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割増賃金に関する合意の効力

2011-01-31 | 日記
労働問題FAQQ14を,以下のとおり改訂しました。

弁護士 藤田 進太郎


Q14 割増賃金に関し,使用者と社員が合意することにより,以下のような定めをすることはできますか?

(1) 週40時間,1日8時間を超えて労働した場合でも残業代を支給しないとすること
(2) 割増部分を特定せずに,残業代込みで月給30万円とか,日当1万6000円などとすること
(3) 日当を1日12時間勤務したことに対する対価とすること
(4) 残業時間にかかわらず,一定額の残業手当(固定残業代)を支給するとすること


〔(1)について〕
 使用者が,社員との間で,週40時間,1日8時間を超えて労働した場合であっても残業代を支払わない旨の合意をしていたとしても,労基法の強行的直律的効力(労基法13条)により当該合意は無効となり,法定時間外労働時間に対応した労基法37条所定の割増賃金(及び通常の賃金)の支払義務を負うことになります。
 したがって,(1)のように,週40時間,1日8時間を超えて労働した場合でも残業代を支給しないとすることはできず(口約束はもちろん,労働者本人のハンコを取っていてもダメです。),残業代を支払わない合意があるから支払わなくても大丈夫だと思って残業代を支払わないでいると,残業代を支払わないことにいったんは納得していた社員が,解雇されたことなどを契機に気が変わって残業代を請求してきたような場合には,使用者は未払となっていた残業代を支払わなければならないことになります。
 年俸制を採った場合であっても,使用者は残業代の支払義務を免れませんので,ご注意下さい。

 中小企業の中には,それなりに高額の基本給・手当・賞与を社員に支給し,昇給までさせているにもかかわらず,残業代は全く支給しない会社が散見されます。
 社員の努力に対しては,基本給・手当・賞与の金額で応えているのだから,それで十分と,経営者が考えているからだと思われます。
 しかし,毎月の基本給等の金額が上がれば割増賃金の単価が上がることになり,かえって,高額の割増賃金の請求を受けるリスクが高くなりますし,賞与の支給は割増賃金の支払の代わりにはなりません。
 高額の基本給・手当・賞与は,社員にとって望ましいことなのかもしれませんが,使用者としては,まずは法律を守る必要があります。
 労基法37条の定める以上の割合による割増賃金の支払をした上で,さらに高額の賞与の支給を行うのであればいいのですが,法律を守らずに,残業代の支払を怠った状態で,高額の賞与等を支給するのは本末転倒です。
 支払う順番を間違えたばかりに,高額の割増賃金請求を受けることのないよう,十分に注意して下さい。

〔(2)について〕
 中小零細企業などでは,(2)のように,割増部分を特定せずに,残業代込みで月給30万円とか,日当1万6000円などなどと約束して,社員を雇っている事例が散見されますが,このような賃金の定め方は,トラブルが多く,訴訟になったら負ける可能性が極めて高いやり方です。
 労働契約書,労働条件通知書,給与明細書などで残業代相当額が明示されていないと,通常の賃金にあたる部分と残業代にあたる部分を判別することができないため,残業代が全く支払われておらず,月給30万円,日当1万6000円全額が残業代算定の基礎となる賃金額であると認定されるのが通常です。

 残業代込みで月給30万円とか,日当1万6000円と約束しており,それで文句が全く出ていないのだから,そのような訴訟が提起されるわけはない,少なくともうちは大丈夫,と思い込んでいる経営者もいるかもしれませんが,甘い考えと言わざるを得ません。
 現実には,解雇などによる退職を契機に,未払残業代を請求するたくさんの労働審判,訴訟等が提起されており,残業代の請求に必要な情報は,インターネットをちょっと検索してみれば,簡単に見つかります。
 また,訴訟になれば,労働者側は必ず,「月給30万円(日当1万6000円)に残業代が含まれているなんて話は聞いたことがない。」と主張するに決まっており,そうなってから使用者側が後悔しても後の祭りです。
 現時点で在籍している社員から文句が出ていないのは,社長の機嫌を損ねて職場に居づらくなるのが嫌だからに過ぎず,解雇されるような事態が生じた場合は,躊躇なく,会社に対して未払残業代の請求をするようになります。
 最近では,退職前であっても,辞めてもらおうと思って退職勧奨をした途端,社員の態度がそれまでとは全く変わってしまい,「それだったら,これまでの未払残業代を支払って下さい。」と強硬に言われたり,素直に業務指示に従わなくなってしまったりして困っているといった事案も散見されるところです。
 残業代の請求を受けてから,「文句があるんだったら,最初から言ってくれればよかったのに。」と嘆く社長さんが大勢いるのは残念なことです。
 本来であれば,全ての会社が,すぐにでも賃金制度を変更して,通常の賃金にあたる部分と残業代にあたる部分を区別できるような形で賃金を支払うようにすればいいのですが,一度,痛い目にあってからでないと,なかなか,対策が採られないというのが実情です。
 そういった無防備な会社をターゲットにした残業代請求が,「ビジネスモデル」として確立しつつある印象ですので,ご注意下さい。

