
東日本大震災 曽野綾子氏の教育改革国民会議レポートの粗末1
東日本大震災 曽野綾子氏の産経新聞「透明な歳月の光」の怪
最近、夫は「サンケイ新聞、サンケイ新聞」とうるさい!
「サンケイ新聞、1度取ってみようかな」「読売新聞は来年の一月まで
契約しているから無理よ!」「1ヶ月だけでも・・・・・。」「そんな
余分なお金ないよ」「そうだね」と言って素直に諦めてくれた。仕事柄、
折込チラシが一番多いので読売新聞を購読している。他の不動産会
社の広告に眼を光らせるのも大切な仕事の一つですから・・・。

 ネットでしかサンケイ新聞の記事を垣間見ることが出来ないのは少
々寂しい気はする。賑わいを見せる曽野綾子キーワードに列をなす
タイトルが「『クソ婆・毒婆』から『秀逸の曽野綾子先生の記事』」
まで実に幅広く毀誉褒貶が渦巻いているだけに曽野氏の記事を直に読
んでみたいという衝動に時折駆られる。先の当ブログ「東日本大震災
曽野綾子氏の産経新聞『透明な歳月の光』の怪」を書いて以来、曽野
綾子・産経新聞のキーワードで検索することが多くなった。そして見
つけたのが「イエスマンの国」だ。そのコラムを評したブログを覗い
てみると曽野綾子氏の顔写真入りの産経新聞「小さな親切大きなお世
話」のコラムがそっくり貼り付けてあった。そのブロガーに感謝した
い。23行4段抜きのそのコラムは去年の12月23日付けになっている。
曾野氏の顔写真を見た妻が「80歳で、これだと美人だね」妻は当方以
上に曽野綾子氏のことを知らない。「商売をやると成功する顔してる
わよ」最近、顔相学に凝っているので人の顔を観ると必ず一家言ある。
「うむ、物書き商売で金持ちになっているよ」ビジネスマンになって
いたら飛ぶ鳥を落とすほどの商才を発揮していたかも知れない。以前、
当ブログでそのようなことを書いたような気がする。そういう先入観も
あってか鼻の形が笹川良一氏とよく似ているので、やっぱり親子なの
かなあと思いながら読み始めた。
  このコラムはオリンパスの元社長のウッドフォード氏の、オリン
パスの経営陣が「イエスマン」ばかりだったせいで経営を誤らせたと
の発言を取り上げて現在の日本社会を曽野綾子氏が揶揄している内容
だ。それは先ず、仕事柄、知りえた事として出版界の内情について吐
露するところから始まる。「出版の世界にも『イエスマン』がいた」
中で、ご自身は「マスメディアの言論統制と闘ってきた」と胸を張っ
ておられるのだ。つまり次の4つの波は出版界のイエスマンたちが
もたらしたものだと仰りたいのだろう。まず最初に遭った「言論
統制」が「新聞は創価学会に対する批判は一切許さなかった。広告収
入の第一のスポンサーだったからだろう。」それは当方にも記憶があ
るが、藤原弘達という政治評論家の「創価学会を斬る」の出版を巡っ
て創価学会が田中角栄まで動かして出版を差し止めるよう圧力をかけ
たという、いわゆる「創価学会言論弾圧事件」だ。ついには日本共産
党と公明党・創価学会の闘争にまで発展したので、その当時、学生や
社会人だった者は大抵の人が記憶している事件ではあるが、新聞社の
執筆者への対応にもそういうことがあったのかと改めて知らされ驚い
ている。次の「第2の波は・・・中国の批判記事は署名原稿でも書き
換えを命じられ、それを拒否するとボツになった。産経新聞以外の全
マスコミが、足並み揃えて中国や時には北朝鮮礼賛もしたのにそれを
謝罪したマスコミは一社もない。」
そういえばチベットに対する中国の侵略と激しい弾圧についてはブラ
ッドピット主演の映画「セブンイヤーズ イン・チベット」で初めて
知ったような気がする。それまでチベット弾圧についてマスコミで取
り上げたことがないのではないか。なるほど、そういうことがあった
のかとの思いだ。そして「第3の波は特定の人に対する盲目的尊敬を
強要し、その人に対するいかなる批判も許さなかったことだ。司馬遼
太郎氏に対する批判記事には、新聞社の幹部までが異常な反応を示し、
その部分の訂正を求めて来た。」このへんになると、ふーんそういう
ことが本当にあったのかなと少し疑問が残る。そして問題は「第4の
波」だ。「差別語に対する長い年月に及ぶ執拗な言葉狩りだった。一
例をあげると、らいという病気は「らい」が正確な病名だが、
ハンセン病と表記しないと許されない
。」
この記述には驚いた。そんなはずはない。「らい病」から「ハンセン病」
に呼称や名称が変わってから久しいはずだ。
ネットで「らい病」を検索すると「ハンセン病」の項目へ自動転送される
ので「らい病」という名称は、すでに存在しないということだ。
まずハンセン病の定義をウィキペディアでは以下のように記している。
ハンセン氏病は、抗酸菌の一種であるらい菌 (Mycobacterium
leprae) の皮膚のマクロファージ内寄生および末梢神経細胞内寄生に
よって引き起こされる感染症である
。」
またハンセン病の呼称・名称および用語に関する項目は次のとおり。
1953年(昭和28年)2月1日に「全国国立癩療養所患者協議会」(全
