【例題】XとYは、継続的売買契約を締結した。この契約締結にあたって作成された契約書には、「この契約から生じる一切の紛争について合意管轄裁判所を甲地方裁判所とする」旨の条項がある。その後、XとYの間では当該取引をめぐって係争状態が生じ、互いに相手方の責任で損害を被ったと主張している。
(case1)Xは、Yを相手方として、甲地裁に損害賠償請求訴訟を提起した。
(case2)Yは、Xを相手方として、乙地裁に損害賠償請求訴訟を提起した。
[合意管轄の要件と効果]
・第一審の事物管轄(=地裁と簡裁の事務分担)(裁判所法24条1号、33条1項1号)と土地管轄(民訴法4条1~6項、5条1~15号)は、任意管轄にすぎない。当事者は、訴訟契約の一種として、特定の訴えにつき、あらかじめ書面等をもって(要式行為)、任意管轄と異なる合意管轄(ただし、第一審のみ)をすることができる(民訴法11条1~3項)。□瀬木127-8
・合意管轄条項の具体的な文言にもよるが、当事者の合理的意思解釈として、(付加的ではなく)専属的合意管轄(=他の法定管轄を排除する)の趣旨だとみる見解が有力である。ただし、附合契約の場合には、消費者を保護する解釈が要求されよう。□瀬木128-9
[合意管轄裁判所への提訴]
・(専属的)合意管轄の定めが自己に有利だと考える一方当事者は、提訴にあたって当該裁判所を選択することになろう。
・これに対抗したい他方当事者は、まず、基本事件が合意管轄の対象に該当するかを検討すべきである(大阪高決平成30年7月10日判タ1458号154頁参照)。
・さらに、仮に基本事件が専属的合意管轄の対象となっても、なお17条移送(民訴法17条)等は可能である(民訴法20条1項本文中のかっこ書)(※)。そこで、合意管轄裁判所での審理を望まない他方当事者は、「訴訟の著しい遅滞を回避するため」or「当事者間の衡平を図るため」を主張して、本来の土地管轄裁判所への移送を求める。例えば、請求原因事実の否認に起因する本人尋問や証人尋問等の必要が援用されよう。□瀬木128-9、花村47
※現行民訴法では「専属的合意があっても移送可能」と規律された以上、「専属的合意管轄」概念の本来的意味は喪失しているか。□中山43
※ただし私見では、管轄違いの抗弁(民訴法16条1項)を生じさせる限度で意義は存続しているか(後述)。
[合意管轄外裁判所への提訴]
・専属的合意管轄を無視したい他方当事者は、本来の土地管轄裁判所に提訴することになろう。
・これに抗して専属的合意管轄の存在を主張したい一方当事者は、[1]管轄違いを理由とする合意管轄裁判所への移送(民訴法16条1項)(前掲大阪高決平成30年7月10日)(※)、[2]17条を原因とする合意管轄裁判所への移送(民訴法17条、20条1項本文中のかっこ書)、を申し立てることができる。後者は17条の判断そのものだが、前者でも移送の可否は17条の趣旨に照らして判断される(その意味で自庁処理の余地は残る)(前掲大阪高決平成30年7月10日)。□瀬木129、高瀬66,63、花村47
※裁判実務は「専属的合意管轄の存在は管轄違いの理由となる」との前提に立っていると思われる(私見)。
※これに対して、「専属的合意管轄の主張のみでは管轄違いにならない」という見解もある。□中山43
中山幸二「管轄の争点」伊藤眞・山本和彦編『民事訴訟法の争点』[2009]
花村良一「移送制度の問題」伊藤眞・山本和彦編『民事訴訟法の争点』[2009]
高瀬順久「第11条」「第16条」加藤新太郎・松下淳一編『新基本法コンメンタール 民事訴訟法1』[2018]
瀬木比呂志『民事訴訟法〔第2版〕』[2022]