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結果過失犯の実践的検討手順

2019-12-01 15:42:58 | 交通・保険法

【例題】Aが、深夜、自動車を運転して片側2車線の道路を走行していたところ、Aの前方の道路上を、黒っぽい服を着たVが自転車(無灯火)で走行して横断し始めた。Aが、視界前方にVの乗った自転車を発見したため、Aは自動車のブレーキを踏んだものの、自動車は自転車に衝突し、跳ね飛ばされたVは頭部を道路に強く打ち付け、数時間後に搬送された病院で脳損傷により死亡した。□島田小林423-4の事例21を改変

 

[新旧過失論は具体的解決に不要?]

・旧過失論と新過失論の深刻な対立にも関わらず、過失犯の成立においても、故意犯と同様に「実行行為」「因果関係」「結果」が要求されることで学説の一致を見ている。□大塚401

・私見では、具体的事案の解決にあたっては、過失論の精緻な議論を離れ(無視?)、標準的な理解(実行行為-因果関係-結果)に沿った上で、過失犯に特有の点に注意して検討を進めるのが堅実だと思われる。

 

[原因である過失行為の直感的(?)把握]

・「Vの死亡」という結果に対し、われわれは、直感的に(?)その原因行為(と思われるもの)を把握する(たぶん)。例題では「Aの(運転)行為」がその候補となろう。

・ターゲットである「Aの(運転)行為」の問題点として、例えば次のようなものが考えられよう(便宜上「遅い」「速い」などと表現しているものの、ここにはすでに評価が入ってしまっており、本来は「◯秒」「時速◯km」と認定されるべきであることに注意);

[例1]Vを発見した後、Aがブレーキを踏むまでに3秒を要した。

[例2]Aが携帯電話の画面を見ながら運転しており、Vを発見した時点で自動車と自転車との距離が5mだった(→その分だけブレーキを踏むのが遅くなった)。

[例3]自動車の速度が時速80kmだった(→発見して直ちにブレーキを踏んだ時点で停止できる距離がなかった)。

[例4]自動車の整備をしておらず、ブレーキの性能が基準を満たしていなかった。

・この「▲▲という行為をしたことが問題だ」という実行行為の確定と、「もし△△していれば結果は回避できた」という結果回避可能性(因果関係)の判断は、渾然一体としていることが通常だろう(たぶん)。□小林充104参照

・その上で、当該事案の具体的な事実関係において、Aにはいかなる「注意義務」が要求されるのか、言い換えれば、先の「問題行動」が「過失(行為)=注意義務違反(行為)=結果回避防止義務違反(行為)」と評価できるかが問われる(この限度で実務は新過失論に親和的か)。裁判実務では、注意義務の確定にあたり、「Aの立場(例「自動車の運転者」)」や「被害結果を予見せしめるだけの事情」が指摘されることが多い。近時の雑踏事故の例として、最一決平成22・5・31刑集64巻4号447頁[明石歩道橋事件]。□辰井和田116

・「具体的事情→注意義務の具体的内容」の導出において、建前はともかく、ホンネでは、実定法の規定(交通事犯では道路交通法や道路運送車両法)や一般常識(「条理」)が大いに参照されているだろう。現実には、膨大な裁判例の集積によって犯罪ごとに注意義務の内容が類型化されている。□小林憲329-30、辰井和田116、小林充106

・なお、最一決昭和42・5・25刑集21巻4号584頁[弥彦神社事件](→当時の報道)は、「予見可能性→予見義務→結果回避可能性→結果回避義務」とする過失の判断順序を明示した手本として教科書で援用される。もっとも、実務の思考方法はこんなに「きれい」ではないか。□小林充103-5

 

[因果関係=結果回避可能性]

・過失犯の成立においても「実行行為(過失行為)と結果発生との間の因果関係」が必要となるのは当然である。最近の裁判実務は、「因果関係」というタームを避けて「結果回避可能性」と表現し、「被告人が…の義務を履行していれば、法益侵害結果を回避することは可能であった」などと述べることが多い。□辰井和田114-5、島田小林432

・もっとも既述のとおり、多くの事案では、論理的に先行する「過失=結果回避防止義務違反」の確定作業の中ですでに結果回避可能性の存在が前提とされているであろう。したがって、過失が肯定されれば(ほぼ自動的に)結果回避可能性も肯定されることが多いだろう。□辰井和田118-9

