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玄冬時代

日常の中で思いつくことを気の向くままに書いてみました。

法をたわめても、まげても

2017-08-25 13:46:24 | 歴史

 

今ちょうど史記で「酷吏列伝」章を読んでいる。

最為暴酷驕恣 所愛者 撓法活之 所憎者 法曲誅滅之

最も暴酷驕恣を為す。愛するところの者はをたわめてもこれを活かし憎むところの者は法をまげてもこれを誅滅すると読める。

漢の武帝がBC141年に即位した時の事である。なんと今の日本の安倍官邸にそっくりではないか!政治とか行政とかは2000年前とほとんど変わらないようである

Ancient terracotta army figures in Xian - China Xi'an Terracotta Warrior and Horse

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ありふれた歴史観の行き先

2017-08-22 15:17:13 | 歴史

「温故知新」「歴史は繰り返す」という言葉を使うことがある。そうしたケースがあると人は妙に納得するものだ。しかし、或る歴史家は『歴史には、発展の必然性もないし、法則性もない』と言う。

私はISのテロ活動に日本の攘夷運動、特に1863(文久3)年以降の日常的な暗殺行為に一部重ね合わせて、どこの世界でも、近代への発展過程においては、武器や規模による大小はあっても、一種の必然性をもって起こり得ることかも知れないという安直な捉え方をしていたようだ。

今度のバルセロナのテロの標的がサグラダ・ファミィリアだったかも知れないと報道された時は、こいつは根本から違う、と思った。

回教社会の西欧社会への反発、憎悪による他者への完全否定と思わざるを得ない。この捉えから出てくる方向は自分ながら怖いものがある。

バルセロナ、サグラダ ・ ファミリアサグラダ ・ ファミリア 1

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皮肉なことだが、「安政」は安定した政治ではなかった?

2017-07-02 02:07:12 | 歴史

1854(安政元)年、日米和親条約では、亜墨利加合衆国と帝国日本となっている。帝国とは多くの国を臣従させる大国だそうな。日本は中国を頂点とする所謂冊封体制の外にある高貴な国ということになる。つまり、「独立不羈の國」ということになる。そこで、初めて、戦前の大日本帝国という突飛な高揚感が少し理解できる。(桐原健真『吉田松陰』ちくま新書)

大村益次郎像

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ペリーからの文書

2017-07-01 01:49:26 | 歴史

ペリーが持ってきたフィルモア大統領親書の冒頭に「日本國帝殿下」とある。英語では、imperial majestyとなっていた。英語→蘭語→漢語→日本語に翻訳されたのだろう。しかし、そこには「」(みかど)と記され、徳川幕府に手渡された訳である。教養ある人々は、帝が将軍だとは思わないだろう。尊攘志士はやはりこの國は皇尊(すめらみこと)の國との思いを強くしただろう。

やがてこの文書がボディーブローのようにゆっくり幕府体制に揺らぎを生じさせたのか。実は一片の文書が大砲よりも強烈なパンチがあったのか!ふと、そんな気がし始めた。(通航一覧続輯 第四巻)

芝増上寺

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歴史、解らない

2016-12-07 21:47:28 | 歴史

安政の大獄は何の目的で行われたのか、ちゃんと納得できる歴史書が見当たらない。

俗説は、開国の必要を感じた井伊直弼が、違勅調印を責めた諸侯や攘夷論者を一掃した、という説明がある。時には、一橋慶喜の将軍擁立の勅許を朝廷から得ようと工作したことが理由であるという場合もある。(←坂野潤治『西郷隆盛と明治維新』)

でも、ただ単に、時代の流れが読めない頑固者が、徳川家に文句を言い始めた公家や諸侯を威嚇するためにその部下たちに重罰を科したというのが納得しやすい。

同じように真珠湾攻撃は何の目的でやったのだろうか。これも歴史は明確に語っていない。

ハル・ノートで実質的にアメリカが日本の生きる道を奪ったから、やらざるを得なかった、という説明もある。(←吉田裕『アジア・太平洋戦争』)

現実は、ハワイに停泊している空母や潜水艦を潰しておいて、有利に戦争を進めようという企てでしょ。だから、普通電信で長い電文を送り、大使館員が手間取って、結果騙し討ちになっても構わないと思っていたのでしょ。

ペリー来航の時に開港せずに戦争をしていれば、その時にアメリカに負けていただろう。明治維新後約70年かけて、富国強兵の下に戦備を整え、軍事国家になってアメリカに対して攘夷をやっただけだ。

要するに、欧米の近代国家を基準とすれば、明治以降の日本の国の造り方は見かけだけの近代化であって、その肝心なところは封建的な思考から少しも脱出をしていなかった。

明治維新は結局のところ薩長土肥を始めとする士族【全国3000万国民の7%】(←司馬遼太郎『明治という国家()』)によって行われた、あくまでも士族内の徳川宗家との権力闘争だね。

今や21世紀となって、理由はどうであれ、安倍首相が真珠湾でオバマと共に慰霊をすることは明らかに良い事だと思う。また、トランプが来日した時には、宗教色のない千鳥ヶ淵で慰霊を行ってもらいたいものだ。

 我が家で収穫したミカン

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