癩患協)は「全国国立ハンゼン氏病療養所患者協議会」(全患協)に
改称した。しかし厚生省はその後も「癩」を平仮名の「らい」に変更
するのみにとどまり、専門学会も「日本らい学会」と呼ばれ「らい」
が使用され続けた。その一方で、大阪皮膚病研究会や、那覇や宮古島
のハンセン病外来施設であるスキンクリニックなどでは、「らい病」
の使用は忌避された。1959年(昭和34年)に全患協はより一般的な英
語読みの「ハンセン氏病」に改称し、さらに1983年(昭和58年)には、
「氏」を削除して「ハンセン病」へと改称した。1996年(平成8年)の
らい予防法廃止後は、官民ともに「ハンセン病」が正式な用語となり、
「日本らい学会」も「日本ハンセン病学会」に改称された
。」
そして、記憶に新しい「小泉英断」がある。平成13年に当時の首相
小泉純一郎氏が総理大臣として談話を発表してハンセン病国家賠償請
求訴訟の判決について控訴を断念したというものだ。更に総理大臣談
話の後、間髪をいれずに政府声明を発表した。この時も「ハンセン病
」と明記している。
 ところが曾野綾子氏は国民が極めて重大な関心を持って見守ってき
た事柄を「『らい』が正確な病名」と断言しているのだ。名称や呼称に
ついては通常「・・が正式な病名」などと表現するはずだが、曾野綾子
氏の「らいが正確な病名」という表現は「一般にはハンセン病と言うが
病理学等、検証した結果、『らいが正確な病名』だ」と言っている事に
なる。曾野氏の断言には、そういう意味合いが込められている。しか
し「らい」は細菌学の学名として「らい菌」があるが「ハンセン菌」
とは言わない。にもかかわらず曽野氏はなぜ「らいが正確な病名」と
記述したのか?当方は厚生労働省健康局疾病対策課03-5253-1111
に確認した。「仰るとおり平成8年にらい病をハンセン病へと用語を
変更致しました。」という回答を得たが、なお「日本ハンセン病学会」
でネットを検索すると同学会のアドレスが出てきた。連絡窓口とあっ
て所在の末尾に、なんと「日本財団ビル」とあるではないか?日本財
団が「大家」だったとは驚きだ。電話をすると連絡事務所なので詳
細について答えることが出来ないとのこと。それで東京都東村山市
にある国立感染病研究所・ハンセン病研究センターへ電話をした。
厚労省と同じ答えであったが、曾野氏の名前を出すと「曾野綾子さ
んはハンセン病に積極的に取り組んで頂いていて、韓国の(ハンセ
ン病)コロニーへも行っておられる方ですよ。・・・それは文学的にら
い病と表現せざるを得ないということではないのですか。」と意外
にも好意的な返事だ。文脈からしてそうではないと抗弁しても笑っ
て相手にはしてもらえなかった。日本財団が相当支援しているという
ことが窺える。しかし、ハンセン病患者に対する支援活動を行い、
ハンセン病に理解があるはずの曾野綾子氏は「らいが正確
な病名
」と主張しながら「(ハンセン病という病名使用を強制する)
拗な言葉狩り
」と闘ってきたというわけだから、これをどう理解し
たら良いのか戸惑ってしまう。こうなると今までの曾野綾子氏に対す
る経過観察で判断するしかあるまい。つまり職業作家というのは言葉
を紡ぐプロフェッショナルなのに曽野氏は誤字、誤読、混同や同一
視を常とし思い込んでしまう性癖
の持ち主なので、今回も同様で
はないかと思われる。つまり「らいが正確な病名」は「らい菌」の
明らかな勘違いで、ご本人には他意はないと思われるが、それにし
ても随分と永い年月を思い込んだまま執筆活動を続けておられるこ
とになる。従って、これは曾野氏の慈善活動そのものにも疑問符が
付いてしまう。つまり慈善活動といっても心がこもっていないので
はないかという疑問だ。「らいが正確な病名」という記述がはしな
くもそれを証明している。即ち曾野綾子氏の慈善活動は単なるパフ
ォーマンスに過ぎないということだ。心がこもっていれば文筆活動
でのその種の記述には細心の注意を払って記述するはずだから、こ
れは、むしろ自ら馬脚を現したということだ。弱者に対する気
持ちなど微塵も持ち合わせていないということを自ら証明しただけ
ではなく、この記述は傷口に塩を塗るような残酷な仕打ちとなって
いる。また、ついでに言わせて頂くと日本財団の会長時の大家の店
子に対する傲慢さが見て取れる。以上のことから、第4の波の記述
は前段の第3までの記述の信憑性に疑問符を投げかける結果となっ
てしまった。例えば第3の波の司馬遼太郎氏に対する批判記事は本
当は名誉毀損になりかねない記述だったのではないか。名誉毀損と
なれば掲載した出版社も連帯責任を問われ、謝罪広告を出す破目と
なってリスクは高い。従って書き直しを要求することになる。そう
いう疑問が浮上するのだ。いかがでしょうか?美人殿。
 以上のことから後段の記述の説得力は迫力に欠けるものとなった。
戦後、日本の官庁にも会社にもマスコミにも、そして家庭にも、イエス
マンばかりがはびこった。理由ははっきりしている。人々が物質的
な安定を生涯の希望とした結果、教育も勇気ということを全く教え
