l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

誇り高きデザイン 鍋島

2010-09-02 | アート鑑賞
サントリー美術館 2010年8月11日(水)-10月11日(月・祝)



本展に絡んで「お皿に絵を描く」という体験教室のイベントがあり(8月22日(日)終了)、それに参加した母と共にサントリー美術館に行ってきた。母が鍋島の講義を受けたり絵筆と格闘したりしている間に、私はゆったりと展示室を回って涼やかに鑑賞。

鍋島の優れた作品は東博や出光などでよくお目にかかれるし、それなりにイメージもあったのだが、このようにまとまって観るのは初めて。焼き物の知識のない私には、本展のように一つのジャンルに絞った展覧会はとてもわかりやすく、解説と作例を観ながら楽しく学べる。

では早速、個人的に印象に残った作品を少し挙げながら、各章を順に見ていきたいと思います:

1. 鍋島藩窯の歴史

解説を元にざっと歴史をみると、「鍋島」開発の目的は、佐賀藩が徳川将軍家に献上していた高級な中国磁器に代わるやきものを藩内において生産するため。その歴史は1640年代後半から始まって200年余り続くが、18世紀の初めにかけて最盛期を迎え、採算を度外視して作られた色鍋島や鍋島青磁の多くがこの頃に生まれる。18世紀前半以降は幕府の倹約令により、色鍋島に代わって染付と青磁を主体とする落ち着いた作風へ。1774年には徳川将軍家お好みの鍋島絵柄の「手本」が幕府から佐賀藩へ示され、毎年の献上品にその中から2~3種を含めるよう指示があったとのこと。

『色絵輪繋文皿』 江戸時代 18世紀中葉



花びらのような形(「如意頭型」というらしい)の赤い輪と、シンプルな薄青の輪が知恵の輪のようにつながって画面を二分し、上半分だけ青い文様が覆っている。下半分は全くの余白で、ややアール・デコの作風を想起させる斬新な印象。

『色絵竹笹文大皿』 江戸時代 18世紀後半



清々しい笹の葉の紋様、と思いきや、しなる枝が連動して、真ん中に白抜きの梅の花が浮かび上がっている。さり気なく高度な計算がされたデザインにしびれます。

2. 構図の魅力

今度は紋様の構成に着目し、「連続紋様」「散らし紋様」「割付紋様」「中央白抜き構図」その他に分けて展示。鍋島藩窯はその意匠が1693年頃からマンネリ化し、いかにめずらしい絵柄を考え出すかに苦心するようになり、民窯の作品の紋様も参考にされたそうです。

『色絵更紗文皿』 江戸時代 17世紀後半



花をモティーフにした連続紋様をあしらった、色とりどりの色絵更紗のラヴリーなお皿が並び、心が浮き立つ。この日はこの作品が一番お気に入り。

『染付雲雷文大皿』 江戸時代 17世紀後半~18世紀前半



解説に「朧月が光を発しているよう」とある通り、幻想的で美しい作品。きっちりと敷かれた雷文が、中心の余白との境界線でぼかされているテクニック、まさに芸術的ですね。

『染付月兎文皿』 江戸時代 18世紀前半



まん丸いお皿ではなく、左に余白部分が付け足されたような変形皿。その余白部分は、そうです、兎さんですから三日月です。染付の濃淡で柔らかく描かれた兎自体も愛らしく、毛並みなどとても繊細に表現されている。これは民窯からデザインを採用した作例とのことだけど、身分を問わず、誰でもこのお皿には笑みをこぼすことでしょう。

他に、表紙に全て異なる紋様があしらわれた7冊の絵草子が宙に舞う『色絵絵草子文皿』(江戸時代 17世紀後半-18世紀前半)、赤、黄、青、緑の糸巻きがランダムに散らばる『色絵糸巻文皿』((江戸時代 17世紀後半-18世紀前半)、花のようにも、メカニックな部品のようにも見える雪輪が折り重なる『青磁染付雪輪文皿』(江戸時代 17世紀後半-18世紀前半)など、何となくCGで図案化されたようにも感じるモダンな絵柄も面白かった。きっと職人さんたちは、将軍様の嗜好にプライオリティを置きつつ常に世の流行にアンテナを張り、頭をひねりながら、こうしたデザインを生み出していたのでしょうね。しかし、これらが鑑賞用の食器ではなく、将軍家実用の高級食器であるという事実にはため息が出る。盛られる料理も豪勢だったのでしょうけど。