・以上の通例処理に対し、「たしかにAの問題行動が存在するものの、仮にAが模範的に行動していたとしても今回の結果は避けられなかっただろう」と思われるケースが存在する。この場合、結果回避可能性がないことを理由に過失犯の成立は否定される。最近の重要判例として、見通しのきかない点滅信号機の設置された十字路交差点において、黄色点滅側のタクシー(被告人)が徐行義務(道路交通法42条)を怠って時速30~40kmで交差点内に進入したところ、赤色点滅側の被害車両が時速70km(制限速度は時速30km)で足元に落とした携帯電話を拾うために前方を注視せずにそのまま交差点に進入したという出会い頭事故において、最高裁は「…左右の見通しが利かない交差点に進入するに当たり、何ら徐行することなく、時速約30ないし40kmの速度で進行を続けた被告人の行為は、道路交通法42条1号所定の徐行義務を怠ったものといわざるを得ず、また、業務上過失致死傷罪の観点からも危険な走行であったとみられるのであって、取り分けタクシーの運転手として乗客の安全を確保すべき立場にある被告人が、上記のような態様で走行した点は、それ自体、非難に値する」と言いつつも、「被告人車が本件交差点手前で時速10ないし15kmに減速して交差道路の安全を確認していれば、被害車両との衝突を回避することが可能であったという事実については、合理的な疑いを容れる余地がある」として、過失犯の成立を否定した(最二判平成15・1・24集刑283号241頁)。古典的には、大判昭和4・4・11法律新聞3006号15頁[京踏切事件]。□辰井和田119-20、島田小林432、大塚403

 

[責任要素としての予見可能性]

・故意犯の非難は、犯罪事実を認識したにもかかわらずあえて実行した点にある(例:当時「この包丁をVの胸に突き刺せば、Vが死亡する」と認識しながら、包丁を突き刺す)。これとパラレルに考えれば(この発想は旧過失論的)、過失犯の責任要素は、犯罪事実を予見できたにもかかわらず不注意でこれを実行した点に求められる(例:当時「時速80kmで自動車を運転すれば、今回のように飛び出してきたVと自動車が衝突してVが死亡する」と予想できる状況でありながら、高速走行を行う)。□辰井和田115-6、小林充104-5

・犯罪事実の予見「可能性」をゆるめれば、最終的に「事前に予想ができようができまいが、注意義務違反から法益侵害結果が生じたのだから責任を負うべきだ」という帰結に至ってしまう(危惧感説)。

・客体に対する予見可能性に関し、最二決平成元・3・14刑集43巻3号262頁[荷台事件]は、「被告人は、業務として普通貨物自動車(軽四輪)を運転中、制限速度を守り、ハンドル、ブレーキなどを的確に操作して進行すべき業務上の注意義務を怠り、最高速度が時速30kmに指定されている道路を時速約65kmの高速度で進行し、対向してきた車両を認めて狼狽し、ハンドルを左に急転把した過失により、道路左側のガードレールに衝突しそうになり、あわてて右に急転把し、自車の走行の自由を失わせて暴走させ、道路左側に設置してある信号柱に自車左側後部荷 台を激突させその衝撃により、後部荷台に同乗していたV1及びV2の両名を死亡するに至らせ、更に助手席に同乗していたV3に対し全治約2週間の傷害を負わせたものであるが、被告人が自車の後部荷台に右両名が乗車している事実を認識していたとは認定できない」という事案において、「被告人において、右のような無謀ともいうべき自動車運転をすれば人の死傷を伴ういかなる事故を惹起するかもしれないことは、当然認識しえたものというべきであるから、たとえ被告人が自車の後部荷台に前記両名が乗車している事実を認識していなかつたとしても、右両名に関する業務上過失致死罪の成立を妨げない」とした。この判例の捉え方には議論があるが、「故意犯における抽象的法定符号説を過失犯にそのまま転用したもの」との整理がある。□島田小林268-9、辰井和田121-2

 ・故意犯における通説的見解(法定符号説)では、因果関係の錯誤は故意を阻却しない。例えば、「Vを川に落とす→溺れて死亡する」との認識でVを突き落とすという実行行為に出たところ、実際には「Vを川に落とす→(溺れる前に)橋桁に激突して死亡する」との経過を辿った場合、認識と客観的事実は「Vを死亡させる」という殺人罪の構成要件の限度で合致しているので、「現実に生じた因果関係」の認識を欠いても故意犯は成立する。これに対し、過失犯では「現実の具体経過の基本的部分」の予見可能性が要求されている(ホント?)。□辰井和田94-5,122-3

 

大塚裕史『刑法総論の思考方法<新版>』[2005]

島田聡一郎・小林憲太郎『事例から刑法を考える〔第2版〕』[2011]

小林充原著・植村立郎監修・園原敏彦改訂『刑法〔第4版〕』[2015]

小林憲太郎『刑法総論の理論と実務』[2018]

★辰井聡子・和田俊憲『刑法ガイドマップ(総論)』[2019]

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