なくなったからだ・
・・。」ほんとうにそうだろうか?
「戦後」と曾野綾子氏は断るが「イエスマン」は戦前にはいなかった
と言いたいのか?では「大政翼賛会」はどうだ?その名の通りイエスマ
ンの会だ。戦前の日本は「大政翼賛会」の名の下に政党から軍部、国
民の末端に至るまで太平洋戦争に突入して行った。非協力的だと
「非国民」と言われて村八分にされたり官憲の監視下に置かれたと聞
く。インテリのごく一部に「戦争反対」を叫んで投獄され拷問を受けて
獄死した人たちがいた。しかし圧倒的な国民は国を信じて総イエスマ
ンと化したのだ。むしろ戦後は自由にものが言え、過剰な権利意識か
ら近年はモンスターペアレントを生み出した。「イエスマンばかりがは
びこった
。」は言い過ぎだろう。まして「家庭にも」?どこを見て、
そのように決め付けるのか?家庭内暴力、引きこもり、虐待、ニートが
生まれているのは家庭内でイエスマンがはびこったからなのか?おま
けに「理由ははっきりしている。人々が物質的な安定を生涯の
希望とした結果、教育も勇気ということを全く教えなくなった
。」
教育に関する見識の低い人が何を言うかと言いたい。物質的というの
は言い換えると経済的となるが、人々が経済的な安定を希望し生甲斐
とし目標とすることは極めて自然なことだし、それはそれで良しとす
べきだろう。曾野氏のこの部分の文脈では「物質的な安定のみを・・・」
ではないかと思うが、そうであれば、それは議論の余地はあるだろう。
しかし、そのことが「教育も勇気ということを全く教えなく
なった
。」から「イエスマン」がはびこったというのは余りの極論だ。
ウッドフォード氏から「イエスマン」と揶揄された事件発覚当時の役
員達のほとんどはオリンパス生え抜きの人たちで、血のにじむような
努力と才能に恵まれてのし上がって役員になったものの社長の椅子を
目の前にした時、保身的になったことが強権で知られた当時の菊川オ
リンパス会長を諌めることも糾すことも出来なかったということで、
曽野綾子氏の「物質的な安定を生涯の希望としたイエスマン」とはニ
ュアンスを異にする。
さらに「教育も勇気ということを全く教えなくなった。」
という記述は教育ということが解っていない証だ。子供の頃
から武道を教えない限り、学校教育で「勇気」ということを教えるこ
とは困難を伴うだけではなく粗暴な子供を育てることにもなりかねな
い。論語に「義を見てなさざるは勇なきなり」との孔子の言葉はあま
りにも有名だが、一方で「勇にして礼無ければ則ち乱す」(勇気も度
が過ぎると乱暴なだけである)とも言っているのだ。そしてわが国の
教育基本法に勇気という言葉は一言も出てこない。教育基本法の前文
の「個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、
豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を
継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。」とある。
そして教育の目的を次のように定めている。
教育の目的(1条) 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家
及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の
育成を期して行われなければならない。
教育の目標(2条) 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊
重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
1.幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情
操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
2.個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及
び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労
を重んずる態度を養うこと。
3.正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、
公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与
する態度を養うこと。
4.生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
5.伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛す
るとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を
養うこと。


