l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

ストラスブール美術館所蔵 語りかける風景

2010-07-09 | アート鑑賞
Bunkamura ザ・ミュージアム 2010年5月18日(火)-7月11日(日)



公式サイトはこちら

「ストラスブール美術館のコレクションがまとまったかたちで紹介されるのは、日本で初めてとなります」とある。まずストラスブールについておさらいですが、フランス北東部、ドイツやスイスと国境を接するアルザス地域圏の首府であります。1944年以降はフランス領となりますが、それまでその領有をめぐりドイツと争った地域。本展にも、デオフィル・シュレールという画家の描いた『1814年の戦いの逸話』(1879)という、ドイツ軍に身の丈もありそうな長い銃を向けるアルザスの女性兵士を取り上げた作品が出ています。ドイツ国境沿い、ライン川左岸にあるストラスブールは、現在はドイツ文化の香りが濃い文化都市で、かつグルメな街でもあるそうです。

そんな都市にある美術館から、19~20世紀の風景画約80点が並ぶのが本展。風景画といっても多様な作品が紹介されており、個人的には知らない画家も多くて楽しめました。

構成は以下の通り:

1.窓からの風景―風景の原点
2.人物のいる風景―主役は自然か人間か―
3.都市の風景―都市という自然―
4.水辺の風景―崇高なイメージから安らぎへ―
5.田園の風景―都市と大自然を繋ぐもの―
6.木のある風景―風景にとって特別な存在―


では、印象に残った作品を挙げていきます:

『女性とバラの木』 ギュスターブ・ブリオン (1875)



私はさほど花に関心がないのだが(この点については、ガーデニングが趣味の母からいつも激しく非難される)、バラというと昔2年滞在したイングランドと結びつき、ノスタルジックな想いにとらわれる。放っておいてもどこまでも蔓を伸ばし、見上げる高さにたわわに花を実らせるその野性的力強さや、6月になると街がバラの芳香で包まれたりするのには新鮮な驚きを覚えた。

この作品からは、とりわけある情景が思い出される。イングランド西部のブリストルという町で、7歳の女の子のいるイギリス人家庭にホーム・ステイしていたときのこと。夏は夜10時くらいまで真昼のように明るい北国、夕食が終ると彼女はよく、「ねぇ、バラの花びらを摘みに行こう」と私を誘った。近所に大きな公園があり、芝で覆われた地面のあちらこちらに楕円形に掘られたバラの花壇があって、赤、ピンク、白、黄色と色とりどりのバラが色ごとに植えられていた。ちょうどこの作品に描かれているように柵もなく、広い芝地と花壇のランダムな間隔が自然でとても美しかった。「どの色が一番いい香りだろうね」などと言いながら、花に顔を近づけて香りを嗅いでは花壇から花壇へとのんびり歩き、しゃがんでは落ちているバラの花びらをビニール袋に入れる、という他愛もないひと時。

付け足しのようになってしまうが、この作品の女性の、口元に当てた指がバラの花弁のように可憐だった。

『年老いた人々』 モーリス・エリオ (1892)



点描風の画風で、眩しい光を感じる作品。逆光の陰の中に描かれる老夫婦の顔と、老人の髭や女の子の三つ編みに照り返す光の粒の明暗対照がとても効果的に描かれていた(ポストカードでは潰れてしまっているが)。

『ガロンヌ河畔の風景』 イポリット・プラデル (制作年不詳) 



パレットナイフを使って描いたという左の大木の立体感、存在感が素晴らしかった。

『ヴォージュ地方の狩り』 アンリ・ルベール (1828)



何とも不思議な感覚の絵だった。獲物の猪が横たわっているので、狩りの終わったところか、谷から湧きおこる雲を見ながら狩りの続きの画策を練っているところなのか、滑らかな岩肌の上に人々や犬たちがたむろしている。それらがまるでプラスティックのフィギュアのような感触。右に描かれた木々はフランドル風なのだが。

『ヴュー=フェレットの羊の群れ』 アンリ・ジュベール (1883)



別段珍しい作品ではないが、またしても個人的記憶が甦り、ついポストカードを買ってしまった。随分前だが、夏休みを取った私はイングランド中央部の牧草地を一人ぶらぶら歩いていた。そして前方からやってきたイギリス人ハイカーたちに、こともあろうに羊飼いに間違われたのだった。いつの間にやら子羊が3匹、私の後ろについて歩いていることに私は全く気づいていなかった。

『木の幹の習作』 テオドール・ルソー (1833)



習作にしてはとても完成度が高い作品だと思った。何故か幹が人間の終焉の姿にも見え、メメント・モリの主題を想起した。

『サン=クルー公園』 ヴァシリー・カンディンスキー (1906)



筆触の妙。

この他、雲の速い動きを追ったジョルジュ・ミシェル『雷雨』(1820-30年頃)や、モーリス・ド・ヴラマンクのひしゃげたような『都市の風景』(1909)、漆黒の中に赤、青、緑がちらつくマックス・エルンスト『暗い海』(1926)等、いろいろ印象に残った作品があった。6章に渡って丁寧になされた解説は読んでいても勉強になったし、一口に風景といっても様々な切り口があること、そして「絵になる風景」は画家が「絵にしている」のだと改めて思った。

会期は明後日、7月11日(日)までです。