東京オペラシティアートギャラリー 2010年7月28日(水)-10月3日(日)
展覧会のご紹介サイトはこちら
思えば、この5年間ほどの間にも東京及び近郊でベルギーの近代美術作品を観る機会は案外あり、私もいくつか足を運んでいる。そのうちに「ベルギー近代絵画」と聞くと、ヨーロッパ、とりわけフランスの芸術運動の影響の中で語られる解説パネルが浮かび、印象派やバルビゾン派っぽい風景画で幕を開け、美しくもどことなく不穏な感じの象徴派、そして線描・色面ともごっつい表現主義が続いて、最後はシュールレアリスム(マグリットとデルヴォー)で終わるという、まるでコース料理を食しているような画一的なイメージが私の中で出来上がった。
たった数回観ただけでちょっと乱暴な言いようかもしれないが、今回の展覧会も、以下の通り大方私のイメージ通りの構成でありました:
第1章 アカデミスム、外光主義、印象主義
第2章 象徴主義とプリミティヴィスム
第3章 ポスト・キュビスム・フランドル表現主義と抽象芸術
第4章 シュルレアリスム
ところでアントワープという都市はどうしても中世のイメージが強いが、チラシによると近年はファッションの中心地としても知られ、最先端のカルチャーシーンを牽引する都市の一つだそうだ。ルーベンスのコレクションで有名なアントワープ王立美術館にも質量ともに名高い近代絵画のコレクションがあるそうで、今回はその中から19世紀末から20世紀中頃までのベルギー絵画、39作家による70点が出展。うち63点が日本初公開、ということはほとんどが初公開ってことですね。
実は図録はおろかポストカードも1枚も買っていないので、走り書いたメモを見ながら感想を留めておきたいと思います。
『陽光の降り注ぐ小道』 フランツ・クルテンス (1894年) *第1章
159.0x108.0cmの縦長の画面の真ん中に、手前からすっと向こうへ伸びる森の小道。両側にはキャンバス一杯の高さに伸びる背の高い並木が繁り、幹肌や小道の上に木漏れ日が柔らかく散らばる。そこに余計なものは何もなく、画家が画面に再現したかったものがダイレクトに伝わってくる感じがする。ああ、この小道は涼しい空気が吹き抜けていくのだろうなぁ。。。
『公園にいるストローブ娘』 ジャン・バティスト・デ・グレーフ (1884-86年) *第1章
一見普通の印象派っぽい絵だけれど、少女の堅苦しいポーズと表情が面白い。明るい公園の緑の中で、この少女はなんでこんなにしゃちほこばっているのでしょうか?こちらに向ける険しい眼差しに口を結んだ硬い面持ち、ぎゅっと握りしめた左手、地面を踏みしめた足元。後ろにいる羊も何だか唐突な感じがしないでもない。
『待ち合わせ』 ジェームズ・アンソール (1882年) *第1章
ゆらゆらとした筆触で画面に立ち現れる、テーブルに座る女性の姿と、外から室内に差し込む光の表現が印象的。
『西フランドルの風景』 アルフレッド・フィンチ (1888年) *第1章
おお、これはモロにスーラですね。パネルの解説に、ベルギーで結成された「二十人会」はフランスの印象派、新印象派、ポスト印象派を積極的に国内に紹介する中、スーラの影響はとても大きく、点描が流行したとあるが、まさにそれを裏付ける作例。後ろの麦畑でしょうか、黄色っぽい色が、先のオルセー所蔵のポスト印象派展で観たスーラの作品の黄色を思わせる。
『カルヴァリーの庭』 シャルル・メルテンス (1914-19年) *第1章
イギリスのヴィクトリアン朝絵画(ヒューズあたりかな)を思わせるような主題。瀟洒な石造りの邸宅の後ろにある緑したたる庭で、女性がゆったりと椅子に座っている。傍らには、中央の甕から水の溢れる小さな池や、テーブルの上に乗った銀のティーセット。こんな細密な絵が、クレヨンで描かれているなんて。
『フランドル通りの軍楽隊』 ジェームズ・アンソール (1891年) *第2章
小さい作品だけれど、建物やその間の道を行進する軍楽隊の細密な描き込みがすごい。上方の空にうっすら入れられたピンク色が、私にはとてもアンソールっぽく感じられる。それにしてもアンソールって本当に多様な絵の描き手ですね~。
『咲き誇るシャクナゲ』 レオン・フレデリック (1907年) *第2章
私にはこの絵が象徴主義の作品と言われても余りピンと来ず、普通によい絵に見えた。クノップフやスピリアールトらと同じ部屋に並ぶとなおさら。
『エドモン・クノップフ』 フェルナン・クノップフ (1881年) *第2章
部屋でくつろいでいるお父さんの横顔の肖像画だというのに、目に入った瞬間、何でこんなにギョッとするのだろう?