従って、学校教育では「勇気」ではなく「真理と正義を希求し、
正義と責任を重んずる」教育を行なっているはずだ。「勇気と
いうことを全く教えなくなったから
」イエスマンがはびこったという
のは誤りだ。曽野綾子氏は世相を斬るほどの見識もないのだから余分
なことは言わないほうが良い。「文化功労者」としてこれ以上の恥を
曝さないようにしてほしいものだ。
 そして最後の「かつて中国は『批孔』と称して孔子の思想の一切を
否定する社会運動を起こした
。」これは文化大革命のことで
しょう?もう少し正確に書けないのですか?文化大革命の後期に起こっ
た「批林批孔」運動で、このスローガンを掲げて、失脚した毛沢東を
復活させるために彼の妻・江青ら側近4人組が主流派の林彪と現代の
孔子と謳われた周恩来首相を失脚させるために、巻き起こしたものと
ある。大衆組織を動員した権力闘争だった。江青ら4人組が扇動し、
それに従った大衆組織も曾野綾子氏は「イエスマン」と言いたいの
か?そうすると曾野綾子氏のこの「小さな親切、大きなお世話」の「
イエスマンの国」を「秀逸」だとか「すばらしい」とか無批判に人
に勧める曾野綾子ファンも「イエスマン」となってしまうが如何か?
これは大衆が「盲従」したと言うことで「イエスマン」とは全く違う
のだよ。わが国の「大政翼賛会」と似たようなものだが、また違う。
しかし、その後の「ノーベル平和賞に対抗した『孔子平和賞』なるも
のを作り、しかもそれを政治的に使おうとしている。魂から、香気
ではなく臭気が匂うというものだ
。」とちぐはぐだ。「批林批孔」
運動についての理解が不十分なため、言っていることが支離滅裂。
なぜこうなるのか?そもそもウッドフォード氏の「イエスマン」発言
の要旨をしっかりと理解していないから、終いには「批孔」の話に
なってしまうのだ。ほとんど論理性がないし、しかも落ちが悪い。
イエスマンになるのを防ぐには、組織をクビになっても何とか生
きていける道を、常日頃用意していなければならないだろう。私の
場合それは畑作りで、今も細々とやっている
。」なにを言う
のか?これでは前述の「正しいことを意識し、自分の思想を持ったら
結果として言うべきことは言い、時には出世はもちろん命の危険に
かえても自分の思想を通すべきだ
」どうして、こうも支離
滅裂なのか?「命の危険にかえても」と言うのだから、そのために
副業を持つと言うのは「命にかえても」という覚悟とは矛盾する
ではないか。そして言うことに事欠いて「私の場合それは畑作りで
今も細々とやっている
。」?あ~あ「細々とやっている。」と?こ
んな粗末な表現しかできないのですか?「細々とやっている」は生
活の糧を得るために行なっている一種の状況を表す言葉なのに、
曽野氏は趣味として畑を作っているのであって、生活の糧を得てい
るのは作家活動でしょう。ふー疲れる。