〔(3)について〕
 所定労働時間を1日12時間とすることはできませんが,「1日12時間勤務」の意味が,「1日8時間の所定労働時間内の労働と4時間の時間外労働」という趣旨であると解釈できる場合(「1日12時間勤務」に対する対価として賃金額が明確に合意され,割増部分が特定されているような場合)であれば,(3)のような合意も原則として有効と考えられます。
 ただし,(3)のような合意の仕方は,何時間の対価として賃金額が定められたのかとか,割増部分が特定されているのかという点について,問題が生じやすく,細心の注意を払わないと,(2)の問題として取り扱われて割増賃金の支払を余儀なくされるリスクが高いので,注意が必要です。
 トラブル防止のためにも,1日の賃金額については,例えば,「(8時間分の)日当1万6000円,(4時間分の)時間外勤務手当1万円,合計2万6000円」といったように,1日8時間の所定労働時間内の労働に対する対価の部分と,割増部分とに明確に分けて賃金額を定めることをお勧めします。
 このように,1日8時間の所定労働時間内の労働に対する対価の部分と,割増部分とに明確に分けて賃金額を定めておけば,多少のミスがあっても,全面的に敗訴するリスクは低くなるものと思われます。

〔(4)について〕
 (4)のように,残業時間にかかわらず,一定額の残業手当(固定残業代)を支給するとする合意の効力についてですが,所定労働時間分の賃金と時間外労働分の割増賃金に当たる部分を明確に区分して合意し,かつ,労基法所定の計算方法による額がその額を上回る場合には,その差額を当該賃金の支払期に支払うことを合意しているのであれば,有効と考えられています。

 残業手当の金額が不足している場合は,使用者は不足額について支払義務を負うことになりますので,残業手当の金額が低すぎることがないよう注意する必要があります。
 例えば,基本給21万円,残業手当1万円では,ちょっと残業しただけで,残業手当が不足することになってしまいます。
 とはいえ,初めから極端な長時間労働を予定して,基本給と比較して高額の固定残業代を支払うことにしておかなければならないようでは,労働安全衛生上の問題が生じかねないのではないかとの懸念が生じますし,労働者のモチベーションが下がって優秀な人材を確保する障害になりかねませんので,その金額は,1月あたり45時間分程度までにとどめておくべきなのではないかと考えています。
 例えば,基本給14万円,残業手当8万円といった極端な比率に設定することは,やめるべきでしょう。
 少なくとも,私は,そのような比率で賃金設定のなされている会社で働きたくはありません。
 これでは,長時間労働を当然に予定していることを,宣言しているようなものです。
 また,一か月あたりの平均所定労働時間が160時間の会社でこのような賃金額を定めた場合,基本給14万円÷160時間=875円/時となってしまい,下手するとパート・アルバイトよりも低い時間単価となってしまいます。
 ボーナスを考慮すれば,パート・アルバイトよりも賃金が高くなる可能性はありますが,これでは,働く意欲が削がれ,常に転職先を探しながら仕事をするということになりかねません。

 なお,固定残業代を支給する場合は,基本給の中に一定の金額・時間分の残業代が含まれる扱いにしたり,営業手当等の名目で一定額を支給する扱いにしたりするよりも,「残業手当」等,それが残業手当であることが給与明細書の記載から直ちに分かるよう記載しておくと,労使紛争となるリスクが減少する印象です。
 なぜなら,弁護士等が労働者から相談を受け,割増賃金が不払となっているかどうかを検討する際,給与明細書の記載を参考にすることが多いからです。
 給与明細の残業手当欄に記載されている金額については残業手当の趣旨で支給していることが明らかですが,基本給や営業手当等の欄に記載されている金額についてはその文言から直ちに残業代の支払であることが分からないため,残業手当の趣旨ではないという前提で労働審判等を申し立てられることになりやすく,労使紛争を十分に予防できないことになってしまいます。
 また,入社以来,給与明細書の残業手当欄に十分な金額の残業手当が記載されて支給されているのであれば,そもそも,労働者は残業代については不満に思いませんから,残業代だけのために弁護士等に相談することはないという面もあります。
 労働審判等の対応が会社にとって大きな負担となることは明らかなのですから,訴訟で勝てばいいというものではなく,労使紛争が生じないようにするための方法を考えていくことが重要です。
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