『フランドルの冬景色』 ヴェレリウス・デ・サデレール (1928年) *第2章
実は心の中で、フランスやらドイツやら言ってないで(ああ、また暴言)自国フランドルの巨匠たちのDNAを溢れさすベルギーの近代画家っていないのだろうか、と思っていたところ、この絵が目の前に。おお、近代のブリューゲルよ!と言われて画家本人が(そして墓の中のピーテル・ブリューゲルが)ハッピーかどうかわからないが、これはまさにあの静謐な冬の世界であります。ただしサデレールの作品の方は空の占める割合が広くて(上方から闇と冷気が降りてくるよう)、人物も一切排除され、木々も滑らか(右側の数本の木々は歩いているようにも)。外来の表現主義と自国の伝統美が美しく融合しているように私の目には映りました。
『海辺の女』 レオン・スピリアールト (1909年) *第2章
スピリアールトの作品が、その繊細で気難しそうな表情を湛えた自画像なども含め数点並ぶ一角は、えも言われぬ神秘的な雰囲気を醸し出していた。この絵は、黒いドレスを着た女性が海の防波堤の手すりに両手を置き、やや首を垂れて海面をじっと見降ろしている後ろ姿。ほとんどモノトーンの世界で、さめざめとした波と共に女性の懊悩が渦巻いているようだ。ちょっとムンクを想起した。
『リキュールを飲む人たち』 グスターヴ・ファン・デ・ウーステイネ (1922年) *第3章
一瞬、一人の男性が二人の女性とテーブルを囲んでエレガントに語らっているのかと思いきや、男性の手にはパレットと筆が握られ、女性二人は周りを額縁で囲まれている。いわゆる画中画です。ポストカードを買おうかと思ったら、肝心の画中画の額縁部分が切れてしまっていたので止めてしまった。同じ角度に首を曲げる女性二人の空虚な表情がちょっと不気味。
『嵐の岬』 ルネ・マグリット (1964年) *第4章
地中の中に埋まった木箱の中で、おじいさんがまるで家のベッドで寝ているがごとく毛布にくるまり、枕を当てがって横向きに寝ている。その真上の地上にはドカンと大きな岩。チラシに使われている『9月16日』(1956年)も美しい絵だったけれど、今回はこちらの方が印象に残った。
尚、本展のチケットで観られるオペラシティの収蔵品展「幻想の回廊」も、シュールレアリスムの延長で楽しめる作品が沢山並んでいるので是非お立ち寄りを。
『冬の旅Ⅱ』 川村悦子 (1988)
結露した水滴が流れる暖かい部屋の窓から覗いている景色かと思えば、その景色には緑があって冬とは思えず。なんていろいろ考えながら。。。
また、「project N」と呼ばれる展覧会シリーズとして、廊下には川見俊の作品がズラリ。私は2009年度のVOCA展で出会った画家だが、のっぺり平坦に塗りたくられた家と、それを取り囲む草木の柔らかい筆触とのアンバランスさが面白い画面を生み出している。実はこれらの家は愛知県や静岡県に実在する、ペンキで塗装された木造民家だそで、画家は試行錯誤の上、ペンキで板の上に描くという手法でこの『地方の家』シリーズを追及している。
『地方の家51』 川見俊 (2010)
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思えば、この5年間ほどの間にも東京及び近郊でベルギーの近代美術作品を観る機会は案外あり、私もいくつか足を運んでいる。そのうちに「ベルギー近代絵画」と聞くと、ヨーロッパ、とりわけフランスの芸術運動の影響の中で語られる解説パネルが浮かび、印象派やバルビゾン派っぽい風景画で幕を開け、美しくもどことなく不穏な感じの象徴派、そして線描・色面ともごっつい表現主義が続いて、最後はシュールレアリスム(マグリットとデルヴォー)で終わるという、まるでコース料理を食しているような画一的なイメージが私の中で出来上がった。