文化功労者」曾野綾子氏よ
あなたのコラムを
「秀逸」と評して盲従する
曾野綾子ファンの期待を
裏切らないように
もう少し、ましな文章は書けないのですか
「文化功労者」として、
これ以上の恥の上塗りは
どうか止めて頂きたい
・・ということです



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東日本大震災 曽野綾子氏の産経新聞「透明な歳月の光」の怪

2012-05-04 17:55:34 | 日記
曾野綾子氏の「人間にとって成熟とは何か」の欺瞞!
曾野綾子氏の透明な歳月の光「悪女の深情け」を知らないなんて!
東日本大震災 曽野綾子氏の教育改革国民会議レポートの粗末2
東日本大震災 曽野綾子氏の教育改革国民会議レポートの粗末1
曽野綾子氏の産経新聞のコラム「イエスマンの国」を読む
東日本大震災 曽野綾子氏と読売新聞「税と安心」
曽野綾子の「生活保護受給者」攻撃と「自殺のすすめ」
3月は零細不動産会社なのに、かなり忙しかった。きっと
よその会社も同じだったでしょう。4月もそこそこ・・・・なのに曽野
綾子さんに対する夫の手は緩む気配がない。

 東日本大震災や福島原発事故のことを産経新聞のコラム「透明な
歳月の光」で曽野綾子氏はいろいろと開陳なさっておられるようだ。
曽野綾子のキーワードでネットを眺めていたら、「曽野綾子『東電
に責任はない』」の表示があったのでクリックすると2ちゃんねるの
スレッドだった。去年の5月のテーマをまだ引っ張っているなと思っ
て嬉しくなった。曽野綾子氏は先の当ブログ「東日本大震災 曽野
綾子氏と読売新聞『税と安心』」でも指摘した通り、色々なことを
同もしくは同一視
して「論じる」御仁だから、このコラムでも遺憾なく
それを発揮しておられる。被災者の物理的な状況からくる不安と自ら
の不安定だった精神的状況を同一視して「安心して暮らせる生活など
というものを、人生を知っている大の大人が言うものではない
」と言
ってみたり、このスレのようにダムと原子力発電所を同レベルと判
して「東電に責任はない」と言い放ったりと実に忙しい御仁だ。ここ
まで当該のスレが続いているということは、皆さんの怒りが収まらな
いということ。おまけに次から次とつまらんことをのたまうからネ
ットは格好のストレス解消の場となっている。
このスレの中に曾野綾子氏のコラム「透明な歳月の光」について
告発しているレスがあったので読んでみると今までとは違った腹立
たしさを覚えた。それは曾野綾子氏が産経新聞の読者を小馬鹿
にしている
ところがあって読み進むうちに、だんだん腹が立って
きたということだ。どういうことかは後ほど明らかにする。
先ずはこれをお読み頂きたい。
地震雷火事名無し(神奈川県):2012/04/21(土) 15:27:12.88
「9月11日(2011年)は東日本大震災から半年の記念日である。
 この日、どこの放送局かも分からないまま見たTVのある番組の内
容は、昨今のマスコミの幼児性を典型的に表したものだった。
小学校の高学年と見える生徒が、被災者にインタビューをしている。
『支援物資は公平に渡りましたか?』という質問に私は唖然(アゼン)
とした。」・・・・・・ 子供の言葉には、公平でないことが大きな
悪で、徹底的に糾弾しなければならない、という語調が込めら
れているように見える
。・・・・・公平などというものは非常事態の
中では行われ得ないものだ。・・・小学生の幼稚な正義感を簡単に認め、
『物資が公平に配れましたか』などという質問を、いかにも人道的と
するような気風が、社会や学校で認められるから、若者はいつまでも
大人にならないのである。 」
「土地の古老さえ記憶にないほどの、想定外の巨大な地震と津波が
起きたのだ。数か月経っても、被害の大きさや地理的な状況で、復旧
の度合いは違う。そんな中で、どうして救援物資が「公平に」配られ
ることなどあろうか。少し考えてみれば誰にでも分かることだ。
A町への道は通じている、B町へ行く道は橋が決壊し、C町へ行く道
は津波につかったままだ。そういう場合、A,B,Cの町が、同じよ
うに公平に支援物資が受取れるというのか?

