l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

カポディモンテ美術館展 ルネサンスからバロックまで

2010-07-12 | アート鑑賞
国立西洋美術館 2010年6月26日(土)-9月26日(日)

本展の公式サイトはこちら




A4サイズの二つ折りといっても、このように1枚の絵を縦にデザインしたチラシは珍しい。広げた瞬間ウキウキしてしまった方も多いのでは?

この絵を日本に送り出してくれたのはカポディモンテ美術館。この美術館が日本で紹介されるのは初めてとのことなので、まずはその概要についてサイトから転載しておきます(青字部分):



ナポリを見下ろす丘の上に建つカポディモンテ美術館(「カポディモンテ」とは「山の上」の意味)は、イタリア有数の美術館のひとつです。1738年にブルボン家のカルロ7世(後のスペイン王カルロス3世)によって建造が開始された宮殿が、そのまま美術館となっています。そもそもこの宮殿は、美術品を収納・展示することを目的のひとつとして建てられたものでした。というのもカルロは母エリザベッタ・ファルネーゼからファルネーゼ家の膨大な美術品コレクションを受け継いでいたからです。

コレクションが展示されるようになると、ナポリを訪れる文化人たちは競ってここを訪れるようになります。その中にはドイツの文豪ゲーテら、名だたる知識人、画家たちがいました。その後さまざまな変遷をたどった後、国立美術館として一般に公開されることとなりました。ファルネーゼ家およびブルボン家のコレクションを中核としながら、その後もコレクションの拡充を続け、現在の姿となっています。

本展では前半にファルネーゼ家が収集したルネッサンスからバロックまでの作品、後半はブルボン家が蒐集した17世紀のナポリ絵画を紹介。絵画、彫刻、工芸、素描と約80点の作品が並ぶ。

では、構成に従って印象に残った作品を挙げていきます:

Ⅰ イタリアのルネサンス・バロック美術

『貴婦人の肖像(アンテア)』 パルミジャニーノ (1535-37年)



暗緑色の背景の中、豪華な衣装を身にまとってすっと立つ麗人。解説にある通り、真正面ではなく、やや右肩を差し出すポーズを取っている。その右肩にかかる貂の毛皮は、口から小さくも鋭い牙をむき出していて、ギョッとする。

貴婦人、もしくは高級娼婦でパルミジャニーノの愛人アンテアであると言われているらしい。一度娼婦と聞くとそのインパクトが尾を引き、襟元から覗く胸元がやや淫蘼に感じてしまう。西洋のドレスによく見るように、四角、あるいは丸い形に襟が大きく開いて、胸が堂々と見えていたらそんなことは思わないだろうに、この着物のような襟元からチラリと見えるあたりが、日本人の私に必要以上にそう感じさせてしまうのかもしれない。

この作品を描いたパルミジャニーノは、その名の通りパルマ出身の、マニエリスムの画家。ファルネーゼ家は、1534年に一族のアレッサンドロ・ファルネーゼがパウルス3世としてローマ教皇に即位して以来、16世紀に大きく勢力を伸ばした。パルマ公国も支配したため、パルマ出身の画家の作品も多く蒐集されている。解説には、他にファルネーゼ家とつながりのある芸術家としてミケランジェロ、ティツィアーノ、グレコの名があった。

そういえば、数年前に3チャンで放映していた「世界美術館紀行」でカポディモンテ美術館が取り上げられ、コレクションの中から、ティツィアーノが描いた『パウルス3世と二人の孫(アレッサンドロとオクターヴィオ)』が紹介されていたのを思い出した。自分の息子を司教にしたいがために、パウルス3世の注文に応えてせっせと肖像画を描くティツィアーノと、なかなか約束を飲まないパウルス3世との駆け引きが非常に興味深かった。

『マグダラのマリア』 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ (1567年)



フィレンツェのピッティ美術館所蔵の作品と全く同じポーズを取るマグダラのマリア。裸体であるフィレンツェの作品と異なってこちらは着衣のマリアで、服の縞模様が印象的。香油をキリストの足に注いだことになっている彼女の持ち物、油壺が左端に見える(この画像では切れてしまっているが)。

作品のそばに「対宗教改革と美術」という解説パネルがあり、1563年のトレント公会議で美術の役割が明確になったとの説明があった。要するにカトリック信者の信仰心をかきたてるための美術作品を、ということだが、そのためヌードを描くことも難しくなってしまった。よって、1533年頃に描かれたピッティ美術館のマリアはヌードであったが、この作品ではティツィアーノは服を着せ、改悛を示す頭蓋骨や本も追加している。

『リナルドとアルミーダ』 アンニーバレ・カラッチ (1601‐02年)



16世紀末頃に書かれた、タッソーの叙事詩『解放されたエルサレム』からの場面。十字軍の騎士リナルドを殺そうとした魔女アルミーダであるが、リナルドの魅力にすっかり参ってしまい、魔法をかけて自分の恋人にしてしまう。

この作品は、ずばり視線のドラマ。大きな瞳が蠱惑的なアルミーダに抱かれたリナルドは、彼女の瞳に映る自分を見上げ、かつ自分が映り込んだ彼女の瞳をアルミーダ自身にも見せようと鏡を差し出している図(ややこしいが)。そして左側にそんな二人を見詰める二人の騎士の顔が。ちょっと唐突に顔が出ているようで笑ってしまったが、彼らはリナルドを救出に来た十字軍の仲間。でもなんだか救出に馳せ参じたというより、草むらに隠れていちゃつく恋人を覗き見ているような図に見えなくもない。