たった数回観ただけでちょっと乱暴な言いようかもしれないが、今回の展覧会も、以下の通り大方私のイメージ通りの構成でありました:
第1章 アカデミスム、外光主義、印象主義
第2章 象徴主義とプリミティヴィスム
第3章 ポスト・キュビスム・フランドル表現主義と抽象芸術
第4章 シュルレアリスム
ところでアントワープという都市はどうしても中世のイメージが強いが、チラシによると近年はファッションの中心地としても知られ、最先端のカルチャーシーンを牽引する都市の一つだそうだ。ルーベンスのコレクションで有名なアントワープ王立美術館にも質量ともに名高い近代絵画のコレクションがあるそうで、今回はその中から19世紀末から20世紀中頃までのベルギー絵画、39作家による70点が出展。うち63点が日本初公開、ということはほとんどが初公開ってことですね。
実は図録はおろかポストカードも1枚も買っていないので、走り書いたメモを見ながら感想を留めておきたいと思います。
『陽光の降り注ぐ小道』 フランツ・クルテンス (1894年) *第1章
159.0x108.0cmの縦長の画面の真ん中に、手前からすっと向こうへ伸びる森の小道。両側にはキャンバス一杯の高さに伸びる背の高い並木が繁り、幹肌や小道の上に木漏れ日が柔らかく散らばる。そこに余計なものは何もなく、画家が画面に再現したかったものがダイレクトに伝わってくる感じがする。ああ、この小道は涼しい空気が吹き抜けていくのだろうなぁ。。。
『公園にいるストローブ娘』 ジャン・バティスト・デ・グレーフ (1884-86年) *第1章
一見普通の印象派っぽい絵だけれど、少女の堅苦しいポーズと表情が面白い。明るい公園の緑の中で、この少女はなんでこんなにしゃちほこばっているのでしょうか?こちらに向ける険しい眼差しに口を結んだ硬い面持ち、ぎゅっと握りしめた左手、地面を踏みしめた足元。後ろにいる羊も何だか唐突な感じがしないでもない。
『待ち合わせ』 ジェームズ・アンソール (1882年) *第1章
ゆらゆらとした筆触で画面に立ち現れる、テーブルに座る女性の姿と、外から室内に差し込む光の表現が印象的。
『西フランドルの風景』 アルフレッド・フィンチ (1888年) *第1章
おお、これはモロにスーラですね。パネルの解説に、ベルギーで結成された「二十人会」はフランスの印象派、新印象派、ポスト印象派を積極的に国内に紹介する中、スーラの影響はとても大きく、点描が流行したとあるが、まさにそれを裏付ける作例。後ろの麦畑でしょうか、黄色っぽい色が、先のオルセー所蔵のポスト印象派展で観たスーラの作品の黄色を思わせる。
『カルヴァリーの庭』 シャルル・メルテンス (1914-19年) *第1章
イギリスのヴィクトリアン朝絵画(ヒューズあたりかな)を思わせるような主題。瀟洒な石造りの邸宅の後ろにある緑したたる庭で、女性がゆったりと椅子に座っている。傍らには、中央の甕から水の溢れる小さな池や、テーブルの上に乗った銀のティーセット。こんな細密な絵が、クレヨンで描かれているなんて。
『フランドル通りの軍楽隊』 ジェームズ・アンソール (1891年) *第2章
小さい作品だけれど、建物やその間の道を行進する軍楽隊の細密な描き込みがすごい。上方の空にうっすら入れられたピンク色が、私にはとてもアンソールっぽく感じられる。それにしてもアンソールって本当に多様な絵の描き手ですね~。
『咲き誇るシャクナゲ』 レオン・フレデリック (1907年) *第2章
私にはこの絵が象徴主義の作品と言われても余りピンと来ず、普通によい絵に見えた。クノップフやスピリアールトらと同じ部屋に並ぶとなおさら。
『エドモン・クノップフ』 フェルナン・クノップフ (1881年) *第2章
部屋でくつろいでいるお父さんの横顔の肖像画だというのに、目に入った瞬間、何でこんなにギョッとするのだろう?