(曽野著、透明な歳月の光、『子供の「公平か?」インタビュー』より)

 どうして曽野氏は人の言葉に、こうも過剰に反応するのか不思議だ。
言葉に拘るあまりに大事な「視点」が欠落している。
この前はNHKの記者かキャスターの被災者への「安心して・・・しまし
たか」というインタビューに対し「そんなものは(安心できる生活)地震
や津波が来なくても、もともとどこにもないのである。アナウンサー
にも、最低限それくらいの人生に対する恐れを持たせないと、お子さ
ま放送局みたいになって、聞くに堪えない軽さで人生を伝えることに
なる
」と頓珍漢な記述。
 今度は小学生のインタビューに対する過剰反応だ。「子供の言葉
には、公平でないことが大きな悪で、徹底的に糾弾しなければならな
い、という語調が込められている
」という気違いじみた言辞には辟易
する。おとな気ないでは済まされない。曽野氏のこの言葉をその小学
生が聞いたらどれほど傷つくかと思うとやりきれない。小学生は学校
で習った言葉を素直に表現したに過ぎないはず。勿論、教師や大人た
ちが「支援物資は公平に渡りましたか?」と質問するように指導はしな
かったはずで、子供が自ら考えて、そのようなインタビューになった
と思われる。その小学生が、まだ目の前に残されていた支援物資を
見て、これが皆さんにちゃんと届いているだろうかと思ったとしても
不思議ではないし、その小学生は大人へのインタビューなど初めてで
あったはずだ。子供は当然の如く背伸びしようとして学校で習ったす
べての知識を動員して大人へ質問する、素直に・・・・。
その時のテレビのニュースなり番組を見ていないので、どういう趣旨
の番組かニュースの意図かは知る由もないが、子供が大人の被災
者にインタビューする部分だけを見るなり聞いただけでも大人だった
ら考えればすぐにどういうことか解ることだ。つまり小学生に、大人へ
インタビューさせることによって子供たちの主体性、社会性等々を培わ
たいという教育的な目標があったのではないかと容易に想像できる。 
ここで大切なことは、その小学生が大人の被災者と接して何を思い、
何を得たかということで、当然、教師達はそれが狙いだったはずだ
。 
ところが曽野綾子氏のこの言葉は問題意識が高いというよりも単に
底意地が悪いということに尽きる。第一、小学校で「公平でないことが
大きな悪で、徹底的に糾弾しなければならない
」という教え方を教師
がするはずがないではないか。
 従って、このような曽野氏の発言は国の「教育改革国民会議の
委員
」になった経験を持ちながら教育に関する知識や理解が極めて
低いこと
を表している。曾野綾子氏のこのような病的な発言にレスのほ
とんどが「唖然」としたと思われ、更に憤りを露にしていて、
その中の一つに「小学生だから幼児性があって当然ではないか」
というのがあるが、むべなるかなだ。まして小学生だから「公平」
についての概念やその概念がもたらした弊害などを演繹的に思考す
る能力も習慣もないはずだ。
にもかかわらず「小学生の幼稚な正義感を簡単に認め、『物資が
