Q7配転命令を拒否した正社員を解雇することはできますか?
使用者に配転命令権限があるというためには,対象社員の個別的同意は必ずしも必要ではなく,就業規則の規定,入社時の包括的同意書があれば足りると考えるのが通常です。
また,配転命令権限に関する就業規則の規定,包括的同意書が存在しない場合であっても,当該労働契約の解釈として,使用者に配転命令権限が付与されていると解釈できることもあります。
東亜ペイント事件における最高裁第二小法廷昭和61年7月14日判決は,使用者の転勤命令権限に関し,「思うに,上告会社の労働協約及び就業規則には,上告会社は業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり,現に上告会社では,十数か所の営業所等を置き,その間において従業員,特に営業担当者の転勤を頻繁に行っており,被上告人は大学卒業資格の営業担当者として上告会社に入社したもので,両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかったという前記事情の下においては,上告会社は個別的同意なしに被上告人の勤務場所を決定し,これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。」と判示しています。
転勤命令の有効性が争われた場合,勤務地限定の合意があったとの主張が労働者側からなされることが多いですが,勤務地が複数ある会社の正社員については,勤務地限定の合意はなかなか認定されませんので,就業規則に転勤命令権限についての規定を置き,入社時の誓約書で転勤等に応じること,就業規則を遵守すること等を誓約してもらっておけば,特段の事情がない限り,訴訟対策としては十分だと思います。
なお,平成11年1月29日基発45号では,労働条件通知書の「就業の場所」欄には,「雇入れ直後のものを記載することで足りる」とされていますが,わざわざ「将来の就業場所や従事させる業務を併せ網羅的に明示することは差し支えない」とされているのは,雇入れ直後の就業場所の記載があることを理由に勤務地限定の合意があったと主張する労働者がいるからです。
単に雇入れ直後の就業場所を記載するだけではなく,それが雇入れ直後の就業場所に過ぎないことや支店への転勤もあり得ることを明示しておけば,紛争を予防できる可能性が高くなります。
使用者による配転命令は,①業務上の必要性が存しない場合,②不当な動機・目的をもってなされたものである場合,③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情のある場合でない限り権利の濫用にならないと考えられており,①業務上の必要性については使用者の裁量が広く認められていますので,②不当な動機・目的の有無,③労働者の不利益が配転に伴い通常甘受すべき程度のものかどうかを中心に検討することになるケースが多いものと思われます。
この点,上記東亜ペイント事件最高裁判決は,「そして,使用者は業務上の必要に応じ,その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが,転勤,特に転居を伴う転勤は,一般に,労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから,使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく,これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ,当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情の存する場合でない限りは,当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても,当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示し,使用者の広範な配転命令権限を肯定しています。
ただし,現在の社会状況は東亜ペイント事件が発生した昭和48年~昭和49年とは大きく異なっており,出産・育児・介護等に対する配慮の必要性が高まっています。
出産・育児・介護等に対する配慮が不十分な場合は,③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとして,配転命令が無効と判断されるリスクが高くなってきていますので,注意が必要です。
配転命令を拒否した正社員を解雇することができるかという問題についてですが,配転命令に不当な動機・目的がある場合,当該正社員の被る不利益が著しい場合等,配転命令が無効の場合は,業務命令違反を理由とする解雇をすることはできません。
他方,有効な配転命令を正社員が拒否した場合は重大な業務命令違反となりますので,通常は解雇が認められることになります。
ただし,有効な配転命令に従わないことを理由とする懲戒解雇が無効とされた事例も存在するので注意が必要です。