このあたりから、17世紀始めの30年間に制作された初期バロック作品が並ぶ。パルマ及びピアチェンツア公のオドアルド・ファルネーゼ枢機卿はアンニーバレ・カラッチを重用し、その弟子グイド・レーニらも庇護した。

『アタランテとヒッポメネス』 グイド・レーニ (1622年頃)



絵だけぱっと見ても、二人のダイナミックな動きが目に飛び込んでくるものの解説を読まないと何の場面かよくわからない。アタランテは美貌、俊足、男嫌いで有名な女神で、求婚者は願いを叶えるために彼女に駆け足で勝たなければならず、負けると殺されてしまう。挑戦者の一人ヒッポメネスは策を練り、愛の女神ヴィーナスからもらった三つのリンゴを競走中順次落としていく。アタランテもまんまとその作戦に引っ掛かり、この画中では2個目を拾っているところ。後ろに回したヒッポメネスの左手には3個目が握られていて、レース後半のここぞと言う時に投げられるのでしょう。しかし、このふくよかなお腹周りで疾駆するアタランテは迫力がありそうですね。

『ヘラクレスとエリュマントスのイノシシ』 ジャンボローニャ (16世紀第四四半世紀)

昔行ったフィレンツェのバルジェッロ美術館で、何の前知識もなくジャンボローニャの動物のブロンズ像群に対面した時は、「ブロンズでこんなに繊細に造れるのか」と驚いたものだった。小さい作品ながら、この展覧会で期せずして彼の作品にお目にかかれて嬉しい。本作品もイノシシの毛並や、ヘラクレスの手の甲の血管など、細やかな表現が美しい。

Ⅰ章の余談:ジョルジョ・ヴァザーリ『キリストの復活』(1545年)という作品があるが、不謹慎ながらキリストがゴールを決めて得意げに走っているサッカー選手に見えて仕方がなかった。W杯、終わっちゃったなぁ。。。 シャビなんて、バロック絵画にぴったりの顔だった。

Ⅱ 素描

この美術館には、約2500点もの素描作品が所蔵されているそうだ。Ⅰ章に展示されていた油彩画『聖母子とエジプトの聖マリア、アンティオキアの聖マルガリタ』の作者、ジョヴァンニ・ランフランコに関しては476点も収められているとのこと。

この類の作品は保管が難しい故、数百年の年月を経て残っているだけでも貴重であるし、グイド・レーニ、パルミジャニーノ、ポントルモらの素描が一度に観られたのは嬉しい限り。ポントルモ『正面から見た馬と二つの手の習作』(1522‐25年頃)では、馬の横の空白に人間の二つの握りこぶしが黒鉛筆でラフに描かれているが、画家の試行錯誤がリアルに伝わってくるようだった。

Ⅲ ナポリのバロック絵画

17世紀のナポリは港町として、スペイン、フランドル、オランダ、イギリス、ドイツなとど取引があり、それらの国の商館も建てられた。人々の流入も増え、世紀半ばには人口が45万人に達し、高層建築も出現。1692年には宗教建築が504もあったという。教会の注文をさばくべく、画家も大忙しだったことでしょう。というわけで、この章では宗教絵画がズラリと並ぶ。

『聖アガタ』 フランチェスコ・グアリーノ (1641‐45年)



17世紀当時のナポリはバロック美術の中心地の一つ、と聞いて反射的に思い出さなくてはならないのがカラヴァッジョ(勿論私は解説を読んでから膝を打つ)。この作品でも、主人公が暗い背景の中に光を当てられて浮かび上がり、その描き方にカラヴァッジョの影響を見なくてはならないのでしょうが、肌の青白さはどちらかというとレーニのそれに近い気もする。ちなみに聖アガタは、シシリア島のローマ総督の求婚を信仰心ゆえに断ったため、拷問の末に鋏で乳房を切り取られた聖女。聞くからに痛ましい話だが、この作品で血の吹き出る胸を押さえてこちらを見据える聖アガタの表情は、「これで気が済んで?」と言わんばかりの強さを感じる。

『エデュトとホロフェルネス』 アルテミジア・ジェンティレスキ (1612-13年)



この時代に、女性の画家がこのような作品を描いていたことにまず新鮮な驚きを覚える。ユディトが、酒に酔って眠りに落ちたアッシリアの将軍ホロフェルネスの首を切り落とすという、お馴染みのシーン。ホロフェルネスの顔を押さえてまさにその首にナイフを立てるユディトや、彼女を補佐して将軍を押さえつける侍女の表情、寝具に流れ落ちる血、とカラヴァッジョの同題の絵よりも迫真に満ちている。

『「給仕の少年を助けるバーリの聖ニコラウス」のための下描き』 ルカ・ジョルダーノ (1655年)



ナポリ人の画家、ジョルダーノ。ヴェネツィアに滞在していたこともあるので、ヴェネツィア派の影響も指摘される画家だが、この作品もきれいな三角形の構図の中に、厳格さより甘美な雰囲気を醸し出している。解説によると、ここに描かれているのは異教の残忍な王の奴隷にされた貴族の少年が、聖ニコラウスに助け出されるシーン。少年が手にお盆を持っていて、ちょうど給仕の仕事の最中に救い出されたというエピソードが大衆の信者に身近な感じを与えるのでしょう。

9月26日(日)までのロングラン開催です。