公平に配れましたか』などという質問を、いかにも人道的とするよ
うな気風
が、社会や学校で認められるから、若者はいつまでも大
人にならないのである
。」
 何を仰るかと言いたい。幼稚であろうとなかろうと小学生の頃から
「正義感」に目覚めることは情操教育の大切な目標の一つだ。子供の
ことは切り離しても被災者への支援は人道的見地からなされているこ
とは言うまでもないし、その質問になんら違和感はない。そして、そ
ういう「気風が・・・あるから、若者はいつまでも大人にならない」。
そうかな
ここまで読んできて、ふと、一つの疑問が湧いた。一見まともなよう
に聞こえるが、どうも釈然としないのだ。曽野綾子氏は「公平」と
「人道的」という言葉の意味をどこまで理解しているのだろうか?本
当は良く知らないのではないか、あるいは誤解しているのではない
かと思った。
 それで早速ネットで「公平」と「人道的」について調べてみた。曽
野綾子氏のお陰でネットで調べたりして色々勉強させて頂くので、あ
る意味、当方にとっては曽野氏は有り難い御仁ではある。
 そこで先ず「公平」ということだが、例えば3人の兄弟にお年玉をあげ
る時、高1の長男に一万円、小6の次男に六千円、小1の三男に三千円
をあげたとする。これは「公平」か否かということになると、一般的に
これで年相応に「公平」に配ったということになる。小1の三男にだけ
はお金ではなくお菓子をあげたとなると、これは「不公平」だし、逆に
三男に二万円あげたとすると、これも「不公平」となる。曽野氏の記述
の後段の「A町への道は通じている、B町へ行く道は橋が決壊し、
C町へ行く道は津波につかったままだ。そういう場合、A,B,Cの町が、
同じように公平に支援物資が受取れるというのか
」の部分。
文化功労者」「職業作家」が、この程度の理解力しかないというのは
驚きだ。「公平」についての明らかな勘違い。ABCのそれぞれの状況を
無視して、同量、同質、同時に支援することが「公平」とは必ずしも
言わない。兄弟たちに金額の差があっても「公平」であるように、被
災した地域への物的支援が同量、同時刻に行なわれなくても支援の中
身によっては「公平」と言える。様々な障害があって届けられるのに
時間差があろうが、またよしんばある被災地への支援物資の一部が途
中で、雨に流されたとしても必死に届ける物資とその行為に変わりは
なく、それはそれで「公平」に支援したと言える。まして、これを良
しとする「気風」が若者の成長を阻害している、大人にならない原因を
作っていると曽野綾子氏は壮語するが、「公平」についての曽野氏の
理解が誤っている以上、氏のこの手の「若者未発達論」は空論に
過ぎない
。いづれ、このことに関しては触れる機会があるだろうから、
割愛するが・・・・。
 いずれにしても曽野綾子氏のこの記述は、これは正に幼児性を
超えた病的な精神状況を表ている
。前のNHKの記者のインタ
ビューの「安心して・・・しましたか」の言葉にだけ反応して深く考
えもせずに「人生に対する恐れを持たせないと、お子様放送局
みたいになって、聞くに堪えない軽さで人生を伝えることになる

