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阪急トラベルサポート事件東京地裁平成22年9月29日判決(労経速2089-3)

2011-01-29 | 日記
本件は,被告株式会社阪急トラベルサポートに登録型派遣社員として雇用されて,株式会社阪急交通社に派遣添乗員として派遣され,本件派遣先が主催する募集型企画旅行の添乗員業務に従事していた原告らが,
① 派遣添乗員には,労働基準法38条の2が定める事業場外のみなし制の適用はなく,法定労働時間を超える部分に対する割増賃金が支払われるべきである
② 7日間連続して働いた場合には,最後の1日は休日出勤したものとして休日労働に対する割増賃金が支払われるべきである
と主張して,未払割増賃金及びこれに対する各支払期日の翌日から各支払済みまで商事法定利率である年6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,未払割増賃金と同額の付加金及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで民事法定利率である年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案です。

本判決は,原告らによる添乗業務は,社会通念上「労働時間を算定し難いとき」に該当し,本件みなし制度が適用されるべきであると判断した上で,
「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」については,原告らの従事した添乗業務(ツアー)ごとに判定するという方法,具体的には原則として,添乗日報の記載を基準として,始業時刻と終業時刻を判定し,適宜休憩時間を控除することとし,添乗日報がない場合において,行程表や最終日程表を補助的に用いるという方法を採用しました。
また,使用者が休日を設けることなく労働者を連続して就労させた場合,使用者は,第7日目において,労働基準法35条に違反して労働者を労働させたこととなるから,当該日を「休日労働」として扱うのが相当であると判断しました。
そして,日当の趣旨については,11時間分の対価として日当額を定められたものとは認められず,添乗員の賃金(日当)額は,労働基準法の定める通常所定労働時間(8時間)の対価として定められたものであると解するのが相当であると判断しました。
その上で,それなりに大きな金額の割増賃金及び付加金の支払が命じられています。

本件の問題点としては,日当額が安い点(国内ツアーだと日当8500円,海外ツアーでも日当1万1300円というものがあります。これが時間外割増賃金込み(11時間分)の日当だとしたら,海外ツアーでも時給1000円を切ってしまうケースがあるということになります。)が気になりますが,そういった実際上の話はさておき,法律論としては,
まず,原告らによる添乗業務は,社会通念上「労働時間を算定し難いとき」に該当し,本件みなし制度が適用されると判断している点が注目されます。
従来は,「労働時間を算定し難いとき」には該当しないとして,みなし制度の適用自体を否定する裁判例が多かったところ,7月判決と同様,みなし制度の適用自体は肯定しました。
労働基準法38条の2を立法した当時の国会における審議内容を主張立証したことの影響が大きかったものと思われます。
しかし,「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」や日当の趣旨を検討した上で,結局,割増賃金の請求は認められていますので,みなし制度が認められたとしても,それだけでは使用者側にとって,大きなメリットはありません。
今後,みなし制度の適用の有無ではなく,「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」の認定,賃金が何の対価として支払われているかといった問題が主戦場となるケースが増えてくるかもしれません。

使用者側の対策としては,まず,「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」について,労使協定を締結しておくことが重要となります。
本判決からも,労使協定が有効に締結されていれば,余程の事情がない限り,裁判所もそれを尊重して判断するであろうことが読み取れると思います。

次に,割増部分を特定して,賃金を支給することが重要となります。
本件のようなみなし労働時間の事案であれば,1日11時間労働したとみなす旨の労使協定が存在し,労働時間が1日11時間とみなされるような場合には,11時間分の労働の対価として日当を支払う旨定めても,有効とされやすいでしょうし,計算上の不都合も生じないかもしれません。
ただ,一般論としては,割増賃金の金額をその他の賃金の金額とできるだけ明確に分け,別々に規定しておくことをお勧めします(個人的には,労働時間みなし制の場合も,割増部分を分けて金額を明示して記載すべきと考えています。)。
例えば,1日11時間の勤務が予定されている場合には,「(8時間分の)日当1万6000円,(3時間分の)時間外勤務手当7500円,合計2万3500円」といったように,割増部分が明確に分かるようにしておくのが望ましいと考えます。
1日の日当が「11時間の労働に対する対価」であることが明らかな事案であれば,「日当2万3500円」といった記載も有効となり得るとは思います。
ただ,みなし制の適用がなく,残業時間が増減し,11時間を超えて労働した場合に追加で割増賃金を支払わなければならないような事案では,方程式を解くようなやり方をしなければ,追加で支払うべき残業代の金額が算定できないという不都合が生じるかもしれません。
何時間分の労働に対する対価なのか不明な場合は,8時間の労働に対する対価であり,残業代が全く支払われていないと認定されてしまうリスクが高いものと思われます。
何時間分の労働の対価なのかを明確にせず,「1日仕事したら,日当2万円」などと定めた場合,2万円は8時間の労働に対する対価であり,1日11時間働けば,3時間分の残業代の請求ができるということになってしまうリスクが高いので,ご注意下さい。

「基本給○○万円(残業代45時間分を含む。)」などと定めた場合,通常の時間外労働と単価の違う深夜の時間外労働時間や,法定休日労働時間と「45時間」の関係ついて,必ずしも明らかではないケースも散見されます。
残業代の計算が難しい定め方をする会社は,何時間残業しても,決まった金額以上,残業代が支給されないから,複雑な計算をしなければ加算部分の残業代を計算できないような定め方をしていても,不都合がないため,そのような定め方をしているのではないかという疑念が生じますので,注意が必要です。
割増部分を特定する方法として,金額で特定する方法と,時間で特定する方法がありますが,シンプルに考えるのであれば,金額で特定した方がいいと思われます。
固定残業代制を取る場合,時間外・深夜・休日割増賃金の合計額の趣旨で毎月8万円支給するという形にすれば,8万円までの範囲では,内訳如何にかかわらず,割増賃金の支払がなされたことになるケースがほとんどと思われます。