そのような事案では,懲戒解雇が性急に過ぎることが問題とされることが多く,適切な手続を踏んでさえいれば有効に懲戒解雇できたのではないかとも考えられます。
したがって,使用者としては,配転命令に従わない社員がいたからといって,「待ってました!」と言わんばかりに性急に解雇してはならず,社員が配転命令に従うかどうかを考えるための適切な手続を踏んだ上で解雇に踏み切るべきと考えます。
メレスグリオ事件東京高裁平成12年11月29日判決(労判799-17)は,配転命令を有効と判断し,懲戒解雇事由該当性を肯定しながら,以下のとおり,解雇権を濫用したものとして,懲戒解雇を無効と判断しています。
「被控訴人は,控訴人に対し,職務内容に変更を生じないことを説明したにとどまり,本件配転後の通勤所要時間,経路等,控訴人において本件配転に伴う利害得失を考慮して合理的な決断をするのに必要な情報を提供しておらず,必要な手順を尽くしていないと評することができる。このように,生じる利害得失について控訴人が判断するのに必要な情報を提供することなくしてされた本件配転命令に従わなかったことを理由とする懲戒解雇は,性急に過ぎ,生活の糧を職場に依存しながらも,職場を離れればそれぞれ尊重されるべき私的な生活を営む労働者が配転により受ける影響等に対する配慮を著しく欠くもので,権利の濫用として無効と評価すべきである。」
三和事件東京地裁平成12年2月18日判決(労判783-102)は,配転命令を有効と判断し,懲戒解雇事由該当性を肯定しながら,以下のとおり,解雇権を濫用したものとして,懲戒解雇を無効と判断しています。
「原告らは本件配転命令を拒否していたとはいえ,話し合い等により納得すれば配置転換に応ずる旨述べていたこと,原告らの採用の経緯にかんがみれば,原告らが本件配転命令に難色を示すのも無理からぬものがあること,仮に三和労組が本件配転命令後に結成されたものであるとしても,本件配転命令は原告らの労働条件に関わるものであるから,被告にはこの問題に関し団体交渉に応ずる義務があったにもかかわらず,これを拒否したものであって,労働組合法7条2号に該当する不当労働行為であるといわざるを得ないことからすれば,被告は,少なくとも,団体交渉の継続を約束した上で,就労開始日以降の業務での就労を認めるべきであって,右のような手続を経ることなく,就労開始日を待たずにされた本件懲戒解雇は,その余の手続の適正について論じるまでもなく,手続の適正を欠き,解雇権を濫用するものとして無効であるというべきである。」
弁護士 藤田 進太郎
使用者に配転命令権限があるというためには,対象社員の個別的同意は必ずしも必要ではなく,就業規則の規定,入社時の包括的同意書があれば足りると考えるのが通常です。
また,配転命令権限に関する就業規則の規定,包括的同意書が存在しない場合であっても,当該労働契約の解釈として,使用者に配転命令権限が付与されていると解釈できることもあります。
東亜ペイント事件における最高裁第二小法廷昭和61年7月14日判決は,使用者の転勤命令権限に関し,「思うに,上告会社の労働協約及び就業規則には,上告会社は業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり,現に上告会社では,十数か所の営業所等を置き,その間において従業員,特に営業担当者の転勤を頻繁に行っており,被上告人は大学卒業資格の営業担当者として上告会社に入社したもので,両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかったという前記事情の下においては,上告会社は個別的同意なしに被上告人の勤務場所を決定し,これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。」と判示しています。
転勤命令の有効性が争われた場合,勤務地限定の合意があったとの主張が労働者側からなされることが多いですが,勤務地が複数ある会社の正社員については,勤務地限定の合意はなかなか認定されませんので,就業規則に転勤命令権限についての規定を置き,入社時の誓約書で転勤等に応じること,就業規則を遵守すること等を誓約してもらっておけば,特段の事情がない限り,訴訟対策としては十分だと思います。
なお,平成11年1月29日基発45号では,労働条件通知書の「就業の場所」欄には,「雇入れ直後のものを記載することで足りる」とされていますが,わざわざ「将来の就業場所や従事させる業務を併せ網羅的に明示することは差し支えない」とされているのは,雇入れ直後の就業場所の記載があることを理由に勤務地限定の合意があったと主張する労働者がいるからです。
単に雇入れ直後の就業場所を記載するだけではなく,それが雇入れ直後の就業場所に過ぎないことや支店への転勤もあり得ることを明示しておけば,紛争を予防できる可能性が高くなります。