と聞いただけで吹き出してしまいそうな事を真顔で論じているところ
は正にドンキホーテそのもの
なのだ。「人生に対する恐れ」は個々
人の内面的な問題
。NHK記者のインタビューは社内の倫理規定に
沿った仕事上の問題
。それを混同して実しやかに論ずるのが曽野
綾子氏の病的な特徴だ。まして後段の「A町への道は通じている、
B町へ行く道は橋が決壊し、C町へ行く道は津波につかったままだ。
そういう場合、A,B,Cの町が、同じように公平に支援物資が受取
れるというのか
」などチンプンカンプンな必要もない解説
をするなんて産経新聞の読者を愚弄しているのか?。そこまで解説
しないと産経新聞の読者は理解できないと思っておられるのか?
「唖然」もそうだ。ルビをふらないと読めない読者が多いと思ってお
られるのか?人を馬鹿にするのもほどほどにして欲しい。
 
次のレスの告発も曽野氏の馬鹿さ加減に辟易とした様子が伺える。
地震雷火事名無し(神奈川県):2012/04/25(水) 21:35:52.01
基地や原発ができると、その土地は開発され、村は町に変貌する、基
地や原発がさらに事故の原因となれば、当然補償が支払われる対象に
なる。しかしその時、補償を受ける家族がいつからそこに住んでいた
かということは、補償額にはっきりと反映されるべきだろう。何もな
かった時代から住んでいた人にとっては、こうした施設の新設は確か
に「降ってわいた環境破壊」と「思わぬ発展による経済的効果」とい
う、明暗二つの結果をもたらした。』『しかし基地や原発ができると
いうことがわかった時点、あるいは既にできた後で移住してきた人た
ちは、その存在を承認した上でやってきたのだから事故の結果につい
て応分の責任を持つのも致し方ない、と私は思う。補償はいらないと
言っているのではない。村に住めなくなったという厳しい現実に対し
て援助をすればいいのだが、前からいた人と後から来た人に同じ額を
支払うというのは「時代錯誤」(アナクロニズム)というべきで、
むしろ不平等と考えるべきなのである
。』
(曽野綾子「透明な歳月の光”迷惑施設”の補償」 より)

:地震雷火事名無し(神奈川県):2012/04/27(金) 11:06:31.86
自分が書いたことが理解できていれば、10年も20年もサンケイみ
たいな大新聞に駄文を書かない。年を追って、厚顔無恥の婆さんにな
ってきた。この婆さんの主張する補償額の差別化は、前から住んでい
た人達への補償をもっと増やせという考えではない、建設後に移住し
た新参者の取り分をもっと減らせと言いたいのだ。
何で、そんなにまでして東電の負担を軽減させようとしているのか?
よくわからない。


 ここでも言葉に対する理解が間違っている。「時代錯誤」の後にわざわざ
括弧書きで(アナクロニズム)何を気取るの?「時代錯誤」を英語でなん
というか産経新聞の読者に教えたかったのですか?それとも私は知っ
ているよと披露したかったの?
だったら言わせて頂くが、折角、英語を披露したのに「時代錯誤」の意
味を理解していないではないか

 通常、原発が設置されてきた地域は、どちらかというと田舎で過疎地だ。
田舎は概ね保守的で排他的な所が多い。後から転居して来た者を「よそ
者」呼ばわりしたり、場合によっては「村八分」にすることもあり得る。
そういう原発のある地域で、現代の民主主義を徹底しようとしている社会
政策の中、「原発が出来てから転入してきたのだから、原発が出来る前か
ら住んでいる住民と同じに扱うな、補償に差をつけろ」という保守的で排
他的な主張を通常、「時代錯誤も甚だしい」と言ったりする。ところが曾野
綾子氏の言説は、「田舎は昔から進歩的で排他性もなく他地域から転入
してきた人たちにも差別もなく平等に扱ってきたわけだから、補償につ
いては原発設置以前とそれ以後に転居して来た者には差をつけるべき」
というものだ。支離滅裂で、言ってみれば曾野氏の言説こそ「時代錯誤
そのものなのだ。ここは「時代錯誤」を削除して「不平等」のみにす
れば論旨はすっきりするところなのに、それでも「作家」かと言いたい。
こういう書き方で10年もこの「透明な歳月の光」というコラムを書き続け
てきたというのは産経新聞175万の読者を馬鹿にして来たと言う証だ。
産経新聞の読者は、産経新聞の保守論調に賛同して購読している人た
ちが圧倒的に多いだろう。国を思い、国を憂う人たちも多いはずだ。
そういう産経新聞の購読者に対して、あまりにも失礼な執筆態度。国
を憂う人たちに対しては真摯で真剣な執筆態度こそが要求される。曾
野綾子氏にその覚悟があるとはとても思えない。
 ただ理解できないのは産経新聞社が、この程度のコラムニストをな
ぜ10年も使い続けているのかということだ。曾野綾子氏を使って読者
を洗脳しているつもりなのだろうか?それとも産経新聞のレベルは曾
野綾子氏と同程度ということなのか?理解に苦しむ

曽野綾子氏よ

サンケイ新聞の読者に

支えられていることを忘れるな

支えられていることを忘れて、

惰性で書くから

間違いだらけなんだよ。

いい加減にしろ
・・・と言うことです。


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