『フランドルの冬景色』 ヴェレリウス・デ・サデレール (1928年) *第2章
実は心の中で、フランスやらドイツやら言ってないで(ああ、また暴言)自国フランドルの巨匠たちのDNAを溢れさすベルギーの近代画家っていないのだろうか、と思っていたところ、この絵が目の前に。おお、近代のブリューゲルよ!と言われて画家本人が(そして墓の中のピーテル・ブリューゲルが)ハッピーかどうかわからないが、これはまさにあの静謐な冬の世界であります。ただしサデレールの作品の方は空の占める割合が広くて(上方から闇と冷気が降りてくるよう)、人物も一切排除され、木々も滑らか(右側の数本の木々は歩いているようにも)。外来の表現主義と自国の伝統美が美しく融合しているように私の目には映りました。
『海辺の女』 レオン・スピリアールト (1909年) *第2章
スピリアールトの作品が、その繊細で気難しそうな表情を湛えた自画像なども含め数点並ぶ一角は、えも言われぬ神秘的な雰囲気を醸し出していた。この絵は、黒いドレスを着た女性が海の防波堤の手すりに両手を置き、やや首を垂れて海面をじっと見降ろしている後ろ姿。ほとんどモノトーンの世界で、さめざめとした波と共に女性の懊悩が渦巻いているようだ。ちょっとムンクを想起した。
『リキュールを飲む人たち』 グスターヴ・ファン・デ・ウーステイネ (1922年) *第3章
一瞬、一人の男性が二人の女性とテーブルを囲んでエレガントに語らっているのかと思いきや、男性の手にはパレットと筆が握られ、女性二人は周りを額縁で囲まれている。いわゆる画中画です。ポストカードを買おうかと思ったら、肝心の画中画の額縁部分が切れてしまっていたので止めてしまった。同じ角度に首を曲げる女性二人の空虚な表情がちょっと不気味。
『嵐の岬』 ルネ・マグリット (1964年) *第4章
地中の中に埋まった木箱の中で、おじいさんがまるで家のベッドで寝ているがごとく毛布にくるまり、枕を当てがって横向きに寝ている。その真上の地上にはドカンと大きな岩。チラシに使われている『9月16日』(1956年)も美しい絵だったけれど、今回はこちらの方が印象に残った。
尚、本展のチケットで観られるオペラシティの収蔵品展「幻想の回廊」も、シュールレアリスムの延長で楽しめる作品が沢山並んでいるので是非お立ち寄りを。
『冬の旅Ⅱ』 川村悦子 (1988)
結露した水滴が流れる暖かい部屋の窓から覗いている景色かと思えば、その景色には緑があって冬とは思えず。なんていろいろ考えながら。。。
また、「project N」と呼ばれる展覧会シリーズとして、廊下には川見俊の作品がズラリ。私は2009年度のVOCA展で出会った画家だが、のっぺり平坦に塗りたくられた家と、それを取り囲む草木の柔らかい筆触とのアンバランスさが面白い画面を生み出している。実はこれらの家は愛知県や静岡県に実在する、ペンキで塗装された木造民家だそで、画家は試行錯誤の上、ペンキで板の上に描くという手法でこの『地方の家』シリーズを追及している。
『地方の家51』 川見俊 (2010)