使用者による配転命令は,①業務上の必要性が存しない場合,②不当な動機・目的をもってなされたものである場合,③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情のある場合でない限り権利の濫用にならないと考えられており,①業務上の必要性については使用者の裁量が広く認められていますので,②不当な動機・目的の有無,③労働者の不利益が配転に伴い通常甘受すべき程度のものかどうかを中心に検討することになるケースが多いものと思われます。
この点,上記東亜ペイント事件最高裁判決は,「そして,使用者は業務上の必要に応じ,その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが,転勤,特に転居を伴う転勤は,一般に,労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから,使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく,これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ,当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情の存する場合でない限りは,当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても,当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示し,使用者の広範な配転命令権限を肯定しています。
ただし,現在の社会状況は東亜ペイント事件が発生した昭和48年~昭和49年とは大きく異なっており,出産・育児・介護等に対する配慮の必要性が高まっています。
出産・育児・介護等に対する配慮が不十分な場合は,③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとして,配転命令が無効と判断されるリスクが高くなってきていますので,注意が必要です。
配転命令を拒否した正社員を解雇することができるかという問題についてですが,配転命令に不当な動機・目的がある場合,当該正社員の被る不利益が著しい場合等,配転命令が無効の場合は,業務命令違反を理由とする解雇をすることはできません。
他方,有効な配転命令を正社員が拒否した場合は重大な業務命令違反となりますので,通常は解雇が認められることになります。
ただし,有効な配転命令に従わないことを理由とする懲戒解雇が無効とされた事例も存在するので注意が必要です。
そのような事案では,懲戒解雇が性急に過ぎることが問題とされることが多く,適切な手続を踏んでさえいれば有効に懲戒解雇できたのではないかとも考えられます。
したがって,使用者としては,配転命令に従わない社員がいたからといって,「待ってました!」と言わんばかりに性急に解雇してはならず,社員が配転命令に従うかどうかを考えるための適切な手続を踏んだ上で解雇に踏み切るべきと考えます。
メレスグリオ事件東京高裁平成12年11月29日判決(労判799-17)は,配転命令を有効と判断し,懲戒解雇事由該当性を肯定しながら,以下のとおり,解雇権を濫用したものとして,懲戒解雇を無効と判断しています。
「被控訴人は,控訴人に対し,職務内容に変更を生じないことを説明したにとどまり,本件配転後の通勤所要時間,経路等,控訴人において本件配転に伴う利害得失を考慮して合理的な決断をするのに必要な情報を提供しておらず,必要な手順を尽くしていないと評することができる。このように,生じる利害得失について控訴人が判断するのに必要な情報を提供することなくしてされた本件配転命令に従わなかったことを理由とする懲戒解雇は,性急に過ぎ,生活の糧を職場に依存しながらも,職場を離れればそれぞれ尊重されるべき私的な生活を営む労働者が配転により受ける影響等に対する配慮を著しく欠くもので,権利の濫用として無効と評価すべきである。」
三和事件東京地裁平成12年2月18日判決(労判783-102)は,配転命令を有効と判断し,懲戒解雇事由該当性を肯定しながら,以下のとおり,解雇権を濫用したものとして,懲戒解雇を無効と判断しています。
「原告らは本件配転命令を拒否していたとはいえ,話し合い等により納得すれば配置転換に応ずる旨述べていたこと,原告らの採用の経緯にかんがみれば,原告らが本件配転命令に難色を示すのも無理からぬものがあること,仮に三和労組が本件配転命令後に結成されたものであるとしても,本件配転命令は原告らの労働条件に関わるものであるから,被告にはこの問題に関し団体交渉に応ずる義務があったにもかかわらず,これを拒否したものであって,労働組合法7条2号に該当する不当労働行為であるといわざるを得ないことからすれば,被告は,少なくとも,団体交渉の継続を約束した上で,就労開始日以降の業務での就労を認めるべきであって,右のような手続を経ることなく,就労開始日を待たずにされた本件懲戒解雇は,その余の手続の適正について論じるまでもなく,手続の適正を欠き,解雇権を濫用するものとして無効であるというべきである。」
弁護士 藤田 進太郎