本判決は,労働基準法38条の2の趣旨,「労働時間を算定し難いとき」について,以下のように判断しています。

労働基準法38条の2第1項は,労働者が事業場外で業務に従事した場合において,労働時間を算定し難いときには所定労働時間労働したものとみなすこととし(同項本文),当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合には「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」労働したものとみなす(同項但書)旨を規定しているところ,本件みなし制度は,事業場外における労働について,使用者による直接的な指揮監督が及ばず,労働時間の把握が困難であり,労働時間の算定に支障が生じる場合があることから,便宜的な労働時間の算定方法を創設(許容)したものであると解される。
そして,使用者は,本来,労働時間を把握・算定すべき義務を負っているのであるから,本件みなし制度が適用されるためには,例えば,使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに,労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りず,具体的事情(当該業務の内容・性質,使用者の具体的な指揮命令の程度,労働者の裁量の程度等)において,社会通念上,労働時間を算定し難い場合であるといえることを要するというべきである。
なお,本件通達は,社会通念上「労働時間を算定し難いとき」に該当するか否かを検討する際の行政指針であって,本件通達除外事例は「労働時間を算定し難い」ときに該当しない主な具体例を挙げたものと解すべきである。

また,本判決は,みなし労働時間に関し,以下のような観点を示しています。

労働基準法38条の2第1項但書は,「通常想定される時間」という文言を用いており,国会における審議内容にかんがみても,同法は,個別具体的な事情を捨象した上でみなし労働時間を判定することを予定しているものと解される。
そうすると,労働者の個性や業務遂行の現実的経過に起因して,実際の労働時間に差異が生じ得るとしても,(実労働時間の把握が困難である以上,)基本的には,個別具体的な事情は捨象し,いわば平均的な業務内容及び労働者を前提として,その遂行に通常必要とされる時間を算定し,これをみなし労働時間とすることを予定しているものと解される。
ただし,前述したとおり,労働基準法は,事業場外労働の性質にかんがみて,本件みなし制度によって,使用者が労働時間を把握・算定する義務を一部免除したものにすぎないのであるから,同法は,本件みなし制度の適用結果(みなし労働時間)が,現実の労働時間と大きく乖離しないことを予定(想定)しているものと解される。
すなわち,労働時間を把握することが困難であるとして,本件みなし制度が適用される以上,現実の労働時間との差異自体を問題とすることは相当ではないが,他方において,本件みなし制度は,当該業務から通常想定される労働時間が,現実の労働時間に近似するという前提に立った上で便宜上の算定方法を許容したものであるから,みなし労働時間の判定に当たっては,現実の労働時間と大きく乖離しないように留意する必要があるというべきである。

(反証を許さない)「みなし」制度であるにもかかわらず,「現実の労働時間と大きく乖離しないように留意する必要があるというべきである」とするのは,なかなか,大変というか,苦しいところです。
裁判官の苦労の跡が読み取れます。
こんなことにならないよう,やはり,みなし時間について,労使協定をしっかり締結しておくべきだと思います。

本判決は,休日を取らせないで連続して就労させた場合の休日について,以下のように判断しています。

労働基準法35条1項は,使用者は労働者に対し,毎週少なくとも1回の休日を与えなければならない旨を定めているところ,ここにいう「休日」とは,当該労働契約において労働義務がない日とされている日をいうものと解される。
したがって,使用者が労働基準法35条1項を遵守しているかどうかは,特段の事情がない限り,当該労働契約の契約期間に含まれている「週」について,少なくとも1回の休日を与えているかによって判断すべきこととなる(なお,1週間に満たない有期労働契約の場合,特段の事情がない限り,当該労働期間において労働基準法35条2項は問題とならないと解される。)。
この点,被告は,労働契約の期間内か期間外かにかかわらず,労働義務を負っていない日は,労働基準法上の「休日」に該当する旨を主張するが,そもそも労働契約関係になければ,「休日」の付与による労働義務からの解放は問題になり得ないというべきである。
例えば,被告の主張を前提にすると,4週間未満の有期労働契約であれば,当該期間内に休日を付与しなくても何ら問題はないということになるが,このような結論が妥当性を欠くことは明らかであり,被告の前記主張を採用することはできない。

使用者が「休日」を設けることなく労働者を連続して就労させた場合,使用者は,「第7日目において,労働基準法35条に違反して労働者を労働させたこととなるから,当該日を「休日労働」として取り扱うのが相当である。

本判決は,8時間を超える労働時間に対するものとして賃金額を合意した場合の効力について,以下のように述べています。

通常所定労働時間(8時間)を超えて労働することを内容とする労働契約は,労働時間の部分については,労働基準法の定める基準に達しておらず,無効であるというべきである(同法13条)。
しかしながら,使用者と労働者が,通常所定労働時間を超える労働時間(契約時間)に対するものとして賃金額を合意した場合,(例えば最低賃金額に抵触するなどの事情がある場合は別論として,)労働契約のうち当該賃金額に関する部分は,原則として有効と解される。
したがって,契約時間分に対する対価として賃金額が明確に合意され(割増賃金額を含むのであれば,当該割増部分が特定される必要がある。),当該合意に基づき賃金が支払われている場合においては,基礎賃金額(「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額」)は,契約時間と賃金額から計算されることになると解される。

特に,「契約時間分に対する対価として賃金額が明確に合意され(割増賃金額を含むのであれば,当該割増部分が特定される必要がある。)」という部分に注意する必要があります。

弁護士 藤田 進太郎