3.鍋島の色と技

この章では、「色」と「技」の観点から作品を観ていく。鍋島の最も重要な色は染付の「青」で、墨弾き、濃み、瑠璃釉などの技法を用いて幅広い青の表現を駆使。墨弾きとは、平たく言えばマスキングの一種で白抜き部分を残す技法。濃(だ)みは太筆に呉須液をたっぷり含ませて溜め塗りする技法、瑠璃釉とは透明釉の中に呉須をまぜたもの。

色鍋島は、染付の青色に上絵の赤・緑・黄を加えた4色以内で構成(他の色はそれらの混合技で表現)。金彩、紫、黒は用いない。

『青磁染付七壺文皿』 江戸時代 17世紀後半~18世紀前半



白磁、青磁の壺が2つずつに、模様の入ったものが3つ、計7個の壺がシュールに並んでいる。のっぺりとモティーフを塗りつぶした青磁壺の表現はいかにも鍋島。

『色絵椿繋文皿』 江戸時代 17世紀後半



白い椿の花がリズミカルに画面を横切っていくさまが可愛らしい。

特別展示 十四代 今泉今右衛門作品

江戸期の佐賀藩で御用赤絵師を務めた家柄で、代々色鍋島の伝統を継承し続けてきたという今泉家。1962年生まれで、2002年に14代目を踏襲した今泉今右衛門さんの作品が8点ほど特別展示。

シャープな星型の造形が大胆ながら、その白い面に目を凝らさないと感知できないような雪の結晶の紋様が散りばめられた『雪花墨はじき雪文鉢』(2007年)、顕微鏡でのぞいたような雪の結晶が、線香花火の瞬きのように繊細に浮き出る『色絵薄墨墨はじき時計草文鉢』(2010年)など、私の眼には何となくデジタル世代の感性を思わせる作品群だった。

4.尺皿と組皿

この章では、直径約30㎝の「尺皿(大皿)」と、「組皿」を展示。「尺皿」は例年2枚ずつ、小物は20客ずつ、徳川将軍家に献上されたとのこと。

『色絵桃文皿』 江戸時代 17世紀後半~18世紀前半 重要文化財



私は焼き物の絵付けでこんなに写実的に描かれた桃にお目にかかったことがない。果物の表皮の微妙な色合いを、精巧な点描で見事に表現。背景の薄い青も清々しい。

『色絵三壺文皿』 江戸時代 17世紀後半



5組の組皿。三つの壺が並ぶ同じ図柄が描かれるが、「器形や意匠の不揃いを「のびやかさ」あるいは「おおらかさ」ととらえることを鍋島は許さなかった」と解説にあり、この作品でも1枚1枚手描きで、寸分違わず複製しているとのこと。いやはや、スパルタなすごいプロフェッショナル集団ですね。

『色絵蜘蛛巣紅葉文皿』 江戸時代 17世紀後半~18世紀前半



墨弾きで描かれた蜘蛛の巣の上に、3色の紅葉が散る組皿。造形とデザインが美しく調和しているように思う。

5.鍋島の主題 四季と吉祥

最後の章では、鍋島皿に採用された絵柄のうち、四季の花卉草木図案と吉祥図案の作品を観ていく。吉祥図案として典型的なのは、宝尽文・桃文・松竹梅文・瓢箪文などで、同じ図案を色鍋島と染付の2パターン作っていることも少なくない。

『色絵三瓢文皿』 江戸時代 17世紀後半~18世紀前半



画面からはみ出さんばかりに並ぶ瓢箪三つの大らかさ。瓢箪は水筒や徳利として使われていたとのことで(だからこのように紐が括りつけられている)、背景の波や縁の波濤文は瓢箪から流れ出る水や酒を表わすそうだ。ポップで楽しい図柄。

とりあえず以上ですが、ちょっとご紹介と思っても作品を選ぶのは至難の業。他にも重文として有名な作品も並んでいるし、展示替えもありますので(私は『薄瑠璃染付花紋皿』(江戸時代 17世紀後半)が観られなくて残念)、ご興味のある方は是非会場に足をお運び下さい。10月11日(月・祝)までです。